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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)4384号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕第二 40.12.28分を除くその余の本件各金員が交付されるに至つた背景、時期、方法等

一、本件争議の推移ならびに本件各金員交付の背景

……を総合すると次の事実が認められる。

会社には大阪、川崎両工場があり、それに対応して原告組合にも大阪、川崎に各支部があり、後記組合分裂以前における両工場の原告組合員は大阪工場約一〇三〇名、川崎工場約七〇〇名であつたこと、会社は経営状態が悪化したため、その打開のための対策として昭和四〇年八月一二日従業員の配置転換、職制増員などの合理化案をうちだし、これに反対する原告組合との間に団体交渉がもたれたが解決せず、原告組合においては大阪支部において同年九月六日から一〇月一六日まで十数次にわたり全面ストライキ、部門別ストライキ、指名ストライキを断続的に行ない、川崎支部においても右九月六日から同様のストライキを繰り返し行なつた(なお同支部においては同年一一月以降も同様のストライキが繰り返された)。一方原告組合の上部団体である全硝労も当時本件会社のみならず他の会社でも合理化をすすめており、これに対し全硝労加入の各労働組合では右合理化に反対する運動をおしすすめていた時期でもあり、原告組合におけるいわゆる反合理化闘争の結果が製壜労働者全体に強い影響をもつことをも考慮し、同年一〇月一六、一七両日の中央委員会において原告組合の右反合理化闘争を支援する旨の決議をした。しかし事態は一向に進展しなかつたところ、会社は同年一二月二日にいたり、それまでに提案した配置転換等の合理化案に換え、大阪工場の原告組合員一三〇名を九〇日間の休職の後解雇する旨のいわゆる指名帰休制による解雇を提案した。原告組合としては到底この提案を受け入れることはできず、争護の長期化が必至とみられる状勢に至つたため、原告組合単独の力でこの争議をのりきることは困難であるとの判断に達し、同日開かれた組合大会において上部団体である全硝労に団体交渉権、争議指令権、争議妥結権のいわゆる三権を移譲する旨の決議をし、これを受けて全硝労では同月五、六両日開かれた中央委員会において、会社の合理化攻撃が単に原告組合員に対するものにととどまらず、全製壜労働者への攻撃であり、原告組合の争議を当面の反合理化闘争の頂点として全組織をあげて闘う旨決定し、闘争目標として指名帰休制によう解雇案撤回、労働時間短縮、四組三交替制即時実施、年末一時金の要求どおりの獲得などを決め、闘争組織を充実するとともにこれを裏づける財政面についても、原告組合を含む全硝労加入組合の組合員からの臨時組合費(さしあたり一人金六〇〇〇円宛)の徴集による資金をもつて原告組合員にストライキ中基準内賃金の八〇パーセントの賃金補償を行なうことなどを骨子とする基本方針を決定し、なおその際右賃金補償が全硝労傘下組合の組合員の拠出による貴重な資金によつて行なわれるものであるにも拘らず、過去の経験によつてもかかる長期にわたたる大争議の際には組合分裂の事態が起りうることも考慮しなければならないことに鑑み、原告組合から除名されまたは脱退した組合員からは交付した賃金補償金を返還させることとし、右返還請求権を確保するために作成する証書の文案の作成については全硝労財政部長および原告組合財政部長に一任された。(これにもとずき原告組合財政部長平林英世らが後記借用申込書および借用証の文案を作成した。)かように組合側としても闘争長期化に対処する態勢を確めつつあつたところ、会社は同月一七日、前記指名帰休制による解雇案に換え、原告組合大阪支部所属の組合員一三〇名に対し各解雇の通告をした。そこで原告組合大阪支部では翌一八日から全面ストライキを実施し、同年一二月六日から同月一〇日まで二三四名による指名ストライキに切りかえたが、同月一一日から再び全面ストライキに突入した。そして右争議中の同年一二月一三日夜、会社が工場内にいた原告組合員を実力をもつて排除してロックアウトを行なつた。一方原告組合においては同年一一月一八日の全面ストライキ突入前から組合分裂の動きがあつたが、右ロックアウトの直後である同年一二月一五日二百数十名の組合員が原告組合を脱退しこれらの者により新東洋硝子民主労働組合(以下民労という。)が結成された。そこで原告組合は予測される右民労の組合員の就労を妨むため、工場外において組合員によるピケツテイングを行なうなどしていたところ、同月二〇日会社は工場長名をもつて右民労の組合員に対して就労命令を発し、同月二七日警官隊によりピケッテイング排除がなされ、民労の組合員が就労した。この間大阪地方労働委員会による斡旋もあつたが、争議は、容易に収束に至らず、昭和四一年二月二六日の協定書仮調印(本調印は翌月一七日)によりようやく一応終結し、原告組合員は同年三月一日から就労した。かような状態の中で昭和四〇年一二月から昭和四一年二月まで毎月二五日に原告から被告らに基準内賃金の八〇パーセントにあたる本件金員が交付された。以上の事実が認められ、<反証排斥―略>。

二、資金関係

<証拠>を総合すると、前記のとおり本件賃金補償をするための資金は、全硝労中央委員会において、原告組合を含む全硝労加入組合の組合員から徴集する臨時組合費をもつてまかなう旨決定されたが、右臨時組合費の徴集は組合員から分割支払の方法により徴集することとし、さしあたり労働金庫から貸付を受け、組合員から徴集した右組合費をもつて右借入金の弁済にあてたこと、従つて原告組合員らも右割賦による組合費を納入していること、原告組合員一般も当然資金関係につき右に認定した程度の事実は認識していたこと、を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

三、本件金員ならびに40.12.28付貸金の各交付状況

<証拠>を総合すると、前記40.12.28分を除くその余の各期日における金員の交付の状況は、会社の大阪工場の食堂において、原告組合の担当者が長机を横に数個並べ、数個の支払口(窓口)を作つて、各支払口に三名宛の担当者が支払事務にあたり、組合員は毎回午後四時ないし四時半ころから比較的短時間の間に職番毎に分類された右いずれかの支払口において各金員を受領したものであるが、その経過は原告組合において予め氏名、職番、借用金額、日付の各部分を空白にしその余は印刷された前記甲号各証に氏名、日付についてはゴム印を押捺し、職番、借用金額については手書きし、更に借用申込書中の借用条件四項の挿入字句部分のゴム印を押捺し、かようにして作成した借用申込書および借用証用紙ならびに組合員の氏名、支払金額などを書いた台帳(以下賃金台帳という。)、各人別に封筒に入れた現金を用意しておき、被告らを含む組合員は自己の印鑑を担当者に手交し、担当者の側で手分けして、賃金台帳ならびに前掲甲号各証の借用申込書および借用証の各記名ゴム印の右側に押捺したうえ、印鑑および現金を手交したものであり、担当者らにおいて作成名義人である被告らに対し、右借用申込書および借用証を閲覧せしめるなり、その記載内容について説明するなりして、記載の内容を周知させたうえ捺印したものではなく、被告らの不知の間に単に金員受領印の押捺とまぎらわしいような方法で被告らの印を押捺し、前記甲号各証が作成されたものであることを認めることができ、<反証排斥―略>。

<証拠>を総合すると、40.12.28分は原告組合が被告らを含む組合員に対し越年資金として賃金一か月相当分を貸付けたものであるところ、当日被告ら組合員は右貸付金の交付をうけるにあたり、原告組合支給事務担当者の要求により保証人二名および自ら署名押印した借用証を作成して右担当者に交付したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、原告組合および民労の言動

<証拠>を総合すると、民労側では、原告組合のする本件賃金補償は、組合員に対し貸付けているものである旨および原告組合を脱退し民労へ加入する者については、原告から賃金補償金の返還要求をうけた場合民労において責任をもつて処理する旨述べ、原告組合員に対し民労への加入を勧誘していたこと、これに対し原告組合では、ビラや機関誌などにおいて、あるときは本件賃金補償金は貸付金ではなく全硝労傘下の組合員の拠出による資金をもつて争議行為中の賃金の八〇パーセントを補償するものであつて返還の必要のない旨を述べるとともに他方においては「最後まで闘い抜き、組合が指定する日まで頑張つた者は免除するという形で、基準内の八〇%を補償」している旨述べていた(前掲甲第二八号証の一、作成日付昭和四一年一月一〇日の原告組合作成にかかる全硝労反合理化闘争拠点新東洋硝子一三〇人の指名解雇反対闘争経過報告と題するパンフレット。同旨のことは作成日付同年同月一二日の原告組合大阪支部闘争本部発行にかかる「鉾先」(一三二号)と題する情宣ニュースにも記載されている。)こと、民労側から、昭和四〇年一二月二一日ころ、脱退者の脱退前における賃金補償分の支払い請求がなされたのに対し、原告組合側はその要求に応じていないことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

第三 40.12.28を除くその余の本件金員の法律的性質

一 右認定の事実によれば、本件各金員が一面において争議期間中における原告組合員の生活補償の性質を有することは明らかである。そして、補償を受ける側に立つてみれば受領した金員は目前の生活の資に充て、後日これの返還を請求されないとする方が、補償としての機能はさらに厚くなることは言うまでもない。しかしながら、生活補償であるからといつて、ただちにいかなる場合にも返還を要しないとは言えないばかりか、本訴にあつては、右認定の諸事実にてらして原告組合が金員を交付した主たる目的は長期化が予想される争議にそなえて経済的窮迫による脱落者の出現を防止し、組合の団結を維持することにあるものというべく、そのかぎりで組合員に対して当面する生活補償を行なつたものと解せられるのであつて、このような場合には右に述べた生活補償自体いわば無条件のものではなく、あくまで団結維持というより高度の目的に奉仕する範囲でなされるべきものといわなければならない。したがつて、金員の交付をうけた組合員が、組合を脱退したりするなど団結維持の目的に反する行為に及んだときは、他に特段の事情がない限りすでに受領した金員についても遡つて返還すべきことが組織上は予定せられていたものと解することができる。そして、右認定の事実によれば、被告らを含む組合員一般も、本件金員が右の性質を帯有していることは充分認識していたものと推測され、したがつて、他に特段の事情がない本件にあつては、被告らはいずれも金員の受領に際して、右組織上の要請を諒承していたものというべく、この意味で本件金員の受領に際して原告組合を脱退するなど団結維持の目的に反する行為に及んだときにはすでに支給をうけた補償金を返還する旨の暗黙の合意があつたものとみるのが相当である。換言すれば右賃金補償の法律的性質は、脱退等の組合の団結を破壊する行為があつた場合には返還する旨の暗黙の合意を含む、いわば団結維持のためにする賃金補償という名の無名契約であるということができる。

二 ところで原告は本件交付金員は消費貸借契約にもとづくものであると主張するけれども、前記認定の本件金員交付の状況によると、前記借用申込書および借用証は真正に成立したものとは認めがたい(前記認定の40.12.28分の交付状況と対比して考えると一層明らかである)し、原告主張に副う証人平林英世、同水流信夫の各証言の一部はいずれも措信することができず、他に原告主張の消費貸借契約を認めるに足りる的確な証拠はない。

三 被告らは本件各金員は原告組合統制規約(2)第二項により被告らに当然補償さるべきものであつて返還の必要がない旨主張し、<証拠>によると原告組合統制規約(2)には、第一項として「全面ストの場合は賃金補償は行わない」旨、第二項として「部分ストの場合はその失われた賃金を補償する」旨規定されていることが明らかであるけれども、証人水流信夫、同平林英世の各証言を参酌して考えると、右規定は、部分ストの場合における賃金補償は原告組合員からの拠出による資金をもつてすること従つてまた右部分ストはその際の賃金補償額が原告組合員からの拠出金によりまかないうる範囲のストライキであることをそれぞれ予定しており、それ故に原告組合員全員が参加する全面ストの場合にはかような補償をすることが無意味であるとして補償をしない趣旨であると解することができる。しかして前記認定のとおり、昭和四〇年一一月一八日以降の本件ストライキは原告組合員約一七三〇名中約一〇三〇名が所属する大阪工場における全面ストライキ(但し昭和四〇年一二月六日から一〇日までは指名ストライキ)であり、川崎工場においてもこれと並行して断続的に部門別ストライキを行なつていたとはいえ、原告組合全体としては全面ストライキではなく部分ストライキであることは否定しえないけれども、前記認定事実によると本件争議は長期化が予測され、原告組合は資金の余力もなく財政的にも原告組合独自の争議としては遂行できないとの判断により全硝労にいわゆる三権を移譲するとともに全硝労では昭和四〇年一一月六、七両日の第三七回中央委員会における決定により原告組合員の争議期間中における賃金補償として全面ストたると部分ストたるとを問わず基準内賃金の八〇パーセントを支給する旨決定し、これに基づいて全硝労傘下組合員からの拠出による資金をもつて、原告組合が被告らを含む組合員に本件各金員を交付したものであり、右事実および前記規約の解釈に鑑み、本件争議行為には右規約の適用はないものと認めるのが相当である。

更に被告らは本件交付金員は原告組合から贈与されたものであるから返還義務を負わない旨主張するが、前掲崎原利夫、宮川一馬の各証言ならびに被告西慶太郎、同松本幸雄、同宮浦信雄、同高尾恒夫の各本人尋問の結果中右主張に副う部分は措信しえないし、前記認定の原告組合がビラや機関誌において本件各金員は返還の必要がない旨述べていたのは、右のような言動がなされた状況等に照らし、本件金員が貸金であるとする民労側の主張に対してこれを否定する趣旨で述べているにすぎず、本件金員が贈与であるという趣旨で述べているものではないとみるのが相当であり、他に被告主張の贈与の事実を認めるに足りる証拠はない。

四 しかしながら、本件交付金員を右のように解しても、あらゆる時期に脱退した者に対し、返還義務を認めることは相当ではなく、いつまでに脱退した者に対し返還義務を認めるかは前記本件交付金員の法律的性質から導びかれるべきものと解するところ、本件交付金員は前記のとおり団結維持のためにする賃金補償たる無名契約であることに照らすと、右の時期は賃金補償を必要とした争議状態が完全に除去された時と解するのを相当と認める。そして<証拠>を総合すると、本件争議は昭和四一年二月二六日の協定書仮調印により一応終結し、原告組合員は同年三月一日から就労したのであるが、右協定の主たる内容は、前記指名解雇者一三〇名中当時原告組合にとどまつていた一〇二名のうち、一一名についてのみ会社が解雇を撤回し、残り九一名についてはまず希望退職者を募集しこれに応じないものについてはさしあたり大阪工場外の望月倉庫等に出向させ、更に六カ月以内に設立する新設会社に出向させること、時間短縮については会社は原則としてこれを認めるがその実施については速かに原告組合と協議すること、原告組合が会社に要求したいわゆる立上り資金一七〇〇万円については六ケ月経過後一年以内に双方で協議することなどであつて、原告組合としては極めて不満な内容であつたにも拘らず、民労の組合員が就労し原告組合員のみが就労できない状態が長期間継続し、資金的にも枯渇している状態のもとにおいて、争議を継続することは困難であり組合の団結を維持していくためにやむをえず前記協定締結により争議の収拾をはからざるをえなかつたこと、三月一日に就労し、同月一七日には会社、組合双方の正式機関決定などをへて前記仮調印協定と同旨の協定書に正式調印し、争議が終了したが、その後間もない同月二五日に望月倉庫出向社員二名が懲戒解雇されたのをはじめ、同年九月ころまでの間に前記一三〇名中の残存者の中から再び解雇された者一四名を含む原告組合員二六名が解雇されていること、更に同年六月の夏期一時金支給に際し、前記争議中の不就労などを理由として民労組合員との間に支給額に差違があつたことなどもあつて、同年七月ころまでの間に原告組合から大量の脱退者が出てこれらの者が民労に加入し、大阪工場においては民労の方が多数を占めるに至つたこと、同年七月ころまでの間に時間短縮の実施、新設会社の設立はなされていないことを認めることができ、右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。そして右事実によると、被告らのうち最後の脱退者である被告古森らが脱退した昭和四一年七月一九日ころには、本件争議が終了後四カ月余経過していたものの、本件争議妥結協定の主要な内容である新設会社の問題、時間短縮の問題はいずれも未解決であるのみならず原告組合員中に解雇される者が相次いでいた状態であつて、未だ賃金補償を必要とした争議状態が完全に除去されたものとは到底いいえないから、右時期までに脱退した被告らが本件賃金補償金の返還義務を負うことは明らかである。

五 ところで原告は消費貸借契約にもとづき本件各交付金員の支払いを求め、その主張事実を認めることができないことは前記のとおりであるが、原告の主張を検討すると原告は結局本件40.12.25、41.1.25、41.2.25の各金員が争議期間中の賃金補償として被告らを含む組合員に交付したものであり、ただ、原告組合から除名されまたは脱退した者からは返還させることとし、右の返還請求権を確保するため消費貸借形式の証書を作成したから、法律的には消費貸借であるとの見解にもとづいて請求しているものと解することができる。そうだとすると、原告の主張の中にはさきに当裁判所が認定したような、被告らが原告組合から除名されまたは脱退した場合には返還する旨の暗黙の合意を含む団結維持のための賃金補償なる無名契約の主張も含まれているものと解することができ、当裁判所は右のような見解のもとに前記認定をした次第である。

(土山幸三郎 岡崎彰夫 木村奉明)

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