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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)7088号 判決 1968年4月11日

原告 株式会社天偉

右代表者代表取締役 水本恵庸

右訴訟代理人弁護士 安若俊二

被告 株式会社田安商店

右代表者代表取締役 横瀬寛

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 宮田耕作

主文

右当事者間の昭和四一年手(ワ)第二三九八号約束手形金請求事件について当裁判所が同年一二月二〇日言渡した手形判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六〇〇万円とこれに対する昭和四一年九月一二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、

原告は被告田安商店振出にかかる別紙目録表示1、2のとおりの約束手形二通の所持人であるが、被告隅田川温泉は右二通の手形を拒絶証書作成義務を免除して裏書したものである。

原告は右各手形を訴外菅五郎に拒絶証書作成義務を免除して裏書し、同人において三和銀行に取立委任の上満期の翌日支払場所に呈示して支払を求めたがこれを拒絶されたので、同日これを受戻した。

よって原告は被告らに対し、右手形金元本とこれに対する受戻日から完済まで手形法所定利息の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、被告の抗弁に対する答弁として、

被告らの抗弁事実を否認する。

と述べ(た。)立証≪省略≫

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実を認める。

と述べ、抗弁として、

第一、本件各主張は被告らにおいて訴外吉田忠義らから詐取されたものであり、原告はその事情を知って取得した悪意の所持人である。すなわち、

(一)  昭和四一年五月六日訴外吉田峰之助及び訴外戎初男は被告田安商店の子会社である大成砿油株式会社の代表取締役清水盛雄を尋ね、吉田産業株式会社は低金利の貸金業者であり被告田安商店の振出手形により金を貸したい旨申出て来たが、同人において一度はこれを断ったものの種々甘言を弄し手形の割引方を申入れるのでこれを承諾したが手形の交付は現金と引換にすべきこととした。

そこで被告らは右割引の趣旨にて本件各手形を振出乃至は裏書し、右清水盛雄をして割引金の交付を受けるため大阪に赴かしめたのであるが、同月一二日前記吉田峰之助及び訴外吉田忠義は吉田産業株式会社において右清水盛雄に対し「スポンサーに連絡できたので金を受取ってくるから約手を貸してくれ。」と全く虚構の事実を申し向け、右清水をしてその旨誤信させ、割引名下に本件手形を詐取してしまったのであって本件手形の振出及び第一裏書は右吉田らの詐欺に基くものである。

(二)  ところで右吉田産業株式会社は吉田忠義の主宰する金融業者であり、同人が山口組一心会吉田組々長で大阪では有数の暴力団の親分であることは原告を含め、大阪の金融業者で知らぬものはない。原告において本件各手形を取得する際、原告の営業部長たる黒田正縷は同手形が詐取手形なること知っていたのであり、又同年六月一七日原告の調査課長宮本正治から被告らに電話で照会のあった際にも事故手形であるから取扱わないでくれと返事をしているのであって、同人らにおいては本件各手形が詐欺にもとづき取消さるべき事情のあったことを知悉していたのであるから原告は悪意の取得者というべきものである。

よって被告らは昭和四一年七月三一日訴外清水盛雄をその代理人として原告の営業部長黒田正縷に対し本件各手形行為を詐欺によるものとして取消す旨の意思表示をなし、更に念のため、本件第四回口頭弁論期日(昭和四二年二月八日)にも原告に対し右取消の意思表示をなしたものであるから、本件手形金の支払義務はない。

第二、仮りに右主張につき理由がないとしても、前記のとおり訴外黒田正縷は原告の営業部長として勤務するものであるが、本件各手形が詐取された手形であること乃至は事故手形でありこれを取得するならば被告らに損害を与えるものであることを知り少くとも知らざることに重大な過失をもって原告をして本件手形を取得せしめたものであり、同人の右行為は被用者が業務の執行につきなしたる不法行為であって、原告は使用者として被告らに対し右行為により被告に生じた損害を賠償すべき責あるものというべきである。原告は仮執行宣言の付された本件手形判決により被告田安商店が富士銀行と三井銀行に不渡処分を免れるため預託した金六〇〇万円に対する返還請求権につき転付命令をもってこれを取得し被告田安商店の権利を失わしめ、これにより原告は右同額の損害を蒙ったのである。

よって被告田安商店は原告に対する右損害賠償請求権をもって本件手形金請求と対当額で相殺する旨本件第四回口頭弁論期日(昭和四二年二月八日)において意思表示をなしたから同被告は本件手形金の支払義務はない。

と述べ(た。)立証≪省略≫

理由

原告の請求原因事実は当事者間に争いがない。これによると被告の抗弁の理由なき限り原告の請求は正当として認容すべきものである。

そこで被告の抗弁について順次検討する。

まず抗弁第一について判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると、被告抗弁第一(一)記載のとおりの事実を認めることができ、この認定に反する証拠はないけれども、詐欺による意思表示の取消は善意の第三者には対抗できないものであり、表意者において第三者の悪意を立証すべきものと解すべきところ、原告が本件各手形を取得するにあたり、原告代表者乃至その義務担当者らにおいて右各手形の振出、裏書が詐欺にもとづき取消さるべき事情にあったことを知っていたと認めるに足る証拠はない。前掲各証拠によると本件手形に第二裏書人として記載のある吉田産業株式会社を主宰する吉田忠義が暴力団の親分としてかなり著名であることが認められるけれどもこれのみをもって直ちに原告の前記悪意を推断する根拠とするには充分でない。

よって本抗弁は採用できない。

次に抗弁第二について判断するに、本件各手形取得の際、原告乃至その使用人たる原告の業務担当者らにおいて、その振出事情につき悪意であったことを認定し得ざるものなることは前記のとおりであるが、詐取された手形を善意で取得した場合、仮りに善意たることにつき過失があったとしてもそのことだけでは取得行為自体につき違法性がないと解すべきであり、したがって原告乃至その使用人らの過失の有無にかかわらず右取得の結果被告田安商店において手形金相当額の損害を蒙ったとしても、原告乃至その使用人らの不法行為は成立しないから本抗弁も採用できない。

以上のとおり被告らの抗弁はいずれも理由がないから、原告の本訴請求を正当として認容すべく、これと符合する手形判決を認可することとし民事訴訟法第四五七条、第四五八条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宇井正一)

<以下省略>

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