大阪地方裁判所 昭和42年(レ)179号 判決 1970年2月26日
控訴人 梅本敬一
右訴訟代理人弁護士 奥中克治
被控訴人 大和証券株式会社
右代表者代表取締役 安部志雄
右訴訟代理人弁護士 阿部幸作
同 越智譲
右訴訟復代理人弁護士 村田哲夫
主文
原判決を左のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金二、八五〇円及びこれに対する昭和三九年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
この判決は控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
(控訴人の申立及び主張)
控訴代理人は、「一、原判決を取り消す。二、被控訴人は控訴人に対し、控訴人から金二二、五〇〇円の支払を受けるのと引換に、東京製綱株式会社の株式三四五株を引渡せ。三、被控訴人において右株式の引渡ができないときは、金一九、五九〇円を支払え。四、被控訴人は控訴人に対し金八、五五〇円及びこれに対する昭和三九年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。五、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、控訴人は、訴外大塚証券株式会社(以下大塚証券という)に東洋製綱株式会社の株式の買付を委託したところ、右大塚証券は控訴人のために昭和三八年五月一七日被控訴人から同人所有の東洋製綱株式会社の記名株式二、〇〇〇株を買い受け、被控訴人の裏書のある右株券(五〇〇株券四枚、記号番号にB一五〇五号乃至一五〇八号)の交付を受けた。
二、右東洋製綱株式会社は、取締役会の決議により昭和三八年八月一日現在の株主名簿に記載された株主に対し、持株一株につき四分の一株の割合で新株引受権(引受価額一株につき四五円)を与えたが、訴外大塚証券は前記取得した株式につき株主名簿の名義書替手続をなすことを失念していたため、被控訴人は株主名簿上の株主が依然自己になっていることを奇貨として前記二、〇〇〇株に対する割当新株式五〇〇株の引受申込をなし、金二二、五〇〇円を払込んで右新株式五〇〇株を取得し、さらに昭和三九年六月末頃までに前記二、〇〇〇株に対する昭和三八年度下期及び昭和三九年度上期の利益配当金各五、七〇〇円(額面一株五〇円、配当率年一割二分、源泉徴収税五パーセント控除)計一一、四〇〇円を受領した。
三、ところで東洋製綱株式会社は、昭和三九年九月一日東京製綱株式会社に東京製綱株式会社二に対し東洋製綱株式三の割合で吸収合併されたため、被控訴人の取得した前記新株式五〇〇株は、東京製綱株式会社の株式三三三株となり、さらに右会社は昭和三九年一一月一日及び昭和四〇年五月一日付をもってそれぞれ名簿上の株主に対し持株一株につき〇、〇二株の無償配当をしたため、被控訴人は右三三三株に対する割当として右二回計一二株の交付を受けたので、結局右会社の株式三四五株を取得するに至った。
四、そこで控訴人は被控訴人に対し、次の理由により右株式及び前記配当金の引渡を求めるものである。
(一) 株式の引渡請求及び代償請求について
会社が株主に増資新株の引受権を与えるのは会社の実質上の構成員である株主の利益を図るためであること、及び商法が株主以外の者に新株引受権を与える場合を厳重に規制して株主の利益を保護している(同法二八〇条の二、二八〇条の四)趣旨からみて、東洋製綱株式会社がその取締役会の決議により新株引受権を与えた株主とは、名義上の株主ではなく実質上の株主である。会社が一定日時の株主名簿上の株主に増資新株引受権を与えるのは、会社の増資新株発行手続の簡素化をはかる便宜上のためであって、その企図するところは実質上の株主に新株引受権を与える方法として名義上の株主にこれを与えるのであり、その結果会社に免責的効力を附与させて爾後の解決を譲渡人・譲受人間の処置にまかせようとしているのである。ところで控訴人は前叙第一項記載のとおりの経過で東洋製綱株式会社の実質上の株主となったから、以後これに対応する同会社の新株引受権は控訴人がこれを有するところ、被控訴人は前記のとおり自己のため右権利を行使して結局右会社の株式を取得したから、いわゆる準事務管理として民法七〇一条、六四六条の類推適用をみるものというべく、従って被控訴人は右の法理に基いて上記株式を控訴人に引渡すべきである。
仮に被控訴人において本件株式の引渡ができないときは、控訴人は昭和四四年一一月二八日右株式三四五株を一株一二二円(当日の低値)で他に売却し得たものであるから、被控訴人が支出した前記新株引受払込金二二、五〇〇円を差し引いた金一九、五九〇円を支払うべきである。
(二) 配当金の引渡請求について
上述の如き経過による株式の譲渡により株主たる地位は被控訴人から控訴人に移転したので、控訴人が本件株式に対する利益配当請求権を有するところ、被控訴人は前記のとおり法律上の原因なくして右配当金を受領し、控訴人に同額の損失を被らせたので、被控訴人は不当利得として右金員を返還する義務があり、内金二、八五〇円は訴外大塚証券に返還したので、残金八、五五〇円及び遅延損害金を支払うべきである。
五、よって被控訴人に対し、被控訴人が支出した新株引受金二二、五〇〇円の支払と引換に本件東京製綱株式会社の株式三四五株の引渡、ないし代償請求たる金一九、五九〇円の支払、及び利益配当残金八、五五〇円及びこれに対する右配当金の受領後である昭和三九年七月一日から完済まで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。
六、なお、被控訴人の後記抗弁事実について次のとおり答弁する。即ち同第一の主張(権利失効)は争う。同第二の主張(商慣習)については、被控訴人主張の統一慣習規則は協会員と非協会員との間の取引については適用されず、又被控訴人が訴外大塚証券に対し昭和三九年三月期の配当金の半額金二、八五〇円を返還したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(被控訴人の申立及び主張)
被控訴代理人は「本件控訴及び当審における拡張請求を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め控訴人主張の請求原因に対し、「第一項の事実のうち、被控訴人が昭和三八年五月一七日同人所有の東洋製綱株式会社の記名株式二、〇〇〇株を大塚証券に売却したことは認めるが、その余の事実は不知。第二項の事実のうち、東洋製綱株式会社が控訴人主張のように昭和三八年八月一日現在の株主名簿に記載された株主に対し新株引受権を与えたこと、大塚証券が名義書替を失念して被控訴人が株主名簿上の株主であったため新株式五〇〇株を取得したこと及び控訴人主張の配当金を受領したことは認めるが、その余の事実は不知。第三項の事実は不知。第四項は争う。会社において一定時の株主に新株引受権が付されたとき、親株について右一定時より以前に譲渡行為が為されていてもその時迄に譲受人の失念により名義書替手続がなされていなければ、譲受人は新株引受権を取得するものではない。即ち、株主権が移転されたからといって前示新株引受権も之に随伴して移転したものと解すべきではない(最高裁判所昭和三五年九月一五日判決参照)。」と述べ、抗弁として次のとおり述べた。
一、控訴人が被控訴人に本件請求をしたのは株式の売買から約一年半以上の時日を経過した後であって、流通の激しい証券取引の通念からすれば、控訴人は権利の上に眠っていたものというべく、もしこのような時機におくれた請求が許されるとすれば、多量の株式を売買取引している証券会社である被控訴人にとっては総合所得その他の税金のみを負担する結果となりまことに不当である。
二、仮に右が理由がないとしても、本件のように株式の譲受人が名義書替を失念した場合に、譲渡人に対し、同人の取得した配当金又は同人に割当てられた新株の引渡を請求するについては、譲渡人は譲受人に対し配当金は当該配当金額の半額を支払う、有償払込新株は、譲受人より当該新株に対する払込金額その他必要経費及び当該株式の時価から払込金額を控除した残額の四割に相当する金額の支払を受けて、譲渡人は当該新株を返還するという商慣習が証券業界に存在し、統一慣習規則として定立されている。そこで被控訴人は直接の買主である訴外大塚証券に対し、右慣習に従い、昭和三八年九月期及び昭和三九年三月期の各配当金の半額各二、八〇〇円を昭和三九年三月頃及び同年一〇月二四日にそれぞれ返還済であり、又本件増資新株も返還済である。
(立証)≪省略≫
理由
一、被控訴人が昭和三八年五月一七日訴外大塚証券株式会社に被控訴人所有にかかる東洋製綱株式会社の記名株式二、〇〇〇株を売却したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、右大塚証券の株式の買取は控訴人が同会社へ同株式の買付を委託して控訴人のためになされたこと、そして右大塚証券が被控訴人の裏書のある右株券の交付を受けたことが認められ(反証は存しない)、又右東洋製綱株式会社では取締役会の決議により昭和三八年八月一日現在の株主名簿に記載された株主に対して持株一株につき四分の一株の割合で新株引受権を与えたこと、前記大塚証券は株主名簿の名義書替手続を失念していたため右割当日現在の株主名簿上の株主は依然被控訴人であったこと、そして被控訴人が前記二、〇〇〇株に対する割当新株五〇〇株を引受申込をして取得したことは当事者間に争いがない。
二、そこで控訴人の本件株式の引渡請求ないし代償請求について判断するのに、まず本件のように取締役会の決議に基き一定時の株主に新株引受権が付与されたとき、右引受権を取得するのは株主名簿上の株主(譲渡人)と実質上の株主(譲受人)のいずれであるかについて考察する。
新株引受権は法律上当然に株主に認められるものではなく、原則として取締役会の決議によって初めて与えられる権利である(昭和四一年法第八三号による改正前の商法二八〇条の二の一項五号)から、当該新株引受権が何人に帰属するかは、特段の場合を除き、取締役会の決議内容の解釈にかかる問題であるところ、本件東洋製綱株式会社の取締役会の決議が、昭和三八年八月一日現在の株主名簿に登載された株主に対して新株引受権を与えるというものであることは前示のとおりである。
そこで右決議内容を文字通りに解釈すれば、新株引受権の与えられた株主とは、実質上の株主であるか否かを問わず右割当日において株主名簿に登載された株主ということになる訳であり、しかして株式会社のもつ社団的画一性の要請、株式をめぐる紛争の防止等の見地からみれば右の解釈も亦一理を有するのであるが、しかし、商法が新株引受権を与える場合においていわゆる割当自由の原則の範囲内で株主とそれ以外の者との取扱に差異を設けるにつき、株主以外の第三者に対比して想定している株主とは実質上の株主と解すべきであり、右差異の眼目は主として、会社の構成員に非ざる第三者のため、実質上の株主がその利益を侵害せられることを防止する点に置かれていると認められること(前記改正前の商法二八〇条の二の二項参照。なおこの理は上記改正後の同条一項八号、二項によって一層明らかである)に徴すると、法が、株主名簿に記載はされているが実は既に株主権を譲渡したような者までを元来の新株引受株主と考えているとは解し難く、従って新株引受株主につき一定日時の株主名簿上の株主に限定することを要求した商法二八〇条の四の規定は、新株発行手続の画一化及び簡素化のための便宜的規定であり、その法的狙いはむしろ免責的効果の付与にあるものとみられるのである。果して然りとすると、一般に取締役会の行う決議も右の趣旨に沿って理解すべきであり、しかして本件の上記決議についても、特に一般と異る解釈を為すべき特段の事由も認められないから、右決議の趣旨は、その文言にもかかわらず、会社との関係ではさておき、株式の譲渡当事者間の関係においては、株主名簿上の記載の如何にかかわらず実質上の株主を新株引受権者とみることを否定するものではないと解するのが相当である。従って本件にあっては、右新株引受権者は、譲受人たる控訴人と解すべきである(なお非失念株に関する事案についてであるが、最高裁判所昭和四三年一二月一二日判決、民集二二巻一三号八九頁参照)。
よって次に、控訴人の準事務管理の主張につき案ずるに、わが法の下においてそのような法律構成ないし権利関係を肯認するに足る法的根拠に乏しいものというべきであるのみならず、一般に株主は新株引受権が与えられたとしてもその新株の市場価額の変動等の予測その他諸般の事情を考慮して新株引受権を行使するかしないかの自由を有し、又その権利は有償割当の場合一定の申込期日迄に株金の払込をしないときは消滅する権利であるところ、本件においては控訴人の受託者たる訴外大塚証券が名義書替を失念し、結局控訴人において新株の申込及び払込をしなかったこと上述のとおりであり、他方被控訴人が元来控訴人の有する新株引受権を行使して新株を取得したとしても、それは自己の負担と危険において自己のためになされたものであると看做しうるから、右新株引受権の行使を客観的に他人の事務と即断することはできず、従ってこれを他人の事務であるとし、それを前提とする準事務管理の成立も亦認め難いところといわなければならない。
してみると、控訴人の本件株式の引渡請求ないし代償請求は、たとえ控訴人が新株の引受権者であるとしても、いわゆる準事務管理に基く請求としてはこれを認め難く、又仮に右主張を不当利得と善解したとしても、控訴人がその受託者たる大塚証券を介し結局失念により新株の申込及び払込をしなかったため新株の引受権を失ったものである以上、控訴人の右損失と、被控訴人の上記利得の間には法律上の因果関係を欠くものというの外ないから、控訴人の右請求は、いずれにせよ、爾余の争点の判断に入るまでもなく、失当として棄却を免れない。
三、次に、被控訴人が本件東洋製綱株式会社の株式二、〇〇〇株に対する昭和三八年度下期及び昭和三九年度上期の利益配当金各五、七〇〇円計一一、四〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。
そこで不当利得に基く右配当金の引渡請求について判断するのに、利益配当請求権は株主権の内容をなす権利であって、株式の譲渡により当然に移転するものであるから、前示のとおり株式の譲渡を受けた控訴人がこれを有し、被控訴人は法律上の原因なくして前記配当金を受領し、控訴人はこれにより同額の損失を被ったものというべく、又特段の主張立証のない限り被控訴人において右配当金の金額が現存する利益と推定されるから、被控訴人は控訴人に対して右配当金を不当利得として返還する義務がある。
四、よって、被控訴人主張の第一の抗弁についてみるに、≪証拠省略≫によると控訴人が被控訴人に本件配当金の返還請求をしたのは昭和三九年一〇月一日であることが認められるが、その時に初めて被控訴人に対し昭和三八年九月期及び昭和三九年三月期の配当金の返還請求をしたとしてもそのことから直ちに控訴人は権利の上に眠っていたものということはできないし、又被控訴人主張のように同人が配当金に対する税金を負担したとしてもそれは正当な支出として控除して現存する利益のみを返還すれば足りるのであるから、これをもって控訴人の請求を不当であるということもできない。従って右抗弁は理由がない。
五、そこで進んで被控訴人主張の商慣習の存在について判断するに、大阪証券業協会に対する調査嘱託の結果によれば、協会員間の取引において名義書替を失念した場合の配当金の処理については、譲渡人は譲受人から配当金額(ただし源泉徴収所得税額を控除)の五〇パーセント以下に相当する金額の支払を受けて当該配当金を返還すべきものとする統一慣習規則が定められており、このことは、非協会員が仲買人たる右協会員を通じて売買取引をするについても準用される慣行になっていることが認められる。控訴人は協会員、非協会員間の取引については右統一慣習規則は適用されない旨主張するが、株式取引は証券取引所において協会員を介して行われ、そこには右認定のように右規則によって処理される慣習があるから、非協会員が協会員を通じて右証券取引所において取引をする以上、非協会員も右慣習もしくは普通取引約款の効力としての拘束力を受けると解しても何ら不当ではない。
本件は協会員であることの明らかな被控訴人と控訴人の委託を受けた訴外大塚証券との取引であるから右規則の適用を受けることは明白であるところ、被控訴人が右大塚証券に対し、昭和三九年三月期分の配当金の半額である金二、八五〇円を返還したことは当事者間に争いがないから、右三月期分の配当金についての控訴人の請求は理由がない。しかし、昭和三八年九月期分の配当金の返還については、これを認めるに足りる証拠がない(乙第一、二号証は昭和三九年三月期分に関するものと認められる)から、被控訴人は控訴人に対し右配当金の半額である金二、八五〇円及びこれに対する右の受領後であることが明らかな昭和三九年七月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
六、以上のとおりであるから、控訴人の請求は、右の限度でこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、従ってこれと一部符合しない原判決は右のように変更すべきものである。
よって、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 西池季彦 吉岡浩)