大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)1663号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判決理由】原告が電器製品の月賦販売を業とする会社であり、被告井上が原告の被傭者としてその被傭の当初よりその得意先から売掛月賦金の集金をする事務に従事していたこと、同被告が、昭和三九年一二月五日、右月賦集金事務に従事して原告の得意先から集金した現金の合計額が金四七二、三一〇円であつたこと、右現金は、集金者各自の鞄に入れて原告会社事務所の二階の被告らの部屋のロッカーの投入口から入れると一階の経理課に落下し、翌日経理課員がこれを取出して計算する仕組になつており、右被告等の部屋は主任係長を含めて数名の集金事務従事者が使用していたこと、<中略>は、いずれも当事者間で争いがない。

<証拠>を綜合すると原告会社の月賦金集金事務中、被告井上の所属した課は職域単位の集金事務を担当する直集課で、そこでの被告井上等集金係員は、各人別にその得意先から集金した月賦金を原告会社に持ち帰つてその領収書控と照合したうえ金種別に社内納金明細書に記入し、さらに請求したが集金できなかつた分についての未入明細書を作成し、これ等の書類と右集金した月賦金とを所定の鞄に入れたものを、被告井上等の部屋のなかにある他の業務部席を経た部屋の郵便ポスト型の金庫(ロッカー)の投入口に各集金係員の責任で投入することとなつており、この投入口は被告井上およびその係長等の席から約一〇メートル離れていて望見できる位置にあること、右集金係員は、別に集金カード、請求書控、入金報告書に必要事項を記入し、これ等の書類は責任者である係長を経て業務課に廻付されることとなつており、右金庫に投入された鞄は一階の経理課員によつて、その翌日、直集課係員立会のもとに取出されて集金した月賦金関係書類との照合がなされたのち書類は業務課に廻付され、業務課において責任者から廻付された前示集金カード等と照合して各集金係員別にその集金状況が確認できることとなつていること、右金庫へ右鞄を投入するまでの事務は各集金係員各自がこれをすることとなつているが、係員相互の間では互に自己の鞄を投入するついでに他人の鞄も一諸に投入してやることもよく行われていたこと、右直集課の部屋では他の業務部の者も加えて総勢五〇人位の原告社員が事務をとつているが、この部屋へ外部の出入は原則としてなく、また右金庫に投入された鞄は、一階の経理課で開けるほかは絶対に取出せない仕組となつているけれども、鞄を金庫に投入した際に直接これを確認する方法は何ら講じられていないことが認められる。

<証拠>を綜合すると、被告井上は、昭和三九年一二月五日午後四・五時頃、その集金先から原告会社に帰り、その属する直集課にある自己の机上で、当日集金した月賦金四七二、三一〇円中金三〇〇、〇〇〇円が一、〇〇〇円札であつたのを同じ係の訴外杉本幸保が集金した金員中一〇、〇〇〇円札三〇枚と交換したうえ、これに所要の領収書控、社内納金明細書等を添えて所定の鞄に入れたものを、右杉本訴外人の机上に置いて金庫への投入を依頼し、その頃別に責任者の係長を経て業務課に廻付すべき集金カード、請求書控、入金報告書等への必要事項の記載を終了したのち、社外にある風呂屋で同じ集金係員の訴外藤井正美ととともに入浴してから退社したこと、被告井上からその鞄の金庫への投入を依頼された訴外杉本は、その後間もなく、右藤井訴外人に対し右札のうえにある自己の鞄を含む鞄の投入をも依頼して退社したが、被告井上の鞄が現実に金庫に投入されたかどうかについてはこれを確認していないこと、右藤井訴外人は、自己の鞄に加えて右杉本訴外人から依頼された鞄を含めて四つか五つの鞄をまとめて金庫に投入したが、その際、その投入した鞄のなかに被告井上の鞄があつたかどうかは確認していないこと、右藤井訴外人はその後一階に降りてそこで被告井上と落ちあつて社外での入浴を了してから退社していること、当時原告会社経理課で出納係長をしていた訴外石丸豊は、翌日である同年一二月六日午前九時三〇分頃直集課女子社員の訴外太田某立会のうえ前示金庫を開いて合計三七個の月賦金入り鞄を取り出し、これをその添付関係書類と点検照合のうえ右書類を業務課に回付し、翌日である同年一二月七日、業務課において、右経理から回付された書類と直集課の責任者を通じて回付された書類とを照合した結果、被告井上の集金した月賦金を入れた前示鞄が右三七個の鞄中になかつたこと、その後被告井上の右鞄はどこからも発見されていないこと、原告会社ではこの前にも集金した月賦金を入れた鞄が金庫に入れたのにないという事件があつたが、金庫投入の際直接これを確認する具体的措置はなされなかつたことが認められる。

証人平田忠生、同岡島正昭の各証言中、集金した月賦金を入れた鞄をまとめて金庫に入れることは禁じている旨の各供述部分は前顕その余の証人の証言および右両証人の他の関連供述部分に照らして信用できないばかりか、右その余の各証人の証言および右両証人の他の関連供述部分を綜合すると、責任者である右両証人においても、係員相互の間で互いに自己の鞄を投入するついでに他人の鞄も一諸に投入することを引受けたり頼んだりすることを敢えて禁ずることなく黙認していたことが認められる。また証人円尾弘明の証言中右藤井訴外人が金庫に入れようとしてその手に持つた鞄は合計五個であり、その中には、右藤井および杉本訴外人、訴外岡島ならびに同円尾弘明の分に加えて被告井上の分もあつたとの供述部分は、証人岡島正昭、同杉本幸保、同藤井正美の各証言および被告井上本人尋問の結果中関係供述部分並びに前示認定事実に照らしてとうてい信用できない。

ところで、一般にこの種集金担当者たる被傭者とその使用者との関係は、被傭者はその集金した金員を、善良な管理者の注意義務をもつて、その使用者の指図にしたがつた手続を経て、これを使用者に引渡すという雇傭契約上の労務給付義務を負担し、使用者はその現金を取扱うという労務の内容に即してその(指図指揮命令)を適切にし、ことにその保安に留意してこれを保護助力すべき使用者としての義務を負うものである。万一被傭者において、右集金した金員を使用者に引渡す前にその所持を失つたとしても、被傭者に右の善管義務違反のない限り、その債務不履行の生ずる余地はないから、被傭者は使用者に対し右所持を失つたことによるその損害を賠償する義務はない。仮に被傭者に何等かの善管義務違反が認められてその債務不履行がある場合にも、使用者にも右義務の懈怠による過失あるときは、右の損害賠償の責任及びその金額を定めるうえで斟酌されるべきである。

そうすると、被告井上は、自己の集金した月賦金を原告事務所の定められた部屋に持帰り、所要の書類を作成してこれとともに定められた鞄に収納するまでの手続を自ら履践したが、さらに右鞄を同じ部屋にある金庫内に投入してその労務提供義務を完了すべきであるのに、これをしないで、それまで黙認されていた同僚に依頼して投入する方法をとつて右鞄をその同僚の机上に置き、その後間もなくその同僚の依頼で他の同僚により、右机上に存した鞄を含む四、五個の同様の鞄が右金庫に投入されたが、その際一緒に投入される筈の被告井上の鞄が右金庫内で発見されず、恐らく依頼から投入時までの僅かの時間内に無くなつた(何人かにより持去られた)ものであるけれども、右部屋は原告の直接の占有下にあつて原則として部外者の出入する虞のない場所であつたから、被告井上の右労務給付義務は、同僚を介してではあるが完全に履践されるであろうことが充分期待できる状況下にあつて、その間同被告およびその依頼を受けた同僚等にも善良な管理者としての注意義務を怠つたことを問擬する余地はない。それにもかかわらず右の結果を招来したのは、主として当時原告が金銭の授受に相当する右金庫への投入を直接確認する(いわゆるチェックする)措置とその保安に対する留意とを怠つて、自己の指図と保安上における保護助力義務を尽さなかつた過失にあるというべきである。したがつて他に右鞄が無くなつたことについて被告井上に故意または過失があることの立証のない本件においては、同被告に不法行為上の故意または過失があるということはできないし、また債務不履行の生ずる余地もないから、同被告は、右鞄が無くなつたことにより原告の蒙つた損害を賠償する義務はない。仮に被告井上が右鞄を自ら金庫に投入しなかつたこと若しくはこれを同僚にさせようとしたことにつき同被告の責に帰すべき何等かの善管義務違反の事実が認められて債務不履行があるとしても、その不履行にいたつた事情とこれについての前示原告の過失を斟酌するときは、被傭者である同被告にその損害賠償の責任を課することは酷であつて許されないから、原告の被告井上に対する本訴請求は結局その理由がない。(富田善哉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!