大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)124号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、原告の請求原因事実中1ないし4並びに昭和三三年三月頃本件土地の賃借人政太郎は、原告に無断でトマト栽培のために藤本又男に右土地を転貸したことは、当事者間に争いがない。
二、そこで、本件賃貸借契約解約許可申請不許可処分がその当時の事情から見て、適法か否かについて判断する。
<証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。
1 本件土地所在の大阪市住吉区矢田地区では、トマトの栽培が広く行われ、その栽培にあたつては、トマトが同一土地に連作されることを嫌い、一年作れば、三、四年その土地で栽培が出来ないので、小規模の農家では、耕作者が一時的に他人の土地を仮りて利用し、収穫を終えたら、耕作して水を入れ水田にして苗を植えて返すことが通例として行われていること。
2 昭和三三年以前から政太郎は、甥である又男と相互に助け合つて農業に従事し、右政太郎の家に牛がいないの、右又男のところの牛を借りて使つたこともあり、又男は本件土地を借りた当時、八反歩位の農地を耕作していたが、そのうち四反歩は雨が降ると川の水が流れ込んで水につかり、トマト等の栽培には向かないし、前記のとおり、トマト栽培は連作できないところから、政太郎に頼んで、本件土地の内一反歩位を昭和三三年四月頃から七月頃までの間トマトの速成栽培のために使用させてもらい、慣例に従つて、トマト収穫後は、本件土地を水田にし、稲の苗を植付ける等して返還し、右政太郎は、その後は従前どおり本件土地を耕作し、右又男からは特に賃料等は受け取つておらず、その他何ら不当な利益を受けたこともないこと。
3 政太郎の家族構成は、昭和三四年二月四日の申請当時、同人は六四才、妻キヌは六二才、次男修昇は三六才、その妻登志は三一才、一五才未満の子二人で、いずれも同一世帯になつており、政太郎は妻と二人で住んでいるが、次男修昇は、同居はしていないけれども、政太郎ら居住の主屋から少しはなれた同一敷地内にある物置を改造した家に住み、生活の経費も、すべて政太郎からもらつて賄つていたこと、政太郎方では自作地の田は二九三二平方メートル、小作地の田は二六一八平方メートルを耕作する専業農家で、その他宅地五〇坪を持つており、農業に従事するのは、右政太郎と修昇で、但し修昇は、金物附属品加工の仕事もやつているが、これは農業の片手間に月の内五日程度の内職に過ぎず、平素は農耕を専業している。そして右土地の内約二反歩余は、米作で、その他で野菜を作つており、年間所得額は昭和三八年度は約一六万二〇〇〇円で、所得に対する課税を受けていない低所得者であること、政太郎の長男実は、岸和田の方で道具屋をしているが、同人は二十数年前から政太郎とは別居し、その間生活費等の仕送は受けていないこと。
4 原告方では、前記申請当時、同人は五一才、妻は三九才、その外一五才未満の子は四名(昭和四四年当時、長女久江は二二才、長男誠次は二〇才、次女弘江及び三女栄子は共に高校生)で、自作地の田は三一二八平方メートル、畑三〇〇平方メートル、小作地の田は三九一七平方メートル(昭和四一年度までの小作料は反当り金一一七〇円)、宅地一二〇坪、その他貸家三軒を有し(昭和三三年当時一戸の賃料は月金七〇〇円ないし金九〇〇円で、昭和四四年現在では一戸当り月金二六〇〇円)ていたが、その後昭和四一年に自作地の内九畝歩を代金六〇〇万円程で売却し、右代金は従来からの借金の返済と家屋の修理等に使つたこと。
<証拠判断・略>
以上の認定事実からすると、政太郎が又男に本件土地を無断転貸したのは、右のような慣例に基いたもので、しかも転貸した期間は僅か四カ月程度であつて、特に不当に利得を得たという事実もない上、叔父甥の関係として、従来からの助け合いの一環としてなされたものであるから、原告において本件賃貸借契約を解約しなければならない程の信義に反する行為とは認められない。(増田幸次郎 安間喜夫 小林登美子)