大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)111号 判決 1974年1月30日
原告 奥崎謙三
被告 国
訴訟代理人 陶山博生 外五名
主文
一 被告は原告に対し三、〇〇〇円を支払え。
二 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し二〇〇万円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二原告の請求原因
一 原告は、殺人罪により徴役一〇年に処せられ、昭和三二年一一月七日から昭和四一年八月二一日までの間、大阪刑務所に服役していたが、右服役中、被告国の公務員である大阪刑務所長は、原告宛に送付されてきた別紙目録(一)記載の各信書について受信を許可しながら、同目録(二)記載の各信書(以下本件各信書という)については受信不許可(以下本件受信を不許可処分という)とし、当時これを原告に交付しなかつた。
二 受刑者に対する外部からの信書は、教育刑の趣旨および出所後の更生の便からも、原則として受信を許可すべきであり、信書の内容が特に不隠当な場合に限り、不許可としうるにすぎない。しかるに、大阪刑務所長は、通常人の社会通念に照らしても不適当でないと認められる内容の本件各信書を、故意あるいは過失によつて受信不許可としたのであり、大阪刑務所長の本件受信不許可処分は、人倫に反する非人間的な行為で、憲法第一一条・第一三条・第一四条・第二一条に違反し、違法である。
なお、原告に送付されてきた別紙目録(一)(二)記載の信書のうち、<あ><か><き>の如く親族でない者(以下非親族という)からの信書で受信を許可されたものがあるのに、<サ><シ>の如く親族(谷口満利衛は原告の実姉、谷口梶夫は同女の夫)からの信書でありながら受信を不許可とされたものがある。また、非親族で同一人物からの信書についても、須賀秋子からの信書のうち<く><け>は許可されたのに、<ア><イ><ウ><エ><オ>は不許可になり、小迫郁正からの信書のうち<さ>は許司されたのに、<カ>は不許可になり、八田昭二からの信書のうち<す>は許可されたのに、<ス>は不許可になり、石地千鶴子からの信書のうち<せ>は許可されたのに<タ>は不許可になつた。このように、大阪刑務所長の受信許可・不許可の運用は、極めて恣意的である。
三 本件受信不許可処分により原告の被つた損害は、つぎのとおりである。
1 原告は、昭和二七年九月から神戸市内で蓄電池商を営んでいたが、昭和三一年四月殺人罪を犯して拘置されたので、その後は、原告の妻奥崎静美とその弟石地文治夫婦、従業員の須賀康喜・石丸洋征が、協力して右蓄電池商を続けていた。
ところで、本件各信書の発信人らは、いずれも原告に対して特別の好意を特ち、原告の留守を守つて蓄電池商を続ける原告の妻やその弟夫婦に対して、経済的あるいは精神的に支援を与えていた。
このような原告の支援者からの信書であるにもかかわらず、大阪刑務所長は、本件各信書の受信を許可しなかつたので、原告は、これらの人達に礼状と依頼状を出すことができず、大いに礼儀を失した。その結果、原告がこれらの者から得ていた好意を失うことになり、そのことが直接または間接に影響して、ただでさえ苦しかつた右蓄電池商の経営がますます苦しくなり、原告が大阪刑務所を出所するわずか一年前の昭和四〇年八月には、遂に閉店しなければならなくなり、満期出所後右蓄電池商を再開したものの、開店以来一三年間にできた旧得意先は全部失なつた。
失なつた旧得意先は全部で三〇軒くらいあり、当時得意先一軒当り約五万円の利益が予想されたので、原告は、合計一五〇万円の得べかりし利益を失つた。
2 昭和四〇年八月に蓄電池商の経営が不能となつたので、原告の妻奥崎静美は、生活の資を得るため、病人の付添婦として通うことになつたが、昭和四〇年一一月二三日、その帰途交通事故にあい、七か月余りも入院治療を続け、退院後も患部のマツサージを受けていた。
このように、違法な本件受信不許可処分、およびそれが原因となつて生じた蓄電池商の経営不能、妻の交通事故などのため、原告は、精神的・肉体的・経済的に重い負担を受けて苦しんだ。以上を金銭的に評価すれば、五〇万円の慰藉料が相当である。
四 よつて原告は被告に対し、国家賠償法第一条に基づき、以上の損害額合計二〇〇万円の賠償を求める。
五 なお被告の第三の二の2の主張事実につき、身分帳親族欄に「谷口マリエ」と記載されていることは不知、原告が姉の満利衛宛に発信する際に「谷口マリエ」と宛名を表記していたことは否認する。
第三被告の請求原因に対する認否および主張
一 (認否)
1 請求原因一の事実は認める。
2 同二の事実中、原告主張のとおり、非親族からの信書で受信を許可したものがあり、親族からの信書で受信不許可としたものがあること、非親族で同一人物からの信書で受信を許可したものと許可しなかつたものがあること、谷口満利衛、谷口梶夫と原告との身分関係は認めるが、その余の主張は争う。
3 同三の事実は不知。なお、本件受信不許可処分と、蓄電池商の経営不能、原告の妻の交通事故とは、因果関係がない。
二 (主張)
1 自由刑の本質は、自由の剥奪(拘束)であり、その目的は受刑者の隔離・改善にあるから、受刑者が信書等によつて外部と交通することは、むしろ特権として、監獄法等の行政法規によつて認められている範囲と方法においてしか認められない。監獄法は、受刑者について、親族以外の者からの受信を原則として禁止し(第四六条第二項本文)、ただ特に必要ありと認められる場合に限つて許すこととし(第四六条第二項但書)、さらに親族からの信書は原則として許可し、不適当なものに限りその受信を許さないこととしている(第四七条第一項)。そして、監獄法第四六条第二項但書の「特ニ必要アリト認ムル場合」かどうかの判断は、発信についての行刑累進処遇令第六一条、第六二条のような規定はないから、結局刑務所長の裁量に委ねられており、積極的な必要性が認められない限り、非親族からの信書の受信は許可されないのが通常である。
ところで、本件各信書のうち<サ><シ>以外の各信書は、いずれも非親族からの信書であるから、大阪刑務所長は、監獄法第四六条第二項本文によつて受信不許可としたのであり、法令に基づく正当な行為であるから、何ら違法ではない。なお、原告の主張するように、非親族で同一人物からの信書のうち、受信を許可したものと許可しなかつたものとがあるが、受信を許可したのは、受刑者の教化上特に必要があつたためではなく、前述した許否の決定基準からすれば非親族からの信書として不許可にしてよいのであるが、大阪刑務所長がいわば恩恵的にこれらの信書の受信を許可したのであり、むしろ原告に有利に取扱つたのである。従つて、非親族からの信書のうちに受信を許可したものと許可しなかつたものとがあるからといつて、大阪刑務所長が許否の決定権を恣意的に運用し、本来許可すべきものを不許可にして、原告の権利を侵害したとはいえないのである。
2 <サ>の信書についてなした本件受信不許可処分は、次のような事情・経緯でなされたものであり、これを勘案すれば必ずしも違法とはいえず、仮に違法であるとしても、大阪刑務所長に過失があつたとはいえない。
即ち、右<サ>の信書の発信人である「谷口満利衛」は原告の姉であるが、原告の申出に基づいてその記載がなされた大阪刑務所備付の原告に関する身分帳の親族欄にはその氏名が「谷口マリエ」となつており、原告自身も姉満利衛宛に発信するときは、「谷口マリエ」と宛名を表記していたので、大阪刑務所では、従前より同人の氏名を「谷口マリエ」として処理していたのである。加えて、大阪刑務所では常時三千数百名の受刑者を収容し、受信書数も多数にのぼるうえ、右信書は暑中見舞であつて、時期的にも大量の受信書を一時に処理しなければならない状況にあつたのである。その結果、通常であつても「満利衛」と「マリエ」が同一人であるとは考えられないのに、右のような状況も加わつて、右身分帳の記載に基づき親族から発せられた信書ではないと判断し、受信不許可としたのである。
3 仮に、<サ><シ>の信書の受信を不許可としたのが違法であり、これが原告に到達しなかつたために、原告が何らかの精神的損害を被つたとしても、右各信書は暑中見舞あるいは年賀状であるから、その損害は、法律上保護に値する損害とはいえない。
第四証拠<省略>
理由
一 請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。
二 まず、本件受信不許可処分の違法性について考える。
1 大阪刑務所長が受信不許可とした本件各信書中、<サ><シ><ツ>以外の各信書がいずれも原告の非親族から発信せられたものであり、<ツ>の信書の発信人が不明であることは、当事者間に争いがない。監獄法は、受刑者について、非親族からの信書の受信を原則として禁止し(第四六条第二項本文)、ただ特に必要ありと認められる場合に限つて許す(同条第二項但書)旨定めており、なお発信人不明の信書は同条第二項の親族に非ざる者からの信書として取扱われるべきであるところ、証人上園兼義、同桜井博の各証言によれば、大阪刑務所長は、<サ><シ>を除く右各信書を原告に交付することが特に必要とは認められないとして、監獄法第四六条第二項の規定に従い、受信不許可としたことが認められる。
そもそも自由刑の執行は、国家の刑罰権の行使として受刑者を拘禁することにより、受刑者を社会から隔離して一般社会を防衛し、かつ受刑者の教化・改善を図つて社会への適応性を回復させることを目的とするものであり、右の行刑目的に照らし、合理的な範囲で受刑者の信書受信の自由が制限を受けるのはやむをえないものといわなければならず、監獄法第四六条第二項の受刑者の受信の規制についての規定が憲法第一一条・第一三条・第一四条・第二一条に違反しているとは解しがたい。そして、右規定の趣旨は、当該信書を受刑者に交付することによつて、受刑者の教化の妨げとなり、あるいは受刑者の逃走の防止、刑務所内の秩序維持等に支障を生ずることになるのを避けるにあると解されるが、そのようになる虞れがあるか否かは、刑務所長が専門的・技術的知識と経験に基づき判断すべきことがらであるから、結局、監獄法第四六条第二項但書所定の特に必要ありと認められるかどうかの判断は、刑務所長の裁量に委ねられていると解され、刑務所長の判断が合理的な基礎を欠き、または不当な配慮のもとに行なわれる等、裁量権の範囲をこえたり濫用にわたらない限り、その受信不許可処分は違法となるものではない。
ところで、いずれも成立に争いのない甲第四号証の二の一・二、同第四号証の三の一・二、同第四号証の四の一・二、同第四号証の六の一・二、同第四号証の七の一・二、同第八号証の二の一・二、同第九号証の一・二、同第一〇号証の一・二、同第一一号証の一・二、同第一四号証の二、同第一五・第一六号証、同第一七号証の一、同第一八号証、同第二一号証によれば、本件各信書のうち<サ><シ><ツ>を除く各信書には、重要な内容の記載はなく、いずれも、発信者の近況報告、原告に対するはげまし、早期釈放を願う内容の信書および年賀状・暑中見舞等時候の挨拶状であること、<ツ>の信書(簡易てがみ)については、発信者の氏名の記載がなく、したがつて発信人は不明であるが、その内容も第三者には理解しがたく、右信書を受刑者に交付することは、教化等の妨げとなる虞れがあると判断されてもやむをえないことが認められる。また、別紙目録(一)(二)記載の各信書中には原告主張のとおり、非親族で同一人物からの信書でありながら、受信を許可したものと許可しなかつたものとがあることは、当事者間に争いがないが、前述の如く、監獄法第四六条第二項但書に基づき、刑務所長が非親族からの信書の受信を許可するかどうかは、その自由な裁量に委ねられているものというべきであるから、非親族で同一人物からの信書の中に受信を許可したものと許可しなかつたものがあるからといつて、その不許可が直ちに違法であるということはできない。ほかに、大阪刑務所長が、<サ><シ>の各信書を除く本件各信書について、その受刑者への交付が特に必要とは認められないとしてなした受信不許可処分が、裁量権の範囲の逸脱ないし濫用に当たると解すべき資料はないから、右処分はその当否が問題となるのは格別、違法ということはできない。
2 本件各信書のうち<サ>の信書の発信人である谷口満利衛が、原告の実姉であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一二号証、同第二五号証、乙第二号証、証人桜井博、同上園兼義の各証言を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 受刑者の信書受信の許否を決定する権限は刑務所長にあるが、実際上、所長自らが多数の信書を検閲して受信の許否を決定するのは不可能なため、大阪刑務所では、受刑者の収容場所を四区にわけ、各区に看守長を区長として配置し、区長に信書受信の許否を代決させ、区長の下に書信係を配置して、その補助をさせていた。
(二) 受刑者宛の信書は各区の書信係に送られ、書信係は、信書を検閲し、受刑者毎に作成されている書信表に受信年月日・発信者の住所・氏名および内容の概要を記載し、なお発信人と受刑者本人との間に親族関係が存するか否かを、大阪刑務所備付の受刑者分類調査票添付の身分帳の記載(その写しが書信表に添付されている)により調査し、親族関係が存しない場合にはその旨も記載して、書信表を信書とともに区長に送り、区長は主として書信表に基づいて受信の許否を決定していた。書信係は、発信人と受刑者本人との身分関係を、通常前記身分帳の記載と照合して調査していたが、信書内容等を勘案して、さらに別の調査方法をとることもあつた。なお、前記身分帳は、受刑者が大阪刑務所に入所した際になす親族関係についての申出に基づき、さらに公の団体に問いあわせるなどして、大阪刑務所職員が作成していた。
(三) 大阪刑務所第二区で書信係をしていた橋田某は、谷口満利衛が昭和三三年七月八日、当時第二区に収容されていた原告に対して発信した前記<サ>の信書(はがき)をそのころ受取つたが、<サ>の信書の発信人が「谷口満利衛」で、前記身分帳には姉として「谷口マリエ」の記載はあるが「谷口満利衛」の記載はなかつたので、前任者である上園兼義にそれが同一人物であるか否かを尋ね相談した。その結果、右の身分帳には名前が「マリエ」と片仮名で記載され、住所が神戸市兵庫区房王寺町となつているのに、<サ>の信書では、発信人の名前が「満利衛」と漢字で記載されていて、住所も神戸市長田区七丁目一五となつていることから、「谷口満利衛」とは同一人でないと判断し、結局橋田は、<サ>のはがきの表側に「身分帳不記載法四六ノ二不許」(法四六ノ二は、監獄法第四六条第二項の意味である)と記載して区長の決裁を求め、区長は結局<サ>の信書の受信を許可しなかつた。ちなみに、谷口満利衛が原告に対して発した甲第二五号証の信書(封書)では、発信人の名前が「谷口まりえ」と平仮名で書かれ、また住所が神戸市長田区房王寺町七二五と記載されていたので、書信係は身分帳に記載されている「谷口マリエ」から発信されたものとして処理し、大阪刑務所長も右信書の受信を許可した。なお、前記<サ>の信書には、無さたを謝り、早期の出所を祈る旨の文言が、ごく簡単にしかも儀礼的に記載されているのにすぎない。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
親族からの信書については、原則として受信が許可され、監獄法第四七条第一項により不適当なものに限り不許可とされるにすぎないが、実姉である谷口満利衛から原告に対して発せられた<サ>の信書(はがき)が、右条項の規定しているような不適当なものであることは被告の主張しないところであり、これを認むべき資料もないから、右信書の受信を不許可とした大阪刑務所長の措置は、違法であるといわなければならない。
そこで、右認定の事実に基づき、<サ>の信書の受信を許さなかつた大阪刑務所長の措置に、過失があつたかどうかについて考える。先に述べたような事情のもとでは、「谷口満利衛」と「谷口マリエ」とが同一人でないとした当時の書信係橋田の判断を、にわかに非難できないが、他方、外部との交通が遮断されている受刑者にとつて、信書は、接見とともに、外部の者との間の唯一の交通手段であり、受刑者が信書に対して寄せる期待の大きいことを考えると、刑務所当局としては、前記身分帳の作成にあたり、右のような使用目的を考慮して受刑者である原告には、親族の名前について使用される可能性のある表記字体を全て申し出るように促し、もつて身分帳の作成に万全を期するべきであり、また、書信係としては、受刑者本人に問い合わせるなどして、「谷口満利衛」と「谷口マリエ」とが同一人であるかどうかを、さらに調査すべきであつたといわなければならず、自ら右措置をとらないのであれば、常識的にみても、「谷口満利衛」と「谷口マリエ」とが同一人物である可能性は強いから、その旨を記して区長に留意と適宜の措置を求めるべきであつた。しかるに、前掲各証拠によると、大阪刑務所の右関係者らは、いずれの措置もとらず、漫然右信書の受信を不許可としたことが明らかであり、大阪刑務所長が右信書の受信を許さなかつた措置には、過失があるものといわざるをえない。
3 本件各信書のうち<シ>の信書の発信人である谷口梶夫が、谷口満利衛(原告の実姉)の夫で原告の親族であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一三号証の二によれば、右信書は形式的な年賀のきまり文句が書かれているだけのはがきであることが認められる。
右事実によれば、親族である谷口梶夫から原告に対して発せられた<シ>の信書が、監獄法第四七条第一項が規定しているような不適当なものとはいえない(被告もそれが不適当な信書であるとは主張していない)から、右信書の受信を許可しなかつた大阪刑務所長の措置は、違法であるといわなければならない。
そこで、<シ>の信書の受信を許さなかつた大阪刑務所長の措置に、過失があつたか否かについて考えるに、職務上、監獄法第四六条第四七条が定める受信の許否基準を十分承知しているはずの区長らは、このような親族(谷口梶夫が原告の姉満利衛の夫であることは、乙第二号証の受刑者分類調査表添付の身分帳により明らかである)からの年賀状が、右条文により受信を許可すべき信書に該当することは容易に判断できるから、右所長の代決者として、これを漫然と不許可にすれば、それだけで過失があつたものと認めるに十分である。
なお、証人桜井博の証言によれば、当時原告が収容されていた大阪刑務所第四区には、五五〇名から五六〇名の受刑者が収容されていたが、右受刑者に届けられる信書を書信係桜井博が一人で検閲していたこと、大阪刑務所では、受刑者宛にきた年賀状を元旦に本人に交付するために、各区の書信係が一二月三〇日の午後わざわざ年賀状を郵便局まで受取りに行き、書信係一人で約二、〇〇〇通の年賀状を、わずか一日余りで検閲していたことが認められるが、前顕甲第一三号証の二によると右<シ>の年賀状には神戸市長田郵便局の昭和三三年一二月三一日午後零時から同六時までの間の消印(日付印)があることが認められ、すると堺市所在の大阪刑務所の前記書信係桜井博らが右年賀状の検閲をし受信の不許可の決定をしたのは、元旦に届けるべき大量の年賀状等を処理したのちのことと推認でき、大量の受信書を一時に処理しなければならない状況にあつたために、措置を誤つたとも認め難い。
三 原告の被つた損害について検討する。
1 原告は、本件受信不許可処分によつて、本件各信書の発信人らに礼状と依頼状を出すことができずに礼儀を失し、そのことが直接または間接に影響して、蓄電池商の経営が不能となり、逸失利益の喪失分一五〇万円の損害を被つたと主張し、大阪刑務所長において、本件各信書のうち<サ><シ>の各信書の受信を許可しなかつたことが違法であることはすでに認定したとおりであるが、右損害発生の事実については、これを認めるに足りる証拠がない。
2 次に、慰藉料の請求について、判断する。
成立に争いのない甲第五・第六号証によれば、原告の妻奥崎静美が、昭和四〇年一一月二四日午後一〇時三〇分頃、神戸市東灘区本山町森今北二八三番地先で交通事故に遭い、昭和四一年七月三日まで芦屋市大原町所在の伊藤病院に入院・加療したことは認められるが、<サ><シ>の信書受信不許可処分と原告の妻の交通事故との間に因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。
しかし、外部との交通が遮断されている受刑者にとつて、受刑者宛に発せられた信書は、接見とともに、外部の者との間の唯一の交通手段であり、それ故右信書に対して受刑者は多大の期待を寄せ、たとえ該信書に何ら具体的事項が記載されていなくとも、発信人が受刑者宛に信書を発信してくれたということだけでも、受刑者にとつては非常な喜びであろうことは、容易に推測しうるところで、<サ><シ>の各信書の受信を許されなかつたことによつて原告は精神的苦痛を蒙つたと認められる。その慰藉料の額は、<サ><シ>のはがきの記載内容、その他本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、三、〇〇〇円をもつて相当とする。
3 よつて、被告は、国家賠償法第一条第一項により、原告に対し、右三、〇〇〇円の損害賠償をすべき義務がある。
四 結論
以上のとおりで、原告の被告に対する請求は、三、〇〇〇円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石川恭 鴨井孝之 紙浦健二)
(別紙目録省略)