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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)315号 判決 1972年3月27日

原告 株式会社大阪相互銀行

右訴訟代理人弁護士 松田光治

同 松田定周

被告 増本フサヨ

被告 橋本一義

右両名訴訟代理人弁護士 河合伸一

同 陶山三郎

同 岸田功

被告 木俣清

被告 谷木光正

被告 日下美輝

右三名訴訟代理人弁護士 阪口繁

右訴訟復代理人弁護士 川上忠徳

被告 増本卓三

主文

一、被告増本フサヨ、同橋本一義は各自原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四二年二月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告木俣清、同谷木光正は各自原告に対し金六九万二、四二〇円を支払え。

三、被告日下美輝は原告に対し金六九二万四、二〇五円を支払え。

四、被告増本卓三は原告に対し金三、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四二年一二月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五、原告の被告増本フサヨ、同橋本一義、同木俣清、同谷木光正および同日下美輝に対するその余の請求を棄却する。

六、訴訟費用は、原告と被告増本フサヨ、同橋本一義との間においては、原告に生じた費用の八〇分の三を右被告らの負担とし、右被告らに生じた費用の一〇分の九を原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告木俣清、同谷木光正との間においては、原告に生じた費用の八〇分の一を右被告らの負担とし、右被告らに生じた費用の一〇分の九を原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告日下美輝との間においては、原告に生じた費用の八分の一を右被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告増本卓三との間においては、原告に生じた費用の八分の三を右被告の負担とし、その余は各自の負担とする。

七、この判決の第一項は一〇〇万円、同第二項は二〇万円の各担保を原告がたてたときそれぞれ仮に執行することができる。

事実

<全部省略>

理由

第一、原告の被告増本フサヨ、同橋本一義に対する請求について

一、<証拠>によると、被告増本卓三は昭和二六年四月原告銀行に入社し、昭和三七年五月一五日から昭和三九年七月六日まで北支店長として、昭和三九年七月七日から本店第一部副部長として勤務していたことが認められる。そしてその間の昭和三七年五月七日被告増本フサヨ、同橋本一義が原告銀行との間で「被告増本卓三が在職中に不注意または不正の行為により原告銀行に損害を与えた場合は、爾後五年間を限り、身元保証人らにおいて本人と連帯し、保証人間においても連帯して損害を賠償する。」という旨の身元保証契約を締結したことは当事者間に争いがない。

二、<証拠>によると次の事実が認められる。

1、原告銀行の支店長は、信用貸付の場合には給付貸付二〇万円、割引貸付五〇万円の限度で、不動産担保貸付、有価証券担保貸付および信用保証協会保証貸付の場合には給付貸付一〇〇万円、割引貸付二〇〇万円の限度で、ただし優良取引先についてはこれらにかかわらず原告銀行の承認した割引極度額の限度で、また預金担保貸付の場合には預金額の限度で、融資専決権限を与えられていた。

2、しかるに被告増本卓三は、昭和三七年五月末頃から昭和三九年七月頃までの間、北支店長として大宮製作所に対し、右の融資専決権限の範囲外であるにもかからず、本店の決裁を経ずに、総額八、五九五万円の手形貸付をした。この手形貸付をするにあたって、被告増本卓三は原告銀行が多数の預金者から架空人名義でなされた預金証書の保管を委ねられていることを奇貨として、架空名義人に対し当該預金証書を担保として手形貸付をするという形態をとり、その貸付金を大宮製作所に交付した。右の手形の大半は累次書替がなされたが、事件発覚後、あわせて一通の約束手形(額面八、五九五万円、支払期日昭和四〇年二月二八日、支払地および振出地大阪市、振出日昭和四〇年一月二二日、振出人大宮製作所、受取人原告銀行)に書き替えられた。

3、また被告増本卓三は本店第一部(人事部)副部長になった後、当時九条支店長だった被告日下美輝に対し「大宮製作所が不渡を出したが、手形を買い戻すことができないので融資してやってくれ。同製作所には原告銀行前常務の土井がいるし、担保一切は自分が握っているから心配しなくてよい。私が責任をもって処理する。大宮製作所の名前を出さず預金担保の形式で貸し付けておけ。」などといって大宮製作所に対する融資を依頼した。そこで被告日下美輝は昭和三九年七月頃から昭和四〇年一月頃までの間大宮製作所に対し、融資専決権限の範囲外であるにもかかわらず、本店の決裁を経ずに、総額八、七三〇万円の手形貸付をした。この手形貸付にあたっても多数の預金者から保管を委託されている架空人名義の預金証書を担保として当該架空名義人に対し手形貸付をするという形態をとり、その貸付金を大宮製作所に交付した。右の手形の大半は累次書替がなされたが、事件発覚後、あわせて一通の約束手形(額面八、七三〇万円、支払期日昭和四〇年二月二八日、支払地および振出地大阪市、振出日昭和四〇年一月一九日、振出人大宮製作所、受取人原告銀行)に書き替えられた。

4、そして、大宮製作所は、右最終の約束手形二通の支払期日である昭和四〇年二月二八日を経過しても右貸付金の弁済をしなかった。

以上の認定を動かすに足る証拠はない。

三、そうすると被告増本卓三は北支店長当時単独で、本店第一部副部長当時被告日下美輝と共謀して、いずれも大宮製作所に対し権限を踰越した違法な貸付を行い、弁済期に各貸付金の返済を受けられなかったことにより、原告銀行に各貸付金に相当する損害を与えたといわなければならない。

四、<証拠>によると次の事実が認められる。

原告銀行はかねて大宮製作所と銀行取引があり、これにより生じた債権を担保するため大宮製作所、細谷武(同製作所代表取締役)などとの間でその所有にかかる別紙目録記載の物件などにつき根抵当権設定契約および代物弁済予約を締結していた。そして原告銀行は本件貸付のほか大宮製作所に対し千林支店を通じて昭和三八年七月三〇日五、五〇〇万円、昭和三九年一二月三一日四、七〇〇万円を貸し付けたが、前者の元本に一、〇〇〇万円の内入弁済があったのみでそれぞれ昭和三九年一二月二三日、昭和四〇年一月九日の経過をもっていずれも債務不履行となり、本件不正貸付についても前記のとおり昭和四〇年二月二八日を徒過したのに返済を受けられなかった。そこで原告銀行は大宮製作所に対し昭和四一年二月二日付書面(同月五日到達)で銀行取引を解約するとともに前記金員を同月一〇日までに支払うよう催告した。その後原告銀行は大宮製作所および細谷武に対し昭和四一年一〇月一二日付書面(翌一三日両者に到達)でその所有にかかる別紙目録記載の物件を総額一七、二五〇万六、〇〇〇円と評価のうえ、これに対する代物弁済予約を完結する旨通知し、弁済充当については、同書面および昭和四二年二月二八日付書面(大宮製作所には同年三月一日、細谷武には同月二日各到達)で千林支店扱の昭和三八年七月三〇日付消費貸借に基づく貸付金銭元本に一、〇二五万六、五八一円、同支店扱の昭和三九年一二月三一日付消費貸借に基づく貸付金元本に四、七〇〇万円、九条支店扱の昭和四〇年一月一九日振出約束手形貸付金八、七三〇万円の元本に八、七三〇万円、北支店扱の昭和四〇年一月二二日振出約束手形貸付金八、五九五万円の元本に二、七九四万九、四一九円を各充当する旨連絡した。また大宮製作所が原告銀行に三、六八五万九、四八八円を預金していたので、原告銀行は大宮製作所に対し昭和四一年三月九日付書面(同月一二日到達)で同月五日をもって右預金のうち三、六八〇万六、六四三円を千林支店扱の昭和三八年七月三〇日付消費貸借による残元本、右の遅延損害金および立替費用と対当額において相殺および質権の実行をし、昭和四二年一〇月一二日付書面(翌一三日到達)で同年九月三〇日をもって預金残額五万二、八四五円を北支店扱の昭和四〇年一月二二日振出約束手形貸付金八、五九五万円の残元本と対当額において相殺する旨通知した。なお原告銀行と大宮製作所、細谷武との間にはあらかじめ弁済充当および相殺充当については原告銀行においてこれを指定できる旨の特約が結ばれていた。

右認定を動かすに足る証拠はない。

五、そうすると原告銀行が被告増本卓三の本件不正貸付によって蒙った損害は、右代物弁済および相殺により受けた利益と相殺し、金五、七九四万七、七三六円となる。

六、被告増本フサヨ、同橋本一義は原告銀行の大宮製作所およびその根連帯保証人からの債権の回収が不可能に帰したことが明らかでない以上、いまだ損害は発生していない旨主張するが、前記のとおり、原告銀行は被告増本卓三、同日下美輝の違法な貸付にもとづき、弁済期に右貸付金の弁済を受け得なかったことにより、貸付金相当の損害を受けたものと解するのが相当であり、したがって大宮製作所およびその根連帯保証人から現実に弁済等を受けた場合に前記のような損益相殺の問題が生ずるのは格別、これらの者から債権を回収する手段をとらなくても、右損害の発生に消長をきたすものではないから、右主張は失当である。

七、同被告らは原告銀行が代物弁済によって取得した物件を換価すれば大宮製作所に対する債権を回収できるのにこれをしていないからいまだ損害を受けたとはいえない旨主張するが、抵当権設定契約と代物弁済予約があわせて締結された場合の予約完結権行使後の清算方式としては、目的物件を原価処分しこれによって得た金員から債権の優先弁済を受けるという方法のほか、目的物件を適正に評価してその所有権を取得し、右評価額が自己の債権額を超えるときはその差額を債務者に返還するという方法も許されると解するのが相当である(最高裁判所昭和四五年三月二六日判決・判例時報五九〇号三七頁参照)ところ、原告銀行は前記のとおりすでに昭和四一年一〇月一三日をもって右後者の方法によって清算したのであるから、もはや取得物件を換価処分すべきいわれはなく、したがって右主張も失当である。

八、同被告らは原告請求の日歩五銭の割合による遅延損害金は銀行の貸出金利を上回るので本件不正貸付と相当因果関係がない旨主張するが、前記のように原告銀行の損害は右の遅延損害金を控除しても本訴で請求している三、〇〇〇万円を超えるのであるから、この点は原告の請求を左右するものではない。

九、同被告らは本件手形貸付および手形書替時に収受した手形期間中の利息は本件不正貸付により得た利益として損益相殺されなければならない旨主張する。<証拠>によると右利息は日歩一銭五厘ないし二銭八厘であるが、これは原告銀行の通常の金利であることが認められる。そうすると融資を常務としている原告銀行としては本件不正貸付がなくても他に貸し付けるなどして右相当額の利息を収受しえたことは通常予想されるところであって、原告銀行が本件不正貸付により特別の利益を得たとはいえないし、その後弁済期に至って右貸付金の弁済を受けられなかったことにより、損害を被ったのであるから、原告銀行の得た右利息は損益相殺の対象となるべき利益にはあたらないといわなければならない。

一〇、同被告らは代物弁済予約完結により取得した物件の評価額は被告増本卓三の北支店での不正貸付額と被告日下美輝の九条支店での不正貸付額とに等分または按分して弁済充当されなければならない旨主張するが、前記のとおり代物弁済をした大宮製作所、細谷武と原告銀行との間にあらかじめ弁済充当および相殺充当については原告銀行においてこれを指定できる旨の特約が結ばれており、原告銀行はこの特約に基づいて充当したのであるから、本件充当はなんら違法ではなく、したがって右主張は採用できない。

一一、右のとおり被告増本フサヨ、同橋本一義は被告増本卓三の身元保証人として原告銀行に損害を賠償する責任があるので、その額を定めるにつき斟酌すべき事情を検討することとする。

<証拠>によると次の事実が認められる。

1、被告増本卓三は原告銀行の取引先である大宮製作所の倒産を救うために本件貸付をはじめ、以後これに引きずられて深みに落ちこんだものであって、その間何らの不正利益を受けなかった。

2、原告銀行検査部の支店に対する定期的な業務検査は行われていたものの、不完全かつ、不徹底で所要の書類が備わっているか否かだけを調べるにとどまり、それら書類の内容を点検して真実の預金者が担保提供したものか否かなどを調査しなかったため、不正の発見が遅れ、また不正発見後もこれを軽視して即時適切な追及手段をとらなかった。

3、本件のような不正貸付があれば預貸率が悪化し、ことに北、九条支店の資金量からみてその悪化の程度は顕著だったはずであるから、異常なことと気付いて原因の解明がなされなければならないのに、原告銀行においては右発見の努力を怠った。

4、銀行職員が預金者から預金証書や印鑑を預ることは不正の温床であるということがかねてから指摘され、原告銀行においても一応これを禁止していたものの、何ら実効のある防止手段をとらず、検査の際もその調査をしないばかりか、むしろ預金証書や印鑑を預っていることが判明しても不問に付していた。

5、一般の相互銀行においては支店長には入行以来相当年月を経過し人物性格能力が十分わかって信頼できる行員を選任しており、支店長の過ちについてはこれを信頼した銀行の責任に属するとの考えから身元保証を求めていないのが通例であるが、原告銀行は被告増本卓三入行後一〇年以上も経ってその人物性格能力を熟知し信頼して北支店長に任命したのに、その直前に従前の身元保証を更新し本件身元保証とした。

6、原告銀行は被告増本卓三の原告銀行における地位、職務内容が変更されたことにつき身元保証人に通知をしなかった。

7、被告増本卓三が昭和二六年同志社大学を卒業して原告銀行に入社するにあたり、新入社員はすべて身元保証書を提出しなければならないというので、就職に伴うごく普通の手続として、同被告の父親(その死亡後は同被告の母親の被告増本フサヨが継承)と姉婿の被告橋本一義が保証の意義を深く認識することなく身元保証をし、その後何回かこれを更新して本件身元保証に至ったもので、更新の都度保証の意識は薄れていった。

8、被告増本卓三は昭和三〇年結婚して間もなく親と別居独立したが、それ以来親元へ帰参するのは年に二回程度であり、その生活はもっぱら原告銀行と自身の家庭とにおいて行われていた。このため被告増本フサヨ、同橋本一義は被告増本卓三の職務内容について特に聞くこともなく、支店長への昇進も事後報告を聞く程度であって、被告増本卓三の行動を監督するとか注意するとかいうことは非常に困難であった。

9、被告増本フサヨは無資力な老寡婦であり、被告橋本一義は一介のサラリーマンであって何らの資産も有しない。

右認定を動かすに足る証拠はない。

なお被告増本フサヨ、同橋本一義は本件不正貸付については支店の役席者全員が承知のうえ協力していた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

一二、以上の諸事実を総合して判断すると、被告増本フサヨ、同橋本一義の原告銀行に対する身元保証契約上の賠償義務の範囲は、右被告両名が連帯して原告請求額の一割にあたる三〇〇万円の支払をすることをもって足るものというを相当とする。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 山崎末記 山田利夫)

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