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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4541号 判決 1968年12月24日

原告

高島高助

被告

西田運送店

ほか二名

主文

一、被告らは、各自、原告に対し金二、四六七、二四九円および右金員に対する昭和四三年五月二二日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告のその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用はこれを四分しその一を原告の、その余を被告らの負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一、但し、被告らにおいて共同して原告に対して金二、〇〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の申立

被告らは、各自、原告に対し金三、五八八、四八三円および右金員に対する昭和四三年五月二二日(本件訴状送達以後の日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二争いのない事実

一、本件事故発生

とき 昭和四一年一〇月八日午後一時五五分ごろ

ところ 八尾市大字弓削四二二番地先、国道二五号線横断歩道上

事故車 普通貨物自動車(神戸一か八二〇号)

運転者 被告築本

受傷者 原告

態様 原告が右横断歩道上を東から西へ横断中、同所を北進してきた事故車に接触されて転倒し負傷した。

二、事故車の運行供用

被告西田は事故車を所有し自己の運送営業のために使用し運行の用に供していた。

三、損益相殺

原告は後記の損害に対し自賠法による保険金二三五、三八六円の支払を受け、これを左のとおり充当した。

(1)  治療費に一一、七〇〇円。

(2)  休業期間中の逸失利益三〇〇、〇〇〇円の内金に二二三、六八六円。

第三争点

(原告の主張)

一、責任原因

被告らは、各自、左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

(一) 被告西田

根拠 自賠法三条

該当事実 前記第二の一、二の事実

(二) 被告築本

根拠 民法七〇九条

該当事実 被告築本には前側方不注視、徐行義務違反の過失があつた。

(三) 被告会社

根拠 自賠法三条、民法七一五条

該当事実 左のとおり。

(1) 被告会社は、その専属下請人たる被告西田に自社の紙工品を輸送させていたものであり、本件事故当時被告築本は被告西田の従業員として事故車を運転していた。

(2) 事故車車体には被告会社名が大書してあり事故車が被告会社の利益のためその支配下に運行されているものであることを公示しているのみならず、被告西田が使用する名刺にも冒頭に大きく「大昭和紙工製造株式会社専属」と印刷され、被告西田の保有車運行は専ら被告会社の利益のため同社の支配下になされるものであることを表示している。

(3) したがつて、被告西田の保有する車の運行が主として被告会社の利益のためその支配下になされるものであることは明らかであり、被告会社は事故車の運行供用者として、仮りにしからずとするも使用者として、本件事故の責任を負担すべきである。

(4) 近年交通事故による民事責任の追及が厳になつたところから、資力ある親会社がその責任を潜脱する手段として運送部門を資力の無い所謂「裸の企業」に下請させ、実質的には自社保有車によると同一の運行利益を享受しながら、一度事故が発生した場合には「単に運送を依頼したに過ぎない」との口実のもとに責任を回避しようとする傾向が顕著であるが、法網を脱れて恥なきかかる手段の容認されないことは勿論である。

二、損害の発生

(一) 受傷

傷害の内容

右側頭部挫創、右肋骨第七より第一一まで五本骨折。

(二) 療養関係費

原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。

治療費 一一、七〇〇円

(三) 逸失利益

原告は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

右算定の根拠は次のとおり。

(1) 職業

事故前、貝釦製造工程のうちブウチをしていたが、

事故後ブウチができなくなり貝切りに転業。

(2) 収入

(イ) ブウチに従事した場合

月額六二、五〇〇円(日収二、五〇〇円、一ケ月二五日稼働)

(ロ) 貝切りに従事した場合

月額七、〇〇〇円(日収二八〇円、一ケ月二五日稼働)

(3) 休業期間(昭和・年・月・日)

自四一・一〇・八―至四二・二・二八

(4) 労働能力、収入の減少ないし喪失

昭和四二年三月一日以降、貝切りの仕事に従事しているが、ブウチの仕事に従事していた場合に比し月額五五、五〇〇円(六二、五〇〇円―七、〇〇〇円)の減収となつている。

(5) 就労可能年数

事故当時の年令六〇年

原告はその余命の範囲内で少くとも昭和四六年四月三〇日までは就労可能

(6) 逸失利益額

(イ) 前記休業期間中の逸失利益額は金三〇〇、〇〇〇円。

内訳

自四一・一〇・八―至四一・一〇・三一分(二〇日間稼働)

二、五〇〇円×二〇=五〇、〇〇〇円

自四一・一一・一―至四二・二・二八分(四ケ月)

六二、五〇〇円×四=二五〇、〇〇〇円

(ロ) 前記減収による逸失利益額は合計二、五六二、一六九円

内訳

自四二・三・一―至四二・七・三一分

五五、五〇〇円×五=二七七、五〇〇円

自四二・八・一―至四六・四・三〇分(四五ケ月)

五五、五〇〇円×四一・一六五二一五二九=二、二八四、六六九円

但し、ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除した昭和四二・八・一現在の現価(月毎年金現価率による)。

(四) 精神的損害(慰謝料) 五〇〇、〇〇〇円

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

(1) 肋骨が五本も折れ約五ケ月の休業を余儀なくされ、現在でも折にふれ痛みを感ずる。

(2) 本訴において請求していないが交通費、雑費等の支出を免れなかつた。

(五) 弁護士費用

原告が本訴代理人たる弁護士に支払うべき費用は金四五〇、〇〇〇円である。

三、過失相殺の主張について

(1) 原告が横断し終つた後駈足で引返したというのは事実に反する。被告築本は当時時速三五粁位の速度で進行していたものであり一旦停止をしていない。

(2) 被告築本は中心線に沿つて進行しており、原告との距離が二一米に達したときは、原告は既に道路の左側部分すなわち事故車の進路前方に入つていたが横断は終了していない。

(3) しかして、原告が横断中であつた場所は横断歩道そのものであり、かつ、事故車の進路前方なのであるから、かかる場合運転者が一旦停止し歩行者の横断終了を確認し、かつ歩行者が横断しようとしていないことを確認すべき注意義務を負うことは法(道交法三八条一項)および判例により確立されているところである。

(4) しかるに、被告築本は、右措置をとることなく原告の後方を通過し得るものと漫然判断し、所謂見込運転をして本件事故を惹起したのであるから、被告らの過失相殺の主張は失当である。

(被告らの主張)

一、事故車の非保有

被告会社は事故車の保有者ではなく、単に被告会社の製品たる紙工品の輸送を被告西田に依頼していたにすぎず、事故車の運行供用者でもない。

二、被告らの無責、免責

(一) 本件事故につき被告築本は無過失である。

本件事故は原告の一方的過失により発生したものである。

(1) 当時、被告築本は横断歩道手前で原告が自転車を押して渡るのを認めたので、一旦停止し、次に原告の渡り終るのを見届けた上他に横断歩行者がなかつたので事故車を始動しゆつくりと前進し始めた直後、原告が急に前方左右を見ずに駈足で引返してきて事故車のバツクミラーにあたつたものである。

(2) 歩行者と雖も、廻れ右即ち逆進行にあたつては条理上前方左右の安全を確かめる義務があるが、原告はこれを怠つたものであり、被告築本が原告に対し通常のルールに従つて進行しまさか逆進行することはあるまいと予期したことは無理からぬことであり同被告に過失はなく、被告西田や被告会社にも管理その他に過失はない。

(二) 車両の機能、構造上の無欠

事故車は本件事故当時完全に整備されており、本件事故の原因となるべき機能、構造上の欠陥はなかつた。

三、過失相殺

仮りに、被告らに賠償責任ありとしても、原告にも本件事故の発生につき前記の如き過失があり、本件事故発生の原因はその九割までが原告の右過失によるものであるから右割合による過失相殺を主張する。

第四証拠 〔略〕

第五争点に対する判断

一、責任原因

被告らは、各自、左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

(一)  被告西田

根拠 自賠法三条

該当事実 前記第二の一、二の事実

(二)  被告築本

根拠 民法七〇九

該当事実 左のとおり。

(1) 本件事故現場は、前記地先を南北に通ずる国道二五号線(幅員約一一米)の横断歩道上であるが、右道路は中心線より北行車道と北行車道に区分されている。

(2) 被告築本は、右北行車道の中心線寄り(事故車の左側車体と右道路の南端との間隔が約二・八米位となる位置)を時速約四〇粁の速度で北進中、前方約四二米の前記横断歩道上、中心線附近を東から西へ横断しようとしている三名の者を認めて時速約二五粁位に減速し、約二一米位進行した地点では右三名の者のうち一番後(東)方にいた原告が中心線をこえ事故車の進路前方に入つてくるのを認めたのであるが、事故車が右横断歩道に達する前に原告が横断し終るものと判断して時速三五粁位に加速して進行したところ、原告との距離が約六・四米位になつたとき、原告が東北の方を向いて引返しかけるのを認め急拠ハンドルを右に切り急ブレーキをかけたが及ばず、事故車の左前方バツクミラーが原告にあたり本件事故が発生した。

(3) 一方、原告は、右の如く横断歩道上を東から西へ向い中心線こえて数歩進んだところで、孫の呼び声を聞き孫がついてくるのを制止するつもりで後方を振り返り引返しかけたものである。なお、右引返しかけた時点において原告は事故車の進路上にありこれを抜けきつていなかつたものと認められる。(〔証拠略〕)

(4) 右事実によれば、元来、自動車の運転者たる者は、歩行者が横断歩道により道路の左側部分を横断し、または横断しようとしているときは当該横断歩道の直前で一時停止しかつその通行を妨げないようにすべきところ(道交法七一条三号)、被告築本が右注意義務を守ろうとしていなかつたことは明らかでありこの点における同人の過失は免れない。

(三)  被告会社

根拠 自賠法三条

該当事実 左のとおり。

(1) 被告会社は、その専属下請人たる被告西田に自社の紙工品を輸送させていたものであり、事故当時、被告築本は被告西田の従業員として被告会社の制品の輸送に従事していた。

(2) 事故車車体には被告会社名が表示され、被告西田の名刺には「大昭和紙工制造株式会社専属」と明記されている。(〔証拠略〕)

(3) 右事実によれば、被告会社も事故車の運行供用者としての責任を免れないものと解するのが相当である。

二、被告らの無責、免責の主張について

被告築本に前記過失が認められる以上、被告らの右主張はその余の点の判断に及ぶまでもなく理由がない。

三、損害の発生

(一)  受傷

(1) 傷害の内容

原告主張のとおり。(〔証拠略〕)

(2) 治療および期間(昭和・年・月・日)

(イ) 入院

自四一・一〇・八―至四一・一〇・三一、於八尾市立病院

右期間のうち当初一〇日間は胸部痛強く歩行困難であつたため附添看護を要した。

(ロ) 通院

自四一・一一・四―至四二・一・二三、於吉本外科医院

(ハ) 残存症状

昭和四三年一一月現在、寒くなると受傷部が痛み、右肋骨部を下にして寝れない、重い物を持てない等の自覚症状がある。

(証拠、前同)

(二)  療養関係費

原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。

治療費 一一、七〇〇円(〔証拠略〕)

(三)  逸失利益

原告(当時六〇才)は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

右算定の根拠は次のとおり。

(1) 職業

原告主張のとおり。(〔証拠略〕)

(2) 収入

原告主張のとおり。(証拠、前同)

(3) 休業期間(昭和・年・月・日)

原告主張のとおり。(証拠、前同)

(4) 労働能力、収入の減少ないし喪失

原告主張のとおり。(証拠、前同)

(5) 就労可能年数

原告主張のとおり。(証拠、前同)

(6) 逸失利益額 計二、一四〇、九三五円

(イ) 前記休業期間中の逸失利益額は金三〇〇、〇〇〇円。

内訳

原告主張のとおり。

(ロ) 前記減収による逸失利益額は合計一、八四〇、九三五円

内訳

自四二・三・一―至四三・四・三〇分(一四ケ月)五五、五〇〇円×一四=七七七、〇〇〇円

自四三・五・一―至四四・一二・三一分(二〇ケ月)五五、五〇〇円×一九・一七=一、〇六三、九三五円

但し、ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除した昭和四三年五月一日現在の現価(月毎年金現価率による)。

なお、原告は、昭和四三年一一月現在、前記の如き症状があり背中、腰、腕に力が入るブウチの仕事に復帰し得ない状態にあると認められるが〔証拠略〕によれば昭和四一年一二月八日現在、医学的には特に後遺症と言うべきものは残らないと考えられる旨診断されていることを考慮すると、本件における立証の程度では前記就労期間中全くブウチの仕事に復帰し得ないとは断定し得ず、右期間の限度で肯認するのが相当である。

(四)  精神的損害(慰謝料) 三〇〇、〇〇〇円

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

前記傷害の部位、程度およびその治療の経過。

(五)  弁護士費用

原告はその主張の如き債務を負担したものと認められる。

しかし本件事案の内容、審理の経過、前記の損害額に照らすと被告に対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは、二五〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。(〔証拠略〕)

四、過失相殺

不認容。

前記事故発生の状況に照らせば、原告も事故車の接近状況に充分留意しないで引返そうとした点においていささか不注意であつたとのそしりを免れないが、本件事故が横断歩道上の事故であることを考慮し前記被告築本の過失と対比すれば、過失相殺に供すべきものとは認め難い。

第六結論

被告らは、各自、原告に対し金二、四六七、二四九円および右金員に対する昭和四三年五月二二日(本訴状送達以後の日)からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 上野茂)

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