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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3956号 判決 1970年10月27日

原告 柴崎まさゑ

右訴訟代理人弁護士 高坂安太郎

被告 藤井ハツヱ

右訴訟代理人弁護士 辻本幸臣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一原告の申立

「被告は原告に対し大阪市阿倍野区阿倍野筋三丁目四八番地の一家屋番号同町第一四二番木造瓦葺二階建店舗一階一〇坪一九、二階六坪三五(実測一、二階とも各一二坪三四)のうち一階南西角三坪七五(以下本件店舗という)を明渡せ」との判決ならびに仮執行宣言

第二原告の主張

(請求原因)

一、原告は被告に対し本件店舗を賃貸している。

二、原告は被告に対し本件店舗の明渡等、予備的に賃料支払を求めて提訴し、大阪地方裁判所昭和三一年(ワ)第一八五〇号、大阪高等裁判所同三四年(ネ)第三六六号事件として係属したところ、昭和四一年三月二九日大阪高等裁判所は本件被告は本件原告に対し二二万一五五九円の未払賃料の支払をなすべき旨を命じてその余の請求を棄却しかつ右金員支払部分につき仮執行宣言を付する判決を言渡し、該控訴判決は双方とも上告をなさずに確定した。

三、右控訴判決の言渡がなされたにもかかわらず被告は原告に対し右判決認容額たる未払賃料の支払をなさず、よって原告は被告に対し昭和四一年四月一六日右不払を理由に本件店舗賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

四、よって被告は原告に対し右店舗の明渡義務を免れない。

(抗弁に対する認否)

原告において供託金の還付をうけた点を認めるほかすべて否認する。

第三被告の主張

(請求原因に対する認否)

すべて認める。

(抗弁)

原告の賃貸借解除の意思表示は次の理由によりその効力を生じえない。

(1)  本件解除の意思表示がなされた昭和四一年四月一六日当時における被告の未払賃料は一二万八四六九円にすぎず、従ってこれにより過大な二二万一五五九円の債権が存するとしてこれの不払を理由とする解除の意思表示は無効である。

(2)  被告が前記控訴判決正本の送達をうけたのは同年四月一四日であり上告期間は同月二八日午後一二時までであり、かかる判決未確定の上級審でなお争う余地ある段階において期間を定めての催告なくしてなした本件解除の意思表示は無効である。

(3)  被告は原告に対し、前記控訴判決未確定期間内である昭和四一年四月二三日および同月二五日の再度にわたって、控訴判決が宣言した昭和四〇年三月三一日までの未払賃料二二万一五五九円および同年四月一日より翌四一年三月三一日までの控訴判決認定の割合による二万二五〇〇円以上合計二四万四〇五九円を現実に提供したが原告はその都度受領を拒絶した。よって被告は同月二八日右額を弁済供託した。従って被告には賃料不払の責がない。

(4)  前件が控訴審に係属中である昭和四〇年七月六日原告は被告供託にかかる賃料金員中九万三〇九〇円の還付をうけており(被告はこの事実を昭和四一年五月二日に知った)、被告の昭和四〇年三月三一日までの未払賃料は控訴判決認容の額より右九万三〇九〇円を控訴した金員にすぎない。従って原告が二重請求となる過大な未払賃料ありとしてなした本件解除の意思表示は無効である。

第四証拠≪省略≫

理由

一、請求原因事実はすべて当事者間に争いない。

二、そこで抗弁について判断する。

賃料不払がある場合に賃貸人に賃貸借契約の解除権能を首肯しうる所以は、賃貸借が契約当事者間の相互信頼を基礎とする継続的契約関係であるから賃料不払という事実によって象徴される賃借人の向後予測をも包摂した信頼関係破壊の容態が存するが故にほかならず、かかる信頼関係破壊の事由が存在しない特段の事情ある場合には賃料不払の一事をもって賃貸借契約の解除権を肯定しえないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、まず、≪証拠省略≫によれば、被告の前訴訴訟代理人が控訴判決正本の送達をうけたのは昭和四一年四月一四日であり、従って言渡期日に出廷しなかった被告が右控訴判決の結果を知悉したのはそれより後であることが推認できる。

ところで未払賃料額が前訴控訴判決で確定されこれに仮執行宣言を付されたことにより右認容額につき即時支払の義務が発生したというを妨げないものの、被告に対する関係で右の状態が現出されひいては被告において即時支払の義務を負担することを覚知したのは前認定事実に徴すれば早くとも昭和四一年四月一四日であるところ、≪証拠標目省略≫=(契約解除通知書)によれば、原告は逸早く同月一五日午前中に本件契約解除の意思表示を発していることが認められ、従って発信時において一日、到達時において二日の遅滞しかも前記控訴判決の正当性についてなお上訴をもって争いうる期間内における不払であること明らかであり、右の事情の下では未だ信頼関係の破壊の事情は存在せず、加えて当事者間に争いない原告による供託金九万三〇九〇円の既還付の事実に照せば、原告が前示契約解除通知書において解除の理由となした二二万一五五九円不払なる点は前記還付金の限度で減縮されているのであるから、原告の右解除は表示された動機に重大な錯誤があるものというべく、叙上の事情を綜合すれば、本件解除の意思表示は賃貸借における信頼関係破壊の事由が存在しないのにこれありと誤信してなされたものといわざるをえず、その効力を生ずるに由ない。

してみれば本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 今枝孟)

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