大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)28号 判決 1970年10月27日
原告 尾名浅治朗
被告 西淀川税務署長 外一名
訴訟代理人 河合昭五 外三名
主文
原告の昭和三七年分所得税について被告西淀川税務署長が昭和三八年一〇月二二日付でした重加算税金二七万〇九〇〇円の賦課決定処分及び被告大阪国税局長が昭和三九年一二月二三日付でした原告の審査請求を棄却した裁決はいずれもこれを取消す。
原告の被告西淀川税務署長に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告と被告西淀川税務署長との間においてはこれを二分してその一を同被告の、その余を原告の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間においては全部同被告の負担とする。
事実
(原告の求める裁判)
一、原告の昭和三七年分所得税について被告西淀川税務署長が昭和三八年一〇月二二日付でした総所得金額を金三五九万九、二八二円、所得税額を金九二万三、〇二〇円とする更正処分のうち総所得金額について金六四万二、〇八八円、所得税額について金二万円を超える部分及び重加算税金二七万〇、九〇〇円の賦課決定処分はいずれもこれを取消す。
二、被告大阪国税局長が昭和三九年一二月二三日付でした、原告の右更正処分及び重加算税の賦課決定処分に対する審査請求を棄却した裁決はこれを取消す。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。
(原告の請求原因)
一、原告は大阪市西淀川区姫島町一丁目一一五番地において板金の下請加工業を営んでいたものであるが、昭和三八年三月一三日被告西淀川税務署長に対し昭和三七年分所得税について総所得金額を金六四万二、〇八八円、所得税額を金二万円として確定申告したところ、同被告から同年一〇月二二日付で総所得金額を金三五九万九、二八二円、所得税額を金九二万三、〇二〇円とする更正処分(以下本件更正処分という。)及び重加算税金二七万〇、九〇〇円の賦課決定処分(以下本件重加算税の賦課決定処分という。)を受けたので、これを不服として同年一一月二二日付で同被告に対し異議の申立をしたところ、これは国税通則法(昭和四五年法律第八号による改正前のもの。以下単に旧通則法という。)第八〇条の規定により被告大阪国税局長に対する審査請求と看做されたが、同被告は昭和三九年一二月二三日付で右審査請求を棄却する旨の裁決(以下本件裁決という。)をした。
二、ところで本件更正処分、本件重加算税の賦課決定処分及び本件裁決はいずれも次の理由により違法であるから取消されるべきである。
(一) 本件更正処分の違法事由
(1) 本件更正処分は何ら実質的な資料に基かないでなされたもので違法である。原告は本件審査手続において後記のとおり被告大阪国税局長に対し本件更正処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件の閲覧を求めたところ、同被告はこれに対し何ら実質的な証拠物件を閲覧させなかつたが、このことに徴しても本件更正処分が何等の資料に基かないでなされたことが明らかである。
(2) かりに右主張が容れられないとしても本件更正処分には原告の昭和三七年度における所得を過大に認定した違法がある。
(二) 本件重加算税の賦課決定処分の違法事由
本件重加算税の賦課決定処分は法律の定める要件を欠いてなされたもので違法である。
(三) 本件裁決の違法事由
1 原告は昭和三九年五月二〇日本件審査手続において被告大阪国税局長に対し本件更正処分をした被告西淀川税務署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告大阪国税局長は同年六月四日、同被告においては被告西淀川税務署長に対し弁明書の提出要求をしておらず、従つてその提出もないことを理由に右請求に応じることを拒否した。しかし行政不服審査法(以下単に審査法という。)第二二条の規定及び同法の精神よりすれば審査手続において審査庁は審査請求が不適法な場合あるいは審査請求を全部認容する場合等特別の事由のある場合以外は必ず処分庁に対し弁明書の提出を求めるべきものであるから、これをしないで原告の右請求を拒否した被告大阪国税局長の処置は同法条に反しており、このような違法な審査手続に基づいてなされた本件裁決は違法である。
2 原告は同年五月二〇日本件審査手続において審査庁である被告大阪国税局長に対し審査法第三三条第二項の規定に基づき本件更正処分の理由となつた事実を証する書類等の閲覧を求めたところ、同被告は同年六月四日わずかに原告の本件更正処分に対する異議申立書及び申告所得税課税台帳(写)の二通の閲覧を許したのみでその他の書類等の閲覧は許さなかつたところ、閲覧を許可された右書類のうち前者はもとより原告が作成したものであり、後者は課税処分の結果を記載したものにすぎず、いずれも原告においてこれを閲覧してみたところで、本件更正処分の理由を知るうえで無意味であつたから、(従つて閲覧日にも敢えて出頭しなかつた。)これらの書類が同法条にいう「当該処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件」に該当しないことは明らかであり、結局被告大阪国税局長は原告の右閲覧請求を違法に拒否したものであり、このような違法な審査手続に基づいてなされた本件裁決は違法である。
3 審査手続は事後審査手続であるから審査請求の審理にあつては原処分時における資料のみに基づいて原処分の適否を判断すべきであるのに、本件裁決をなすに当り被告大阪国税局長は自ら調査する等の方法で収集した資料をも加えてこれに基づき裁決したものであるから、これは所得税法の原則である自主申告主義あるいは審査手続が事後審査手続であることを無視したものであり、本件裁決は違法である。よつて前記申立に及ぶ。
(被告らの求める裁判)
一、原告の請求はいずれもこれを棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
(被告らの答弁及び主張)
一、請求原因一の事実は認める。
二、請求原因二(一)1の事実は争う。被告西淀川税務署長配下の担当係官は原告の昭和三七年分所得について調査し、その結果原告の昭和三七年分所得調査書という名称の書類(以下本件所得調査書という。)を作成していたところ、原告の確定申告にかかる所得金額等はその調査したところと異なつていたので、被告西淀川税務署長は右調査書をもとに本件更正処分をしたものである。
三、請求原因二(一)2の事実は争う。原告の昭和三七年分の総所得金額は別表一(一)欄記載のとおりである。ところで原告申告にかかる総所得金額と被告主張の総所得金額との差異は右記載から明らかなとおり売上金額の相違により生じるが、原告の確定申告は別表二(一)欄記載の各取引先についてそれぞれ同表(二)欄記載のとおりの売上があつたことを前提とするものであつたところ、被告西淀川税務署長において調査したところ真実は同表(三)欄記載のとおりでその差額(同表(四)欄記載のとおり)金三、三一四、三二四円について申告もれ(脱ろう)があつたのでこれを原告申告にかかる売上金額一一、三二八、〇二四円に加算して計算すると原告の昭和三七年度分の総所得金額は原告の申告額とは異なり別表一(一)欄記載の被告ら主張のとおりの金額となる。従つてこれを理由に右総所得金額の範囲内の所得があるとしてなされた本件更正処分に違法はない。
四、請求原因二(二)の事実は争う。原告の昭和三七年度分所得税の確定申告において、別表二の(四)欄記載のとおりの脱ろうがあつたことを理由に被告西淀川税務署長が本件更正処分をしたことは前記のとおりであるが、原告は以下に述べるように右脱ろう分を故意に隠ぺいし売上金額からこれを控除した売上があつたことを基にして確定申告をしていたので、原告は旧通則法第六八条に従つて重加算税を負担する義務があるというべきところ、その額は別表三の被告らの主張のとおり過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額に係る過少申告加算税に代えて当該基礎税額に百分の三十の割合を乗じて計算した金額になる。従つてこれが税額の範囲内でなされた本件重加算税の賦課決定処分には違法はない。
脱ろう分が「隠ぺい」にあたるとする理由は次のとおりである。
(一) 脱ろう分金三、三一四、二三四円は原告の収入金額金一四、七六二、三四八円(別表一(一)欄参照)の約二二%に相当し、金額の大きさ及び総額中に占める比率のいずれからみても故意に隠ぺいしたものと思われる。
(二) ことに別表二記載の取引先のうち(株)初田製作所分の脱ろう額は二六五万円を超え、原告計上額は真実の売上額の僅か三七%に過ぎないのであるが、これは原告が被告らの調査によつても発見されにくい部分を隠ぺいしたものである。
即ち原告の同社に対する売上内容を示すと、
1 原告に材料を支給しないもの(同社の仕入に計上される分)
金 一、六一七、八四八円(原告計上分)
2 原告に材料を支給して加工させるもの及び修理(同社の外注費等の経費科目に計上される分)
金 二、六五八、二一三円(脱ろう分)
3 合計 金 四、二七六、〇六一円
となつており、右1及び2は請求書も別個に作られている。
税務調査において売上額の確認のためには相手方の仕入記帳を調査するのが通常であるから、原処分庁が通常の方法に従つて同社の仕入金額についてのみ検討していたならば、原告の売上計上額(右1の金額)と同社の仕入額とは一致し、前記売上脱ろうは看過されることとなる。従つて原告が右2の金額を計上しなかつたのは課税庁の反面調査によつても発見されないことを予想してなされたものとみることができる。なお右の脱ろう額は同社の原告に対する支払が仕入分も外注費等の分も一括して支払う方法によつていたため、被告西淀川税務署長配下の担当官がたまたま同社の支払状況を調査した際判明したものである。
(三) また岩本又五郎及び(株)常磐商会分については原告においてその全額を計上していなかつたものであり、これが隠ぺいにあたることは明白である。
五、請求原因二(三)1の事実は法律上の意見を除き認める。ところで審査法第二二条第一項は「審査庁は……中略……相当の期間を定めて弁明書の提出を求めることができる」と定めており、右規定の形式、法律の趣旨を綜合すれば、審査庁が処分庁に対して弁明書の提出を求めるか否かは審査庁の自由裁量に属する事項であると解されるから本件審査手続において被告大阪国税局長が被告西淀川税務署長に弁明書の提出を求めることなくして裁決したことをとらえて直ちに違法ということはできないうえ、本件審査手続において被告大阪国税局長はその有する裁量権の範囲をこえて行使していないことはもとより、これが濫用もしていないから原告のこの点の主張は失当である。
即ち国税に関する法律に基づく処分で所得税にかかる審査請求の審理は事案が大量に発生し、かつ当該処分に対する不服が概して要件事実の認定の当否にかかるものであるから税務行政に習熟した協議官が専らこれにあたり(旧通則法第八三条第二項に基づく国税庁協議団及び国税局協議団令(以下単に団令という。)参照。)、しかも協議官は審査請求の審理に当つては協議官自ら必要な調査に当り、又は国税庁長官若くは国税局長を通じ国税庁、国税局若くは税務署の当該職員に対しその調査を嘱託するほか、当該審査請求の目的となつた処分に関する事務を従事した職員及び当該審査請求をした者にその意見を述べる機会を与えなければならない(団令第五条)こととされている。このように事案が大量に発生し、かつ、当該処分に対する不服が概して要件事実の認定の当否にかかるものの審査請求について、処分庁に弁明書の提出をまつてこれを審査請求人に送付し、同人からこれに対する反論書を提出させ、これらの書面を資料として審理するよりも、協議官が自ら進んで必要な調査を行ない処分庁の関係職員及び審査請求人双方から口頭で意見を聴取する方がはるかに迅速で適正な処理をはかることができるのは明らかであり、この方法はいわゆる書面による審理方式にくらべより一層不服審査制度の趣旨に合致するものといえる。被告大阪国税局長はこのような見地から本件審査手続においては処分庁である被告西淀川税務署長に弁明書の提出を求めなかつたものであるから被告大阪国税局長のとつた措置は何ら違法ではなく、また、同被告はこれが裁量権の行使につき権限の踰越ないしは濫用のいずれをもしていないからこの点に関する原告の主張は失当である。
六、請求原因二(三)の事実は認めるが、違法に閲覧を拒否したとの主張は争う。
被告大阪国税局長がその閲覧を拒否した「本件更正処分の理由となつた事実を証する書類」としては当時本件所得調査書のうちの該当部分があつたが、審査法第三三条第二項後段に該当するためその閲覧を拒否したものである。以下これにつき詳細に述べることとする。
審査請求人が審査庁に対し有する閲覧請求権の対象は、処分庁が審査庁に提出したすべての書類、物件ではなく、このうち処分の理由となつた事実を証する資料に限られるところ、本件更正処分の理由となつた事実は、前記のとおり、別表二記載の各取引先に対する売上金額について被告西淀川税務署長の調査したところと原告の言い分とが異なつたという事実であるから本件審査手続において審査請求人である原告が閲覧請求権を有したのはこの事実を証する資料についてのみである。
ところで本件所得調査書の記載内容は調査担当者のメモ的な記載が多く、しかも各記載が混在しているがこれを分類整理すると次のようになる。
損益計算、原告計算による各売上先毎の売上の検討に関する事項、仕入の検討に関する事項、原告計算の売上金額に計上もれのあつた前記四つの取引先(便宜A、B、C、Dと称する)のうちA、Bについての反面調査結果、Cへの売上に関する資料筆、E商事株式会社における手形割引状況の反面調査(Dへの売上もれの発見)、F質屋における借入金利子支払状況の反面調査結果、諸経費に関する事項、減価償却に関する事項車輌、譲渡損に関する事項、G社での探聞事項、H信用金庫に対する照会事項、
以上を要するにこれを大別すれば、調査担当者のした損益計算と損益計算における各項目の金額についての基礎事実についての資料とになるが、前者は単なる計算過程を示すものに過ぎないからこれが閲覧請求の対象となるとは考えられず、結局後者のみがその対象となるものと解されるが、次のとおりこれが閲覧拒否につき正当な理由があつたので被告大阪国税局長は本件所得調査書の閲覧を拒否したものである。
審査法は第三三条第二項後段において、審査庁は第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるときは閲覧を拒むことができると定めているが、法がこのように閲覧拒否を許容する実質的根拠の一つには公務員の守秘義務があると解されるところ、国家公務員法第一〇〇条第一項によれば、公務員は職務上知り得た秘密を守る義務があり、これに違反した場合には刑事罰を科されることになつているが、右の公務員の守秘義務の及ぶ範囲内では閲覧拒否につき正当な理由があるものと考えられる。
そして右の「職務上知り得た秘密」には一般人の個人的秘密と行政自身の要求によつて秘密を保つことを必要とする行政上の秘密との両者が含まれるものと解される。個人的秘密はそれが、一般人が秘密にしようと欲するところの客観的秘密であると、本人のみが秘密にすることを欲する主観的秘密であるとを問わず刑法その他諸法律において絶対的に保護されているのであるから、閲覧請求にかかる書類等が第三者の個人的秘密にかかわるときには公務員の守秘義務との関連において常に正当な拒否理由に当ると解すべきである。そしてこのことは行政上の秘密についても同様である。民事訴訟法上、刑事訴訟法上監督官庁の承諾を得ない限り公務員の証言拒絶権が認められているが、刑事訴訟法上の証言拒絶権については国の重大な利害を害する場合を除いては監督官庁は承諾を拒むことができないとされている。しかしこのことから直ちに行政上の秘密については国の重大な利益を害しない限り閲覧拒否の正当理由に当らないと解すべきではない。
行政不服審査制度は行政の内部的統制であり純然たる第三者機関の行なう司法統制のようなものとは異なる。即ち行政不服審査制度は簡易迅速な手続によつて国民の権利利益を保護する機能を果すとともに行政運営の適正を確保する機能をも併わせ果すことを目的としており、その審査手続も司法手続とは異なり、審査請求人の利益の確保が絶対的に保証されている訳ではない。従つて閲覧請求にかかる書類等が行政上の秘密にかかわるときは、それを閲覧させることにより国の重大な利益を害する程度に至らなくても、閲覧拒否の正当理由がある場合にあたると解すべきである。
そこで本件所得調査書に閲覧を拒否するに値する秘密があるか否かについて考えると先ず本件所得調査書には第三者の個人的秘密にかかる事項が記載されている。
即ち本件所得調査書には原告の売上先のうち前記A、Bについての調査結果、Cについての資料箋、E商事及びF質屋についての調査結果が含まれているが、これらの調査結果は勿論、取引先がこのような調査に応じたこと自体秘密性を有する。けだし取引先についての調査結果を開示すればこれらの取引先が税務調査に協力したことが直ちに原告に明らかとなるからである。もともと取引先としては税務調査に応じる義務があるが、調査に応じて取引関係を明らかにした結果納税義務者の所得が税務当局に正確に把握され申告の過少であることが発覚して更正等の処分がなされることがしばしば見受けられる。そのため何かと取引関係の円滑を害されることを懸念し、取引先が調査に協力することをさける傾向にあることは人情として已むを得ないところであり、それにもかかわらず積極的に調査に協力した取引先についてはその利益を絶対に保護する必要がある。また調査に協力する場合でも調査に応じたことを他にもらさないことを条件としてこれを協力するのがしばしばである。このことは過去の実例に照らして明らかである。例えば仕入先の調査がもれたため仕入先が取引停止を受けた例、あるいは銀行が調査に応じたため後に多人数による抗議を受けた例、その他調査に応じた取引先に対する有形無形の圧迫が加えられた例は多数ある。これらの点を考慮するならば右の各取引先が調査に応じたこと並びに調査に際してどのような資料を提供したかということ自体保護されるべき秘密である。また、本件所得調査書には右の取引先についての反面調査結果のほか前記G社での探聞事項及びこれに基づいてH信用金庫に照会した事項等原告の取引先以外の第三者についての調査結果も含まれている。これらは本件更正処分の理由となつた事実を証するものではないがこれらの調査結果の記載が秘密性を有することは論ずるまでもなく明白である。
さらに本件所得調査書には次のとおり行政上の秘密にかかる事項の記載が存する。尤も被告らははじめこの点につきこれと反対の陳述をし、原告においてもこれを争わなかつたが、これは真実に反し、かつ、錯誤によつたものであるから被告らは右自白を撤回する。元来所得調査書は納税者の申告にかかる所得金額が正確か否かの検討と課税庁における調査担当者の調査が的確に行なわれているかどうかを明らかにするためその調査の経過及び調査結果等を明らかにすることを目的として作成される調査担当者の上司に対する報告書で、本件所得調査書にも調査の対象となつた原告の昭和三七年度中の売上、仕入、経費の各項目の金額及びこれらを総括した収支計算、資産、負債調べ等の調査結果のみならず、調査の過程即ち調査についての上司の指示事項、調査のポイントのたて方、またその調査方法、更に翌年度以降の調査に際しての参考事項等所謂調査技術についての事項が詳細に、しかも本件所得調査書の随処に記載されているが、これら調査技術は納税者にとつての租税回避即ち脱税の方法と表裏の関係にあるから、このような事項を記載した本件所得調査書を原告に閲覧させると課税庁のその後の調査が著しく困難となることは必至であり、ひいては租税の基本原則である課税の公平を図ることができない結果を招来する虞れがでてくる。従つて課税庁において秘密扱いにしている所謂所得標準率は勿論のこと右の調査技術に関する事項も行政上の秘密に属するというべきである。
以上のとおり本件所得調査書には第三者の個人的秘密及び行政上の秘密にかかる事項の記載があり、これらの記載が本件所得調査書の随処に存在しているところから被告大阪国税局長は本件所得調査書全部についてその閲覧を拒否したものであり、閲覧を拒否するについて正当な理由があつたものというべきであるから本件所得調査書の閲覧を拒否した同被告の処置に違法はない。
七、かりに被告大阪国税局長が原告の求めに応じて弁明書の副本を送付しなかつたこと及び本件所得調査書の閲覧を拒否したことがいずれも審査法の規定に違背するものであつたとしても、次に述べるところから原告はこれを理由に本件裁決の違法を主張してその取消を求めることはできない。
先ず本件裁決までの原告と協議官とのやりとりの経緯は次のとおりである。
昭和三九年
四月二八日 協議官から原告に「面談のお知らせ(予定日五月六日牛前九時)」を発送。
五月 六日 原告不出頭。協議官が電話したところ、「本日は集金日で都合が悪いが五月八日に出頭する」との原告の返事があつた。
五月 八日 原告不出頭。
五月一四日 原告に電話連絡したところ、「不渡手形の件で忙しいので後日はつきりした日を通知する」との返事があつた。
五月二一日 原告から「弁明書副本送付要求書」、「書類閲覧申請書」が提出された。
六月 四日 原告に対し弁明書幅本を送付できない旨の回答及び書類閲覧申請書に対し原告主張の二通の書類の閲覧許可を通知(閲覧指定日六月一〇日)した。
六月一〇日 原告は閲覧のため出頭しなかつた。
六月一一日 原告に電話したところ外出中だつたので、帰宅後電話してほしい旨伝言を依頼したが、電話連絡はなかつた。
六月一三日 原告から意見陳述の申立書の提出があつた。
六月一八日 原告に対し意見陳述期日(六月二五日)の通知をした。
六月二五日 原告は意見陳述のため出頭しなかつた。
その後本件裁決に至るまで何の連絡もなかつた。
以上のとおり原告は、審査請求はしたものの、協議官の呼出にも応ぜず約束した日に出頭しないばかりか自らが要求した閲覧請求も意見陳述も行わなかつたのである。原告は閲覧のため出頭しなかつた理由として閲覧を許可された書類はいずれも閲覧の必要のないものであつたためと主張するが、これは事実に反する。原告には本件審査手続において真剣に本件更正処分を争う気がなかつたのである。また、本件審査手続において原告から弁明書の副本送付要求書や書類閲覧申請書が提出されはしたものの、これは他の民主商工会会員の場合と同様、原告のため本件審査請求にかかる手続事務を代行していた西淀商工会事務局において型の如く作成し提出したものにすぎず原告はこのような申請がなされたことさえ知らなかつたものである。そうだとするならば被告大阪国税局長が原告の要求どおり弁明書副本を送付せず、本件所得調査書を閲覧させなかつたことにより原告はいかなる不利益を受けたというのであろうか。格別の不利益は蒙つていないというべきである。まして本件では原告は故意に売上金額の一部を隠ぺいし、本件更正処分が被告西淀川税務署長において右隠ぺいを発見したことにより行われたことは充分承知していたのであるからなおさらである。
従つてかりに被告大阪国税局長が原告に弁明書副本の送付をせず、本件所得調査書の閲覧を許さなかつたことが審査法に違背する処置であつたとしても、右の事情に照らせば原告においてこれを理由に本件裁決の違法を主張してその取消を求めることは信義則に反し許されず、また、かりに許されるとしても本件裁決にこれが取消事由となるほどの違法性を与えるものではないというべきである。
八、請求原因二(三)3の事実は認めるが、その法律上の意見は争う。審査請求の審理にあたつての争点は課税対象とされた総所得金額認定の過誤の有無であるから審査庁としては原処分時に存在した資料にとらわれることなく総所得金額を再考のうえ審査請求の当否を決定すべきものである。かりに原告のいうように原処分時の資料以外の資料では判断できないものとすれば、審査手続中に新たに審査請求人に有利な資料が現われてもその資料により判断できないこととなり不合理な裁決をしなければならなくなる。また反面審査請求人に不利な資料だけを排斥すべき理由もない。従つて原告のこの点の主張は失当である。
九、本件裁決の取消を求める請求は失当である。
行政不服審査も行政事件訴訟もいずれも争訟手続であるが、行政事件訴訟はその手続の終審としての性質を有するところ本件更正処分の取消を求める原告の請求は棄却されるべきことか明らかであるから、たとえ本件裁決に違法事由があるとしてこれを取消し改めて裁決をさせるとしても被告大阪国税局長はもはや本件更正決定を取消すことができない以上本件裁決を違法として取消すことは無意味であるから、本件裁決の取消を求める原告の請求は失当である。
(原告の主張及び被告らの主張に対する反論)
一、必要経費の増額について。
原告は総所得金額計算における控除科目である雇人に対する支払給料について次のとおり金三四四、〇〇〇円の脱ろうを発見したので、原告の所得計算上被告ら主張の別表一3記載の必要経費金一、七〇七、三一二円のほか、なお右金額が経費として控除されるべきことを主張する。
(一) 山本秋男分 金六七、〇〇〇円
但し昭和三七年六月から一〇月まで月額金一三、四〇〇円の割合による六ケ月分の合計
(二) 相田勝吏分 金六七、〇〇〇円
但し同年六月から一〇月まで月額金一三、四〇〇円の割合による六ケ月分の合計。
(三) 大井幸一分 金二一〇、〇〇〇円
但し同年六月から一〇月まで月額金三五、〇〇〇円の割合による六ケ月分の合計
二、本件重加算税の賦課決定処分について。
被告らは原告の売上に関する脱ろうを目して旧通則法第六八条に規定する「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部の隠ぺい」にあたると主張するのであるが原告は故意に隠ぺいしたものではない。その詳細は次のとおりである。
(一) 原告は会計処理に関する知識に乏しいため会計処理に必要な諸帳簿を整備せず、営業に関する伝票、メモ等の作成を主として実子尾名敏彦に委せていたところ、同人が昭和三七年六月頃交通事故による負傷のため入院し、その後の伝票メモ等の作成は原告又は他の従業員がしたため混乱し、一部散逸したものもあつたものと推測される。
(二) 原告は申告期限前右伝票メモ等課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき一切の資料を西淀商工会に一括持参し、所得税の申告に必要な計算及び確定申告書の作成、提出を一任していたものである。
(三) 被告らは売上脱ろう額が約二二%に達すること及びその金額から原告が故意に隠ぺいしたというが、会計知識に乏しく正確な諸帳簿の記帳をなし得ないものにとつては必ずしも右程度の不注意に基づく脱ろうはあり得ないことではない。また(株)初田製作所に対する脱ろう額は材料支給による加工賃に相当するものであり、同社に対する納品伝票、請求書等は同社の指示により材料支給がないものと材料支給のものとを別個に作成することになつていたにすぎず隠ぺいの方法として故意に別個に作成したものではない。隠ぺいするために故意に別個に作成する程の用意周到な準備をするのであれば支払を受ける場合にも同社から一括して支払を受けることなく別個に支払を受ける方法を選んだであろう。被告らのこの点の主張はことさら事実を歪曲するものである。
(四) 岩本又五郎に関する脱ろうについては、被告ら主張の別表二(三)欄記載の金四〇五、六七五円は全く事実に反する。原告は右岩本に工員の世話をした謝礼金名下に同人から二〇、〇〇〇円を受領したのみであるから右脱ろう額は極めて僅少であり、また(株)常盤商会に関する脱ろう分も金額が少額であるところ、これらの脱ろうはメモのつけ忘れ又は伝票への書き落とし等により生じたもので原告が故意に隠ぺいしたものではない。ちなみに右脱ろう額は全部合計しても総売上額の一%にもみたないのである。
(五) 以上のように被告ら主張の各脱ろうは原告が会計処理の知識に乏しいことと、伝票作成の担当者であつた敏彦が交通事故のため入院したため伝票、メモ等の作成が混乱したこと及び計算資料を原告において遂一確認しないまま一括して西淀商工会に手渡し自らの手で確定申告書を作成しなかつた不注意等により生じたものであつて、原告が税の支払を不当に免れるためことさらに売上の一部を隠ぺいしたものではなく、旧通則法第六八条所定の重加算税賦課の要件に該当しないから本件重加算税賦課処分は違法である。
三、弁明書副本送付拒否について。
被告らは審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めるかどうかは審査庁の自由裁量事項であると主張するが、審査法が制定された経過及び国民の権利救済をその主目的とする同法の立法趣旨等に鑑みれば、弁明書の提出要求が審査庁の自由裁量事項といえないことは明らかである。審査手続においては原処分の適不適、当不当が判断されるが、これが判断を適正に行なうためには当然原処分庁に対し弁明書の提出を求めてその言い分を聞き、審査請求人に対してはこれに反論の機会を与えてその争点を整理ないしは確定することが絶対に必要である。審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めずして裁決することを認める場合においては争点が不明のまま裁決がなされることになるから、その結果審査庁に恣意を許すこととなり同法の立法趣旨である国民の権利救済が実現されない虞れがある。なるほど同法第二二条第一項においては「審査庁は………弁明書の提出を求めることができる」と規定し、あたかも審査庁の自由裁量を許したかのように読めないこともないが、同条第三項本文においては、「処分庁から弁明書の提出があつたときは審査庁はその副本を審査請求人に送付しなければならない」と規定して副本の送付を義務づけるとともに同項但書では「審査請求の全部を容認すべきときはこの限りでない」と規定しているが、右各条項をあわせ読めば、審査庁において審査請求を容認するか否か不明の場合には、争点の整理ないし確定のため処分庁に対し弁明書の提出を求めたうえ、その副本を審査請求人に送付してその反論の機会を与える義務を審査庁に課したものであることは明らかである。従つて被告大阪国税局長が原告の弁明書副本送請求を拒否してなした本件裁決は違法である。
四、閲覧請求について
先ず被告らは閲覧請求の対象となる書類は処分庁が提出した、「処分の理由となつた事実に対する立証資料」に限られると主張するが、審査法が審査請求人に閲覧請求権を認めたのは、争点についての処分庁側の立証資料について審査請求人にも反証をあげる機会を与え国民の権利救済を全からしめようとすることに基づくものであるから、審査請求に関して処分庁から提出された一切の書類が閲覧請求の対象となると解すべきである。かりにこの点は被告ら主張のとおりとしても、本件所得調査書中損益計算にかかる部分はなるほど単なる計算過程を示すにすぎないものかも知れないが、被告ら主張の損益計算における各項目の金額についての基礎資料に基づいての計算内容を示すもので右基礎資料と一体をなしているものであるから、右損益計算の部分も含めて本件所得調査書全体が「処分の理由となつた事実に対する立証資料」であることは明らかである。
ところで被告らは本件所得調査書の閲覧拒否につき正当な理由があつたと主張するが、原告はこれを争う。その理由とするところは被告らの独断的見解にすぎない。審査法第三三条第二項後段の閲覧拒否の正当理由として掲げられる「第三者」の利益とは調査に協力した者以外の第三者の利益を意味し、調査に協力した者の利益などは含まない。また被告らが強調する公務員の守秘義務も閲覧請求権として立法化される場合には当然後退を余儀なくされ、これに違反しても刑事制裁を科されることはないというべきである。更に本件所得調査書に行政上の秘密が存しないとの点についての被告らの自白の撤回には異議がある。かりに自白の撤回が許されるとしてもその主張するところは全く不当である。
即ち本件所得調査書が被告らのいうとおり調査担当者の上司に対する報告書として作成されるものとしても、これには被告らが自認するとおり、調査した売上、仕入、経費、資産、負債の各科目の金額、それらを総括した収支計算等の調査結果が記載されているのであるからこれこそまさしく処分の理由となつた事実を証する書類等であり原告においてその閲覧を必要とする部分である。従つてかりに他に被告ら主張の調査技術に関する記載がなされているとしても、所得調査書以外に処分の理由となつた事実についての証拠資料が存在しない現状においてはこれを以て閲覧を拒否できる正当な理由があるとすることはできない。もしかりに右所得調査書が閲覧の対象とならないものとすれば、異議の申立及び審査請求の段階を通じて納税者たる不服申立人には原処分に対する攻撃防御方法が全くないこととなり、異議申立、審査請求前置制度は有名無実となる虞れがある。被告らの主張はいずれも不服申立人のために設けられた右の諸制度が行政庁の便宜のための制度として運用せらるべきことを主張するに帰し、不服申立人の利益を全くかえりみない違法不当な態度というほかはない。
五、弁明書副本の送付拒否及び閲覧拒否が本件裁決の取消事由に当たらないとの被告の主張について。
原告が本件更正決定前に更正の具体的理由を知つていたことは争う。また被告らは本件審査手続において原告には本件更正処分の取消を求める攻撃防御を尽そうとする真摯な態度がなかつたかのように主張するが、審査庁たる被告大阪国税局長において原告からの弁明書副本送付の要求及び書類閲覧請求等をことごとく拒否しておいて、「閲覧をしなかつた」、「意見陳述にも来なかつた」というに至つては何をかいわんやである。原告において争点につき充分な把握ができて始めて有効適切な意見陳述も可能となるのであり、そのためには原告において弁明書副本の送付を受けて本件更正処分の理由を明らかに知ること、処分の理由となつた事実についての証拠資料を閲覧することが不可欠の前提条件となるのである。このような論理法則を無視して原告に攻撃防御を尽そうとする真摯な態度がなかつたというのは自らの法律上の義務を履行しなかつたことの責任を原告に転嫁するもので著しく不当である。
(原告の主張についての被告らの反論)
必要経費の増額に関する原告の主張について。
原告ははじめ必要経費についての被告らの主張を認めていたのに、後になつてこれと異なる金額の経費があつたと主張するものであつてこれは自白の撤回にあたるとして被告らはこれに異議を提出する。かりに自白の撤回にあたらないとしても故意又は重大な過失によつて時機に後れて提出された攻撃防御方法であつてこれがため本件訴訟の完結を遅延させることが明らかであるとして民事訴訟法第一三九条に基づき却下せられるべきものである。
(被告らの反論についての原告の反対陳述)
原告の必要経費の増額についての主張が自白の撤回にあたること及びこれが時機に後れた攻撃防御方法であるとの点はいずれも争う。
(証拠)<省略>
理由
一、本件更正処分の取消を求める請求について。
(一) 請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
(二) そこで本件更正処分に原告主張の違法事由があるかどうかに判断する。
1 本件更正処分が何ら実質的な資料に基づかないでなされたものであるとの主張について。
旧通則法第二四条によれば、納税申告書の提出があつた場合に当該申告書に記載された課税標準等又は税額等についてなされる税務署長の更正は、調査に基いてなされることを要するところ、<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、原告の昭和三七年度分所得税についての確定申告は、別表二(一)欄記載の各取引先についてそれぞれ同表目欄記載のとおりの売上があり、売上金額は合計で一、一三二万八、〇二四円であることを前提とするものであつたが、被告西淀川税務署長配下の係官が右売上金額の確認のため右各取引先等について調査したところ、右各取引先に対する真実の売上額は同表(三)欄の被告ら主張のとおりで原告の右申告には売上につき同表(四)欄記載のとおりの脱ろうがあることが判明し、これを原告申告にかかる右売上金額に加算すると、同年度の売上金額は別表一(一)欄1(1) 記載のとおり金一、四六四万二、三四八円で、原告の同年度の総所得金額は原告の申告額と異たつたので被告西淀川税務署長はこれを理由として本件更正処分をしたこと、なお右の調査の結果は調査担当者により原告の同年度分所得調査書としてまとめられ、上司である同被告に報告されていたものであつて同被告はこれに基づいて本件更正処分をしたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないから原告のこの点の主張は失当である。
2 本件更正処分には原告の昭和三七年度の所得を過大に認定した違法があるとの主張について。
原告の同年度の事業所得は、前記認定の売上金額金一、四六四万二、三四八円に当事者間に争いがない雑収入金一二万円(別表一(一)欄1(2) 記載)を加えた収入金額金一、四七六万二、三四八円(同欄1記載)から、当事者間に争いがない売上原価金八八九万〇五〇二円(同欄2記載)及び必要経費を控除して算定すべきところ、 必要経費の金額については原告ははじめ昭和四一年七月一五日の本件第一一回口頭弁論期日において被告ら主張の金一七〇万七三一二円(同欄3記載)を認めたが、原告本人尋問(第一回)終了後の昭和四三年一一月四日の本件第二五回口頭弁論期日になつて新たに雇人に対する支払給料金三四万四〇〇〇円の脱ろうを発見したことを理由にその増額を主張して右の金額を争うに至り、被告らはこれが自白の撤回であることを理由に異議を述べ、あるいは時機に後れた攻撃防禦の方法であるとして右新たな主張の却下を求めたのでこれについて判断すると、右は自白の撤回にあたるというべきであり、従つてこれが許されるためには右自白が真実に反しかつ錯誤に基いてなされたものであることを原告において主張立証すべきところ、かりに右の支払給料が全額同年度の必要経費として計上されるべきものとしてもその全部又は一部がはじめ原告らにおいて認めた右金一七〇万七、三一二円には含まれていないものであることについての立証が充分でたく、その結果原告の同年度における必要経費が右の金額を上まわることについての立証のない本件においては右の自白が真実に反するものであるとはいえないから右の新たな主張をともなつてなされた自白の撤回は被告らに異議がある以上許されないものというべきである。従つて前記収入金額から売上原価を差引いた残額金五八七万一、八四六円から当事者間に争いがない必要経費金一七〇万七、三一二円を控除すると、原告の同年度の事業所得は四一六万四、五三四円(同欄4記載)となる。更にこれより当事者間に争いがない譲渡損失金二一万七、〇三五円(同欄5記載)を滅ずると結局原告の同年度における総所得金額は被告ら主張のとおり金三九四万七、四九九円(同欄6記載)となる。
そうすると右金額の範囲内の総所得金額があるものとしてなされた本件更正処分は適法であるから原告のこの点の主張も失当である。
(三) 以上のとおり本件更正処分は正当であつて、原告主張の違法事由の存在にもとづく違法を前提としてなされた本件更正処分の取消を求める請求は理由がない。
二、本件重加算税の賦課決定処分の取消を求める請求について。
原告が昭和三七年分所得税についてした確定申告には売上について相当額の脱ろうがあつたことは前記のとおりであるが、原告において右脱ろう分を故意に隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づいて確定申告書を作成提出したとまで断定するに足る証拠のない本件においては本件重加算税の賦課決定処分は旧通則法第六八条所定の要件を欠いてなされた違法なものといわざるを得ないからこれが取消を求める請求は理由がある。
三、本件裁決の取消を求める請求について。
請求原因一の事実は前記のとおり当事者間に争いがないので本件裁決に原告主張の違法事由が存するか否かについて判断する。
(一) 本件裁決が審査法第二二条に違反する審査手続に基づいてなされたとの主張について。
請求原因二(三)1の事実は法律上の意見を除き当事者間に争いがない。
原告は審査庁が審査請求の当否についての判断を適正に行なうためには処分庁に対し弁明書の提出を求めて弁明を聞くとともに、その副本を審査請求人に送付してその弁明内容を知らせこれに反論の機会を与えてその争点を整理もしくは確定することを法律上一義的に義務附けられている旨主張するところ、なるほどそのようにして審査手続を進めれば、審査庁は処分庁が処分をしたことについての弁明を明確な形で知ることができるうえ、審査請求人に対しその弁明内容ひいては処分の理由を知らせることはその権利救済の見地からみて有益であるにはちがいないが、しかしいかなる手続に従つて審査を行なうかは法律の定めるところによるのであり、そもそも現行の行政不服審査制度の下における審査手続は同じく国民の権利救済のための制度といつても裁判所のような第三者機関が当事者の参与した対審的構造の下に慎重に進める訴訟手続などとは異なり、処分庁の一上級行政庁にすぎない審査庁が主宰する簡易迅速な手続による権利救済を目的としているにすぎず、しかもその審理方式は対審的構造をとらず職権主義を基調としたものであること等を考えると、審査庁自らにおいて弁明書の提出を求めなくてもその他の資料によつて事案の争点が充分明確に把握でき、裁決をするのに何らの支障がないと判断したような場合までも含めて常に審査庁において、処分庁に対し弁明書の提出を求めその提出を得た後審査請求人にその副本を送付しこれに対する反論を待つたうえでないと審査手続が進められないものと解するのは妥当ではなく、審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めるか否かはその裁量に委ねられているというべきである。そしてこのことは同法条の明文上からも明らかである。また同法は審査請求人の審査庁に対する弁明書副本送付請求権についても何らふれるところがないから、審査請求人から弁明書副本の送付請求があれば審査庁としては常に必ず処分庁に対し弁明書の提出を求め、その提出を得てその副本を審査請求人に送付すべき義務があるものとも解されない。
従つて本件審査手続において審査庁である被告大阪国税局長が原告からの弁明書副本送付請求に対し処分庁である被告西淀川税務署長に対し弁明書の提出を求めておらず、従つてその提出がないからこれに応じられないとした処置には違法はないから原告のこの点の主張は失当である。
(二) 本件裁決が審査法第三三条第二項に違反する審査手続に基づいてなされたとの主張について。
請求原因二(三)2の事実は法律上の意見を除き当事者間に争いがない。
ところで同法条が閲覧の対象として予定している書類等が処分の理由となつた事実を証するものに限られるのか、処分庁から審査庁に提出された一切の書類等がその対象となるのかは多少問題がないでもないが、少くとも処分の理由となつた事実についての証拠書類等が閲覧の対象となることは間違いないところ、被告大阪国税局長が閲覧を拒否した書類としては原告からの閲覧請求当時原処分庁から送付のあつた本件所得調査書があつたこと、右所得調査書中には原告の取引先に対する反面調査結果等の記載があり、この部分は閲覧請求の対象となる本件更正処分の理由となつた事実を証する書類に該当すること、右閲覧拒否の理由は同被告において右調査書の閲覧を拒むについて正当な理由があると判断したからであることは被告らにおいていずれも自認するところであるから、ついで被告大阪国税局長が本件所得調査書の閲覧を拒否するについて正当な理由があつたとの被告らの主張について判断する。
閲覧拒否の正当理由として被告らが主張するところは詳細にわたるが、要するに、閲覧請求にかかる書類等が第三者の個人的秘密又は行政上の秘密にかかわるときは公務員の守秘義務(国家公務員法第一〇〇条第一項)との関連において常に閲覧拒否の正当理由がある場合にあたると解すべきこと、被告大阪国税局長においてかりに原告の請求に応じて本件所得調査書の閲覧を許せば、調査に応じた取引先が税務当局に対し原告との取引関係を明らかにした結果原告の申告所得が過少であることが判明しこれを理由に本件更正処分がなされたことが原告に明らかとなる結果爾後原告との取引関係の円滑を害される虞れがあるのみならず、調査に応じた取引先においてもこの点を懸念し、調査に応じる場合においても調査に応じたことを他にもらさせないことを条件としてこれに協力することがしばしばであるのが実情であり、それ故右の取引先が調査に応じたこと及び調査に際しいかなる資料を提供したかということは調査に応じた取引先にとつて保護すべき個人的秘密であること、また本件所得調査書にはこのほか行政上の秘密である調査技術に関する事項も記載されていること、従つて本件所得調査書は第三者の個人的秘密又は行政上の秘密にかかわるから被告大阪国税局長においてこれが閲覧を拒否するについて正当理由があつたというにある。
しかしてかりに被告ら主張のように閲覧請求にかかる書類等が第三者の個人的秘密又は行政上の秘密にかかわるときはこれが閲覧拒否につき正当理由がある場合にあたると解するとしても、次のとおり被告らのこの点の主張は失当である。
先ず被告らが第三者である取引先の個人的秘密に属するとして主張する事項は法律上保護すべき個人的秘密にはあたらず、従つて被告大阪国税局長においてかかる事項を原告に披瀝しても公務員の守秘義務に反することにはならないから本件所得調査書が取引先の個人的秘密にかかわることを理由にこれが閲覧を拒むことは許されないものというべきである。尤も本件所得調査書の閲覧を許した結果原告において調査に応じた取引先が税務当局に取引関係を明らかにした結果原告の過少申告が当局に発覚し、本件更正処分を受けるに至つたことを知れば人情の常として原告において右の取引先の所為を快く思わずその後の取引が何かと円滑を欠くにいたることは想像できなくもないが、これとても同被告において右のとおり本件所得調査書の閲覧を拒めない以上己むを得ないこととしなければならない。
ついで被告らは本件所得調査書には行政上の秘密である調査技術に関する事項の記載があつたと主張するが、かりにそうだとしても右記載にかかる部分は本件更正処分の理由となつた事実を証するものでないことが明らかであり、もともと閲覧に供する必要のないものであるから、もしこの部分が他の部分と分離可能であればこの部分を閲覧に供する部分から任意除けばよく、またこの部分と他の部分とが渾然一体となつていて分離不能であれば、この部分に紙を貼付するなり、消去するなりして原告の目に触れない状態にすればすむことであるから本件所得調査書中その一部分にその主張の行政上の秘密にかかる事項の記載があることの故を以てこれと関係のない部分までの閲覧を拒むことは許されないというべきである。
以上のとおりで被告大阪国税局長が本件所得調査書の閲覧を拒否したことについて正当な理由があつたとの被告らの主張は失当であるから、被告大阪国税局長が本件所得調査書の閲覧を拒否した処置は審査法第三三条第二項の規定に反し違法であるというべきである。
ところで被告らは、原告はその態度からみて本件審査手続において真剣に本件更正処分を争う気がなかつたもので、かりに被告大阪国税局長が本件所得調査書の閲覧を拒否したことが違法だとしても原告はこれにより何らの不利益をも蒙つていないからこれが違法を主張することは信義則に反し許されないと主張するが、原告が被告ら主張のように本件更正処分を真剣に争う気がなかつたとまで断定するに足る的確な証拠はないから被告らのこの点の主張はその前提を欠き失当である。
(三) 本件審査手続にかしがあることは前記のとおりであるところ、右は重大な手続違背というべきであるから、このような重大なかしを帯びた審査手続に基づいてなされた本件裁決もまた違法といわなければならず、これが取消を求める原告の請求は正当であるというべきである。
なおこの点に関して被告らは原処分とこれを維持した裁決との取消を同時に求める本件のような訴えにおいて、原処分の取消請求を棄却すべき場合にはかりに裁決に違法があつてもこれを取消すべきではないと主張するところ、本訴において原処分中本件重加算税の賦課決定処分についてはともかく本件更正処分の取消請求が理由がないことは前記のとおりであるがそもそも行政処分が違法と判断される以上、その違法事由が手続上の瑕疵にあると、実体上の瑕疵にあると、またはその双方であるとの別なく、法令による特別の定めのほかこれを取消す利益がない等特段の事情がない限りこれが取消されるべきことは当然であり、しかして本判決で本件更正処分の取消請求を棄却しても被告大阪国税局長があらためて裁決をする場合にその本来の権限に基づいて本件更正処分を違法又は不当として取消すことは少しも支障はなく、却つてこれを取消すだけの利益は充分認められるのであつて本訴において本件更正処分の取消請求が棄却されても本件裁決を取消すことは当裁判所のよくなしうるところであるから被告らのこの点の主張は失当であつて採用できない。
四、結論
以上のとおり原告の被告西淀川税務署長に対する本訴請求のうち本件重加算税の賦課決定処分の取消を求める請求は理由があるからこれを認容し、その他の請求は理由がないからこれを棄却し、被告大阪国税局長に対する請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 日野達蔵 松井賢徳 仙波厚)
別表一~省略