大判例

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大阪地方裁判所 昭和41年(わ)3120号・昭41年(わ)3602号・昭45年(わ)1109号・昭43年(わ)92号・昭46年(わ)115号・昭41年(わ)3232号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、右公訴事実第二の二を無罪とした理由

(一) 右公訴事実二の二の要旨は、「被告人は、暴力常習者であり、部落解放同盟大阪府連合会吹田支部の指導下にある車友会の会員であるところ、同車友会においては、かねてから、吹田市当局において計画している昭和四一年度の同和対策事業の一つである職業技能習得事業に関し、同会員が自動車運転免許を取得するについて市の全面的な援助に要求し、同市当局と集団交渉していたが、被告人もこれに参加しているうち、さらに常習として、昭和四一年五月三〇日、他三十数名の車友会々員とともに、吹田市当局に対し、前記自動車運転免許取得希望者の受講および受験のための旅費の支給、並びにその間の生活費の保障等を要求するため、吹田市役所に交渉に赴き、同日午後二時三〇分頃、同市役所三階助役室において、助役日野車一(当五七才)と前記要求事項について集団で交渉中、同助役が交渉を打切り退室しようとしたところ、その態度に憤激し、約一〇名の会員等と共謀のうえ、共同して、同助役を追いかけ、隣接の秘書課室内の西側隅に同人を押しつけ、同所の壁にその身体を押し当て、ネクタイを引張る等し、もつて数名共同して暴行を加えたものである。」というのである。

(二) 審理の結果によると、右公訴事実をほぼ認めることができるが、他方なお以下のような事実をも認めることができる。すなわち、

1 右公訴事実の事件が発生するに至つた背景事情として、当時同和対策審議会答申の発表後まもない頃であり、同和地区住民の間で地方公共団体に対し、部落解放運動として差別解消のための行政施策を積極的に要求しようとする意識の昂つていた時期であること、しかし他方において当時の吹田市当局側は未だ同和問題の重要性に対する認識、理解が十分ではなく、それに対し本格的に取り組む態勢も十分整つていたとはいえない事情にあつたこと。

2 五月三〇日当日車友会との交渉に臨んだ日野助役は、同和地区をかかえる地方公共団体の助役であつたけれども、同和問題に対する理解が不十分であつたため車友会員らにとつて日野助役の態度が誠意のないお座なりのものとみえ、車友会員らを憤慨させたこと。

3 加えて、日野助役が、車友会員らとしては未だ交渉は終わつていないと思つていたのに、一方的に集団交渉を打切り日野助役室を出て行つたこと。

4 車友会側が当日の対市交渉で提起した要求事項すなわち、(1)自動車運転免許の受講および受験のための交通費の支給、(2)右受講および受験のために仕事を休む場合の生活保障、(3)落伍者に対する補習教育の実施のいわゆる三項目の要求は、その出された時期をみた場合、その年の三月末の市議会で昭和四一年度同和対策事業費として職業技能習得援助費を含めて金一八〇万円の予算案の承認を受け、さらに車友会の要望を入れて追加予算金一〇〇万円を計上し、五月二八日の市議会で承認を受けた直後であると認められるので、いささか唐突の感は免れないところであり、従つて日野助役らが右三項目の要求に対し、予算がない、前例がないとしてこれらを具体的に検討しようとする態度を示さなかつたのには一応の理由があるとも考えられるが、市当局側が同和問題の重要性を認識し、同和対策事業の必要性、行政の責務ということについて真剣に考えているならば、たとい同年は予算がなく前記三項目の要求の実現は困難であるとしても、その要求自体の正当性については理解し得たはずであると思われ、また市当局側としてももつと適切な誠意のある態度をとつて、紛糾を未然に防止し得たのではないかと考えられる。ところが日野助役は同和対策事業における生活保証の要求に対し、生活保護法に定める基準をもつて考慮する旨答えたことが認められるが、これは当時の吹田市の予算が不十分であつたということ以上に、同助役の同和問題に対する理解の不十分さを示すものと考えられる。このような日野助役の態度に車友会員らが憤慨したこと、および岡本義一が日野助役に手を強く払い落されたことにより同助役に喰つてかかつて行つたのを契機に、車友会員ら約十名が日野助役に抗議しようとして押しかけて行つたことは、いずれもいささか無理からぬものがあり、これをさ程強く非難することはできないと考えられること。

5 被告人らが共同して日野助役を押したのは、同助役の同和問題に対する理解不足および交渉打切りに対する憤慨を背景に抱き、直接的には同助役を追いかけて行き引き止めた岡本義一の手を強く払い落したことに抗議するとともに、再び交渉に応じてもらうためのものであつたと認められるが、その動機、目的自体特に不当とはいえないこと。

6 なお、被告人らの右行為の手段、態様についてみるに、日野助役が前田助役室から秘書室南側隅まで後退するのを追つて行く形であつという間に移動したと認められるが、その際日野助役をとり囲む形で移動したため、多少押すという有形力の行使があつたとはいえ、同助役の抵抗を排して無理矢理押して行くとか、ことさらに押しつけるとか或いは体当りするというようなことは認められず、押す力がさ程強度であつたものととは認められない。また日野助役を秘書室南側隅の壁に追いつめて以後は、先頭の岡本義一が日野助役にほとんど接着するような姿勢であつたと認められるが、それ以上にことさら同助役を押していたとは認められず、その段階においては車友会員らが日野助役をとり囲む形で主として口々に同助役に抗議していたものと認められる。なお岸田恒夫の検察官に対する供述調書によればその際被告人が岡本義一の左後の方から日野助役の胸倉を掴んで引張り出うそうとしていたことが一応認められ、それは単に押すという行為よりも悪質ではあるが、その程度は必ずしも明らかでなく、またそれは、右以上の行為に出ているとは認められず、すぐにやめていると窺われること。

7 右紛争は計画的なものではなく、偶発的なものでありその時間はたかだが二、三分位であつて極めて短時間のうちに終息していること。

以上要するに、被告人らの右行為は、同対審答甲が発表され部落解放運動が昂揚していたのに対し行政の側で未だ同和問題に本格的に取組む態勢が整つていない過渡的時期における対市交渉の過程において発生した若干のいさこざ程度のものということができ、日野助役に及ぼした実害ないし脅威の程度は軽度であつたと認められ、事件当日までの経緯、背景事情、その他被告人らの行為の動機、目的、手段、態様、結果に照して判断するに、特に社会一般の処罰感情を刺激する程度には至つておらず、結局右行為は健全な社会通念に照し未だ刑法二〇八条所定の暴行罪、従つて暴力行為等処罰に関する法律一条違反の罪として処罰すべき程度の実質的違法性を有しないものと解すべきである。従つて、被告人に対する右公訴事実第二の二については、罪とならないといわざるを得ない。

三、右公訴事実第三について

(一) 右公訴事実第三については、判示第八の(三)において認定した事実以外に「常習として、多衆の威力を示しかつ数人共同して脅迫および暴行を加えた」旨の事実を合わせて起訴しているので判断する。

(二) まず、検察官は、右公訴事実第三につき、車友会員らがゴム製半長靴を日野助役の足許の床に投げつけた行為、湯呑茶碗を投げつけた行為、および湯呑茶碗を床に叩きつけて割つた行為並びに被告人が日野助役を鉄パイプ製折りたたみ椅子で殴打した行為を、いずれも当時ことぶき会館に集まつていた車友会員ら約四〇名の共謀によるものと主張するので判断するに、右各行為はいずれもその行為の手段、態様、前後の状況に照して鑑みると、他の者にとつて予想外の突発的な行為であつたと認めるのが相当であり、右各行為について他の者との相互の間に共同実行の意思があつたと認めるのは困難であるから、右各行為はいずれも実行々為の意思のみによるものであつたといわざるを得ない。従つて検察官の主張する共謀関係は認められず、右各行為についての罪責は実行々為者の単独行為として個別に検討されるべきである。

(三) 次に、検察官は、被告人を含めた車友会員ら約四〇名の者は共同して昭和四一年六月九日午後八時三〇分頃から午後一一時三〇分頃までの間、ことぶき会館二階大会議室において、吹田市当局から日野助役、藤井民生部長、大島社会課長が出席して開かれた対市交渉の場において右日野助役らに対し、野次怒号を加えたとし、右事実を暴力行為等処罰に関する法律一条および同法一条の三所定の「常習として、多衆の威力を示しかつ数人共同による脅迫」に該当する旨を主張するので判断するに、審理の結果によると、被告人を含めた車友会員ら三〇名から五〇名の者は右集団交渉の際共同して机を叩きながら発言し、或いは「それでは回答になつておらん。」、「助役の資格はない。助役はやめてしまえ。」、「我々の村の実情をよう知つておるのか。知らないなら連れて歩いてやろうか。」、「休憩をして頭を冷やして来い。」、「お前ら今日帰れると思つたら間違いだぞ。」、「回答が出るまで夜通しでもやるぞ。」、「いてまうぞ。」等の発言、野次を浴びせるなどの言動をなしたことが認められるが、以下において右各行為が暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二二二条)に該当し、かつ同法条をもつて処罰すべき程度の実質的違法性を有するか否かを検討する。

いうまでもなく脅迫罪は被告知者本人(またはその親族)の生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加うべき旨を告知することであつて、人を畏怖させるに足りることが必要である。ところで集団的な交渉の場においては、そのこと自体に内在する特質からその相手方に集団によるある種の心理的圧迫を伴うのが普通のことであるので、集団的な交渉をすること自体違法、不当とみなされる場合は別にして、本件のように集団的な交渉自体は民主的な地方行政のあり方を求める地域住民の市当局に対する直接的な対市交渉として違法、不当なものと考えられない場合においては、集団による心理的圧迫を必要以上に過大評価することは相当でなく、そのいわゆる集団交渉の場における言動が、脅迫罪に該当しかつ可罰的であるというためには、集団交渉の場において通常予期される事態の範囲を著しく逸脱し、その場にふさわしくない、人を畏怖させるに足りる害悪の告知と評価すべき言動のあることをを要する。そして右の意味で害悪の告知と評価し得るか否かを決するには、その言動の意味、内容はもとより、告知された害悪の程度、その言動をした者の主観的意図(動機・目的)、被告知者側の事情その他周囲の状況等を検討しなければならない。

そこで本件につき検討するに、被告人を含めた車友会員らが当日対市交渉の場でなした前記各言動は、いずれも市当局側にある程度の心理的圧迫感を与えることがあるとはいえ、またその一部に穏当を欠く言辞もあるけれども、その言動の動機、目的は日野助役らの同和問題に対する理解の不足に憤慨したこと或いは車友会側の市当局側に対する要求の強さ、熱意を示すためであると認められ、そのこと自体特に非難することはできないし、また右言辞は同助役らに対する単なる嫌がらせの発言にとどまるものと考えられる。また公判期日昭和四五年一一月三〇日の第三二回公判調書中の証人荒木昇の供述部分によれば、車友会員らが日常使い慣れている言葉はかなり粗野であることが認められ、車友会員らは本件対市交渉の場においても、日常使い慣れている言葉を常套的に(その言葉の意味内容を離れて)発言していることが窺われ、さらに日野助役らは日常車友会員らに接していることからその言葉使いにある程度慣れていたのではないかと窺われ、同助役らが右言辞を常にその意味どおりに受取つたとは判断し難いので、車友会員らの言動が一般に同助役らを畏怖させるに足りる性質のものであるとしてもその程度は軽微であつたと認められる。そこで車友会員らの右言動の主観的意図(動機、目的)、意味、内容、実害ないし脅威の程度、本件当日までの経緯、背景、当日の交渉の経過など諸般の事情を総合して判断すると、右言動は暴力行為等処罰に関する法律一条および一条の三(刑法二二二条)に外形的に該当するとしても、特に社会一般の処罰感情を刺激する程度には至つておらず、健全な社会通念に照し未だ右法律違反の罪として処罰すべき程度の実質的違法性を有していないものと解すべきである。

(原田修 鈴木秀夫 浜崎裕)

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