大阪地方裁判所 昭和41年(わ)618号・昭41年(わ)403号・昭41年(わ)36号・昭41年(わ)1006号・昭41年(わ)539号 判決
殺人・同未遂・傷害 島袋清
右同 松茂良弘
殺人未遂 上原秀吉
右同 具志堅弘
右被告人らの頭記各被告事件につき、同被告人らの弁護人網田覚一、同太田稔から、日本の裁判所は本件につき裁判権を有しないので公訴棄却の裁判をされたい旨の裁判所の職権発動を促す申立がなされたので、これに対し当裁判所の見解を次のとおり明らかにすることとする。
一、まず弁護人の主張の要旨は、被告人らはいずれも琉球の住民であり(以下琉球諸島に本籍を有し、同地に居住している者を沖繩住民と略称する)、本件各公訴事実はいずれも被告人らが琉球において犯したものであるところ、日本国は琉球に対し完全な領土主権を有していないから琉球は刑法第一条第一項の「日本国内」に該当せず、また沖繩住民は日本人ではあっても現在アメリカ合衆国の統治権に服しているから右住民は同法第三条にいわゆる「日本国民」にも該当せず、従って本件被告人らには刑法の適用がなく、よって日本国は同被告人らに対して裁判権を有しないというのである。
二、よって案ずるに、当公判廷において取調べた被告人らの各身上調査照会書および被告人らの当公判廷における各供述によれば、被告人らはいずれも琉球沖繩に本籍を有し、今次大戦の終結前に出生したものであり、出生時又は幼少時よりひきつづき沖繩に居住し、その後被告人島袋、同松茂良は昭和四〇年九月ごろ、同上原、同具志堅は同年三月下旬ごろそれぞれ日本本土に到来したこと、さらに本件昭和四一年一月一〇日付、同年二月四日付、同月一二日付、同年三月一〇日付各起訴状によれば、本件各公訴事実(被告人具志堅に対する同年二月一七日付起訴状による公訴事実を除く)はいずれも被告人らの沖繩居住中にかかる犯罪(殺人、同未遂、傷害の罪)であるが、前記のとおり被告人らが日本に到来したのち右各犯罪事実について日本国の捜査官憲により逮捕され当裁判所に起訴されるに至ったことをそれぞれ認めることができる。
三、弁護人は、琉球諸島は刑法第一条の日本国内と解すべきではないと主張し、検察官も弁護人の意見に賛成しているので、まずこの点について考察を加えることとする。
そもそも、刑法第一条が何人を問わず日本国内において犯罪を犯したものにこれを適用すると規定しているのは、いわゆる属地主義に基くもので排他的な国家主権(領土主権)が行使されていることを前提としているものというべく、日本国内であるか否かは、日本国の統治権ことに立法司法行政の権力が現実に行使されている地域であるか否かによって決定するのが妥当であると考える。
ところで、国際法上沖繩の地位を決定する基本的な実定法規はサンフランシスコ平和条約であるが、同平和条約(昭和二七年条約第五号)第三条は「日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、……を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。」と規定し、合衆国は同条に基きひきつづき、同諸島に対し行政、立法および司法権を行使していたが、その後右諸島のうち奄美群島(北緯二七度以北の諸島)は「奄美群島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」(昭和二八年条約第三三号)により日本国に復帰したものの、これを除く琉球諸島についてはいまだ前記平和条約第三条による「合衆国のいかなる提案」も行われておらず依然として合衆国が行政立法及び司法上のすべての権利を行使して今日に至っている。
さて、右条約第三条を同条約第二条と対比してみると、第二条は、日本国は朝鮮、台湾、千島および樺太等の地域に対するすべての権利、権限および請求権を放棄すると規定しているのに対し、北緯二九度以南の琉球諸島に関する規定である第三条にはこのような文言は使用されておらず、ただ合衆国が行政、立法および司法上のすべての権力を行使する権利を有するとうたわれているのみである。しかもサンフランシスコ講和会議において、アメリカの首席代表ダレスは日本に残余主権を維持することを許す旨の説明をしており、日本国は同諸島に対して平和条約発効後も、制限された範囲内であってもなお領土主権を保有していることが明らかである。ところで、領土主権の内容を分析してみると、その領土にいる人を統治する権力と、領土そのものを占有し処分する権利とに分けて考えることができるが、日本国は平和条約第三条により前者の権力及び領土そのものを占有する権利を行使する権限を合衆国に与えていることが明白であるから、日本国が保有している領土主権とは領土の処分権であり、しかもその処分権も、同諸島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国の提案(日本国はあらかじめこの提案に同意を与えているのであるから、同諸島を信託統治制度の下におくという処分に関する限り、合衆国が処分権をもつわけである。)を除いたその他の処分を行う権限を意味するに止まるものである。
しかして刑法第一条の日本国内であるか否かを解決するに当っては、日本国がその地域に対して、法上、残余主権を保有しているかどうかを重視すべきではなく、現に立法、司法および行政の権力を行使しているか否かを重視すべきものと考える。そして琉球諸島は平和条約第三条によりアメリカ合衆国によって占有されており、同国が立法司法行政の統治権を現に行使していて、日本国は右地域に対して何ら統治権を行使していないこと前説示のとおりである。従って同諸島は刑法第一条にいう日本国内ではないと解するのが妥当である。この点に関する弁護人検察官の所論には当裁判所もまた賛意を表するものである。
四、次に弁護人らは沖繩住民は日本国籍を有するけれども刑法第三条にいう日本国民ではないと主張する。よって考察を加えると、日本国の領土主権の及ばない国外における一定の犯罪に対し日本国民であるが故に刑法を適用しようという根拠は、いわゆる属人主義に基くものでその人と日本国との間に、本来日本国の対人的統治権に服すべきものであるという法関係が存在するからであると解される。刑法にいう日本国民の範囲は、従って日本国の対人的統治権行使の人的範囲を明らかにした国籍法によって定まるというべきである。国籍法は日本国籍を有する者を日本国民であるとしている。沖繩住民が旧国籍法の時代から日本国籍を保有してきたものであることは説明を要しないところであるが、問題は沖繩住民が平和条約によって日本国籍を喪失し、同住民が日本国の対人的統治権に服すべき法関係は断ち切られてしまったか否かにある。
まずこの点を国際法の見地から考察すると、確立された国際法上の原則によれば、領土の割譲とともに国籍の自動的変更を生ずるが、琉球諸島を合衆国に割譲したものでないことは前説示のとおりであり、もし沖繩住民の国籍に変更を生ぜしめるものであれば、これまでの慣例に照らし、条約中にその旨の明文を置くのが通常であるにかかわらず平和条約中に沖繩住民について日本国籍を喪失変更せしめるような規定のないこと、同住民が今次の敗戦後現在に至るまで法律上合衆国の国籍を取得したとか、事実上アメリカ合衆国国民と同視できる法的地位が認められているという事実のないこと、国際法の確立した一般原則によれば、一国が領土権を放棄せず単に他国に対してその領土上での権利行使を認めるにすぎない場合には、別段の条約の定めがない限りその領土上の住民が領土国の国籍を失うということは当然には認められないと解されていること等を考えると、沖繩住民は平和条約発効後もなお日本国籍を保有し、沖繩住民が日本国の対人的統治権に服すべき法関係は断ち切られていないものと解するのが相当である。
しかし、弁護人は沖繩住民が日本国籍を保有することを認めながらも、平和条約第三条が琉球諸島の領域及び住民に対して行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権限を有すると規定していることを根拠として、沖繩住民に対する対人的統治権は合衆国がこれを保有しているのであり、現に沖繩においては、沖繩住民に対し琉球住民という特殊な地位を設け、これに該当する者に現地法令の運用上他の者と異った取扱いをしているところよりみれば、沖繩住民が日本国の国籍を有するといっても、それは名目上のものに過ぎず、従って刑法第三条にいう日本国民と解すべきではないと主張する。
よって、さらに所論の点について考えてみると、平和条約は沖繩住民の地位を最終的に決定しているものではなく、合衆国が琉球諸島を信託統治制度の下におくことを国際連合に提案するまでの暫定的措置として同諸島における施政権の行使を認めたものであり(しかも合衆国は同諸島を信託統治制度の下におくという提案をすることを条約上義務づけられているわけではなく、国際情勢の変化によっては、奄美群島の例の如く、日本国に返還される可能性も全くないとはいえない。)、沖繩住民の最終的な身分、地位は将来において日本国の同意を得て決定する趣旨であること、現に沖繩住民に対し琉球住民という特殊な地位を設けて他の者と異った法的取扱いをしているといっても、それは合衆国の国籍を認めたものではなく、また合衆国の委任統治の下にある諸島の住民のような特殊な地位を認めたものでもないことが明らかであり、合衆国が沖繩における施政権行使の都合上行っている措置に過ぎないと考えられることを考慮すると、沖繩住民が前説示のとおり平和条約発効後も依然として日本国の国籍を有することによって表明されている、日本国の沖繩住民に対して保有している対人的統治権が単に形がいに止まるものとは解し得ないのである。しかも、刑法第三条の日本国民であるというためには、当該人に対し現実に対人的統治権を、完全な領土主権を行使している領域におけると同様に行使している必要はないのであって(日本国民が外国に居住すれば、その外国にいる間は、現実に日本国内にいると同様に統治権を行使することはできない。)、要は日本国と当該人との間に本来日本国の対人的統治権に服すべきであるという法関係が認められるか否かにかかっていると考えられるのである。
以上の検討により国際法の見地よりみても、日本国と沖繩住民との間に前示の法関係が認められることが明らかである。さらに、国内法に目を転ずると、日本国政府当局は、同諸島の住民が日本国籍を有することを確認しているとともに(平和条約に伴う朝鮮人、台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について「昭和二七年四月一九日、法務府民事局長通達」、北緯二九度以南の南西諸島の地位について「昭和二七年九月一二日外務省条約局長回答」参照)、実務上の取扱についてもこの立場にもとずき「沖繩関係事務整理に伴う戸籍、恩給等の特別措置に関する政令」(昭和二三年政令第三〇六号)および「沖繩関係事務整理に伴う戸籍、恩給等の特別措置に関する政令第一条に規定する地域等を定める府令」(昭和二六年法務府令第一五〇号)を定めており、日本国の国籍が問題となるすべての日本国の法令の適用に関しては沖繩住民を他の日本国民と何ら差別するところがないのである。このことは日本国が沖繩住民に対し対人的統治権を保有していることを国内法においても明確に示しているものということができ、かかる国内的措置は平和条約発効後も国際法上沖繩住民が日本国籍を保有していることを前提としているのである。
以上の考察によれば、沖繩住民は、刑法第三条にいう日本国民であると解すべきものと考えられる。
なお、弁護人の主張のうち重要と考えられる二、三の点について判断を加えておくこととする。
弁護人は、沖繩住民は合衆国の統治権に服しており、同住民に対しては日本国憲法その他の諸法令の適用が排除されており実質的に日本国民としての取扱を受けていないから、ひとり刑事責任についてのみ被告人らを日本国民として扱い、これを負担させることはできないと主張する。しかしながら、日本国民が外国に居住している場合には、日本国憲法その他の諸法令は現実にはその適用が排除されているにかかわらず、なお刑法第三条により一定の犯罪を犯した場合に刑法の適用をみるのであるから、所論の如く現実に日本国憲法その他の法令が沖繩住民に適用されていないとしても、そのことを理由として刑法第三条の適用を拒むことはできない。
また。弁護人は出入国管理令第二条、同令施行規則、外国人登録法第二条、同法施行規則によれば前記琉球諸島が本邦以外の地域とされていることを指摘し、その立論の根拠の一つとしているのであるが、出入国管理令第二条第二号、外国人登録法第二条第二項によると、同法令にいう外国人とは日本国籍を有しない者をいうのであって、沖繩住民は外国人ではないから同法令の適用を受けないことが明らかである。同法令は、琉球諸島が日本国外であることの立論の根拠となっても、沖繩住民が日本国民でないことの根拠となるものではなく、かえって沖繩住民が日本国民であることを示す根拠であるとすらいうことができるのである。
なお、弁護人は昭和三二年三月二八日の最高裁判所第一小法廷の判決を挙げ、最高裁判所は琉球住民の刑法犯には刑法第三条の適用なき旨の解釈を採用していると主張している。よって同判決をみると、同判決は「奄美群島は昭和二〇年一一月二六日付米国海軍政府布告第一号によって、昭和二一年二月二日から日本裁判所の司法権を停止され、ついで昭和二七年条約第五号日本国との平和条約第三条の規定により同年四月二八日からその領域及び住民に対する日本国の行政、立法及び司法上の権力を行使する権利が停止されていたのであるが、昭和二八年条約第三三号奄美群島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定によって、アメリカ合衆国は昭和二八年一二月二五日以降右群島の領域及び住民に対する行政、立法及び司法上の権利を放棄するとともに、日本国は右のすべての権力を行使するための、権能及び責任を引受けることになったのである。すなわち前記軍令が効力を生じた昭和二一年二月二日から右協定発効の前日である昭和二八年一二月二四日までの間わが国は右群島に対する領土権を喪失したものではなく、また同群島に在住した日本人もわが国籍を喪失したものでもなく依然これを保有していたものであるからわが刑法は右群島において罪を犯した日本人に対してもその効力を及ぼしたのであったが、右期間中はこれが公訴権並びに裁判権の行使をすることを停止されていたに過ぎない。」と判示しており、平和条約発効後奄美群島の返還を受けるまでの期間においても、なお刑法第一条の適用があることを認めた趣旨であると解されるのである。弁護人は右期間中公訴権並びに裁判権の行使をすることを停止されていたと判示している点を強調重視するのであるが、右判決は右の期間中奄美群島に在住している者に対して日本国の公訴権並びに裁判権の行使が停止されていたことを判示したに止まり、奄美大島に在住する者が右の期間中同島で犯罪を犯して本土内に到来した場合に、日本国が公訴権並びに裁判権を行使することを否定する趣旨までを含むものとは考えられないのである。むしろ、右判決の趣旨を推せば、本件の如き場合刑法第一条の適用があり、被告人らが、日本国の領土主権が名実共に行使されている本土に到来した以上、被告人に対し公訴権並びに裁判権を行使するに何ら支障はないとの結論を導くことになると思われる。従って弁護人のこの点に関する所論は採用できない。
五、そこで次に被告人らに対する裁判権の有無について考えるに、前記のとおり琉球諸島には平和条約第三条により合衆国の統治権が排他的に及んでおり、従って日本国は同諸島に対して、公訴権、裁判権を行使することができいなのであるから、被告人らが琉球諸島に在住している限り、日本国は同人らに対して公訴権、裁判権を行使することのできないことはいうまでもない。しかし前記のとおり被告人らは本件各犯行後日本本土に到来し、その後日本国の捜査機関により逮捕され現に大阪拘置所に身柄拘束中であるから、日本国が被告人らに対して公訴権、裁判権を行使するにつき何らの障害もなく、従って被告人らが現在する地の裁判所である当裁判所が裁判権、管轄権を有することは明らかであると信ずるものである。
当裁判所は以上の見解に従い以後の訴訟手続を進行させたいと考える。
(昭和四一年六月二九日)