大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)199号 判決 1968年7月13日
原告
杉原信忠
ほか一名
被告
岡良和
ほか二名
主文
一、被告らは、各自、原告杉原信忠に対し金二、一八八、一八〇円、原告杉原佐喜子に対し金一、六八八、一八〇円および右各金員に対する昭和四二年二月四日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告らのその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用は、これを三分しその一を原告らの、その余を被告らの負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告らにおいて、それぞれ原告杉原信忠に対し金一、六〇〇、〇〇〇円、原告杉原佐喜子に対し金一、四〇〇、〇〇〇円の各担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一原告の申立
被告らは、各自、
原告杉原信忠に対し金三、四八六、六七四円、原告杉原佐喜子に対し金二、八三八、五一〇円および右各金員に対する昭和四二年二月四日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え
との判決ならびに仮執行の宣言。
第二当事者の主張
(原告らの主張)
一、本件事故発生
とき 昭和四一年一一月二一日午後一〇時四〇分ごろ
ところ 大阪市南区谷町六丁目交差点
事故車 小型貨物自動車(大四ほ三四四七号)
運転者 被告岡
死亡者 訴外杉原保子
態様 被告岡が事故車を運転して北から右交差点に入つて右折し西に向つて進行せんとしたとき、同交差点の西側横断歩道を信号に従つて北から南へ横断中の亡保子に衝突し、同女はその場に転倒、頭蓋骨折の傷害を受けて死亡した。
二、責任原因
被告らは、各自、左の理由により原告らに対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
(一) 被告岡
根拠 民法七〇九条
該当事実 左のとおり。
運転者の過失
被告岡には、前方不注視、信号無視の過失があつた。
(1) 本件事故現場は、東西に通ずる幅員約一五米の道路(通称長堀線)と南北に通ずる幅員約一〇米の道路(通称谷町線)が交差する交差点である。
(2) 亡保子は、右交差点の西側横断歩道上を、青信号に従つて北より南に向つて横断歩行中であつた。
(3) 右横断歩道のすぐ東側交差点内には西に向う大型トラツク一台が停止していた。
(4) 被告岡は、通称谷町線を北から南に進行してきたのであるが、右交差点の南北の信号が青であつたのでそのまま交差点に入つて右折し、前記大型トラツクの左(南)を通り抜けてそのまま前記横断歩道を通過しようとした。
(5) かかる場合、被告岡としては、当然横断歩道を信号に従つて横断中の歩行者の有無を確しかめるべきであるのに、全然注意することなく加速したため、折柄横断中の亡保子をはね、本件事故を発生せしめたものである。
(二) 被告曾根
根拠 民法七一五条
該当事実 左記事実および前記被告岡の過失
(1) 運転者の使用関係
被告曾根は、個人営業として不二塗装店を営み被告岡を従業員として雇用していた。
(2) 事業の執行
本件事故当時、被告曾根は被告会社より事故車を賃料一日につき三五〇円で賃借して業務用に使用しており、被告岡は、被告曾根の営業のため事故車を運転していた。
(三) 被告会社
根拠 自賠法三条
該当事実 左のとおり。
事故車の運行供用
被告会社は、事故車の所有者、保有者であり、被告曾根に対し別途販売した車を引渡すまでの間事故車を賃料一日につき三五〇円で賃貸し被告曾根に使用させていたものであるから、自賠法三条にいう自己のため自動車を運行の用に供する者に該当する。
三、損害の発生
(一) 逸失利益
亡保子は、本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。
右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
クラレ不動産株式会社、野田ボーリングセンター営業係
(2) 収入
給与、月額二一、五〇〇円(本俸一九、五〇〇円、手当二、〇〇〇円)
賞与、年二回合計六八、二五〇円
年額、合計三二六、二五〇円
(3) 生活費
一ケ月、九、七五〇円(本俸の五割)
(4) 純収益
右(2)と(3)の差額、年間二〇九、三五〇円
(5) 就労可能年数
事故当時の年令、二三年八月
平均余命、四九・五三年
右平均余命の範囲内で、前記勤務会社における停年時たる五五才までは就労可能。
(6) 逸失利益額 合計 四、六七七、〇二一円
(イ) 亡保子の前記就労可能期間中の逸失利益(給与および賞与)の事故時における現価は金三、八五四、六三七円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、年毎年金現価率による、但し、円未満切捨)。
(ロ) 退職金喪失による損害
亡保子が五五才の停年退職時において受取るべき退職金は、本俸の昇給率のみを計算して算出すれば、五五才時の本俸は一ケ月四一、二〇〇円、退職金支給率は五〇・九月であるから二、〇九七、〇八〇円となるが、前同様のホフマン式算定法によりその事故時における現価を算定すれば、八二二、三八四円となる。
(二) 葬祭関係費 金一七九、六三二円
原告信忠は、亡保子の葬祭関係費として総額金三二一、九三二円を支出したが、そのうち金一四三、〇〇〇円は被告曾根および岡より支払を受けたので、本訴においては残額一七九、六三二円を請求する。
(三) 精神的損害(慰謝料)
亡保子 一、五〇〇、〇〇〇円
原告信忠 五〇〇、〇〇〇円
原告佐喜子 五〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 亡保子は、年令二三才、人生のうち最もたのしくはなやかな年頃であり、その若さと美しさは同女に夢多き将来を約束していたところ、法令に定められた横断歩道を信号に従つて歩行中、突如事故にあい瞬時にして一切の希望を奪われ、残酷な肉体的損傷によりあらゆる治療の効もなく、ついに翌日午後四時一二分息をひきとつた。しかして、その苦痛は、金銭をもつて補償すべくもないが、現下の制度として金銭的処理をしなければならぬとすれば金一、五〇〇、〇〇〇円を下らない。
(2) 原告らは、亡保子の父母として同女が末娘であり格別性質がやさしく親思いであつたためとりわけ慈しんでいたのであるが、一瞬にして亡保子を奪われその還らない現実にさいなまれるにつけ、むしろ自らの生命を絶つ方がその苦悩から逃れうる唯一の道ではないかとさえ考えるのであり、その精神的苦痛を強いて金銭的に表現すれば各自五〇〇、〇〇〇円宛と云うべきである。
(四) 弁護士費用
原告信忠が本訴代理人たる弁護士に支払うべき費用は金四六八、五三二円である。
四、権利の承継
原告らは、亡保子の両親であり、その身分関係に基き同女の前記損害賠償請求権(逸失利益および慰謝料)を二分の一宛承継取得した。
五、損益相殺
原告らは、前記亡保子の損害に対し左記の金員の支払を受け、これを右損害に充当した。
自賠法による保険金一、五〇〇、〇〇〇円
六、本訴請求額
(一) 原告信忠
(1) 亡保子の相続分 二、三三八、五一〇円
亡保子の逸失利益総額四、六七七、〇二一円と慰謝料一、五〇〇、〇〇〇円合計六、一七七、〇二一円から自賠法による保険金一、五〇〇、〇〇〇円を控除した残額の二分の一。
(2) 葬祭関係費 一七九、六三二円
(3) 固有の慰謝料 五〇〇、〇〇〇円
(4) 弁護士費用 四六八、五三二円
合計三、四八六、六七四円
(5) 右合計金に対する前記遅延損害金
(二) 原告佐喜子
(1) 亡保子の相続分 二、三三八、五一〇円
原告信忠に同じ。
(2) 固有の慰謝料 五〇〇、〇〇〇円
合計 二、八三八、五一〇円
(3) 右合計金に対する前記遅延損害金
(被告岡、同曾根の主張)
一、答弁
本件事故発生の事実(原告らの主張一)、被告曾根が自己の営業のため事故車を使用していたこと、亡保子の年令、平均余命、保険金支払の事実は認めるが、その余の事実については争う。
二、被告両名の無責
本件事故につき被告岡は無過失である。
本件事故は、亡保子の過失により発生したものである。
(1) 被告岡は、谷町線を北から南に進行し本件交差点において西へ右折したのであるが、北から南に交差点に進入した際は青信号であり、西へ右折する際には赤信号であつたから、いずれも信号無視の事実はない。
(2) 本件交差点の西側横断歩道の東側交差点内にはセンタターラインの北側に、大型トラツクが西から東に進行してきて停車していたため、被告岡は右横断歩道上の歩行者を発見することは不可能であつた。
(3) 亡保子は右横断歩道附近を北から南へ地下鉄工事人夫に冷かされて、一目散に走つてきた。
(4) 横断歩道の白線は全く消えてしまつていた。
三、過失相殺
仮りに、被告岡に過失があつたとしても、亡保子にも本件事故の発生につき前記の如き過失があるから過失相殺を主張する。
(被告会社の主張)
一、答弁
亡保子が事故車との交通事故により死亡したことは認めるが、その余の事実については争う。
二、被告会社の無責
事故車は被告会社が下取車として受領し所有したものであるが、登録所有名義人でもなく、使用者名義人でもない。
被告会社は、昭和四一年一一月一一日、事故車を被告曾根に対し同被告が自己の業務のため運行するため貸与したものであり、被告会社は事故車の運行について支配権を有せず、かつ、事故車は被告曾根がその塗装営業に使用していたもので同被告の運行支配内にあり、運行利益も専ら同被告に帰属していた。
したがつて、被告会社は自賠法三条にいう運行供用者ではなく、責任はない。
第三証拠 〔略〕
第四争点に対する判断
一、本件事故発生
原告ら主張のとおり(但し、被告曾根、同岡との間では争がない。)(〔証拠略〕)
二、責任原因
被告らは、各自、左の理由により原告らに対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
(一) 被告岡
根拠 民法七〇九条
該当事実 左のとおり。
運転者の過失
被告岡には次の如き過失があつた。
(1) 本件事故現場は、東西に通ずる幅員約一五米の道路(通称長堀線)と南北に通ずる幅員約一〇米の道路(通称谷町線)が交差する十字型交差点である。
(2) 事故当時、右交差点の西側横断歩道の西側、東行車道上には東進車両が停止しており、また、右横断歩道の東側直近交差点内には大型トラツクが停つていた(但し、右トラツクの進行方向は判然としない)。
(3) 被告岡は、前記谷町線を南進してきたのであるが、右交差点の南北方向の信号が青であつたのでそのまま同交差点に入り、前記大型トラツクの南側へまわつて西へ右折進行したところ、前記横断歩道直前で、右(北)斜め前方約三米の地点に右横断歩道上を南へ向つて横断中の亡保子を認め急拠これを避けんとしたが及ばず本件事故が発生した。
(4) 被告岡は、右の如く右折した際、前記大型トラツクのため右(北)側方向からの横断歩行者の有無を確認し難い状況であつたにも拘らず、漫然歩行者はないものと考え何ら徐行もせず従前の速度のまま右折したものである。(〔証拠略〕)
(5) ところで、事故車が本件交差点に進入したとき南北方向への信号が青であつたことは前示のとおりであり、また、事故車が右折した際東進車が前記横断歩道の手前(西)で停止していたことからみて事故発生時もまだ南北方向への信号は青であつたと推認される。
(6) したがつて、被告岡としては右折するに際して当然横断歩道上を横断してくる者の有無を確しかめて進行すべきであるが、ことに本件の場合、交差点内に停止していた前記大型トラツクのため右側方向への見透しが妨げられる状況にあつたのであるから、あらかじめ徐行ないしは横断歩道の手前で一旦停止して横断歩行者の有無を確認して進行すべきであり、被告岡において右注意義務を尽しておれば本件事故は容易に回避し得たものと推認される。
(7) しかるに、被告岡は前記の如く漫然横断歩行者はないものと速断して格別徐行することもなく進行していたのであるから、同被告に右注意義務違反の過失の存したことは明らかであり、民法七〇九条による責任を免れない。
(二) 被告曾根
根拠 民法七一五条
該当事実 左記事実および前記被告岡の過失
(1) 運転者の使用関係
被告曾根は、塗装業を営み被告岡を従業員として雇用し、自動車運転等の業務に従事させていた。
被告岡の供述中には、右被告両名は共同で塗装業を営なもうとしていたかの如く述べた部分もあるが、同被告自身も対外的には被告岡は被告曾根に使われることになつていた旨供述しており、右営業に使用するための中古車(後記(三)参照)を被告会社から購入したのも被告曾根であつたことや弁論の全趣旨に徴すれば、被告曾根は民法七一五条にいう使用者にあたると認むべきである。(〔証拠略〕)
(2) 事業の執行
本件事故は、被告岡が被告曾根とともに前記営業のための注文をとりにまわり、被告曾根を同人の家迄送つた帰途に発生したものであるから、被告曾根の前記事業の執行中に発生したものと認めるのが相当である。(〔証拠略〕)
(三) 被告会社
根拠 自賠法三条
該当事実 左のとおり。
(1) 被告会社は、自動車の販売会社であるが、昭和四一年一〇月末ごろ、訴外株式会社大正鍍金株式会社から事故車をいわゆる下取車として受領し、所有、保管していたものである。
(2) 被告会社は、同年一一月九日、被告曾根との間に中古車一台を代金二七五、〇〇〇円で売却する旨の売買契約を締結したが、右売却車について整備、登録、車検等の手続を了するには一〇日余の日数を要し直ぐには引渡し得なかつたところ、被告曾根からその間仕事に差支えるから右売却車に代る車両を貸してほしい旨申込まれ、同月一一日、右売却車を引渡すのと引換に返えして貰う約束で事故車を被告曾根に貸与し、被告曾根は、事故車の使用につき一日三〇〇円位の割合による金員を支払うことを約した。
(3) しかして、その後被告曾根において事故車を使用していたが、事故車はブレーキが効きにくく、タイヤも摩耗していたほか前照灯の光力も弱くラヂエーターの水洩れが甚しい等整備不良の状態であつたので、事故車を運転していた被告岡は、本件事故発生の数日前、被告会社守口営業所の係員に対しこのままでは危いので修理してほしい旨申入れたが、同係員からはもうしばらくそのまま乗つていてほしいと云われ修理には応じて貰えなかつた。
(4) なお、右事故車の貸借にあたり、被告会社係員から被告曾根に対し「安全と破損の防止に気をつけてほしい」旨の申し入れがなされた。(〔証拠略〕)
(5) 以上認定の事実に照らし考えるに、被告会社は、元来、事故車の所有者としてこれを管理、支配し自己の意思によつて自由に処分ないし利用し得る立場にあつたと云うべきところ、被告会社は前示の如くこれを被告曾根に貸与したのであるが、右貸与は被告曾根が被告会社から中古車を購入した顧客であつたが故に被告会社の営業に附随するサービスの一環としてなされたものにほかならず、(〔証拠略〕)、その目的ないし期間も被告会社が売却した中古車の車検、登録等の手続が済むまでと云う限られたものであつて被告会社において右売却車を引渡すか事故車に代る車両を提供すればいつでもその返還を求め得る関係にあつたと推認されることに徴すれば、被告曾根に対し事故車を貸与し使用せしめること自体、いわば被告会社自身による事故車の用益的利用の一形態たる域を出なかつたとも云い得べきである。
(6) しかも、前記の如く被告岡が本件事故発生の数日前、事故車の修理を申入れたのに対し被告会社の係員が被告曾根の方で修理、整備すべきものであるとは云わずしばらくそのまま乗つていてほしい旨応答していることは、前記貸与期間中にあつても事故車の修理、整備については依然として被告会社がその負担と責任においてこれをなすべき立場にあつたことを推認せしめるものであり、少くとも、被告会社はかかる立場にあるものとして被告曾根の事故車の使用について一定の条件を附するなどして支配を及ぼし得べき関係にあつたものと云うべく、更に、被告会社が右貸与に対し一日三〇〇円位の割合で対価を得ていたことに照らすと、被告会社は、事故車の所有者として自から選択、決定した前示事故車の利用形態からみて一般的、客観的に許容されていたと認められる範囲内の運行に関してはなお支配を失わずかつ利益を享受していたものと認めるのが相当である(なお、証人鈴木は、右金員は事故車の使用に対する対価ではなく一部未払であつた事故車の自賠費保険料を日割計算によつて被告曾根から徴収したものであると云うが、同人自身の証言によるも貸与当初には一日三〇〇円位の割合で金員を徴することを約したのみで右金員を保険料として徴するものとは説明しておらず、事故発生後に至つて始めて右金員は上記の如き趣旨で徴するものである旨説明したことが窺われ、かかる事実や証人芝池の証言および被告岡の供述に照らすと、証人鈴木の前記供述部分は措信できない)。
(7) しかるところ、本件事故が、被告岡が被告曾根ととも仕事の注文をとりに行つた帰途に発生したものであることは前示のとおりであるから、右は前記利用形態から当然予想された範囲内の運行によるものと云うべく、被告会社は運行供用者としての責任は免れない。
二、損害の発生
(一) 逸失利益
亡保子は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。
右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
原告ら主張のとおり。(〔証拠略〕)
(2) 収入
給与、月額二一、五〇〇円(本俸一九、五〇〇円、手当二、〇〇〇円)。亡保子が原告ら主張の如き賞与を得べかりしものと認めるに足る証拠はない。(〔証拠略〕)
(3) 生活費
右収入の五割程度と認めるのが相当。(〔証拠略〕)
(4) 純収益
右(2)と(3)の差額、年間一二九、〇〇〇円。
(5) 就労可能年数
事故当時の年令、二三年八月(被告曾根、同岡との間では争いがない)。
平均余命、四九・五三年(前同)
右平均余命の範囲内で、少くとも五五才まで三一年間は就労可能。(〔証拠略〕)
(6) 逸失利益額 二、三七六、三六〇円
(イ) 亡保子の前記就労可能期間中に生ずる損害の事故時における現価は金二、三七六、三六〇円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、年毎年金現価率による、但し、円未満切捨)、(註)参照。
一二九、〇〇〇円×一八・四二一四=二、三七六、三六〇円
(ロ) 退職金喪失による損害 不認容
立証なし。(註)参照。
(註)
(1) 原告ら主張の逸失利益は、亡保子が前記会社へ五五才の停年時まで継続して勤務することを前提として算定されたものであるが、原告信忠の供述によると、亡保子は結婚すれば前記会社を辞めて家庭に入るつもりでいたものと認められるので、原告ら主張の逸失利益をそのまま肯認することはできない。
(2) 元来、現実に就労し稼働している者が死亡ないし受傷した場合、その者が就労し得たであろう期間中に得べかりし収入の喪失ないし減少を損害とみてこれに対する賠償を認めるのが最も簡明、直截であるが、幼児や主婦の如く現実に就労、稼働していない者については、その者が心身の健全な通常人としていわゆる稼働能力を有するものと認められる限り、その能力の喪失ないし減少自体を損害とみてこれに対する賠償を求め得るものと解すべく、その損害の数額については、その者が必要に応じ稼働能力を働かせ就労したならば取得し得たであろう賃金等の収益を基礎として評価、算定するのが相当である。
(3) しかるところ、亡保子の場合、事故当時現実に就労、稼働していたのであるから、少くとも同女が結婚、退職するに至るまでの期間については前記得べかりし収入の喪失による損害を、また、退職後については上述の如き稼働能力の喪失による損害を肯認すべきであり、その数額については、前記就労時の収入を基礎とし、同女が満五五才に至るまでの前示期間を就労可能期間として評価、算定するのが相当である。
(4) そうすると、亡保子が就労し得なくなつたことによる損害は、結局、前記算式により算出されることになり(後記(5)参照)、原告が主張する逸失利益の賠償請求には右の如き意味での損害の賠償を求める趣旨をも含むものと解するのが相当である。
(5) なお、原告らは、亡保子の退職金喪失による損害の賠償をも請求するが、亡保子が五五才まで前記会社に継続勤務すると認め得ないことは前記のとおりであり、かつ、前記会社における退職金支給の有無ないし右算定の基礎となる昇給率および退職金支給率についてもこれを認めるに足る証拠はなにもなく、右請求は理由がない。
(6) よつて、前示の限度で認容する。
(二) 葬祭関係費
原告信忠はその主張のとおりの費用を支出したものと認められるが、本訴において請求する残額のうち、被告らに対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは金一〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。(〔証拠略〕)
(三) 精神的損害(慰謝料)
亡保子 一、五〇〇、〇〇〇円
原告信忠 五〇〇、〇〇〇円
原告佐喜子 五〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 本件事故の態様。
(2) 亡保子の年令と原告らとの身分関係。
(四) 弁護士費用
原告信忠は、その主張の如き債務を負担したものと認められる。
しかし本件事案の内容、審理の経過、前記の損害額に照らすと、被告らに対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは、金四〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。(〔証拠略〕)
四、権利の承継
原告主張のとおり。(〔証拠略〕)
五、過失相殺
被告曾根、同岡らは、亡保子が地下鉄工事の人夫にひやかされ一目散に走つていたことをあげて過失相殺を主張するところ、被告岡の供述中には右主張にそう部分があるが、たとえ、当時亡保子が右被告らの云うように走つていたとしても、横断歩道上でありしかも当時亡保子の進行方向の信号が青であつたことおよび被告岡の前記過失と対比すればこれをもつて過失相殺に供すべき過失とは認め難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。
六、損害相殺
原告ら主張のとおり。(〔証拠略〕)
七、本件認定損害額
(一) 原告信忠
(1) 亡保子の相続分 一、一八八、一八〇円
亡保子の逸失利益額二、三七六、三六〇円と慰謝料一、五〇〇、〇〇〇円合計三、八七六、三六〇円から自賠法による保険金一、五〇〇、〇〇〇円を控除した残額の二分の一。
(2) 葬祭関係費 一〇〇、〇〇〇円
(3) 固有の慰謝料 五〇〇、〇〇〇円
(4) 弁護士費用 四〇〇、〇〇〇円
合計 二、一八八、一八〇円
(二) 原告佐喜子
(1) 亡保子の相続分 一、一八八、一八〇円
原告信忠に同じ
(2) 固有の慰謝料 五〇〇、〇〇〇円
合計 一、六八八、一八〇円
第五結論
被告らは、各自、原告信忠に対し金二、一八八、一八〇円、原告佐喜子に対し金一、六八八、一八〇円および右各金員に対する昭和四二年二月四日(本件訴状送達の日の翌日)から、それぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 上野茂)