大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)59号 判決 1975年11月28日
原告 古沢粂蔵
被告 北税務署長
訴訟代理人 中山昭造 ほか六名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 請求原因第1、第2項の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、本件各処分には原告の所得を過大に認定した違法があると主張するので、この点について判断する。
1 被告の主張する原告の昭和三九年分所得税の所得明細(別表一A欄)のうち争いのあるのは、イの売上金額、ロの売上原価、ホの雑収入である(その余の原、被告の主張金額の相違は、上記科目の計算の結果生じたものである)。そこで次に雑収入、売上原価、売上金額の順に検討する。
(一) 雑収入
別表三の雑収入の内訳のうち切手等売捌手数料九二、〇〇〇円については当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば原告には昭和三九年度に株式会社松下商店から清酒販売謝礼金として金二八、一〇〇円の収入があつたことを認めることができ、結局雑収入は被告主張どおり合計金一二〇、一〇〇円であると認められる。
(二) 売上原価
別表二の売上原価の内訳のうち争いのあるのは仕入金額であり、かつそのうちで争のあるのは、浅井酒類株式会社、および中村醤油店ほかからの仕入金額のみであるところ、<証拠省略>によれば、原告には昭和三九年度に浅井酒類株式会社から金五四三、二四二円の、中村醤油店、第一塩業株式会社、大松砂糖店、近畿コカコーラボトラーズ株式会社等から合計金一、五三六、七三五円の各仕入があつたことを認めることができるから、結局仕入金額は金三三、四八九、八七八円となり、売上原価についても被告主張どおりの金三三、四〇一、三六六円であることが認められる。
(三) 売上金額
売上金額については、被告は別表四の1の同業者四名の平均売上原価率を原告に適用して、売上原価から推計する方法をとつている。
ところで<証拠省略>によれば、原告は、昭和三九年分の営業に関する帳簿書類、原始記録等を訴外株式会社うしまどや商店の経理担当者に預けていたところ、右担当者が行方不明になつたりしたため、昭和四〇年六月ころ被告署員大浦哲志郎から調査を受けた際には、右帳簿、書類等の相当部分を紛失しており、これらを呈示することができなかつたことが認められるから、被告は原告の売上金額につきその実額を把握することができず、推計によりこれを算定する必要性があつたことが明らかであり、また、特定の事業を営む者の所得を算出するにあたり、その者の売上金額を実額で把握できない場合、その者と立地条件、事業規模、事業態様等の近似する同業者の平均売上原価率を用いて、実額で把握された売上原価から売上金額を推計する方法は、特別の事情のないかぎり、一般的に合理性を有するものというべきである。そこで本件について、被告主張の四名の同業者の原告との近似性、および右特別の事情の存否について検討を加える。
(1) <証拠省略>によれば、被告主張の同業者四名の営業地、立地条件、換算従業員数、所有車輌、店舗面積(以下各条件という)等は別表四1、2のA欄ないしD欄のとおりであることが認められ、原告の各条件が同表2のX欄のとおりであることは原告が明きらかに争わないからこれを自白したものとみなされる。そして右各条件について原告と右四名の同業者とを比較してみると、Bの中村優、Cの村尾彰美、Dの馬場ハナについては営業地その他の条件につき同等かあるいはわずかの差しかなく、全体として原告の各条件とよく近似しているものということができる。ただ、Aの平瀬富蔵については所有車輌としてリヤカー一台、自転車一台というものであり、原告の乗用車一台、軽四輪車一台、単車一台と比較してかなり大きな相違があり、右所有車輌の違いは酒類販売における配達地域の広狭、配達量の多寡、配達時間の長短等の差として現れてくることは経験則上明きらかであり、この差から得意先の構成すなわち料理飲食店関係と一般家庭との売上高に占める比率等の事業内容に相当の差が生じてくるであろうことを認めることができるから、平瀬富蔵を同業者率算定の基礎資料とするのは適当ではないというべきである。
そして原告のような酒類小売販売業にあつては前記各条件が近似すれば売上原価率もほぼ近似するものと推定できるから、平瀬富蔵を除く三名の平均売上原価率をもとに原告の売上金額を推計する方法は合理的なものといいうる。なお原告が論難する右同業者間の差益率の開き(被告の主張の訂正によりこれは原告の主張と異り〇・一〇四から〇・一四五である。)も、この程度ではいまだ同業者率の適用を不合理なものとして排斥すべきものではない。
(2) ところで原告は、原告自身の特別事情の存在を主張し、<証拠省略>によればかねて原告が経営していた大衆酒場「明石のたこ」が昭和三六年ころ類焼したこと、そのためもあつて仕入先等にかなりの債務を負担し、現金仕入や短期の掛買が多かつたこと、大口の仕入先である訴外株式会社増田商店、同株式会社うしまどや商店からのリベートが一切なかつたこと、販売得意先として料理飲食店関係の占める割合が比較的多かつたこと等の事実が認められる。
しかしながら、リベートの点については、<証拠省略>と弁論の全趣旨によれば、前記同業者三名(平瀬富蔵を除く、以下同じ)の売上原価率の算定にあたつて、被告はリベートによる収入をそれぞれ売上金額に含めていないことが明らかであるから、リベートの多寡が直接被告主張の売上原価率に影響を及ぼすものでないことは明きらかであつて、この点の原告の主張は失当であり、得意先の点については、<証拠省略>によれば、前記同業者においても料理飲食店関係の得意先中に占める割合が大きかつたことが認められるから、これまた原告だけの特別事情とはいい難い。その他の右認定事実も、原告への前記同業者率適用を不合理にさせるほどの特別事情にあたるとは認められない。また値引きの点については、通常の営業に随伴する程度を超えて、原告の値引き販売額が他の同業者と比較して異常に多かつたという事実を認めるに足る証拠はない。その他本件全証拠によるも原告に前記同業者率の適用を排除すべき特別の事情が存在したとは認めることができない。
(3) なお原告は、昭和三九年度の原告の差益率が、被告主張の同業者の平均差益率〇・一二四(別表五の1参照)より低かつたことを推認させるものとして、原告の昭和四一年度、同四五、四六年度の各差益率が右同業者の平均差益率〇・一二四より低かつた旨主張するが、右事実を認定するに足る証拠がないのみならず、仮に右の事実が認められるとしても、単に係争年度と不連続な右三か年度の事象だけからでは原告の昭和三九年度の差益率が同業者の平均差益率より低かつたことをたやすく推認することはできない。
(4) ところで<証拠省略>によれば、前記三名の同業者の売上金額(リベート等雑収入を除く)および売上原価は別表五のI II欄のとおりであつて、これから平均売上原価率を計算すると〇・八七八となる。そしてこれを原告の売上原価に適用して別表五の2の計算式により売上金額を算出すると金三八、〇四二、五五八円となる。
2 以上により原告の昭和三九年分の所得金額は別表一のC欄のとおりとなり、総所得金額は金二、〇五一、五〇八円となるところ、これは本件更正処分における総所得金額二、〇〇〇、三二〇円を上回るから、結局被告の本件更正処分および過少申告加算税賦課決定処分に違法はないことになる。
三 よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村正策 藤井正雄 山崎恒)
別表一~三<省略>
別表四 1
同業者名
営業地
A 平瀬富蔵
大阪市北区池田町二一番地
B 中村優
同市同区堂島中二丁目二番地
C 村尾彰美
同市同区葉村町一番地
D 馬場ハナ
同市同区天神橋筋四丁目六六番地
X 原告
同市同区若松町三七番地
2 原告と同業者との事業規模等の比較
氏名
免許の種類
換算従業員数
所有車輌
店舗の坪数
立地条件等
X 原告
酒類販売業免許
約七名
乗用車一台、軽四輪車一台、単車一台
約五坪
大阪市北区内の店舗、飲食店等への販売
A 平瀬富蔵
同上
約五名
リヤカー一台、自転車一台
約六坪
同上
B 中村優
同上
約六名
軽四輪車一台、ミゼツト一台、自転車一台
約六坪
同上
C 村尾彰美
同上
約五名
ミゼツト一台、単車二台、自転車三台
約六坪
同上
D 馬場ハナ
同上
約七名
ダツトサントラツク一台、単車一台、自転車一台
約一〇坪
同上
別表五
1 同業者の売上原価率の計算
I 被告主張
同業者名
イ 売上金額
(円)
ロ 売上原価
(円)
ハ 売上原価率
(ロ/イ)
ニ 差益率
(1-ハ)
A 平瀬富蔵
二一、六〇七、〇〇〇
一八、七九四、〇〇〇
〇・八七〇
〇・一三〇
B 中村優
二五、三二三、〇〇〇
二一、六六三、〇〇〇
〇・八五五
〇・一四五
C 村尾彰美
二六、一七〇、〇〇〇
二三、一〇九、〇〇〇
〇・八八三
〇・一一七
D 馬場ハナ
四四、八五九、〇〇〇
四〇、一七三、〇〇〇
〇・八九六
〇・一〇四
計
三・五〇四
〇・四九六
平均
〇・八七六
〇・一二四
II 裁判所
同業者名
イ 売上金額
(円)
ロ 売上原価
(円)
ハ 売上原価率
(ロ/イ)
B 中村優
二五、三二三、八〇八
二一、六六三、八三〇
〇・八五五
C 村尾彰美
二六、一七〇、六六三
二三、一〇九、六五五
〇・八八三
D 馬場ハナ
四四、八五九、九四〇
四〇、一七三、二八三
〇・八九六
計
二・六三四
平均
〇・八七八
2 売上金額の計算
(売上原価)÷(売上原価率)= (売上金額)
I 被告主張 33,401,366 ÷ 0.876 = 38,129,413(円)
II 裁判所 33,401,366 ÷ 0.878 = 38,042,558(円)