大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)102号 判決 1975年5月14日
大阪市生野区鶴橋町二丁目二〇―一六
原告
北尾亀雄
右訴訟代理人弁護士
土田嘉平
同
山田一夫
同
細見茂
大阪市生野区勝山北五丁目二二番一四号
被告
生野税務署長
安藤敏郎
大阪市東区大手前之町一
大阪国税局長
山内宏
右両名訴訟代理人弁護士
麻植福雄
右両名指定代理人
中山昭造
同
江里口隆司
同
塩崎寿彌
同
岡本至功
同
山本喜文
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
1. 被告署長が昭和三九年七月一五日付でした、原告の昭和三八年分所得税の総所得金額を五五八、四七六円とする更正処分および過少申告加算税賦課決定処分を取消す。
2. 被告局長が、昭和四〇年六月一八日付でした原告の右処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。
3. 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、被告ら
主文同旨
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は、縫製業を営んでいる者であるが、被告署長に対し、昭和三八年分所得税の総所得金額を三二六、二五〇円と確定申告したところ、被告署長は、昭和三九年七月一五日付で、右金額を五五八、四七六円とする更正処分および過少申告加算税賦課決定処分をした。原告はこれに対し、異議申立をしたが棄却されたので、被告局長に審査請求をしたところ、被告局長は、昭和四〇年六月一八日付でこれを棄却する旨の裁決をした。
2. しかしながら、被告署長のした本件処分には、原告の所得を過大に認定した違法がある。
3. 又本件裁決には次のように手続的に審理不尽の違法がある。
(一) 被告局長は、原告の要求にかかわらず、原処分庁に弁明書の提出を求めなかつた。これは行政不服審査法二二条に違反する。
(二) 被告局長は、原告が原処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、異議申立書、異議申立決定書、更正決定決議書、確定申告書の四通の閲覧を許可しただけであつた。これらは、本件処分の理由となつた事実を証する書類ではないから被告局長の右措置は同法三三条二項に違反する。
二、請求原因に対する被告らの答弁
1. 請求原因1.の事実を認め、同2.の主張を争う。同3.の主張中、被告局長が原告の要求にかかわらず、原処分庁に弁明書の提出を求めなかつたこと、原告の書類閲覧請求に対し原告主張の四通の書類につき閲覧を許可しただけであることを認めるが、これが違法であるとの主張は争う。
三、被告署長の主張
原告の昭和三八年分の総所得金額は、別表A欄のとおり七四六、一六一円となるから、この範囲内でなされた本件処分に違法はない。
四、被告局長の主張
1. 処分の取消請求の訴と処分を維持した裁決の取消請求の訴とが併合提起されている場合において、処分に違法がないときは、かりに不服審査の手続に違法があつても、裁決を取消すことはできない。けだし、かりに裁決を取消しても、審査庁としては原処分を取消す余地がなく、再び原処分を維持した裁決をするほかはないからである。本件においても本件更正処分に違法はないから、原告には、本件裁決の取消を求める法律上の利益がない。
2. 行政不服審査の手続において、審査庁が行政不服審査法二二条により処分庁に対し弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の自由裁量に属する。そして本件において被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことにつき、裁量権の範囲の逸脱ないし濫用はない。
3. 被告局長が原告に閲覧を許可した書類以外の書類は処分庁から送付されていなかつた。審査請求人は審査庁に対して、未提出書類の提出方を処分庁に求むべきことまでも請求しうるものではなく、また担当協議官が直接閲覧したときに収集した調査メモは「処分庁から提出された書類その他の物件」にあたらないから、書類閲覧に関しても何ら違法はない。
五、被告署長の主張に対する原告の答弁
被告署長主張の昭和三八年分の総所得金額の明細についての認否および主張は別表B欄のとおりである。
第三、証拠
一、原告
1. 甲第一ないし第一一号証を提出。
2. 証人八木辰二郎の証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)を援用。
3. 乙第八号証の一、二につき、住所、氏名の記載部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知。第九ないし第一二号証につき、官公署作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知。その余の乙号各証の成立を認める。
二、被告ら
1. 乙第一ないし第四号証、第五、第六号証の各一、二、第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一三号証を提出。
2. 証人住永満、同村田好三、同川中繁徳の各証言を援用。
3. 甲第六ないし第八号証は不知、その余の甲号各証を認める。
理由
一、請求原因1.の事実(原告の営業と本件処分および裁決の存在)は当事者間に争いがない。
二、被告署長のした本件処分の適否について。
1. 収入金額について検討する。
(一) 別表A欄Ⅰ<1>の金額は当事者間に争いがない。
(二) 官公署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については、証人川中繁徳の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一〇ないし第一二号証および同証言を総合すると、河内屋衣料販売株式会社からの加工賃収入は、二七、七五〇円と認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果(第一回)は右各証拠に照して採用できない。
(三) 官公署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については証人川中繁徳の証言によつて真正に成立したと認められる乙第九号証および同証言を総合すると、河合衣料株式会社からの加工賃収入は、二〇〇、〇〇〇円と認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果(第一回)は、右各証拠に照して採用できない。
(四) 以上を合計すると昭和三八年分の収入金額は二、三二七、一四〇円となる。
2. 別表A欄Ⅱ、<1>ないし<9>、Ⅲ、<1>、<2>、Ⅳの各金額は当事者間に争いがない。そうすると当事者間に争いのある同表Ⅱ、<10>、<11>、Ⅲ<3>の各金額が、原告の主張する同表B欄Ⅱ、<10>、<11>、Ⅲ<3>のとおりであつたとしても、原告の昭和三八年分の総所得金額は同表C欄のとおり六九四、五六一円となり、本件処分の認定額を超えることが明らかであるから、右争点を判断するまでもなく、本件処分に原告の所得を過大に認定した違法はないことになる。
三、被告局長のした本件裁決の適否について。
1. 訴の利益について
被告局長は、処分取消請求が棄却されるべきときは、裁決取消を求める利益がないと主張するが、処分取消請求棄却の判決には関係行政庁に対する拘束力はなく、又それは、当該処分による法律関係自体を確定するものでもないから、裁決に固有の瑕疵があつて裁決が取消され、審査庁があらためて裁決をする場合に、原処分を取消しあるいは変更することが(実際上は稀であるとしても)全くないとはいいきれない。したがつて本件の場合のように、処分取消請求は理由がないときでも、なお裁決の取消を求める訴の利益を否定することはできないと解すべきである。
2. 弁明書について
被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の自認するところである。しかし審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文理上明らかであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことが、裁量権の範囲の逸脱ないし濫用となるような事情はこれを認めることができない。
3. 被告局長が原告の書類閲覧請求に対し、原告主張の四通の書類につき閲覧を許可しただけであることは当事者間に争いがない。しかし弁論の全趣旨によれば、それ以外に原処分庁から提出された書類はなかつたことが認められ、被告局長としては原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させる義務はないし、又審査庁担当者の調査メモは「処分庁から提出された書類その他の物件」にあたらず、閲覧請求の対象とはならない。したがつてこの点に関しても違法はない。
四、以上説示したように、被告署長の本件処分および被告局長の本件裁決はすべて適法であり、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官石井彦寿は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 下出義明)
<省略>