大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)5872号 判決 1968年5月02日
原告
浅田美佐江
右法定代理人親権者
父 浅田富次
母 浅田一海
右代理人
布井要太郎
被告
下村元一
右代理人
三宅一夫
ほか三名
被告
田土吉一
被告
宮川管一
右両名代理人
橋本佐利
主文
被告下村元一、同田土吉一は各自原告に対し金七〇〇、〇〇〇円及びうち金六〇〇、〇〇〇円に対する昭和四〇年一〇月三〇日以降支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告宮川管一に対する請求及び被告下村元一、同田土吉一に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告と被告下村元一、同田土吉一との間においては、原告に生じた費用の二分の一を右被告らの負担としその余は各自の負担とし、原告と被告宮川管一との間においては全部原告の負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
但し被告下村元一、同田土吉一が各自金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは各その仮執行を免れることができる。
事実
(本訴申立)
「被告らは各自原告に対し金二、四〇〇、〇〇〇円及びうち金二、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四〇年一〇月三〇日以降支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。
(争いのない事実)
一、本件交通事故発生
発生時 昭和四〇年一〇月二九日午前一一時ころ
発生地 大阪市旭区赤川町四丁目八一番地赤川幼稚園園庭
事故車 軽四輪トラック
運転者 被告下村
被害者 原告
態様 前記場所に園児用牛乳配達のため乗入れた事故車が園庭で遊んでいた幼稚園々児の被害者と接触し、被害者は顔面、頭部に傷害を受けた。
二、被告田土は赤川幼稚園を経営している。
(争点)
一、原告の主張
(一) 被害者たる原告は事故車の下敷きとなり、その受けた傷害は、治療六週間を要する顔面挫滅創並びに頭部切創打撲であつた。
(二) 本件事故は、被告下村が、そもそも幼稚園庭内に自動車を乗入れること自体を差控えるべきであるのにこれを乗入れ、その上牛乳配達を了えて発進するに際し前方の安全を確認することを怠つた過失にもとづくものである。又被告下村には自賠法三条の責任がある。
(三) 被告宮川は被告田土と共に赤川幼稚園を経営しているもので、本件事故は右被告らのためになされた園児用牛乳配達の自動車運行によつて生じたものであり、かつ被告らは園児在園中は父兄より園児を預り安全に保護すべき義務が存するにも拘らず、右園庭への被告下村による自動車乗入れを禁止することなく黙認した保護義務違反に危険防止義務違反によつて生じたものであるから、右被告らは、自賠法三条に基き、仮りにそうでないとしても民法七〇九条により、更に仮りにそうでないとしても幼児保護委託契約に基く債務不履行により、原告に生じた損害の賠償の責に任ずべきである。
(四) 本件事故により、原告は女子であるのに、前記の傷害を受けて左顔面を十数針縫合し、そのため著しい痕跡を残し、成年期に達した際の精神的打撃も大きい。よつてその慰藉料として金二、〇〇〇、〇〇〇円が相当であるから、右金額及びこれに対する本件不法行為の習日以降年五分の割合の遅延損害金並びに弁護士費用金四〇〇、〇〇〇円の支払いを被告ら各自に求める。
二、被告田土、宮川の主張
(一) 被告宮川は赤川幼稚園を経営しているものではない。原告が下敷になつたこと、傷害の程度、治療期間は知らない。
(二) 被告ら両名は事故車の所有者でもなく、運行供用者に当らない。園児保護上の注意を怠つたこともないから責任を負ういわれはない。
(三) 仮りにそうでないとしても損害の額を争う。
三、被告下村の主張
(一) 原告は事故車前部に蹲つていて接触したため、車両の下部に転倒して入り込んだもので、轢過されたものではない。又事故による受傷の加療は二週間に過ぎない。
(二) 事故車は訴外栗原豊和の所有するもので、被告下村は同訴外人の被用者として事故車運転に従事していたに過ぎないから、同被告に自賠法三条の運行供用者としての責任はない。
(三) 被告下村は発進に際し、事故車の前に行つて周囲の園児達に警告を与えた上運転席に戻り、警音器を鳴らして園児達が両側に寄るのを確認して発進した。事故発生によつて停止する迄の事故車の移動距離は一メートル前後に過ぎないので、本件事故は、原告が事故車の下にもぐりこんでいたか、ないしは被告下村が園児達に警告を与えて運転席へ戻る間に、運転席からは死角となつて見えない事故車前方に原告が蹲つたものとしか考えられず、被告下村に過失は存しない。
(四) 仮りにそうでないとしても、その損害額を争う。原告顔面の瘢痕は著しいとは云えないし、早急に整形手術を行えば殆んど痕跡は残らないとの医師の言で、被告下村において手術費用負担方を申し出たにも拘らず、今日迄手術はなされていない。
(五) 本件事故発生については、原告にも前記(三)のような過失があるから斟酌さるべきである。
(証拠)<略>
理由
(争点に対する判断)
一原告は事故車の前部に接触し、転倒して車体の下にひきずり込まれた。その受けた傷害は、治療(傷害瘢痕の早期縮少治療を含む)六週間を要する顔面挫滅創であつた。
<証拠略>
二被告下村は、事故車を運転して、園児用牛乳配達のため前記赤川幼稚園々庭に入り職員室近くに停車して牛乳の積降しを終えた後、出発しようとしたところ、事故車周囲に一〇数人の園児が遊んでいたので、左方から車両前部を廻つて運転台のところに至り、近辺の園児らに近寄らないよう注意を与えた上、乗車して警音器を吹鳴し時速約五キロメートルで発進したところ、車両直前に蹲つて遊んでいた原告と接触、本件事故に至つた。そしてそうとすれば、被告下村としては、幼稚園々庭であり、しかも周囲には一〇数人の園児が遊んでいたのであるから、そのような状況のもとで車両を発進させるについては、予め教諭等の監督者に告げて園児の保護安全に必要な看視監督を得た上発進するか、或いは少くとも、単に一片の注意を与えるに止まらず、予め近辺の園児ら全員を自ら安全に必要かつ充分な距離に避譲誘導し、その安全を充分確認した上発進すべきであつたのに、そのような充分の措置を講ぜず、軽々に危険はないものとして発進した過失は免れないというべきである。
<証拠略>
なお、本件全証拠によるも、被告下村が事故車を自己のため運行の用に供するものであつたと認めるに足るものはない。
三被告田土、宮川は、単に園児用牛乳の注文者たるに過ぎず、事故車の運行支配、運行利益が同被告らに帰属していたとは認められない。
又同被告らに、本件事故発生の原因として、これと相当因果関係にたつ注意義務違反があつたと認めるに足る証拠もない。(原告は、園庭への自動車乗入れを黙認した義務違反を主張するが、経営者もしくは園長に、一般に常に園庭への自動車乗入れを禁止する義務があるとは認められず、右乗入れの禁止制限等の義務の存否は当該場合における個別的具体的状況に応じて判断すべきものと考えられるところ、本件事故当時、同被告らはいずれも在園していなかつたことが明らかであるので右主張は認められない)。
従つて同被告らは、自賠法三条、民法七〇九条いづれの責任も負わないものといわなければならない。
尤も、原告は、昭和四〇年四月赤川幼稚園に一年保育児として入園し、本件当日も園児として登園し、その保育時間中に本件事故に遭遇したものである。してみれば、同幼稚園経営者たる被告田土は、園児保護者との間の幼稚園入園に際しての幼児保育委託契約にもとづき、その保育時間在園中は、園児を保育し、適当な環境を与えてその心身の発達を助長することに努め、これを安全に保護すべき債務を負うものというべきであつて、本件事故による右債務不履行の責任は免れないものといわなければならない。
被告宮川は、被告田土の被用者たる同園々長であつて経営者と認めるに足る証拠はない。従つて被告宮川は右の責任も負わない。<証拠略>
四本件事故により、原告は、次のとおり損害を蒙つた。
(イ) 慰藉料 六〇〇、〇〇〇円
原告は前記の傷害を受け、前記の通院治療を要し(但し通院実日数一四日)、女子であるのに左唇端から少し離れたところに各辺約二センチメートルの明瞭な鍵型線状瘢痕、及びその右斜下方に約一センチメートル余の薄い線状瘢痕を残存している。将来成長に伴つて右瘢痕が薄くなることを期待する余地もあるが、少くとも消失する見込はない。(現段階では整形手術の施行不適当)。その他本件証拠上認められる諸般の事情も併せ考えると、原告に対する慰藉料は右額が適当である。<証拠略>
(ロ) 弁護士費用 一〇〇、〇〇〇円<証拠略>
五被害者たる原告が満五才の幼児であること及び本件事故の態様に鑑みると、原告に対してはその損害額算定上過失相殺の法理は適用なきものと解するのが相当である。
六そうとすれが、被告下村、同田土は原告に対し前記損害額計七〇〇、〇〇〇円及びうち弁護士費用を除いた金六〇〇、〇〇〇円に対する本件不法行為発生の日の翌日(昭和四〇年一〇月三〇日)以降支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきであるから原告の右被告らに対する本訴請求は右限度において、理由あるものとしてこれを認容し、その余の請求及び被告宮川に対する請求は失当としてこれを棄却すべく、よつて民訴八九条九二条九三条一九六条を適用して主文のとおり判決する。(西岡宜兄)