大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4981号 判決 1966年3月08日

原告 西井八重野

右訴訟代理人弁護士 岡本拓

同 堀弘二

同 面洋

被告 株式会社岡組

右代表者代表取締役 岡三郎

右訴訟代理人弁護士 田上義智

同 中垣一二三

主文

被告は原告に対し、金二〇万〇、七四二円およびこれに対する昭和三九年三月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分して、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一  原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金二七万五七七七円およびこれに対する昭和三九年三月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因としてつぎのとおり述べた。

一、被告は土木建築請負業を営む株式会社であって、原告は昭和三九年二月一三日ごろから被告の大阪府河内長野市西代町八三一番地の七所在日本農業河内長野団地建設工事現場において、被告の現場主任訴外曽我部幸雄の指図の下に、臨時傭員として現場労務に従事していた。

二、同年三月五日午前一〇時ごろ原告が右現場において右曽我部ないしその部下の指示にしたがい釘抜き作業に従事中、突如、ほぼ原告の頭上に当たる建築足場で板材を取り扱って働いていた被告の作業員某の過失により、同所から長さ約三メートル、巾約二〇センチメートルの板材が落下し、これが原告の背部に当たった。そのため、原告は、右第八、九肋骨骨折および腰骨裂傷を受けた。

三、右のとおり右事故は被告の作業員某の過失に基因するものであるから、被告は民法第七一五条により原告に対し、右事故の結果原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

なお、被告の作業員某の過失は具体的に明らかにしえないが、右作業員が取り扱っていた板材が落下した以上、その過失を認めるべきは社会通念上当然のことだといわねばならない。

四、右受傷により原告が被った損害はつぎのとおりである。

(一)  得べかりし利益の喪失、一七万〇、七九七円

原告は右事故当時六七年、きわめて健康体で、日給七〇〇円をくだらない収入を得ていた。原告の平均余命は一二・七九年であるから、就労可能年数はその二分の一の六・三九五年だと考えるのが相当である。

原告は右事故の日から同年七月一四日までの四ヵ月余は全く就労不可能だったから、一ヵ月に二五日就労しえたと考えると(これは通常可能である)、その間一ヵ月一万七、五〇〇円の割合による得べかりし利益を喪失したものというべきである。

また、同年七月一五日からは、一見健康体に復したかのように思われたので、再び労務に従事するにいたったが、身体を動かすさい、腰骨にひきつるような激痛を感じるので、とうてい従前と同様の労務に就くことはできず、軽労働に従事するのほかなくなった。右軽労働による収入は一日五〇〇円であって、従前に比し一日二〇〇円の損失であるから、一ヵ月の就労可能日数を右のとおり二五日と考えると、原告は右七月一五日から就労可能年数の全期間にわたって一ヵ月五、〇〇〇円の割合による得べかりし利益を喪失したものといわねばならない。

原告は右の喪失した得べかりし利益のうち、右事故の日から昭和四二年三月一四日まで三年間の分を、本訴において請求することとし、これについてホフマン方式計算法により年五分の割合による法定中間利息を控除すると、その金額は二一万九、一八一円となる。なお、その数式はつぎのとおりである。

○ (1) 事故の日から39.7.14まで4ヵ月間の得べかりし利益の現在価格

17,500×3.95884704(利率5/12%、月数4の単利年金現価率)=69,279.8232(円)

○ (2) 39.7.15から42.3.14まで2年8ヵ月間の得べかりし利益の現在価格

5,000×29.98040767(利率5/12%、月数32の単利年金現価率)=149,902.03835(円)

○ (1)+(2)(ただし、円未満切捨ての上)=219,181(円)

ところで、原告は右受傷について労働者災害補償保険による休業補償費四万八、三八四円の給付を受けたので、これを右二一万九、一八一円から差し引くと、原告の喪失した右三年間の得べかりし利益は、一七万〇、七九七円となる。

(二)  治療関係費 四、九八〇円

原告は、入院および退院のために貨物自動車料金五〇〇円、タクシー料金一、九二〇円、退院後の通院のために交通費二、五六〇円合計四、九八〇円を支出した。

(3) 慰謝料 一〇万円

原告は右事故の結果、前記傷害を受けたのみならず、将来にわたって腰部の激痛から解放される見込みがないのであって、これによる原告の精神的、肉体的苦痛が甚大であることは明らかであり、右苦痛を慰謝するには一〇万円が相当である。

五、よって、原告は被告に対し、右合計二七万五、七七七円およびこれに対する不法行為の日の翌日の昭和三九年三月六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二  被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

請求原因一の事実は認める。同二の事実中、原告主張のとおり建築足場で被告の作業員が働いて被告の作業員某に過失があったこと、原告がその主張の傷害を受けたことは争うが、その余は認める。同三の事実は争う。同四の事実中原告の年令および原告がその主張の休業補償費の給付を受けたことは認めるが、その余は争う。

原告に当たった板材は、ほぼ原告の頭上に当たる建築足場に積み重ねてあったいわゆる道板の一枚であって、右事故当時右足場付近には一人の作業員も働いておらず、なぜ積み重ねてあった道板が落下したのかその原因は不明であるが、すくなくとも作業員の取扱い上の過失によるものでないことは明らかである。

かりに被告に損害賠償義務があるとしても、つぎのような事情がしん酌されるべきである。すなわち、

原告は昭和三五年ごろ南海電鉄高野線千代田駅において電車とホームとの間にはさまり、ひん死の重傷を負ったことがあり、その老令であることも考えると、原告主張の傷害が右事故のみに基因するものだとは断定しがたいというべきである。

また、被告は原告の治療については、原告はその娘の訴外西井幸子と二人暮らしで、同女は大阪市内に勤務しているところから同女が原告を看護しやすいように、原告を大阪市内の藤繩病院へ入院させ、さらに同病院は完全看護制で看護人を付する必要は全くなかったのであるが、被告はとくに原告のため一週間看護人を付し、その費用六、五〇〇円を支出している。なお、被告は右事故後直ちに原告に対し、見舞金一万円をおくり、慰謝の途を講じている。

右のような、原告に存する肉体上の欠陥および被告の原告に対する右事故についての誠意ある態度は、右事故の損害賠償額の算定にあたって被告に有利に作用すべきものである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

同二の事実中、原告主張のとおり建築足場で被告の作業員が働いていたこと、被告の作業員某に過失があったこと、原告がその主張の傷害を受けたことを除くその余の事実は当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫を合わせると、本件事故当時ほぼ原告の頭上に当たる建築足場で被告の作業員が四、五人働いており、右足場に使用されていた板材をとりはずしていたこと、その当時はかなり強い風が吹いていたこと、板材が落下して原告に当たったとき、右作業員らのうちの誰かが「えらいことをした」とか「あっ」とか叫んだことが認められる。右認定に反する証拠はない。右の事実によると、他にとくだんの事情の窺われない本件においては、右事故は、右足場で働いていた被告の作業員某が、右足場の下の地上で原告らが作業をしているのであるから、右足場の板材をとりはずすにあたっては、当時かなり強い風が吹いていたことも考慮し、これを落下させ、原告らに当てることのないよう十分注意すべき義務があるのに、これを怠った過失により惹起されたものと推認するのが相当である。右認定を動かすに足りる証拠はない。

なお、右認定のとおり本件においては、加害者が「ほぼ原告の頭上に当たる建築現場で板材を取り扱って働いていた被告の作業員某」というより以上に判明しないのであるが、このことは加害者が特定しないことをいみするものではなく、ただ加害者の氏名が判明しないのにすぎないというべきである。けだし、右認定のていどでも最小限加害者の具体的特定はなされていると考えることができ、そうでなければ被害者の権利の救済に支障をきたすばあいを生ずるおそれがあるからである(ちなみに、被告としては、本件事故について調査すれば加害者が誰であるかは直ちに判明しえたはずであり、労働の安全の見地からは当然右調査をし、もって危害防止に必要な措置を講ずべきである(労働基準法第四二条以下参照)から、本件において被告が、加害者が誰であるかを明らかにしないのは、不可解というのほかない)。

さらに、≪証拠省略≫を合わせると、原告は右事故により右第八、九肋骨骨折および腰部打撲傷等を受けたことが認められ、右認定に反する成立に争いのない乙第一、二号証の記載は前掲藤繩証言と対照して採用しがたい。

以上のとおりであるから、被告は民法第七一五条により、右事故の結果原告の被った損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

二、そこで進んで、請求原因四の損害額の点について判断する。

原告が本件事故当時六七年であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を合わせると、原告はかなり健康な方で、二〇年近く前南海電鉄高野線千代田駅において転倒し、相当の重傷を負ったことがあるが、右受傷は間もなく完全に治ゆしたこと、原告はその娘の西井幸子と二人暮らしで生活が苦しいため(原告にはこれといった財産はない)、以前からいわゆる職安の人夫として働いており、その稼働日数は一ヵ月平均二〇日で、一日の賃金は平均七〇〇円をくだらなかったこと、本件事故の結果原告は昭和三九年七月一四日までは全然働くことができず、翌一五日ごろから再び働きに出たが、受傷部位が痛むので従前と同様の働きをすることはできず、従前より軽い作業に従事しているため、その一日の賃金は平均五〇〇円であることが認められる。証人八尾キヨノの証言および原告本人尋問の結果中、各右認定に反する部分は措信しない。

ところで、厚生省統計調査部発表の第一〇回生命表によれば、六七年の平均余命は一〇・六八年であることが明らかであり、右認定の事実に徴すると原告はすくなくとも右事故後三年間は稼働しえるものと認めるのが相当である。

そこで、原告が右事故によって喪失した事故の日から三年間の得べかりし利益を算出すると、つぎのとおりになる。

○ (1) 事故の日から39.7.14まで4ヵ月間の得べかりし利益の現在価格

14,000(すなわち、700×20)×3.95884704(利率5/12%、月数4の単利年金現価率=55,424(円、円未満4捨5入)

○ (2) 39.7.15から42.3.14まで2年8ヵ月間の得べかりし利益の現在価格

4,000(すなわち、(700-500)×20)×29.98040767(利率5/12%、月数32の単利年金現価率)=119,922(円、円未満4捨5入)

○ (1)+(2)=175,346(円)

すなわち、原告が喪失した右三年間の得べかりし利益は一七万五、三四六円である。ところで、原告が右受傷について労働者災害補償保険による休業補償費四万八、三八四円の給付を受けたことは当事者間に争いがなく、これを右の喪失した得べかりし利益から差し引くことは原告の自認するところであるから、その差引計算をした結果の右の喪失した得べかりし利益は一二万六、九六二円となる。

つぎに治療関係費について判断する。

≪証拠省略≫を合わせると、原告は河内長野市内の藤林医院へ事故当日入院したさいおよびその翌々日ここを退院したさい(その後大阪市内の藤繩病院へ入院した)荷物を運搬した貨物自動車料金合計五〇〇円、昭和三九年四月二一日藤繩病院退院のさい自宅までのタクシー料金一、九二〇円、藤繩病院退院後同月二三日から同年七月一三日まで河内長野市の沢田外科医院および高見接骨院へ通院したさいバス料金合計一、三六〇円を、それぞれその都度支出していることが認められ、右認定に反する証拠はない。しかし原告は、退院後の通院のために交通費二、五六〇円を支出したと主張しているが、これは右認定の資料とした各証拠によると、右認定の通院のさいのバス料金合計一、三六〇円に、娘の幸子が原告を見舞、看護するために藤繩病院へ通ったさい支出したバス料金合計一、二〇〇円を合したものと推察されるところ、幸子の支出した右バス料金合計一、二〇〇円を、直ちに原告自身の支出、損害ということはできないから、幸子がこれを請求するならかくべつ、原告自身の損害としてこれを認容することはできないというべきである。

したがって、治療関係費として原告が被った損害額は右認定の合計額三、七八〇円である。

最後に、慰謝料について判断する。

以上認定の事実によれば、本件事故の結果原告が多大の精神的、肉体的苦痛を被っていることは明らかである。ところで、証人西井幸子の証言によると、被告は原告に対し見舞金として一万円をおくっていることおよび医療費を負担していることが認められるけれども、他方右証言および原告本人尋問の結果を合わせると、事故後における被告の原告に対する態度には誠意とあたたかさに欠けるところがあったと認められ、右各認定に反する証拠はない。以上にその他本件諸般の事情をしん酌すると、慰謝料は七万円が相当だと認める。

三、以上のとおりであるから、原告の請求は、以上合計二〇万〇、七四二円およびこれに対する不法行為の日の翌日の昭和三九年三月六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるが、その余は失当だといわねばならない。

よって、原告の請求中上記正当部分を認容し、失当部分を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩原金美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例