大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3300号 判決
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〔事実〕第二 請求原因
二 原告は次の各特許発明の特許権者である。
(一) 第二三四八八七号特許発明(以下A特許という)
発明の名称 画像の鮮鋭処理を可能とする孔版写真原紙の改良
出願日 昭和二九年四月一五日
公告日 昭和三二年六月一二日
登録日 昭和三二年九月一六日
特許請求の範囲
「支持体の表面に予め防水層を施すことなく、該感光剤又は感光皮膜素材を塗布した時又は後に支持体裏面にラツカー又はワックス等を塗布接着することを特徴とする孔版写真感光原紙の製造法」
(二) 第二三四八八八号特許発明(以下B特許という)
発明の名称 孔版写真原紙
出願日 昭和二九年六月二八日
公告日 昭和三二年六月一二日
登録日 昭和三二年九月一六日
特許請求の範囲
写真構成体中に顔料又は染料等の光線妨害物を、その版面部に支持体側部より多く混在せしめるか、又は支持体側部に増感剤を混入して写真感光体の版面部の感光性を支持体側部より低くしたことを特徴とする孔版写真感光原紙」
〔判決理由〕二 先ずA特許権に対する被告の侵害事実の有無について判断する。
(一) 当事者間に争いのないA特許の特許請求の範囲の記載を成立に争いのない甲第四号証(A特許の特許公報)中の「発明の詳細なる説明」の項の記載と照合して考察すると、特許の要旨は、その特許請求の範囲として記載されているとおり、支持体の表面に予め防水層を施すことなく、該感光剤又は感光皮膜素材を塗布した時又は後に支持体裏面にラッカー又はワックス等を塗布接着することを特徴とする孔版写真感光原紙の製造法にあるものと認められるる。
原告は、右特許請求の範囲に記載されている「孔版写真感光原紙とは孔版写真の印刷原版」の意に解するのが正しく、特許は孔版写真原版の製造法ないし、孔版写真原紙の製版処理方法にかかるものである旨主張するけれども、<書証>によれば、孔版印刷の技術分野において、「写真感光原紙」ないし「写真原紙」といえば通例写真製版材料としての原紙の意に用いられている事実が明らかであり、この原紙に焼付、現像、乾燥等の処理を行なつて製版を済ませた印刷原版が、何等特別の注釈なしに「写真感光原紙」ないし「写真原紙」と業界において一般に表記呼称されている事実を認めるに足りる証拠はない。
そして、前掲公報を詳細に検討してみても特許請求の範囲に記載されている「孔版写真感光原紙」の用語が当業者による前叙通常の用例とは異なる意味に用いられていることを窺わせる記載は、A特許の明細書のどこにも見当らない。この点につき原告が、「孔版写真感光原紙」なる用語がA特許の明細書においては「印刷原版」の意に用いられていることを推測せしめる根拠として指摘している公報の記載部分を検討してみると、前掲公報一頁左欄一四行ないし一七行に「其の目的は写真製版の各工程即ち感光膜の構成、焼付、現像、乾燥等の操作に於て感光物の変形を防止し鮮鋭なる印刷を可能とします」と記載されている部分は、A特許における発明の目的が製版処理方法にあることを述べたものではなく、固定体を塗布又は接着する目的、ないしA特許の製法によつて得られた原紙の目的とする作用効果を説明しているものと解せられ、このことは前示記載部分の直前、同頁左欄二行目から一七行目にかけて「本発明は孔版写真印刷版の感光原紙に対して、その版面側(中略)に水及び感光現像液薬品に耐える固定体(中略)を膜状に塗布、又は転写貼付等の方法で接着して、印刷時に際して、其の物資を排除し又は排除せずして、印刷を可能とする写真原紙に係り」との記載のあることに照らして明らかである。その他原告指摘にかかる公報中の「孔版写真の製版時に」(一頁左欄一八行目)、「印刷版を構成し」(同二六行目)、「製版操作中に於て」(同二八行ないし二九行)、「孔版写真原紙の製版された乾燥膜は変形のおそれが少いから製版後の」(一頁右欄八行)ないし九行等の表現部分は、その前後の記載と相俟つて、孔版写真の製版操作中において版模様の変形を防止する必要のあること並びに右変形の生ずる原因を叙述したうえ、A特許の製版により得られた孔版写真感光原紙がその後の製版処理の過程において発揮する作用、効果を説明しているにすぎないものと認められるので、いずれも、原告の前記主張を支持すべき根拠とはなりえないものである。
そうすると、特許請求の範囲に記載の「孔版写真感光原紙」とは製版材料としての感光性ある原紙を意味し、A特許がこのような原紙の製造方法に係るものであることは動かし得ないところであるから、これと相容れない原告の前記主張は到底採用できない。
(二) 被告が写真用捺染型なる孔版写真の製造譲渡を業とする者であることは当事者間に争いがなく、右写真用捺染型の製造に当り、被告の使用している方法については争いがあるが、少なくとも別紙第一目録記載(1)ないし(4)の工程を経るものであることは被告の認めるところである。
(三) よつて、先ず、被告の使用している方法が被告の認めている右(1)ないし(4)の工程の限度で特許の特許請求の範囲に記載されている要件を具えているかどうかについて考えてみる。
この点につき原告は、被告方法の焼付現象前の工程において用いられているビニール板等は特許請求の範囲に記載の「ラッカー又はワックス等」に相当する旨主張する。
しかしながら、前掲公報の「発明の詳細なる説明」の項に記載されているところによれば、A特許において右「ラッカー又はワックス等」を塗布又は接着する目的は、「写真製版の各工程即ち感光膜の構成、焼付、現像乾燥等の各操作において感光物の変形を防止し鮮鋭なる印刷を可能とする」にあり、支持体裏面に塗布又は接着されたラッカー又はワックス等は「各操作中並びに乾燥中に於て、よく感光物皮膜の硬化部際を固定する」作用を発揮するものであることが明瞭であるところ、既に説示した如く、A特許の製法の目的物たる「写真用感光原紙」とは製版材料としての感光性ある原紙をいうものであるから、前記ラッカー又はワックス等は原紙に対する焼付現像処理に先立つて予め支持体裏面に塗布又は接着されることを要するのは勿論である。そうすると、被告方法で用いられているビニール板等の資材が特許請求の範囲に記載の「ラッカー又はワックス等」に相当するというためには、右ビニール板等が原紙に対する焼付現像乾燥等の製版処理工程において前述の如き感光皮膜の固定作用を発揮させる目的のもとに、焼付現像等の操作に先立つて予め支持体裏面に接着され、焼付現像時に原紙の構成部分となつていることを要する。しかるに、被告方法の焼付現像前の工程で用いられているビニール板等は、別紙第一目録記載の工程によつて明らかなように、感光面が支持体に接着された後に版面部から剥離撤去され、焼付現像時には原紙の構成部分をなしていないものであり、従つて製版工程において感光物皮膜の固定作用を発揮する機能も有していないことは多言を要しないところであるから、これを特許請求の範囲に記載の「ラッカー又はワックス等」の固定体と同一視することは到底不可能といわねばならない。
してみると、被告方法中の前記(1)ないし(4)の工程は、「支持体裏面にラッカー又はワックス等を塗布接着する」との特許の必須構成要件を欠き、その技術的範囲に属しないものというほかはない。
(四) なお、原告は、被告は別紙第一目録記載(1)ないし(4)の工程につづいて同(5)の如く現像後の乾燥工程において版面部にビニール板等を当接して版面部を固定し、乾燥後これを剥離するとの方法を用いており、右ビニール板等は版面固定の作用を発揮させるために版面部に当接される点で特許請求の範囲に記載のラッカー又はワックス等」と均等の資材である旨主張するが、仮りに原告主張のように被告方法が別紙第一目録記載(5)の工程を経ているとしても、右(5)の工程で用いられるビニール板等は焼付現像に先立つて予め版面部に当接されたものでなく、もとより焼付現像時に感光原紙の構成部分をなしていないものである。
ひつきよう、右(5)の工程は感光原紙の製造工程に属せず、特許発明を用いずして製造された感光原紙を使用してなす製版方法の一態様であると認めるのが相当である。
従つて前記(5)の工程における版面固定の目的で現像済の皮膜体にビニール板等を当接する技法が特許請求の範囲に記載の「ラッカー又はワックス等を塗布接着する」事項と均等の手段であるとの原告の主張は当らない。
以上の認定、判断と異なる、鑑定意見並びに原告本人尋問の結果は、いずれも採用しがたいところである。
(五) 以上説示の次第であるから、被告のなす写真用捺染型なる孔版写真版の製造販売行為は、A特許権を侵害するものとは認められない。
三 次にB特許権に対する被告の侵害事実の有無について判断する。
(一) 被告が過去及び現在において、別紙第二目録記載の孔版写真原紙の製造販売を行ない又はこれを行なつている事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
(二) もつとも、鑑定書には、「被告が写真捺染型の製造過程中において製作使用している孔版写真原紙は、感光皮膜面を接着用ゼラチンで絹布の支持体版面側に接合するもので、支持体に施された皮膜体は感光皮膜体の部分と接着用ゼラチン膜の部分とから成つているが、右写真用捺染型の現物を検すると、感光皮膜体部は色調が濃厚であるのに対し、接着用ゼラチン膜部は色調が淡いか又は無色に近いので、結局被告の製作使用する孔版写真原紙には皮膜体の版面側に光線妨害が支持体側より多量に混在していると認められる。」との趣旨の記載があるけれども、右鑑定書記載の鑑定は、現像済の感光皮膜体の色調がカーボン粉、顔料、染料等の光線妨害物の混在に由来するものか、それとも感光膜中に存在しているクロム酸感光粒子に由来するものであるかについて全く考慮を払つていない。この点を明らかにしないまま、皮膜体中の感光皮膜部の色調が接着用ゼラチン膜部の色調より濃厚であるとの一時をもつて、ただちに皮膜体の版面側に支持体側より多量の光線妨害物が混在していると推断することは許されない筋合である、前記鑑定書の記載はたやすく採用できない。
なお、鑑定人の鑑定結果によると、「被告製造にかかかる写真用捺染型の感光膜を電子顕微鏡で観察すると炭素粒子と形状の似ている黒い微粒子が少量存在する箇所があるが、これが存在しない箇所もあり、その存在を認められる黒い微粒子も感光膜中に外から入りこんで来た可能性はあるが、これを断定するまでには至らない。」というのであるから、右鑑定結果によつても、被告の製作する孔版写真原紙の感光皮膜面に光線妨害物が混入されているとは未だ断定できない。
(三) 従つて、その余の点について判断するまでもなく、B特許権に対する被告の侵害事実は認めることができない。
四 そうすると、被告による特許権及びB特許権及び特許権の侵害の事実が認められない以上、被告に対する原告のA特許権及びB特許権に基づく各差止請求並びに右両特許権の侵害を理由とする損害賠償請求は、いずれもその前提を欠くことに帰するので、すべて失当として排斥を免れない。
よつて、原告の本訴請求を棄却する。
(大江健次郎 近藤浩武 庵前重和)