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大阪地方裁判所 昭和40年(手ワ)582号 1965年7月16日

原告 株式会社北田工務店

被告 山本市郎こと洪敬達

主文

1  本件訴訟は昭和四〇年五月一二日付訴取下の合意により終了した。

2  訴訟費用は三分し、その一を原告のその二を被告のそれぞれ負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金六五万円および内金一〇万円について昭和四〇年三月二一日より、金一〇万円について同年同月二二日より、金一〇万円について同年同月二七日より、金一〇万円について同年同月二九日より、金一五万円について同年四月一日より、金一〇万円について同年同月二一日より各完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として「原告は別紙約束手形目録<省略>記載の手形要件および裏書の記載ある約束手形六通を各前所持人から返還を受けて所持している。被告は前記手形要件を記載した右手形を各振出日頃いずれも訴外静岡産業株式会社に交付して振出したものであり、原告は右手形をそれぞれその支払呈示期間内に支払いのため支払場所に呈示した。よつて原告は被告に対し右約束手形金合計六五万円および内金一〇万円について満期の翌日である(以下いづれも同じ)昭和四〇年三月二一日より、金一〇万円について同年同月二二日より、金一〇万円について同年同月二七日より、金一〇万円について同年同月二九日より、金一五万円について同年四月一日より、金一〇万円について同年同月二一日より、各完済に至るまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払いを求める」と述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。<立証省略>

被告は、請求棄却の判決を求め、答弁および抗弁として「原告主張の請求原因事実は全部認める。しかし原被告間において乙第一、二号証記載のとおり本訴提起後の昭和四〇年五月一一日に本件約束手形金の支払期限を猶予し、かつ同月一二日に本件訴訟を取下げる旨の合意をなした」と述べた。<立証省略>

理由

本件訴状が昭和四〇年五月四日当庁に提出され、同月一二日被告に送達されていることは一件記録に徴し明らかなところ、被告は、同日原被告間において本訴を取下げる旨の合意があつたと主張するから、まづ被告主張の訴取下の合意の成否について判断するに、原告代表者および被告の名下の各印影が同人等の印章によるものであることは当事者間に争いがなく、従つてそれぞれ適式に押捺がなされたものとみなされることにより全部真正に成立したものと推定される乙第一、二号証によれば、原告と被告とは昭和四〇年五月一二日裁判所外(訴訟外)において、いわゆる示談成立を基因として書面(乙第二号証)を以て本件訴訟を取下げる旨の合意をなした事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、訴訟外における訴取下の合意については、かような訴訟契約を認めた明文の規定がないので法律手続の遵守を趣旨とし、任意訴訟を禁止する訴訟法の立前上なんらの効力を生じないとする見解がある。しかしながら任意訴訟の禁止は、現実に提起せられた訴訟の追行を具体的にいかに決するかを当事者の自由に任せないというところに本旨があるのであつて、当事者処分権主義や弁論主義が認められている以上右合意のように訴訟の追行に直接関係のない合意を一律に違法かつ無効とすべき実質上の理由がなく、殊に訴取下の合意については制限的にではあるが訴取下が自由に認められ、(民事訴訟法第二三六条)また明文を以て不控訴の合意が許されている(民訴法第三六〇条)という点から考え、右の合意を有効とみとめても、公序良俗に反することはなく、かつ強行法規を潜脱し、裁判手続の壟断となるおそれはない。却つて、訴取下の合意の存在を無視し審判を続行してみても、当事者に手続関与を強制するに失するのみで、私的紛争の解決に少しの貢献もなく、唯々、私法の理想たる信義と誠実の理念にも反することとなる。

のみならず、訴訟経済にも反している結果となる。そして、訴取下の合意が存する以上、速かに訴取下の手続を採るべきに拘らず、これをなさない原告を掣肘する意味においても、訴取下の合意を有効とみとめる実際上の価値がある。殊に係争案件につき示談(和解)の成立している本件においては信義則に徴しても右掣肘の意義を十分に認めうるところである。

かようにして訴取下の合意は訴訟法上有効と認めてよいと解される。唯その訴訟法上の取扱については民事訴訟法第二五条、第二三六条第三項を類推適用して訴取下の合意はこれを書面によりなす必要があり、且つ右合意の存することを(妨訴の抗弁として)当該訴訟の係属している受訴裁判所に対して申述することにより、当該訴訟上においてその効力が生じるものと解するのが相当であるところ、被告は本件訴取下の合意が存することを第一回口頭弁論期日において陳述し、かつ右合意が書面により成立したことを立証しているから、本件訴取下の合意は本訴訟上において有効に効力が生じたものといわなければならない。

ところで、訴取下の合意が有効と認められた場合、受訴裁判所は訴を不適法として却下すべきであろうか。かような見解も有力であるが、しかし有効に訴の取下の合意があつた以上、これに民事訴訟法第二三六条の訴の取下と同じ効力を保持させるのが適当であり、右の合意があつたことを訴訟上確定する趣旨において判決を以て訴の取下の合意の存在を宣言して訴訟を終了させるのが相当であると解する。

そうだとすると、原被告間に昭和四〇年五月一二日訴取下の合意が成立したことにより、本件訴訟は終了したものというべきである。

よつて民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 砂山一郎)

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