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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2525号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕 第三原告三名の請求原因

一、傷害交通事故発生

と き 昭和四一年五月九日午後七時三〇分ごろ

ところ 兵庫県多紀郡丹南町南町東吹字行石坪三三〇番地先県道上

事故車 ダンプ型大型貨物自動車(兵一り五〇一一号)

運転者 被告垣内

受傷者 原告良雅(自転車乗用中、当時一五才)

態 様 東進中の事故車荷台右前部の足掛けが西進中の原告良雅の自転車右ハンドルに接触し、ために車もろとも転倒した同原告が受傷した。

二、被告三名の責任原因

(1)被告会社(自賠法三条、民法七一五条)

(2)被告中沢(右同)

(3)被告垣内(民法七〇九条)

被告会社は土木建築業を営むもの、被告中沢は同会社の専属土砂運搬業を営むもの、被告垣内は被告中沢に雇われ土砂運搬に従事する自動車運転手であるところ、被告垣内は被告会社および被告中沢の右事業のため、被告中沢所有の事故車(車体側面に大日本建設株式会社と表示してあつた)を運転し時速約五〇キロメートルで東進中、前方同方向に進行中の乗合自動車を追い越す際、前方注視義務を怠りかつハンドルの操縦を誤つた過失により、同乗合自動車前方を西進中の原告良雅の自転車と接触したものである。

三、原告三名の損害

(1)原告良雅の受傷部位・程度

右肩峰突起骨折、右手掌挫創、第七頸椎右横笑起骨折、右第一肋骨々折等の傷害を受け、事故当日から同年七月三一日まで国立篠山病院に入院加療、引き続いて翌四二年三月一〇日まで関西労災病院に入院加療をしたが、なお後遺症として右上腕神経叢不全麻痺、右僧坊筋三角筋萎縮、右肩部知覚障害等により、右上肢挙上障害および筋力低下等の永久障害を残した。

(2)数額

(イ)原告良雅 合計一、八七〇、七九一円

(A)治療費 計二三二、六二五円

国立篠山病院支払分 六〇、九六八円

関西労災病院支払分 一七一、六五七円

(B)国立篠山病院入院中付添費 三四、四〇〇円

(C)入院時支出分計二、〇四〇円

1付添人敷布一枚 四〇〇円

2寝台上敷一枚 三八〇円

3病人用パジャマ二枚 一、二六〇円

(D)退院時支出分 計五一、五二〇円

1学友に対する内祝 一、六〇〇円

2右同 二、六〇〇円

3隣人に対する内祝 三、七二〇円

4右同 一一、二五〇円

5学校の先生に対する内祝二、二五〇円

6父の会社同僚に対する内祝 五〇〇円

7国立篠山病院付添医師に対する謝礼 二、八〇〇円

8関西労災病院看護婦一同に対する謝礼 一、五〇〇円

9右病院医師に対する謝礼二、〇〇〇円

10右同 一、〇〇〇円

11右病院婦長に対する謝礼 七〇〇円

12右同 七〇〇円

13ギプス代金 二〇、九〇〇円

(E)事故当時の所持品の損害 計三一、五〇〇円

1時計修理代 五〇〇円

2右時計修理不能のため取換え追銭 八、〇〇〇円

3乗用自転車損害 二三、〇〇〇円

(F)関西労災病院入院中原告仙太郎が月一回見舞いに行く自動車賃(一回五〇〇円×八) 四、〇〇〇円

(G)右病院に原告千代子が月一回見舞いに行く自動車賃(一回二五〇円×八) 二、〇〇〇円

(H)国立篠山病院入院中家族が同病院に付添いまたは見舞いのために往復バスで一日一回行つた交通費(一回一〇〇円として、五月中一八回、六月中二〇回、七月中一五回計五三回分) 五、三〇〇円

(I)一年間休学するのやむなきに至つたため、昭和四一年四、五、六月分の授業料、育友会費等三ケ月分 六、三七〇円

(J)右休学のために教科書を新しく買い入れた代金 一、〇三六円

(K)慰謝料一、五〇〇、〇〇〇円

県立篠山産業高校に入学し、新入一年生として通学を始めてまもなく本件被害を受け、一年休学のやむなきに至り、かつ終生の運動障害の後遺症を受けたもので、将来学業、就職、結婚等に重大な支障をこうむるものである。

(ロ)原告仙郎、同千代子(慰謝料) 各三〇〇、〇〇〇円

(A)原告仙太郎は原告良雅の実父として今西林業合資会社出張所長として月収約五〇、〇〇〇円を受け、原告千代子は原告仙太郎と昭和一四年一二月六日結婚し、長女玲子は県立鳳鳴高女卒業後他家に嫁入りし、長男裕廸は県立篠山産業高校卒業後現在丹南町役場に勤務中であり、次女真智子は県立鳳鳴高校卒業後宝塚市の福田病院に勤務中であり、次男原告良雅は本件被害者であるが、家庭円満でその子女にはいずれも相当の教育をなしている。

(B)本件事故被害の発生後は父母として非常な心痛をなし、寝食を忘れて付添看護につとめ、前記損害以外の幾多の支出や損害を受けたものである。<以下中略>

第八当裁判所の判断

一、傷害交通事故発生

請求原因一項の事実は、原告三名と被告中沢、同垣内間において争いがなく、被告会社において明らかに争わないので自白したものとみなす。

二、被告三名の責任

(1)被告会社(無責)

<証拠>によると、つぎの事実が認められ、反対の証拠は信用しない。

(イ)被告会社は道路のアスファルト舗装請負業者であり、被告中沢は土砂等の運送業者(無免許)で被告垣内を自動車運転手として雇用している。

(ロ)被告中沢は昭和三五、六年ごろまで兄潔のもとで土砂運送業を営み、被告会社からアスファルト等の運送を優先的に下請けしていた。その後まもなく被告垣内らを雇用して独立し、被告会社の専属的運送下請業者のような形をとるに至つたが、独立した事務所はなく日ごろから被告会社宝塚出張所の一部に居住し同所を連絡場所とし、自己所有のダンプカー二台(うち一台が本件事故車)の車体には被告会社の了解のもとに被告会社名を表示し、これを右出張所敷地内に保管しており、被告会社から下請けした運送については同社の係員から直接指揮監督を受ける立場にあつた。しかし、被告会社の仕事量は季節により変動があつたので、暇なときには被告中沢において同社以外から注文を受け、ダンプカーを各運転手の自宅に持ち帰らせて運送業務に従事せしめることもあつた。

(ハ)本件事故当時は、たまたま被告会社からの注文がとぎれていたので、被告中沢において被告垣内の親せきにあたる業者から三田市の農業高校のグランド整地工事を約一週間の約束で請け負い、本件事故車の専属運転手被告垣内に命じ土砂の運搬をさせていたものであるが、被告垣内が当日の運搬を終え事故車を運転して帰宅の途中本件事故を発生させた。

以上認定の事実にもとづき、被告会社が本件事故につき自賠法三条もしくは民法七一五条の責任主体にあたるかどうかにつき判断するに、被告中沢は形式上は独立した運送業者であるけれども、被告会社宝塚出張所の一部を連絡場所とし、もつぱら被告会社からの注文を受け車体に被告会社名を表示したダンプカーで土砂等の運搬をなし、しかもその場合には同社の係員から直接指揮監督を受ける立場にあつたのであるから、被告会社と被告中沢の関係を実質的に観察すると、被告中沢は被告会社から下請けした運送に従事する限度において、同社の被用者と同視しうる立場にあつたものといわなければならない。しかしながら、本件事故は被告中沢が他の業者から約一週間の約束で仕事を請け負い、雇用運転手被告垣内をして土砂の運搬にあたらせ、同垣内が当日の仕事を終えて帰宅する途中において発生したものであるから、被告会社は当時における被告垣内の事故車運転行為に対し、直接間接いずれの指揮監督権も及ぼしうる立場になかつたというべきである(最判昭和三七年一二月一四日・民集一六巻一二号二三六八ページ、東地判昭和四一年七月三〇日判例タイムズ一九四号一五九ページ参照)。

とすると、被告会社は本件事故に関し、自賠法三条もしくは民法七一五条にもとづく損害賠償責任を負うものではないといわなければならない。

(2)被告中沢(自賠法三条、民法七一五条)

前認定の事実ならびに被告垣内の後記過失。

(3)被告垣内(民法七〇九条)

<証拠>によると、被告垣内は事故車を運転し幅員九メートル東西車道を時速約五〇キロメートルで東進中、先行する乗合自動車を車道右側に出て追い越した直後、右前方約五〇メートルの道路右側を高校生中西満および原告良雅が自転車を操縦して対向西進してくるのを認めたが、かかる場合自動車運転者としては道路左側に進路を移すはもちろん、対向自転車の動向を注視し安全にすれ違うに十分な間隔を保持して進行すべき注意義務があるのに、無事すれ違いうると軽信し前方注視を欠きそのままの進路で右側を進行した過失により、原告良雅の自転車との距離が約二〇メートルになつたとき、同原告が車道右端より約二メートル内側を進行してくるのを発見し、衝突の危険を感じ急停車の措置をとり左にハンドルを切つたが及ばず、自車荷台右前部の足掛けを原告良雅の自転車ハンドル付近に接触させてこれを転倒せしめ、本件事故を発生させたことが認められる。

三、原告三名の損害

(1)原告良雅の受傷部位・程度

原告ら主張のとおり<証拠略>。

(2)数額

(イ)原告良雅 合計一、八四六、〇八一円

(A)治療費 二三二、六二五円

原告良雅主張のとおり<証拠略>。

(B)国立篠山病院入院中付添費 三四、四〇〇円<証拠略>。

(C)入院時支出分 二、〇四〇円

原告良雅主張のとおり<証拠略>。

(D)退院時支出分二九、六〇〇円

原告良雅主張のうち7ないし18<証拠略>。1ないし6の内祝は通常患者が治療中に贈られた金品の範囲内でその返礼としてするものであるから、右贈与金品による利益を考慮すると、右内祝の出費を損害とみなすのは相当でない。

(E)事故当時の所持品の損害 三一、五〇〇円

原告良雅主張のとおり<証拠略>。

(F)(G)(H)の交通費一一、三〇〇円

原告良雅主張のとおり<証拠略>。

(I)一年間休学するのやむなきに至つたため、昭和四一年五、六月分の授業料、育友会費等二ケ分 三、五八〇円

<証拠略>昭和四一年四月分は事故前のものであるから損害とは認められない。

(J)右休学のために教科書を新しく買い入れた代金 一、〇三六円<証拠略>。

以上の甲号各証は、いずれも原告仙太郎本人尋問の結果により成立を認める。

(K)慰謝料一、五〇〇、〇〇〇円

前記受傷部位・程度、後遺症のほか、<証拠略>により認められる左記各事実をしんしやくした。

1原告良雅は事故当時県立篠山産業高校電気科に入学し通学を始めてまもなく本件事故にあつて一年間休学のやむなきに至つたこと。

2右肩の運動制限は前挙一二〇度、側挙八五度、後挙四〇度程度であり、右手握力も左手に比しかなり弱い(右二七キロ、左四七キロ)ため、事故前入部していた野球部に復帰することができなくなつた。しかし、生来の運動好きであるため、昭和四二年一〇月ごろから陸上競技部に入部していること。

3右のような後遺症は学業面にも悪影響を及ぼし、電気の配線などをするのに不便を感じており、将来の就職、結婚等に支障が予想されること。

4原告良雅は本件事故当時自転車を操縦し車道左端に寄らず約二メートル内側を西進中であり、しかも前方から車道中心線を越えてきた事故車を避けようとしなかつたこと。

(ロ)原告仙太郎、同千代子(慰謝料) 各二〇〇、〇〇〇円

右原告両名主張どおりの事実が認められる<証拠略>。しかして、原告良雅は前記のとおり通常人の身体に比較すると多くの障害があり、父母として将来の良雅の身のふり方などにつき今後ともその精神的苦労が絶えないであろうことが認みられる。そうであれば、原告仙太郎、同千代子の父母としての精神的苦痛は、本件事故によつて良雅の生命が侵害された場合のそれに比し、いちじるしく劣るものではないということができるから、右原告両名に自己の権利として慰謝料請求権を認めるべきであり、その額は原告良雅の前記慰謝料額等を勘案すると、各二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認められる。(谷水央)

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