大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)6330号 判決 1966年8月20日
原告 竹内新蔵 外一名
被告 日本通運株式会社 外一名
主文
被告らは各自、原告竹内新蔵に対し金一〇〇万円、同竹内由子に対し金五一万七、二五〇円および右それぞれに対する昭和三九年四月一四日より右各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。
第一項に限り仮に執行することができる。
被告らにおいて、各自、原告竹内新蔵に対し金八〇万円同竹内由子に対し金四〇万円の、各担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実
第一原告の申立
「被告らは各自、原告新蔵に対し二〇〇万円、同由子に対し二〇〇万円および右それぞれに対する昭和三九年四月一四日より右完済まで年五分の金員を支払え。」
第二争いない事実
一 本件交通事故の発生
発生時 昭和三九年四月一四日午後三時一七分頃
発生地 大阪市阿倍野区相生通一丁目六三番地附近先道路と南海電鉄上町線軌道との交叉点
事故車 三輪貨物自動車 大六あ〇八八九号
運転者 被告川野
態様 右被告は、亡竹内弘を助手席に同乗させて前記道路を東進し、これと交わる前記軌道にさしかかつた際、折から北進してきた南海電車一〇五号と事故車とを衝突させ、その結果事故車は右電車と軌道西側コンクリート塀とにはさまれ、竹内弘は肺臓刺創急性心停止により事故一時間後に死亡した。
二 被告川野の過失
軌道上の電車の進行に注意せず安全確認義務を怠つた。
三 責任原因
被告会社 事故車を貨物配達業務のため運行の用に供していた。
被告川野 前記過失による加害者本人。
第三争点<省略>
第四証拠<省略>
理由
第五本案前の判断
被告川野は、昭和二〇年一月一七日生れであることが、甲第一、二、一〇号証により認められ、したがつてその法定代理人ではなく訴訟能力がなかつたところの被告川野本人に対して昭和四〇年一月一四日になされた本訴状送達は不適法であり、訴訟要件の欠缺があつたものといわざるを得ない。
しかし、同被告はその三日後である同年同月一七日に成年に達し、かつ訴訟能力取得後の同月二二日に弁護士沢村英雄に本件訴訟の代理を委任し、以後右沢村代理人により本件訴訟を追行しているものであるから、前記訴訟要件の欠缺は追完されたものというべく、原告と被告川野間の本訴は適法である。
第六争点に対する判断(認定証拠は各項目末尾に列挙)
四 損害
(一) 亡弘の得べかりし利益の喪失
(1) 亡弘が事故死当時、二六才であり、被告会社に運転手として勤務していたことは争いない。
(2) 同人は当時一ケ月平均税込三万円の給与を得ていた。
(3) 本件事故がなかつたならば同人は平均余命たる四三・八六年はなお生存しえて、うち三四年間はなお稼働して前記割合による収入をあげえた。
(4) 同人の平均月額生活費が一万五、〇〇〇円であることは原告の自認するところであり、右額は前記月額収入よりみて相当である。
(5) 年間一八万円の割合による三四年分の得べかりし純益の現価は、三五一万九、六八六万円となり、亡弘は本件事故死によりこれを失つた。
(原告新蔵の供述、厚生省発表昭和三九年度生命表、弁論の全趣旨)
(二) 原告由子が亡弘に対して扶養請求権一〇〇万円を有したことは認められない。すなわち、原告由子は亡弘の父新蔵の妻であり、弘とは姻族一親等の身分関係にある。であるから、同原告は、亡弘に対し法律上当然に扶養請求権を有するものではなく、将来弘の扶養可能状態と同原告の扶養必要状態とが併存するに至つたときに、家庭裁判所へ審判を申立て、かつ同裁判所が扶養すべき特別事情があると判断したときにはじめて扶養請求権が発生するものにすぎず、かつその扶養の程度・方法も将来定められるにすぎない。すると原告由子が亡弘の死亡当時に同人に対して扶養請求権を有していたことは肯認すべき証拠がなく、かつ前記身分関係にあることおよび原告新蔵の供述より、審判をまつて扶養請求権の有無・程度・方法を宣言されうる期待権ないし期待利益を原告由子が有することは窺えるものの、右期待権は将来現実化されることがあるという抽象的可能性にとどまり、かつ、その程度・方法も将来なされる審判により形成されるものであるから、具体的数額としての把握は不能のものであり、結局右期待権は原告由子の慰藉料発生の事情として斟酌さるべきものにとどまる。
(甲第一号証)
(三) 承継
原告新蔵は亡弘の実父であり(一)の逸失利益の二分の一を相続により承継した。
(乙第一号証、原告新蔵の供述)
(四) 慰藉料
(1) 亡弘は、原告新蔵が、現に生存する樋口小ふじとの間にもうけた実子であり、妻由子との間の子二名はいずれも未成年の女子であるところから、原告新蔵が弘にかけていた期待は大きく、現に弘も給料を全部家へ入れてくれてこの期待に応えてきてくれていたものであり、本件事故により同人を失つた精神的苦痛は大きい。
(2)イ、原告由子と亡弘との関係は前示のとおりであるが、同原告は、弘をその九才の頃より自分の子と変らない愛情を注いで養育してきたものであり、かつ原告ら間にもうけた子二名女子であつたため、弘を将来の原告ら一家の柱と頼りにしてきたものである。
ロ、原告由子は大正九年生れであり、夫新蔵が明治三五年生れであることより、将来新蔵に先立たれて必要となつたときは、弘に扶養して貰う期待をかけていたのにこの望みは絶たれたものであり、原告由子の精神上の損害も大きい。
(3) 以上の事実その他諸般の事情により原告新蔵の慰藉料は二〇〇万円、同由子の慰藉料は一五〇万円をもつて相当というべきである。
(乙第一号証、原告新蔵の供述)
(五) 填補
原告らが弘の事故死による労災保険金を各自左の額受領済であることは、その自認するところである。
原告新蔵 五二万一、三六〇円
原告由子 四六万五、五〇〇円
(六) 損害残額
原告新蔵 三二三万八、六八二円
原告由子 一〇三万四、五〇〇円
六 無責の抗弁
亡弘は、被告会社運転手であり、事故当日荷物配達のための事故車の運転担当者であつたのに反し、被告川野は、運転資格はあるものの助手にすぎなかつたことおよび被告会社は、亡弘や被告川野を含めた同会社従業員に対し、運転資格のある助手でも運転をしてはならない旨の業務上の指示命令をたえず与えていたことが認められる。しかし自賠法三条の「他人」とは運行供用者および現実に運転をしていた者以外のすべてを包含するものであり、ただ現実に運転をした者をして絶対的に服従せざるをえない拘束状態においた(その典型が暴行強迫による自動車強盗)者のみは、たとえ自らハンドルを握らなくても右現実の運転者をして道具として使用しているにすぎないから、「他人」にあたらないものというべきである。また被告川野は内規では運転を禁じられていたものの運転資格があつたものであり、方向の指図は別として、こと運転操作に関しては独自の裁量によりなしていたものであるから、亡弘が本来の運転担当者であり、一時的に助手席に移つたにとどまるという事情があつても、亡弘が運転者たる地位を離脱せず、いわゆるハンドルを貸したにすぎないものとは、到底いいえない。すると亡弘は自賠法三条のいわゆる「他人」に該当する。
(乙第一四号証、証人桶田善次の供述)
七 過失相殺
亡弘には本件事故発生につき過失がある。すなわち
(イ) 亡弘は事故当時、被告会社の天王寺支店正式運転手であり、事故当日の荷物配達のための事故車運転担当者であり、事故発生の一〇分ほど前まで自ら事故車を運転していた。
(ロ) 被告川野は、昭和三九年三月に高校を卒業し、以後高校在学中に取得した自動車運転資格を生かして郷里高松でしばらく親せきの石材店の手伝として自動車を運転していたが、もと被告会社社員であつた父の紹介で同年四月四日に上阪して被告会社天王寺支店へ入社したばかりであり、かつ身分は助手であり、給料も日給定額九〇〇円であつた。そして被告会社への出勤は同月六日からであり、入社して日が浅く、大阪の地理にも暗く、そのうえ運転経験も乏しいところから、被告会社は、同川野を将来の運転手として働かせるために、以後集配に廻る方面や運転手をほとんど日ごとに変えて助手として各車に同乗させ、地理・運転技術・集配業務を習わせていた。なお被告川野が運転手亡弘の車についたのは事故の日が二度目であつた。
(ハ) 被告会社は、全従業員に対し、助手が運転にあたることを、現場監督者を通じて厳重に禁じており、亡弘や被告竹内も直接上司より更に口頭で右のことを遵守すべく命令されていた。
(ニ) 亡弘は、前記命令に違反して、同乗助手である被告川野に対し、配達先で荷を下して次の配達先へ発進せんとした際「ちよつとそこまで運転してくれ」と勧めて本来自らが当るべき事故車の運転を任せた。
(ホ) 配達先は亡弘のみが知つており、被告川野は助手席に移った亡弘の指示にしたがって進行方向をきめていた。
(ヘ) 亡弘は、地理不案内の被告川野に対し、事故発生軌道踏切手前で一旦停止して電車の通行を確認するようにとの指示も与えず、かつ助手席にいる自己が下車して安全確認のうえ軌道ののりこえを誘導する措置も講じなかつた。
以上の認定事実によると、亡弘は、内規ないし業務上の指示命令に違反して、自らが担当すべき運転行為を一時中止し、助手川野に禁ぜられている運転を任せ、かつ地理を知つているものは自分のみであるうえ、助手席にありながら、運転行為にあたつている被告川野に危険を回避すべき踏切前の停止措置をとるよう指示を与えず、また軌道踏切を渡るにあたつてハンドルを握つていない自己において下車のうえ電車の通行状況を確認して被告川野を誘導する義務を怠つた過失があるものというべく、その過失の程度は極めて高く、右過失を斟酌すると、被告らが各自原告に支払うべき本件交通事故損害金の額は原告新蔵に対し一〇〇万円同由子に対し五一万七、二五〇円となる。
(甲第八号証、乙第一四号証、証人桶田善次の証言)
第七結論
してみると、被告らは各自、原告新蔵に対し一〇〇万円同由子に対し五一万七、二五〇円の交通事故による損害金ならびに右それぞれに対する右損害が発生したときであること明かな昭和三九年四月一四日より右各完済まで年五分の遅延損害金支払義務があるものというべく、原告の請求は右の限度で理由があり、その余を棄却すべく、民訴法八九条・九二条・九三条・一九六条を適用のうえ主文のとおり判決する。
(裁判官 今枝孟)