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大阪地方裁判所 昭和40年(わ)5044号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

(被告人に対する各証憑湮滅の公訴事実を有罪と認めなかつた理由)

一 被告人に対する各証憑湮滅の公訴事実の要旨は、

「被告人は、大阪府警察本部刑事部捜査第四課において、競輪選手松浦厚、同吉川寅男、同鳥井忠信らを、暴力団神戸山口組系松本組組長松本一美との自転車競技法違反および詐欺等被疑事件の共犯者として捜査中であることを知りながら、右松本に対する右事件の証憑となるべき同選手らを逃避せしめ、その逮捕を免れしめるとともに証憑を湮滅しようと企て、

一 配下の大西健二こと大西金造および松本昌幸、真鍋浩一らと共謀のうえ、昭和四〇年八月三一日夜、神戸市須磨区須磨浦通り四丁目、喫茶店「キャビン」において、右松浦選手に対し、口々に、「お前も二、三日中に大阪府警に逮捕されることになつている。逮捕されても松本一美の言うているとおり口を合せておけ。他のことは口を割るな。」「口を割つたら承知せんぞ。」「逃げるのだつたら今のうちや。」などと申し向け。

二 右大西金造、松本昌幸および橋本肇らと共謀のうえ、同夜、明石市港町九丁目一〇番地通称岩屋浜において、右吉川選手に対し、口々に、「お前も二、三日中に大阪府警に逮捕されることになつている。逃げてくれ、逃げたらどうや。」「もし逮捕されても知らぬ存ぜぬで通せ。松本一美との事件のことは何も言うな。黙秘権を使え。」などと申し向け、

三 右松本昌幸と共謀のうえ、同深夜、神戸市長田区水笠通り四丁目五番地南勝明方において、右鳥井選手に対し、交々、「お前は二、三日中に大阪府警に逮捕されることになつている。」「逮捕されても松本一美のことは言うな。余計なことを言うな。」「知らんで通せ。」などと申し向け、

よつてそれぞれ警察捜査の状況を告知し、虚偽の供述を強い、逃避をすすめ、もつて右松本一美に対する証憑の湮滅をはかつたものである。」

というにある。

二 よつて案ずるに、前掲各証拠によれば、被告人が右公訴事実記載のとおり、松本昌幸、大西金造、真鍋浩一、橋本肇らと共謀のうえ、右記載の各日時場所において、競輪選手松浦厚、吉川寅男、鳥井忠信に対し、口々に、それぞれ右記載と略同趣旨のことを告げた事実が認められ、なお松本一美の被疑事件に対する関係では、右各競輪選手らはいずれもいわば第三者として参考人たる地位にあるものと解される。そこでまず右公訴事実記載のように、捜査官憲において捜査中の被疑事件の参考人に対して「逃避をすすめ」た行為が刑法一〇四条の証憑湮滅罪に該当するか否かについて検討するに、同条の証憑湮滅罪は、証憑の湮滅などの行為により、国家の刑事司法作用、即ち犯罪者に対する刑事事件の捜査審判を妨害する行為を禁止しようとする趣旨の規定であるから、捜査段階における参考人にすぎない者も同条にいわゆる「他人の刑事事件に関する証憑」に含まれると解すべきであり、これらの者を蔵匿し、或いは逃避させて事実上その利用を不可能ならしめた行為も同条所定の「証憑を湮滅する」行為にあたるものと解すべきである。しかしながら同条によれば、「証憑を湮滅し」は、証憑の偽造変造、または偽造変造の証憑を使用した場合と併列的に規定されて居り、右証憑の偽造変造、および偽造変造の証憑使用の各場合が、いずれも単に右各行為をしようとしたのみでその行為を遂げるに至らなかつた場合を含まないことは、右規定の文言および前記のような立法の趣旨からして明らかであるから、右にいわゆる「証憑を湮滅し」というのも、現実に証拠自体を滅失し、またはその顕出を妨げ、価値を滅失減少させる行為を遂げた場合たるを要するものと解すべきである。もつとも右同条の証憑湮滅罪はいわゆる抽象的危険犯に属し、証憑の湮滅などの行為があれば直ちに犯罪が成立し、それが現実の捜査審判に具体的な危険ないし実害をもたらすことまでも事件とするものではないけれども、それだからといつて単に証憑の湮滅をはかつたのみでこれを遂げるに至らなかつた場合までも直ちに同条の処罰の対象としているものとは解し難い。なお因みに刑法一〇三条所定の犯人隠避罪を右証憑湮滅罪と対比してみるに、犯人隠避罪の対象とする行為は、犯人等について広く蔵匿以外の方法によつて官憲の発見逮捕を免れしめるべき一切の行為を包含し、それらの行為によつて国家の刑事司法作用を妨害することを禁止しようとするものであるが、その行為は犯人等に対して直接的に働きかけられる性質のものであるから、法益侵害の態様が直接的でより高度であるのに対し、証憑湮滅罪の対象となる行為は、他人の刑事事件の証憑を湮滅することによるものであつて、国家の刑事司法作用に対する法益侵害の態様はより間接的であるにすぎないものと解される。したがつて犯人隠避罪においては、犯人等に逃走の便宜を与えるなどして現実に犯人等を逃避させ、官憲の発見逮捕を免れしめるに至つた場合だけではなく、本件判示の各場合のように、捜査官憲が捜査中の犯人に対して、(単に漠然たる情報の提供や逃走の依頼ではなく)、二、三日のうちに逮捕されるかもしれないなどという具体的な捜査官憲の捜査の状況を告知したり、さらにはそれに基づいて逃避するように勧告したりして、通常犯人等をして逃避の気持を起させるにたりる程度の具体性をもつた逃走の便宜を与える行為をしたような場合などにも、国家の刑事司法作用に対する法益侵害の危険性は発生したものと解すべきであり、右のような場合に犯人等が現実に逃避したりして官憲の発見逮捕を免れるに至つたか否かは右の犯人を隠避せしめる行為とは別個の、右行為者の直接支配し得ない面をも有する事柄であるから、前記のような立法の趣旨やその行為の持つ法益侵害の危険性がより高度で直接的である点などから考えて、右のような場合をも含めて処罰の対象としているものと解するのが相当である。これに反して、証憑湮滅罪の場合には、証憑の湮滅等の行為がなし遂げられてはじめて国家の刑事司法作用に対する侵害の危険性が現実に生ずるに至るものと解されるから、右のような場合のみを処罰の対象としているものと解すべきであり、右各規定の立法趣旨およびそれぞれの行為の持つ法益侵害の危険性の程度ないしはその直接的か間接的かなどの点から考えれば、証憑湮滅罪の場合を犯人隠避罪の場合と別異に解することは当然であるというべきである。したがつて前記公訴事実記載のように、捜査中の被疑事件の参考人に対して単に逃避をすすめたのみで、それ以外にはなんらの行為もせず、右参考人自身もその場で右の勧めを拒絶して、結局実際にも逃避するに至らなかつたような場合には、いまだ刑法一〇四条所定の証憑湮滅罪にはあたらないものと解するのが相当である。

三 次に前記公訴事実記載のように捜査官憲において捜査中の被疑事件の参考人に対して虚偽の供述を求める行為が刑法一〇四条所定の証憑湮滅罪、またはその教唆罪に該当するか否かにつき検討するに、同条にいわゆる「証憑」とは、刑事事件につき捜査機関または裁判機関が国家の刑罰権を確定するに際し関係ありと認められる一切の資料をいい、いわゆる物証のほかに証人参考人等の人証をも含むと解すべきは、前記のとおりであるが、しかしそれらは、右規定の文言上もいわゆる「証拠方法」を意味するにとどまり、証人や参考人の供述などのいわゆる「証拠資料」までも包含するものと解すべきではない。しかも現行法上は、刑法一〇四条の証憑湮滅罪とは別に、同法一六九条以下には偽証罪の規定があつて、特に法律により宣誓をした証人が虚偽の供述をした場合のみを処罰の対象として居り、その立法の趣旨からすれば、宣誓をしない証人が虚偽の供述をした場合や、第三者が右のような証人に対して虚偽の供述をするように依頼したような場合には処罰の対象とする趣旨とは解し難く、したがつてそれらの場合をも同法一〇四条の証憑湮滅罪に該当するものとして処罰の対象になるものと解するのは妥当ではない。それ故まして捜査機関に対して出頭および供述を拒む自由を有する捜査段階における参考人が捜査官憲に対して虚偽の供述をした場合や、第三者が右のような参考人に対して虚偽の供述をするように依頼した場合も右同条所定の証憑湮滅罪またはその教唆罪にはあたらないものと解するのが相当である。したがつて前記公訴事実記載のように、単に捜査段階における参考人たるべき者に対して、被疑事実の口止めないしは既に捜査中の被疑者と口裏を合わせるように依頼した行為のみでは、それが強制的要素を伴つて刑法一〇五条の二所定の各行為にあたる場合に、同条によつて処罰の対象とされることのあるのは格別として(本件の場合には刑法一〇五条の二所定の訴因としての起訴はなされていない)、いまだ同法一〇四条所定の証憑湮滅罪またはその教唆罪にはあらたないものと解するのが相当である。

四 以上の理由により、結局被告人に対する前記公訴事実は、いずれも刑法一〇四条所定の証憑湮滅罪にあたらないものというべきであり、本件公訴事実中右各証憑湮滅の点は刑事訴訟法三三六条にいわゆる罪とならない場合にあたるが、右は有罪と認定される判示犯人隠避の各罪とそれぞれ観念的競合の関係にあるものとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言い渡しをしない。(原田修 富永辰夫 仁田陸郎)

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