大判例

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大阪地方裁判所 昭和40年(わ)4865号 判決

判決理由〔抄録〕

そこで本件致死につき被告人に業務上の注意義務懈怠による過失があるかどうかを検討するに、<証拠>を綜合すれば、被告人は衝突地点の手前約五〇米の処から自己の運転する普通貨物自動車の右方向指示器を出し、それまでの時速約四〇粁の速度を稍々減じて東西を通ずる本件道路を東から西に向って進行していたところ、右折するために一時停止したとき六〇・四米前方に自車に対向して進行してくる自動車を発見したが、先に通過できるものと思って、時速約一〇粁の速度で右折を開始し、六・四米進んだ地点で左側方を見たとき、三四・八米先に右自動車の左側をかなりの高速度で同車を追抜く単車を発見したが先に通行できるものと思ってそのままの速度で進行を続けた。それから六・八米前進した地点で自車後部左端に右単車の衝突する衝撃を感じ直ちに停車したこと、右被告人が一時停止した時発見し、又単車に追抜かれた自動車は永見勇造の運転する普通貨物自動車であり、右単車は被害者山口久夫の運転する第二種原動機付自転車であること、右永見勇造は被告人の運転する自動車を五〇米ないし六〇米先に見たとき、同車は右方向指示器をあげて、ゆっくりと右折しつつあった。その時ある程度後方に単車のエンジンの音をきいた。そしてその単車は時速六〇粁位の速度で、右永見勇造運転の自動車を追抜いて進行し被告人運転の自動車に衝突したこと、右追抜く際単車の運転者は右永見勇造運転の車の方を一瞥しつつ、うつむき加減の姿勢で追抜き進行していったこと。被害者は衝突直前急制動をしたが及ばず衝突するに至ったこと(一〇・四米のスリップ痕が有することにより急制動のことが認められる)本件衝突時における被告人の運転する自動車の後端と道路の中央線との距離は五・二米あったこと、当時の本件道路の最高制限速度は毎時四〇粁であったこと、等を認めることができる。

右認定事実によると本件当時被害者は最高制限速度を約二〇粁を超える違反速度で進行していたものであり、更に前車である永見勇造の運転する自動車を追抜くに際しては、右永見勇造は被告人運転の自動車が右方向指示器を出して徐々に右折しているのを目撃しているに拘わらず、被害者はうつむき加減の姿勢で、且減速、進路変更等の措置もなさず、そのままの速度で進行し、衝突直前急制動したのみであること等より考えれば被害者は当時原動機付自転車運転者として当然守らなければならない前方注視義務を怠っていたものと解せられる。

次に右認定事実によると、被告人は本件右折にあたり右方向指示器の合図、一時停止、徐行、前後左右の注視等自動車運転者として遵守し、注意すべき事項を行っているものである。ところで被告人は右折の際左側方三四・八米先に高速度で進行してくる被害者運転の自転車を発見したのであるが、本件の場合、被告人は公訴事実にいうように「その進行を妨げないように一時停止してその動静を注視し、状況によっては同車の通過を待つ等」の注意義務があるであろうか。蓋し自動車運転者たるものは自己が法令に遵い且運転者としての注意義務をつくすは勿論、他の運転者も自己と同様になすものと信ずるのは当然であり、又そのような信頼なくしては一瞬なりとも安んじて自動車運転に従事することは不可能であって、これを本件に徴するにたとえ右のように被告人が高速度で進行してくる被害者を見たとしてもその速度は明確ではなく又それは三四・八米先方のことでもあるからかかる場合被告人としては被害者の方で被告人運転の車を発見し、従って速度を減じ、或は進路を変ずる等適宜の措置をとってくれると信頼し、期待するのは至極当然のことであり、被害者側の前方不注視、速度違反等の過失を予想してそれに対応する措置を講じなければならぬとは解せられない。又前記認定のように本件衝突地点における被告人運転の車の後端と道路中央線とは五・二米の間隔があって、被害者が右永見勇造運転の車を追抜いた後と雖も、被害者の自転車が通行するのに十分な道路巾員の存したこと、最高制限速度四〇粁毎時にて進行していた永見勇造の車は衝突を免れていること等と前掲考察の諸点とを綜合すれば、本件衝突による致死の主原因は被害者側の重大な過失に因るものであると解するのが相当である。なるほど被告人が被害者を目撃したとき、直ちに停車するか又は速度をあげれば本件衝突は起らなかったであろうとも考えられるが、これは本件衝突に関してのみの結果からの判断であって、停止し、或は速度をあげたため本件とは別個の事故発生の危険等も抽象的にはないとはいえず、これを要するに結果から推断して事故の不発生の可能性があるからといって、このことから直ちに被告人の過失を肯定することはできないところである。

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