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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)75号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、したがつて、本件における争点は、原告が訴外会社に対し本件土地を現物出資したことが、原告の譲渡所得の発生原因となるかどうかということである。よつて、以下において、その点に関する原告の各主張について、順次検討することとする。

(一) 原告は、まず第一に、旧所得税法五条の二第一項および二項に規定されている、みなし譲渡ないし低額譲渡に対する課税は、租税法律主義に違反し無効である旨主張するので、この点について検討することとする。

ところで、所得税は、ある特定の個人について一定期間内に発生した経済的利益であるところの所得に着目して、当該個人に対して賦課されるのであるが、経済的利益といつても、資産の評価益などのように、未だ実現されていないものについては、これを一年ごとに査定して所得として把握した上、これに対して課税をするということは、技術的に多くの困難を伴うので、資産が他に譲渡されることなく、単にその値上りによる評価益が生じているにすぎない場合には、これに対しては課税しないこととし、そのかわりに、資産が売却その他の事由により他に譲渡されて、現金その他の物に換価され、譲渡時までに蓄積されてきた当該資産の値上り等の増加益である、未実現の経済的利益が顕現した場合には、この蓄積されてきた経済的利益を譲渡時におけるその年分の所得として認識把握した上、課税の清算を行なうことにしているであつて、これが譲渡所得における基本的な課税原理である(旧所得税法九条一項八号、新法三三条)。譲渡所得に対する法律の建前がこのようなものであるとすると、譲渡所得として課税をなすためには、資産の値上り等による増加益が現金その他の物に換価されること、換言すれば、正当な対価を得てなされる資産の有償譲渡であることが、必ず必要であるように思えるのである。しかし、譲渡所得に対する課税を、正当な対価を得てなされる資産の有償譲渡の場合に限定するとすれば、対価を全く得ないでなされる無償譲渡の場合(遺贈または贈与の場合)とか、あるいは正当な対価を得ないでなされる有償譲渡の場合(低額譲渡の場合)には、譲渡者に対して譲渡所得としての課税を全くなし得なくなる場合も生ずることになるが、これでは、未実現であるとはいえ、譲渡時までに資産の値上り益という形で発生していた経済的利益を譲渡者の自由な処分に委ねてしまうことになり、その結果、資産の値上り益を一年ごとに把握して課税するのは困難であるという技術的理由によつて、課税が遷延していたにすぎないのに、本来なら未実現の経済的利益が顕現すべきはずの資産の譲渡によつて、かえつて、譲渡者の意思により、ついに譲渡所得としての課税を全くなし得なくなる場合も生ずるということになるばかりか、このような事態を放置するとすれば、租税の回避行為を誘発することも考えられるのである。そこで、法律は、租税公平負担の見地に立つて、このような事態に対処するため、遺贈(包括遺贈および相続人に対する遺贈を除く。)または贈与(相続人に対する贈与で被相続人たる贈与者の死亡に因り効力を生ずるものを除く。)により、資産の移転があつた場合(無償譲渡の場合)においては、遺贈または贈与の時において、その時の価額により資産の譲渡があつたものとみなして譲渡所得を算出することとし(旧所得税法五条の二第一項)、また著しく低い価額の対価で資産の譲渡があつた場合(低額譲渡の場合)においては、その譲渡の時における価額により、当該資産の譲渡があつたものとみなして譲渡所得を算出することとなる(同条二項)という特別の規定を設け、更に、右にいう著しく低い価額というのは、資産の譲渡の時における価額の二分の一に満たない価額とする(旧所得税法施行規則二条)としているのである(新法においても同趣旨の規定が所得税法五九条、同法施行令一六九条にある。)。もつとも、この旧所得税法五条の二第一項または第二項の規定に従つて譲渡所得を算出するとすれば、無償譲渡の場合には、譲渡者は資産の移転をなすことによつて、まさに担税力を減少しているにもかかわらず課税されることになり、また所得概念をいわゆる純資産増加説に従つて理解するとすれば、譲渡者の資産は減少しこそすれ増加する余地が全くないにもかかわらず、所得があるものと擬制された上課税がなされることになるし、また、低額譲渡の場合においても、たとえ所得の増加、したがつて担税力の増加が多少認められる場合であつても、時価と実際の譲渡価額との間の差額については、結局前同様に所得の存在が擬制された上課税がなされることになるのであつて、いずれの場合においても、租税法の体系上、特異な課税根拠規定であることは否めない。しかしながら、所得の存在を擬制するといつても、立法によつて恣意的に擬制しているわけではなく、原則的には所得に包含されない未実現の経済的利益を、無償譲渡または低額譲渡の場合に限つて、所得の中に包含せしめているにすぎないのであり、しかも、譲渡者としては、正当な対価を得て有償譲渡をなすことも可能であつたにもかかわらず、自らの意思によつて、無償譲渡または低額譲渡という方法により、資産の譲渡をしたのである。これに加えて、このようなみなし譲渡等に関する規定が設けられていないとすれば、前叙のとおり、租税の回避行為を誘発することが考えられ、そうなれば、かえつて正当な対価を得て有償譲渡をした者との間で、租税負担に関して不公平が生じるのである。更に、みなし譲渡等の規定が適用されることによつて蒙るかもしれない譲渡者の不利益を緩和するため、昭和三七年法律第四四号によつて、旧所得税法五条の二に第三項が新設されることになつた(昭和三七年分以後の所得税について適用がある。―右法律附則二条)が、これによれば、資産の譲渡が個人に対してなされた場合には、譲渡者が政府に対して、みなし譲渡等の規定の適用を受けない旨、および当該遺贈または贈与もしくは譲渡に関する明細を記載した書面を提出したときは、みなし譲渡等の規定の適用が排除されることになつている。なお、旧所得税法一〇条五項によれば、同法五条の二第一項または二項の規定の適用を受けたものは、受遺者、受贈者または譲受人が当該遺贈もしくは贈与または譲渡を受けた時において、その時の価額により、これを取得したものとみなす、と定められているから、低額譲渡によつて譲渡を受けた者が後日第三者に当該資産を再譲渡する場合に、その取得価額として控除される金額は、低額のままの譲受価額ではなく、当該資産の取得のときに正当な価額とみなされたその金額である。それ故、低額譲渡の場合に、一旦譲渡者に対して適正価額に基づいて譲渡所得の課税をしたにもかかわらず、更に譲渡を受けた者に対し、再譲渡の価額と低額の譲受価額との差額について、再度譲渡所得の課税をなすというがごとき二重課税の問題は、生じる余地がない。

以上において検討してきたところに従えば、旧所得税法五条の二第一、二項に規定されているみなし譲渡等に関する規定は、必要でもあり、かつ一応の合理性をも有しているものと解すべきであるから、租税法律主義に反するところはないと解するのが相当である。

したがつて、原告の右主張は失当であつて、採用することができない。

(二) 原告は、第二に、仮に低額譲渡に対する課税が許されるとしても、その譲渡の類例の中に法人に対する出資を含ましめることは違法である旨主張するので、この点について検討することとする。

まず、資産の値上り益のような未実現の経済的利益については、これを所得に包含せしめて課税するようなことはせず、当該資産が売却その他の事由により他に譲渡されて、譲渡時までに蓄積されてきた未実現の経済的利益が顕現し、あるいは顕現したものとみされる場合には、この蓄積されてきた経済的利益を譲渡時におけるその年分の所得として認識把握した上課税の清算を行なうというのが、譲渡所得に対する課税であることは、前示のとおりである。

それ故、資産の値上り益である未実現の経済的利益が顕現し、あるいは顕現したものとみなされる場合には、譲渡所得としての課税の清算をなすことが必要であるということになるから、旧所得税法九条一項八号にいう資産の譲渡とは、このような課税の清算を必要とする、資産の第三者に対する一切の移転を指すものと解すべきであつて、昭和二六年一月一日直所一―一、国税庁長官通達「所得税法に関する基本通達について」一三六に挙げられている、売買、交換、競売、公売、収用、物納および法人に対する出資等は、その例示にすぎないものというべきである。そして、法人に対する現物出資という態様により資産の譲渡がなされた場合においても、譲渡者(出資者)が法人より取得したとみられる対価については、これを算定不能と解すべきではなく、法人の定款に記載される、当該資産の価格および譲渡者に与えられる株式の数または出資口数(商法六三条、一六八条一項、有限会社法七条参照)によつて、容易にその金額を算定しうるものと解せられるのである。したがつて、法人に対する現物出資が、旧所得税法五条の二第二項にいう、著しく低い価額で資産の譲渡がなされた場合に該当するかどうかは、右のような方法により算定された対価と、当該資産の譲渡時における正当な価額とを対比することによつて、判断せられるべきことになるのである。

つぎに、旧所得税法五条の二第三項は、資産の譲渡を受ける者が個人である場合に限つて適用されることになる結果、譲渡を受ける者が個人である場合には、譲渡者が政府に対し、同条一項および二項のみなし譲渡等の規定の適用を受けない旨、および当該遺贈または贈与もしくは譲渡に関する明細を記載した書面を提出したときは、みなし譲渡等の規定の適用が排除されるにもかかわらず、譲渡を受ける者が法人である場合には、このような取扱いの適用を受ける余地が全くないことは、原告の指摘するとおりである。しかしながら、譲渡を受ける者が個人である場合と法人である場合とによつて、取扱いにこのような差異が生じているのは、譲渡所得における所得金額の計算(旧所得税法九条一項)と、法人における所得金額の計算(旧法人税法九条一項)とが異なつており、また税率も所得税(旧所得税法一三条)と法人税(旧法人税法一七条、一七条の二)とでは異なつているために、譲渡者に対する譲渡所得としての課税を法人に引き継がせることが妥当ではなく、譲渡者において、譲渡時に必ず課税の清算をなすべきものとされた結果であつて、このことを捉えて、平等原則に反するということはできない。

したがつて、原告の右主張も失当であつて、採用することができない。(日野達蔵 喜多村治雄 仙波厚)

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