大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)123号 判決 1971年5月24日
原告 元村伊三男
被告 西淀川税務署長・大阪国税局長
訴訟代理人 麻植福雄 外六名
主文
一 原告の昭和三八年分所得税について被告税務署長が昭和三九年一一月二日付でした総所得金額を四八万一一九三円とする更正処分(但し異議申立決定により一部取消された後のもの)のうち三四万円を超える部分はこれを取消す。
二 原告の被告国税局長に対する請求はこれを棄却する。
三 訴訟費用は被告税務署長と原告との間においては同被告の、被告国税局長と原告との間においては原告の負担とする。
事実
(当事者双方の求める裁判)
原告代理人は主文第一項同旨及び「被告国税局長が昭和四〇年八月二五日付でした原告の右更正処分に対する審査請求を棄却する裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、被告ら代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
(原告の請求原因)
一、原告は大阪市西淀川区野里東三丁目二五番地で機械木型製造業を営むものであるが、昭和三九年三月一三日被告税務署長に対し昭和三八年分所得税について総所得金額を金三四万円として白色申告書により確定申告したところ、同被告から同年一一月二日付でこれを金四九万八〇一七円とする更正処分を受けたので、これを不服として同年一二月二日同被告に対し異議の申立をしたところ、同被告は昭和四〇年二月一日付で右更正処分の一部を取消し、総所得金額を金四八万一一九三円と変更する旨の決定をしたが、原告は更にこれを不服として同年三月一日被告国税局長に対し審査請求をしたところ、同年八月二五日付で棄却の裁決を受けた。
二、本件更正処分の違法事由
原告の本係争年分の総所得金額は確定申告どおり金三四万円であるから被告税務署長のした本件更正処分には原告の所得を過大に認定した違法がある。
三、本件裁決の違法事由
本件審査手続には次に述べる違法事由があるから、このような違法な審査手続に基づいてなされた本件裁決もまた違法である。
(一) 原告は審査手続中である昭和四〇年四月三日審査庁である被告国税局長に対し行政不服審査法(以下単に審査法という。)第二二条に基づき処分庁である被告税務署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告国税局長は同月九日付で原告に対し処分庁である被告税務署長に対し弁明書の提出を要求していないことを理由に右請求に応じられない旨回答してきた。しかし審査庁としては審査請求が不適当な場合であるか又は審査請求を全部容認する場合等特別な場合以外は弁明書の提出を処分庁に求めるべきで、右特別の場合にあたらない本件について被告国税局長が被告税務署長に弁明書の提出を求めなかつたことは同法条に違反するというべきであり、従つてまた同被告にこれが提出要求をしていないことを理由に原告にその副本を送付しなかつた被告国税局長の処置は違法である。
(二) 原告は審査手続において昭和四〇年四月三日審査法第三三条第二項に基づき審査庁である被告国税局長に対し、被告税務署長から提出された本件更正「処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件(以下証拠書類という。)」の閲覧請求をしたところ、被告国税局長は同月九日付で、確定申告書、更正決議書、異議申立書及び異議申立決定書の四通の閲覧を許可する、閲覧日時を同月一五日午前一〇時から正午までに指定する旨通知してきた。閲覧を許された右書面のうち確定申告書及び異議申立書はいずれも原告が作成したものであり、更正決議書及び異議申立決定書はすでに被告税務署長から送付を受けていて、いずれも閲覧の必要のないものであつたので原告は右指定期日に閲覧しなかつたものである。しかして右各書面がいずれもその表題からも明らかなように審査法第三三条に定める証拠書類に該当しないことは明らかである。そのため原告は再度同月一五日付で被告国税局長に対し証拠書類の閲覧請求をしたが、同被告は同月二六日付で同月九日付許可書記載の書類の閲覧を許可する、閲覧日時を同年五月七日午前一〇時から正午までと指定する旨の通知をしたのみで、遂に原告の閲覧請求の目的である本件更正処分についての証拠書類の閲覧は許されなかつた。右閲覧を拒否された書類としては原告の昭和三八年分所得調査書(以下本件所得調査書という。)のほか、審査請求の審理にあたつた協議官が原処分庁に赴いて右所得調査書を閲覧しその重要部分を書き写したメモ(以下調査メモという。)がある。右は違法な閲覧拒否というべきである。
以上はいずれも審査手続上重大な違法をおかしたものであるから本件裁決の取消事由となることは明らかである。
よつて本件更正処分及び本件裁決はいずれも違法であるから原告はその取消を求めるため本訴に及ぶ。
(請求原因に対する被告らの答弁及び主張)
被告ら代理人は請求原因に対し一の事実は認める、二の事実は争う、三の(一)の事実は意見にわたる部分を除き認める、三の(二)の事実中原告がその主張のとおり本件更正処分についての証拠書類の閲覧請求をしたこと及び被告国税局長が原告主張の四通の書類の閲覧を許したことはいずれも認めるが、同被告が閲覧を拒否したとの点は争うと答弁し、なお次のとおり主張した。
一 本件更正処分が違法であるとの原告の主張について
被告税務署長は原告の本係争年分の所得調査に際し原告の協力を得て実額による正確な所得計算をしようと努めたが、原告はその事業に関する諸帳簿を備えつけておらず、また請求書、領収証等の原始記録の整備保存も不完全であつたため実額による所得を把握することができず已むなく原告の申立及びその取引先調査等によつて得た資料に基づき推計したところ、原告の申告所得額と相違したので本件更正処分を行つたものである。しかしてその後の資料をも加えて更に検討したところ原告の本係争年分の所得金額は左記のとおり少くとも五六万九三四一円を下らない。従つてこの範囲内の所得があるとしてなされた本件更正処分には何らの違法もない。
(一次主張)
項目
金額
1
売上
二七二万七三一〇円
2
売上原価(原材料費)
四九万九一〇〇円
3
一般経費
(但し売上原価と特別経費にあたらない減価償却費の両費目を除く)
四三万〇九一五円
4
減価償却費(特別経費にあたるものを除く)
八万八六四二円
5
特別経費
一一二万一五九一円
内訳
(1)
雇人費
九九万六三二三円
(2)
減価償却費(建物分)
一万一二〇五円
(3)
地代
四万八〇〇〇円
(4)
支払利息・割引料
二万一〇六三円
(5)
外注費
四万五〇〇〇円
6
所得金額
五八万七〇六二円
なお3の一般経費は売上金額に〇・一五八を乗じて算定した金額である。西淀川税務署管内の同業者一三名につき調査したところ、一般経費から売上原価と減価償却費(特別経費にあたらない分)の両費目を除いたものの売上に対する百分比率(平均)は別表記載のとおり、一五・八%であつたから、これを原告の右売上金額に乗じて原告の一般経費を推計したものである。
(二次主張)
項目
金額
1
売上
二七二万七三一〇円
2
一般経費
一〇三万六三七八円
3
特別経費
一一二万一五九一円
4
所得金額
五六万九三四一円
なお右一般経費は売上金額に〇・三八を乗じて算定したものである。原告の同業者の所得率(売上金額から一般経費を差引いた金額の売上に対する百分比率)は六二%、換言すれば売上に対する一般経費の割合は三八%であるからこれを右売上金額に乗じて原告の一般経費を推計したものである。
二 本件裁決が違法であるとの原告の主張について
(一) 弁明書副本送付拒否について
1 審査法上弁明書の提出については同法第二二条第一項において「審査庁は………相当の期間を定めて弁明書の提出を求めることができる」と定めているが、右規定の形式、法律の趣旨を綜合すれば審査庁が処分庁に対して弁明書の提出を求めるか否かは審査庁の自由裁量に属する事項であると解されるから審査庁が弁明書の提出を求めることなくして裁決をしたことをとらえてこれが違法を云々するのは失当である。しかして本件において審査庁たる被告国税局長が処分庁たる被告税務署長に対して弁明書の提出を求めなかつたことは審査庁の有する裁量権の範囲をこえていないことはもとより裁量権の濫用でもないことは次の理由から明瞭である。即ち国税に関する法律に基づく処分で所得税に係る審査請求の審理は事案が大量に発生し、かつ当該処分に対する不服が概して要件事実認定の当否に係るものであるから、税務行政に習熟した協議官が専らこれにあたり(旧国税通則法第八三条第二項に基づく国税庁協議団及び国税局協議団令参照)、協議官は審査請求の審理にあたつては自ら必要な調査にあたり、又は国税庁長官もしくは国税局長を通じ国税庁、国税局もしくは税務署の当該職員に対しその調査を嘱託するほか、当該審査請求の目的となつた処分に関する事務に従事した職員及び当該審査請求人にその意見を述べる機会を与えなければならないこととされている。このように事案が大量に発生し、かつ当該処分に対する不服が概して要件事実認定の当否に係るものの審査請求について、処分庁から弁明書を徴取しこれを審査請求人に送付し、同人からのこれに対する反論書の提出を待ち、これらの書面を資料として審理するよりも、協議官が自ら必要な調査を行ない、処分庁関係職員及び審査請求人双方から口頭で意見を聴収する方がはるかに迅速適正な処理をはかることができるのは明らかであり、この方法は所謂書面審理方式にくらべ、より一層不服審査制度の趣旨に合致するというべきである。被告国税局長はこのような見地から弁明書の提出を求めなかつたものでありこれが権限行使につき裁量権の範囲をこえたものでもなく、また濫用したものでもないというべきである。
2 また被告国税局長が被告税務署長に弁明書の提出を求めず、従つてその副本を原告に送付しなかつたことが本件更正処分をめぐつての争点の整理ないし確定、ひいて右争点に関し原告が意見陳述ないしは反論するにつき不利益を及ぼしたような事実は全くない。即ち本件更正処分をめぐる争点は貸倒れ処理ないしは債権償却引当金への繰入れ処理が認められるかどうかということと、減価償却費の実額を控除すべきかどうかという二点に限定されているのであるが、貸倒れ処理が認められないことに関する原告の認識はすでに更正処分の段階から存していたものであり、また減価償却費について売上金額の〇・七%を超える金額を特別経費として控除すべきこと、換言すれば減価償却費の実額を控除すべきことも本件更正処分に対する異議申立ての段階で原告から主張され争点となつていたものである。従つて本件においては審査庁が弁明書副本を送付するまでもなく争点のすべてが原告に明らかになつていたのであるから、弁明書副本を送付しなかつたからといつて原告に何らの不利益も与えていないから結局弁明書副本送付拒否は裁決の取消事由とはならない。
(二) 証拠書類の閲覧拒否について
1 原告は被告国税局長が本件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を違法に拒否したと主張するところ、同被告は原告から書類の閲覧請求がなされたのでその主張のとおり日時及び場所を指定してこれを許可したのであるが原告は右指定日に閲覧しなかつたものである。このように書類の閲覧を許可されたのに敢えてこれを閲覧せず、閲覧を許された書類の記載内容を了知することなくして裁決があつた後に閲覧拒否を云々するのは著しく事実を曲げるものというほかなく失当である。
2 なるほど本件更正処分の理由となつた事実を証する書類としては原告主張の所得調査書のうちの該当部分があつたが、原告の閲覧請求当時被告国税局長が同税務署長から提出を受けていたのは原告主張の四通の書類のみで、本件所得調査書はその提出を受けていなかつた。
3 かりに本件所得調査書の提出を受けていたとしても以下に述べるとおりこれが閲覧を拒むについて審査法第三三条第二項後段に所謂「正当な理由」があつたから被告国税局長がその閲覧を拒んだのは違法ではない。
先ず本件所得調査書の具体的内容を明らかにし、次いで閲覧を拒否した理由を述べることとする。
(1) 本件所得調査書の内容
本件所得調査書の記載内容は担当者のメモ的な記載が多く、しかも各記載が混在しているがこれを分類すると次のとおりとなる。
<1>担当職員のした損益計算 <2>原告の事業概況についての記載、原告の各売上先、仕入先に対する所謂反面調査結果、雇人に関する事項、貸倒れに関する事項<3>所得標準率及びこれを適用して所得額を計算した記載
(2) 書類閲覧請求権の対象
審査法第三三条第一、二項によれば審査請求人が閲覧を請求しうる書類その他の物件は処分庁が審査庁に提出したすべての書類、物件ではなく当該処分の理由となつた事実についての証拠資料のみであるところ、処分庁は原告の売上、特別経費等について調査し、その結果判明した売上金額に所謂所得標準率を適用して算定(推計)した一般経費及び右の特別経費を売上から控除した金額を以て原告の所得額としこれに基づき本件更正処分をしたものであるから、これによつて考えると本件更正処分の理由となつた事実を証する書類に該当するものとして閲覧請求の対象となるのは本件所得調査書中損益計算に関する部分を除いた部分である(右損益計算に関する部分は事実を証する書類ではなく単なる計算過程を示すにすぎないものであつて閲覧請求の対象とはならない)。
(3) 書類閲覧請求権の制限事由
審査法第三三条第二項後段によれば審査庁は正当な理由があるときは閲覧を拒むことができるのであるが、右の「正当な理由があるとき」にはその例示的文言から明らかなように書類開示により第三者の秘密保持の利益を害する場合と書類開示により行政上の秘密を害する場合とが含まれる。そしてこれら正当理由の根底にあるものの一つには公務員の守秘義務があると解される。即ち国家公務員法第一〇〇条第一項によれば公務員は「職務上知り得た秘密」を守る義務があり(これに違反した場合には刑事罰を課されることになつている。)そしてこの「職務上知り得た秘密」には一般人の個人的秘密と行政自身の要求によつて秘密を保つことを必要とする行政上の秘密の両者が含まれると解されるが、更に税務職員については個人的秘密の保護につき所得税法に特別規定がある(旧所得税法第七一条)。このように閲覧拒否を正当づける実質的理由の一つは公務員の守秘義務であり、公務員の守秘義務の及ぶ範囲内の事項についてはこれが閲覧を拒否するにつき常に正当な理由があると考えられる。
そこで右の正当な理由としての秘密保護と書類閲覧請求権との調整を第三者の個人的秘密と行政上の秘密とに分けて検討することとする。先ず個人の秘密保護に関する法律の規定をみると刑法第一三四条が医師、薬剤師等一定の業務に従事している者がその業務上知り得た他人の秘密を漏泄することを禁じている(右の秘密は一般人が秘密にすることを欲する客観的秘密と本人のみが秘密にすることを欲する主観的秘密の両者を含むと解するのが通説である。)ほか、訴訟法上も証人に証言拒絶権を与えることによつてこれを保護しており、個人の秘密はその他諸法律において客観的秘密、主観的秘密を問わず絶対的に保護されているのである。これらの点を考えるならば審査請求人からの閲覧請求の対象となつた書類を開示することにより第三者の個人的秘密を侵すおそれのある場合にはそれが客観的秘密、主観的秘密であるとを問わず公務員の守秘義務との関連において常に正当な拒否理由に当たると解すべきである。次に行政上の秘密についてみると民事、刑事両訴訟法上公務員にはその職務上知り得た秘密につき監督官庁の承諾がない限り証言拒絶権が認められ、また刑事訴訟法上公務員が保管する物についてそれが職務上の秘密に関するものであるときは押収拒絶権が認められている。尤も刑事訴訟法上の証言拒絶権、押収拒絶権については国の重大な利益を害する場合を除いては監督官庁は承諾を拒み得ないとされているが、しかしこのことから直ちに行政上の秘密については国の重大な利益を害しない限り書類閲覧請求を拒む正当理由にあたらないと解すべきではない。行政不服審査制度は行政の内部的統制であり純然たる第三者機関の行う司法統制のようなものとは異なる。即ち行政不服審査制度は簡易迅速な手続によつて国民の権利利益を保護する機能を果すとともに行政運営の適正を確保する機能をも併わせ果すことを目的としており、その審理手続も司法手続とは異なり審査請求人の利益の確保が絶対的に保障されている訳ではない。このことは証拠調手続について職権主義が支配しており、審査請求人に申立権が認められているとはいえその採否は審査庁の裁量に委ねられていること、宣誓による証人尋問の制度が行われていないことなどからも明らかである。これらの点から考えると行政上の秘密はこれを披瀝することにより国の重大な利益を害する程度に至らなくても閲覧拒否の正当理由にあたると解すべきである。
なお注意すべきことは審査法第三三条第二項後段は「第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるとき」と規定しており、第三者の利益を害することの蓋然性の存在を以て要件とし、また「正当な理由」といつたような不確定な一般概念を以て要件としていることである。このことは審査庁に閲覧拒否理由の要件の存否についての認定において裁量が認められていること(要件裁量)を示しているのである。
(4) 本件所得調査書の秘密性
イ 取引先についての調査結果
本件所得調査書には原告の取引先についての調査結果が含まれているが、これらの事項及び取引先がこのような調査に応じたこと自体秘密性を有する。蓋し取引先の調査結果を開示すれば原告の取引先が税務調査に協力したことは直ちに原告に明らかとなるからである。もともと取引先としては税務調査に応ずる義務があるが、調査に応じて取引関係を明らかにした結果納税義務者の所得が税務当局に把握され申告の過少であることが発見されて更正、決定等の処分がなされることがしばしば見受けられる。そのため何かと取引の円滑を害されることを懸念し、従つて取引先が調査に協力することを避ける傾向にあることは人情として已むを得ないところであり、それにもかかわらず積極的に調査に協力した取引先についてはその利益を絶対的に確保する必要がある。また調査に応ずる場合でも調査に応じたことを他に洩らさないことを条件として調査に協力する者もしばしば存在する。このことは過去の実例に照らして明らかである。これらの点を考えるならば取引先が調査に応じたこと並びに調査に際しどのような資料を提供したかということ自体保護されるべき秘密であり、そしてこれが閲覧拒否の正当理由にあたることはいうまでもない。
ロ 所得標準率についての記載
本件所得調査書に記載されている機械木型製造業の所得標準率(昭和三八年分)は極秘文書である大阪国税局作成にかかる商工庶業所得標準率表によるものであり、これが前述の行政上の秘密に該当するものであることは明白である。
ハ ところでこれらの事項は本件所得調査書の随所に混在しているから、本件所得調査書は全体としてその閲覧拒否を正当づける秘密性を有していたものというべきである。
以上が本件所得調査書の閲覧拒否を正当づける理由である。
4 更にかりに本件所得調査書を原告に閲覧させなかつたことが審査手続の瑕疵になるとしても、原告は審査段階において本件更正処分をめぐる争点のすべてを知つていたものであり、従つてその際に争点のすべてにつき十分攻撃防禦を尽せた筈であるから、右書類を閲覧することができなかつたことにより原告は何ら実質的な不利益を被つていないから右瑕疵は本件裁決の取消原因となるほどの違法性を有しない。
5 なお本件において審査請求の審理にあたつた協議官が処分庁に赴いて本件所得調査書を閲覧した際原告主張の調査メモを作成した事実はあるが、これは調査の結果についての協議官の個人的な覚え書であるからこれが処分庁から提出された書類にあたらないことはいうまでもない。
(被告らの主張についての原告の答弁等)
原告代理人は被告らの主張に対する答弁等として次のとおり述べた。
一 原告の所得金額についての被告税務署長の主張について
(一) 一次的主張について
一般経費を除くその余の金額は認めるが、一般経費の金額は争う。その正当な額は一〇一万七二八六円である。同被告の主張する経費率一五・八%はその算出の基礎そのものがすでに合理性を欠くものである。即ち西淀川税務署管内の同業者はその主張の一三名以外にもあるうえ、経費率の高い二名は故意に除かれている。しかも右一三名のうち七名はその主張の平均比率一五・八%を上廻わつており(除外された二名を含めると九名に達し、しかもこれらを加えると当然平均比率が上昇することは確実である。)、加うるに極端に経費率の低いものも一名加えられていること及びその経費率は最高二二・三%から最低九・八%までその間大きな開きがあることからみてこれらを単純平均してその比率を求めることは必ずしも合理的ではないから右一三名のみを基礎として原告の経費率を推計するとすれば原告にとつて最も有利な二二・三%によるべきである。
(二) 二次的主張について
一般経費を除くその余の金額は認めるが、一般経費の金額は争う。これが正当額は一一〇万五九二八円である。尤も同業者の所得率が六二%であること、従つて一般経費率が三八%であることは認める。しかしてこれによつて原告の一般経費を算出するとその額は同被告主張のとおり一〇三万六三七八円となるが、右金額が建物以外の機械器具等の減価償却費(特別経費にあたらないもの)を含むものであることはその主張から明らかであるところ、他方大阪国税局作成の所得標準率表によれば売上に対する右減価償却費の割合は〇・七%で右の一〇三万六三七八円もこれを前提とするものであるが、原告の場合右の減価償却費は被告ら主張のとおり八万八六四二円でこれが売上に対する割合は〇・七%を上まわるから、右金額中売上の〇・七%に相当する一万九〇九一円を超える部分金六万九五五一円は更に必要経費として所得計算上控除されるべきである。
(三) ところで原告は帝国電機工業に対し金二万五七〇〇円の、東興機械株式会社に対し金三三万七四六〇円の各売掛債権を有していたところ、前者は昭和三八年八月、後者は同年一一月それぞれ倒産し、そのため右債権はいずれも回収不能(あるいはそれに近い状態)になつたので右債権額の二分の一に相当する金一八万一五八〇円は貸倒損失(ないしは債権償却引当金勘定繰入れ相当)として原告の所得計算上控除されるべきである。
二 弁明書副本送付拒否について
(一) 被告国税局長は処分庁に対し弁明書の提出を求めるか否かは審査庁の自由裁量事項のように主張するが、審査法が制定された経過及び国民の権利救済をその主目的とする同法の立法趣旨に鑑みれば弁明書の提出を要求するか否かが審査庁の自由裁量事項といえないことは明らかである。審査手続において審査庁が争点を整理ないし確定することは事案の適正迅速な処理上必要であることはいうまでもないが、これはまた審査請求人に対し十分反論の機会を与える意味においても当然必要である。しかして審査庁が当該事案の争点を整理ないし確定するためには必然的に処分庁に弁明書の提出を求めざるを得なくなる。即ち審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めずして裁決することを認めるにおいては争点が不明となり、審査請求人が適切な意見陳述をなし(審査法第二五条参照)、また反論(同法第二三条参照)する機会を奪われることとなる一方、審査庁の恣意を許すこととなり、審査法の立法趣旨たる国民の権利救済の目的が実現されないおそれがある。なるほど同法第二二条第一項においては「審査庁は………弁明書の提出を求めることができる」とあたかも審査庁の自由裁量事項であるかのごとく規定されているが、同条第三項本文において「処分庁から弁明書の提出があつたときは審査庁はその副本を審査請求人に送付しなければならない」として副本送付を義務づけているのに対し同項但書では「審査請求の全部を容認すべきときはこの限りでない」として副本送付義務のないことを明らかにしている。右各条項を素直に読めば、当該審査請求人の審査請求を全部容認する場合は処分庁に敢えて弁明書の提出を求める必要がないということを定めたものであることが明らかであり、反面容認するか否か不明の場合は争点の整理ないし確定のために審査庁において処分庁に対し弁明書の提出を求め、その副本を審査請求人に送付して意見陳述または反論の機会を与える義務があることも明らかであるといわざるを得ない。被告国税局長は、協議官が審査請求の審理をするについては自ら調査し又は嘱託等の方法により調査できる旨団令に規定されていることを援用し、協議官自らが進んで必要な調査を行い、処分庁関係職員及び審査請求人双方から口頭で意見を聴取する方がはるかに迅速で適正な処理をはかることができるのは明らかであると主張するが、審査手続においては処分庁が処分をした時点において処分庁の所持していた資料に基いて処分が適法か否かが判断されるべきものであるから、団令に定められた調査は処分の理由となつた事実以外の事実まで自ら調査し、あるいは処分庁の所持していなかつた資料を蒐集することまでも意味せず、ただ処分庁の処分時における資料が確実なものかどうかを裏付けるための調査以上には出ない筈のものである。団令の調査の意味がこのようなものだとすると争点の整理ないし確定の必要性を無視する被告国税局長の前記主張はいずれも国民の権利救済を主眼とする審査法の立法趣旨を骨抜きにしようとするものであつて到底承服できない。
(二) 原告が弁明書副本の送付を受けなかつたとしてもそれにより何らの不利益も被つていないとの被告らの主張は争う。
三 証拠書類の閲覧拒否について
(一) 本件所得調査書の閲覧を拒否するにつき正当な理由があつたとの被告らの主張について
1 閲覧請求の対象となる書類について
被告国税局長の主張によれば審査法第三三条第二項前段による閲覧請求の対象となる書類は処分庁が提出した「当該処分の理由となつた事実についての立証資料」に限定されることになるが、閲覧請求権の認められた立法趣旨からみて閲覧請求の対象となる資料は右の資料に限定されるものではないというべきである。審査法が審査請求人に閲覧請求権を認めたのは、処分庁の弁明書によつて争点であることが明確にされた事実についての課税庁側の立証資料に対し審査請求人にも反証をあげる機会を与え、行政不服審査制度の目的である国民の権利救済を全からしめようとすることにあると思われる、従つて不服を申立てられた処分と関係を有する限りすべての資料が閲覧請求の対象となると解すべきである。従つて本件所得調査書中損益計算部分は成程単なる計算課程を示すものかも知れないが、それは他の基礎事実に関する資料に基づいての計算内容を示すものであるから右資料とともに閲覧請求の対象となるというべきである。
2 本件所得調査書の秘密性について
被告国税局長が本件所得調査書の閲覧拒否の正当理由として主張するところは徴税の便宜のための独断的見解にすぎず、審査法が閲覧請求権を認めた立法趣旨を理解しようとしないことに基づくものである。同法第三三条第二項後段の閲覧拒否理由としてかかげられている「第三者の利益」とは調査に協力し、または調査に応じた者以外の第三者を意味するのであつて、調査に協力し、または調査に応じた者の利益を意味しない。同様に「その他正当な理由がある」ときとは第三者に不測の損害を与えることになるような場合を想定しての規定と思われる。またその主張の公務員の守秘義務も閲覧請求権として立法化された場合には当然後退を余儀なくされる。また被告国税局長の主張によると他人の秘密を披瀝した者は法律上の保護を受け、披瀝された者は法律上の保護を受けないことになるが驚くべき見解といわなければならない。他人の秘密を披瀝した者は自らも秘密性によつて保護されるべき利益を放棄したものというべく、かりに閲覧の結果不利益を被つたとしてもそのための不利益は閲覧拒否を正当づける不利益に該当しないというべきである。更に同被告は所得標準率についての記載は大阪国税局作成にかかる商工庶業所得標準率表によるものであるところ、右標準率表は「極秘」文書であるから右の所得標準率はその主張の行政上の秘密に該当しこれが閲覧を拒否するについて正当な理由があるというのであるが、右標準率が何故に行政上の秘密に属するのか明らかでなく、その主張によると行政庁内部で恣意的に極秘文書である旨の印を押せば直ちに当該文書が極秘文書となり、その内容が行政上の秘密になるというかのようである。所謂白色申告者については右の所得標準率を基準にして課税権を行使しているのが実情であるが、右標準率が課税所得の計算に適用された場合には既にそのときにおいて秘密性を失つたものというべきである。
(二) 調査メモが閲覧請求の対象とならないとの主張について
被告国税局長が被告税務署長から提出を受けたのは被告ら主張のとおり原告に閲覧を許した四通の書類のみとすれば、更正処分の理由は極めて不明確であり、審査庁はこれだけの資料では到底原処分たる更正処分を維持できるものではないであろう。そのため現に審査請求の審理に当たる協議官がわざわざ処分庁に赴いて所得調査書等を閲覧しているのが実情であり、本件についてもまた同様であるが、このように本件所得調査書を閲覧し重要部分を書き写した本件調査メモは処分庁から提出された書類と同視すべきもので、これについても閲覧の対象となるというべきである。被告国税局長が主張するようにかかる調査メモが閲覧の対象にならないものとすれば、協議官が処分庁に赴いて当該事案にかかる一件資料を閲覧しその結果をメモして持ち帰れば、審査請求人の閲覧請求権を実質的に剥奪しうることになる。このような事態は審査法の予想しないところであり脱法行為というほかはない。
(原告の主張についての被告らの反論等)
被告ら代理人は原告の主張につき次のとおり反論した。
一 建物以外の減価償却費八万八六四二円のうち売上の〇・七%に相当する金額を超える部分金六万九五五一円を所得計算上控除すべきであるとの原告の主張について
被告税務署長の主張する所得率六二%は原告の同業者(別表記載のとおり)の所得率の平均値によるものであるところ、各同業者の経費項目毎の売上に対する比率には当然差異があるが、こうした個別費目の差異を無視して算出したのが右六二%である。従つて各費目について原告と同業者とを対比すれば、原告の方が多額の費目もあり少額の費目もあるのは当然であり、一般経費中の一費目をとり出して原告の方が多額であると主張することはおよそ意味がない。よつてこの点の原告の主張は失当である。
二 貸倒損失金一八万一五八〇円が原告の所得計算上控除されるべきものとする主張について
原告がその主張の各売掛債権を有していたことは認めるが、その余の事実は争う。ところで原告の主張は国税庁通達昭29直法1―140、直所1―77、昭30直法1―223、直所1―108改正のうち「債権の貸倒れの特例」の適用を求める趣旨と思われるが、右通達に基づき債権につき貸倒れの処理をすることが認められるのは、債務者について手形交換所において取引停止処分があつたこと等の一定の事実が発生した場合で、かつ<1>その者の作成する財務諸表に毎年関係事項を明確に継続記録していること、<2>確定申告書に該当事実とその事実の発生日及びこれらを証明する書類並びに債権償却引当金勘定に繰入れた金額の債務者毎の明細書を添付した場合に限られるところ、かりに原告主張のような事実があつたとしても原告は右の要件を満たしていないから右通達による取扱は認められないのみならず、そもそも右は課税庁側の実務上の取扱にすぎないから債権について訴訟上これが貸倒金か否かが争われたような場合にはかりにそれが右の要件を満たしたところで現実に貸倒金にあたらない限りは必要経費にはならないというべきところ、原告主張の債権は原告においてこれを放棄したものでもなく原告においてなお回収の意図を有しその努力を重ねていたもので回収の見込みがないことが確実であるともいえないから原告のこの点の主張は失当である。
三 協議団令に定める「調査」は処分時の資料の裏付調査に限られるとの主張について
審査請求の理由となる事実は課税対象とされた総所得金額認定の過誤という事実であるから審査庁としては原処分時に存在した資料にとらわれることなく総所得金額を再考のうえ審査請求の当否を決定できるのはいうまでもない。かりに原告主張のように原処分時の資料以外の資料では判断できないものとすれば、審査請求人に有利な資料が審査手続中に現われてもその資料によつては判断できないこととなり不合理な裁決をせざるを得なくなる。反面審査請求人に不利な資料だけを排斥する理由もない。従つて協議団令第五条に定めた「調査」も原告主張のごとく限定されたものでないことは右の審査の性格からしても明らかである。
(被告らの反論に対する原告の主張)
原告代理人は、原告主張の債権金三六万三一六〇円の二分の一についての貸倒れ処理が認められず、また建物以外の減価償却費の実額控除が認められないとの被告税務署長の主張に対し次のとおり述べた。
原告の審査請求は棄却されはしたが、その裁決書の理由中には「取引先等を調査したところ、収入金額は二七二万七三一〇円と認められる。経費については同業種の一般的な経費率を以て算定し、更に雇人費九九万六三二三円、支払利子、貸倒金、外注費計三六万四八七〇円を差引いた所得金額は原処分を上まわる」旨の記載があり、これによると雇人費以外の特別経費の合計額を金三六万四八七〇円と認定しているが、このことからすると被告国税局長は裁決段階では原告主張の右金一八万一五八〇円についての貸倒れ処理及び建物以外の減価償却費金八万八六二四円のうち五万八〇二二円の実額控除を認めていることが次の計算上明らかである。
建物の減価償却費 一万一〇二五円
地代 四万八〇〇〇円
支払利子・割引料 二万一〇六三円
外注費 四万五〇〇〇円
以上合計 一二万五〇八八円
貸倒金 一八万一五八〇円
減価償却実額控除分 五万八二〇二円
総計 三六万四八七〇円
従つて本訴に至つてこれを認めない旨の被告税務署長の主張は信義則に反し許されないというべきである。
(証拠)<省略>
理由
一 被告税務署長に対する請求について
(一) 請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
(二) そこで、本件更正処分に原告の昭和三八年分の所得を過大に認定した違法があるかどうかについて判断することとするが、そのためには原告が同年中にいかほどの所得を得たかをみなければならない。
1 原告の所得についての被告税務署長の一次主張について
売上、売上原価、特別経費及び特別経費にあたらない減価償却費の金額がいずれも同被告主張のとおりであることは原告において争わないが、一般経費(但し売上原価と特別経費にあたらない減価償却費の両費目を除く)の額については争いがあるのでこれについて検討する。もとより所得額算定の基礎となる経費等は可能な限りこれを実額により把握すべきことはいうまでもないが、原告において必要経費がいくらであるかを証するに足る帳簿その他の書類を備え付けておらず(この点は原告において明らかに争わない。)、他にこれを明らかにする資料の提出もみられない本件においては推計によりこれを算定することも己むを得ない。ところで同被告は原告と事業所所在地を同じくする西淀川税務署管内の同業者一三名について調査したところ、右の一般経費の売上に対する百分比率(平均)は別表記載のとおり一五・八%であつたとして原告の場合にも前記争いのない売上金額に〇・一五八を乗じて得た金額を以て一般経費の額とするのが相当であると主張するが、右の百分比率算定の基礎となつた別表各欄記載の数額が明らかにされたのは右一三名中の一部にすぎずその他の者についてはその住所、氏名は勿論、同被告主張の数額が正額なものかどうか全く不明であり、右一三名の百分比率を以て同業者のそれと解するとしてもこれが同被告主張のとおり一五・八%であることは認められず、また数額の明らかとなつた者のみの百分比率を以て直ちに同業者のそれと解しえないことも多言を要しないから、結局右売上金額に〇・一五八を乗じて算出した額を以て原告の一般経費の額とし原告の同年分の所得を算定すべきものとする同被告のこの点の主張は失当である。
2 原告の所得についての被告税務署長の二次主張について
同被告主張の売上及び特別経費について当事者間に争いがないことは前記のとおりであるから、争点である一般経費の額について検討するところ、これが金額を把握するにつき推計によらざるを得ないことも前記のとおりである。ところで同被告は原告の同業者の所得率(売上金額から一般経費を控除した残額の売上に対する百分比率)は別表記載のとおり六二%、(正確には六二・三%であるが、原告の有利に解する)換言すれば売上に対する一般経費の割合は三八%であるとして右売上金額に〇・三八を乗じて原告の一般経費を算定しているところ、売上額は実額により把握できながら経費が実額により把握できない場合に先ず事業所所在地をほぼ同じくする同業者の営業実績等によりそれらの者の所得率を求め、その後にそれによつて当該納税義務者の経費を推計することは相当であるというべきである。しかして原告の同業者の所得率が六二%、換言すれば売上に対する一般経費の割合が三八%であることは当事者間に争いがないから、これによつて原告の一般経費を算定するとその額は同被告主張のとおり一〇三万六三七八円となる。
ところで原告は原告の場合特別経費にあたらない減価償却費は八万八六四二円でこれの売上額に対する割合は同業者のそれ(〇・七%)を上まわるから右金額中売上の〇・七%に相当する一万九〇九一円を超える部分は右一般経費に加算されるべきであると主張するところ同被告はこれを争うのでこれについて判断すると、右一般経費算定の基礎となつた所得率六二%はいうまでもなく同業者の所得率の平均値によるものであり、しかして各同業者の経費項目毎の売上に対する比率には当然差異があるがこうした個別費目の差異を無視して算出されたものが右六二%である。従つて各費目について原告と同業者とを比較すれば原告の方が多額の費目もあり、少額の費目もあるであろうことは推測に難くない。従つて一般経費中の一費目をとり出して原告の方が多額であるとして同業者の平均を上まわる部分につき更に経費として控除を求めるのは失当というほかはない。なお原告は、裁決段階において被告国税局長は右の減価償却費のうち五万八二〇二円の控除を認めていたのに本訴において被告税務署長がこれを認めないのは信義則に反し許されないと主張するが、行政不服に関する行政手続と訴訟手続とは各別個の手続であり続審としての構造を成さず手続関係人のなしうべき不服の資料と訴訟資料の提出の間には当然の更新が認められているものと解せられるからかりに原告主張のような事実があるとしてもこれを根拠として信義則の適用を問題とする余地はない。
次いで原告は金一八万一五八〇円が貸倒損失(ないし債権償却引当金勘定繰入れ相当)として原告の所得計算上控除されるべきであると主張するのでこれについて検討すると、原告が帝国電機工業に対し二万五七〇〇円の、東興機械株式会社に対し三三万七四六〇円の各売掛債権を有していたことは当事者間に争いがないところ、原告本人尋問の結果及びこれによつていずれも真正に成立したものと認められる甲第一一乃至第一四号証によれば、東興機械株式会社は昭和三八年一〇月二三日支払を停止してその頃倒産し、原告はその後昭和四〇年頃同社に対する右債権につき一度約一割の配当(支払)を受けたにすぎないこと、また帝国電機工業は昭和三八年中に倒産し、同社に対する原告の債権はその頃全額回収不能となつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。これによるといずれも昭和三八年中に帝国電機工業に対する債権は全額、東興機械株式会社に対する債権についてはその約九割が回収不能となり原告は同額の損失を被つたものというべきである。ところで原告は本件「売掛債権の償却の特例等について」の通達の性質を誤解したためか、訴訟上債権全額の回収不能の事実が証明された場合においても右通達の適用要件を充足しなければ貸倒れとして必要経費に算入することはできず、しかも右適用要件を充足した場合でもその債権額の二分の一以内の金額を限度としてのみ認められるにすぎないかのような考え方を前提として、右帝国電機工業、東興機械に対する債権額合計三六万三一六〇円の二分の一に相当する金一八万一五八〇円につきこれが貸倒れとして必要経費に算入されるべきことを主張しているにすぎないが、その成立に争いがない乙第二号証によれば、右の通達は債務者につき手形交換所において取引停止処分を受ける等の一定の事実が発生したときには債権につきその回収不能の事実の有無を詮索することなく債権額の二分の一を限度に貸倒れとして処理することを課税庁において認めるという趣旨の通達で、いわば納税者に有利な優遇措置を講じたものであり、既に債権が回収不能の状態にあることが明らかとなつた場合においても貸倒れとして必要経費への算入が認められるためには常に右通達の適用要件を充足しなければならず、しかも右適用要件を充足した場合でもその債権額の二分の一以内の金額を限度とすることまで意味するものでは毛頭なく、従つて債権につき回収不能の事実が生ずればこれが全額貸倒れとして必要経費に算入されるべきことは論をまたないから、当裁判所は原告の主張にかかわりなく右の回収不能となつた債権額全額を所得計算上必要経費として控除することとする。しかして右回収不能となつた債権額は右認定事実によれば帝国電機工業に対する債権の全額金二万五七〇〇円と東興機械に対する債権額金三三万七四六〇円の約九割に相当する約三〇万三七一四円との合計金約三二万九四一四円である。
(三) 以上からすると原告の昭和三八年分の所得金額は前記売上金額二七二万七三一〇円から被告主張の一般経費と特別経費との合計金二一五万七九六九円を差引き、更に貸倒損失金約三二万九四一四円を控除した残額に相当する額であつて、原告主張の所得金額三四万円を下廻わることは明らかであるから、所得金額を四八万一一九三円とした本件更正処分中少くとも三四万円を超える部分は違法であり原告の本訴請求は正当である。
二 被告国税局長に対する請求について
請求原因一の事実は当事者間に争いがないので本件裁決に原告主張の違法事由が存するかどうかについて判断する。
(一) 本件裁決が審査法第二二条に違反する審査手続に基づいてなされたとの主張について
請求原因三(一)の事実は意見にわたる部分を除き当事者間に争いがない。
しかして原告は審査庁が審査請求の当否についての判断を適正、迅速に行うためには処分庁に対し弁明書の提出を求めて弁明を聞くとともに、その副本を審査請求人に送付してその弁明内容を知らせこれに反論の機会を与えてその争点を整理もしくは確定することを法律上一義的に義務付けられている旨主張するところ、なるほどこのようにして審査手続を進めれば、審査庁は原処分に関する処分庁の弁明を明確な形で知ることができるうえ、審査請求人に対しその弁明内容ひいては処分の理由を知らせることはその権利救済の見地からみて有益であるにはちがいないが、しかしいかなる手続に従つて審査を行うかは法律の定めるところによるのであり、そもそも現行の行政不服審査制度の下における審査手続は同じく国民の権利救済のための制度とはいつても司法裁判所のような第三者機関が司法権にもとづき主宰する訴訟手続などとは異なり、原処分庁に対する一上級行政庁にすぎない審査庁が主宰する簡易迅速な行政手続による権利救済を目的としているにすぎず、しかもその審理方式は対審的構造をとらず職権主義を基調としたものであること等を考えると、審査庁自らにおいて弁明書の提出を求めなくてもその他の資料によつて事案の争点が充分明確に把握でき裁決をするのに何らの支障がないと判断したような場合までも含めて、常に審査庁において処分庁に対し弁明書の提出を求めその提出を得た後審査請求人にその副本を送付しこれに対する反論を待つたうえでないと審査手続が進められないものと解すべき根拠はなく、審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めるか否かはその裁量に委ねられているというべきである。そしてこのことは同法条の明文上からも明らかである。また同法は審査請求人の審査庁に対する弁明書副本送付請求権について何らふれるところがないから審査請求人から弁明書副本の送付請求があれば審査庁としては必ず処分庁に対し弁明書の提出を求め、その提出を得てその副本を審査請求人に送付すべき義務があるものとも解されない。従つて本件審査手続において審査庁である被告国税局長が原告からの弁明書副本送付請求に応じて処分庁である被告税務署長に弁明書の提出を求めておらず、従つてその提出がないからこれに応じられないとした処置には違法はないから原告のこの点の主張は失当である。
(二) 本件裁決が審査法第三三条第二項に違反する審査手続に基づいてなされたとの主張について
原告は審査庁たる被告国税局長が本件所得調査書及び調査メモの閲覧を拒否したのは違法であると主張するところ、本件所得調査書が本件更正処分の理由となつた事実を証する書類に該当することは当事者間に争いがないから、原告からの閲覧請求当時これが処分庁である被告税務署長から審査庁たる被告国税局長に提出されていたとすれば、同被告がその閲覧を拒むについて正当な理由がない限りこれを原告に閲覧させるべきことは勿論であるが、証人槇実、同実守清の各証言によれば本件所得調査書は当時処分庁から審査庁に提出されていなかつたことが認められるから、これが提出されていたことを前提として本件所得調査書の閲覧拒否の違法をいう原告の主張は失当であり、また証人槇実、同実守清の各証言によれば本件審査請求の審理に当たつた審査庁の協議官である実守清は処分庁から本件所得調査書の提出を受ける代わりに槇実事務官を補助者として自ら西淀川税務署に出向き、審査のための資料に供する目的で本件所得調査書を閲覧しその重要部分をメモして持ち帰つたこと、しかして右調査メモには原告の売上先、仕入先に対する反面調査結果、特別経費等についての記載があり、これは本件更正処分の理由となつた事実を証するに足るものであつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないが、右事実によれば、本件調査メモは本件審査請求の審理に当たつた審査庁の協議官が自ら蒐集した証拠資料であり、処分庁から提出された証拠資料でないことは明らかで、これはもとより閲覧の対象とはならないから、被告国税局長がこれが閲覧を拒否したのは何ら違法ではなく原告のこの点の主張は失当である。
ところで以上のように解すると審査請求人たる原告は本件更正処分の理由となつた事実についての証拠資料を閲覧する機会を奪われることになり、その結果その権利救済に支障を来たすことが明らかであるが、このような不当な結果の発生をみた責めは専ら本件審査手続における審理方式が負うべきである。即ち本件審査手続においてその審理にあたつた審査庁の協議官は処分庁から本件更正処分の理由となつた事実を証する書類である本件所得調査書の提出を受けることなく、自ら処分庁に出向き審査のための資料に供する目的でその保管にかかる本件所得調査書を閲覧し、その結果(調査メモ)を審査庁に持ち帰つたことは前記のとおりであるところ、協議官の右行為は一応審査法第三二条に定める調査権の行使と考えられるが、そうだとするとこれが権限行使については法令上明確な根拠を要することはいうまでもない。ところで審査法の定めるところによれば、もともと審査手続において審査庁が審査のための資料(証拠資料)に供しうるものは、審査庁が一行政庁として法令に基づいて有する調査権の行使として蒐集したもののほか、審査請求人又は処分庁等から提出されたもの(それが処分庁が自ら進んで任意提出したものか、あるいは審査庁の求めに応じて提出したものかはともかくとして)に限られるところ、処分庁の手許にある証拠資料については審査手続においてこれを提出するか否かはいつに処分庁の権限に委ねられているのであるから、審査庁としては処分庁からこれが提出のない以上これを審査のための資料に供することはできないというべきである。従つて処分庁から提出されていない証拠資料について審査庁が処分庁に出向いてこれを閲覧しその結果を審査庁に持ち帰り、これを審査のための資料に供することは、その結果蒐集された資料が処分庁の手許にある資料と内容において同一である以上処分庁の手許にある資料が処分庁からの提出なくして審査のための資料に供されることと何ら変りはなく右審査法の規定にふれると解すべきであるから、他の法律に特別の定めのない限り許されないというべきである。しかして法が審査庁に対しかかる行為をするについての権限を付与したことは、現行国税通則法第九七条のような規定のない本件審査当時においては必ずしも明瞭ではなく、かかる行為が審査庁としての適法な権限行使といえるかについては疑問があるというべきである。従つて審査庁が処分庁の手許にある証拠書類等を審査のための資料に供することを望む場合には必ず審査法第二八条を活用するなどして処分庁にその提出を求めるという方法によるべきである。以上のとおり本件審査手続における審理方式は法規に照らし疑問があるが、そうだとしてもこれはもはや閲覧拒否の問題ではないから違法な閲覧拒否がなかつたとする前記の結論に変わりはない。
(三) 以上のとおり本件審査手続には違法はなく、従つてこれに基づいてなされた本件裁決はこれを取消すべき理由を見出し難いからこれが取消を求める請求は失当である。
三 結論
以上の次第で原告の被告税務署長に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告国税局長に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 日野達蔵 松井賢徳 仙波厚)
(別表)
同業者
売上
原材料費
一般経費
一般経費中の減価償却費
償却費を除く一般経費
算出所得
償却費を除く一般経費率
算出所得率
A
3.810.182
615.342
763.377
46.165
717.212
2.431.463
18.9
63.8
B
3.659.801
760.294
813.752
―
813.752
2.085.755
22.3
56.9
C
6.582.885
1.293.001
1.169.207
65.942
1.103.265
4.120.677
16.8
62.6
D
2.047.199
395.423
363.577
29.318
334.259
1.288.129
16.4
62.9
E
3.214.327
505.872
792.723
214.551
578.172
1.915.732
18.0
59.5
F
7.401.792
1.520.296
1.139.350
142.198
997.152
4.742.146
13.5
64.0
G
2.212.310
192.205
233.504
―
233.504
1.686.601
10.6
76.2
H
1.785.245
359.130
318.804
―
318.804
1.107.311
17.9
62.0
I
833.170
222.609
105.640
24.031
81.609
504.921
9.8
60.6
J
10.690.460
2.506.743
1.566.860
68.075
1.498.787
6.616.855
14.1
61.9
K
10.397.741
3.516.409
1.435.681
150.201
1.285.480
5.445.651
12.4
52.3
L
3.908.435
697.233
894.745
89.317
805.428
2.316.457
20.7
59.2
M
5.938.645
780.753
987.682
163.625
824.056
4.170.210
13.9
70.2
合計
62.482.192
205.3
812.1
平均
4,806.322
15.8
62.3
なお上記同業者13名のうち住所氏名を明らかにすることの承諾を得られた者は次に示す4名のみである。
同業者
住所
氏名
A
西淀川区佃町3の245
太田正雄
B
〃御幣島中3の13
金集兼次
E
〃野里東2の127
大塚恒子
F
〃御幣島中3の43
下浦栄太郎