大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4701号 判決
原告
土谷敏郎
ほか八名
被告
大阪市
第一主文
一、原告九名の各請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告九名の負担とする。
第二原告らの申立て
被告は、
原告土谷敏郎に対し七一一、四二八円、
原告早川千代子、同守口京子、同土谷安代、同土谷光子に対し各三五五、七一四円、
原告柴田峯に対し七一一、四二八円、
原告神田美智子、同岩井智恵子、同河合宗二郎に対し各二三七、一〇九円、
および右各金員に対する昭和四一年一一月五日(本件事故発生日)から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員(遅延損害金)を支払え。
との判決ならびに仮執行の宣言。
第三争いのない事実
一、土谷七郎の死亡
昭和四一年一一月五日午後八時ごろ、大阪市浪速区日本橋五丁目三番地先路上において、脳挫傷および後頭部左側打撲等の傷害を受け、ために同月七日辻外科で死亡した。
二、亡七郎と原告らの身分関係
亡七郎は明治四五年六月二九日、土谷捨次郎と同ツネ間の五男として生まれたが、原告らとの身分関係は別紙「身分関係表」に示すとおりである。
亡七郎には死亡当時配偶者、直系卑属、直系尊属はなかつた。よつて兄弟姉妹が均分に相続権を有すべきところ、原告柴田峯を除き他はすでに死亡しているので、その直系卑属が代襲相続権を有する(その相続分は右「身分関係表」に示すとおり)。
第四争点
(原告らの主張)
一、亡七郎の受傷原因と被告の責任(自賠法三条)
被告において自己のために運行の用に供する市バス(運転手小西利定)が当時現場を通りかかり(以上被告認)、亡七郎を車体ではねとばした。
二、損害
(1) 亡七郎の逸失利益現価 二、〇五七、一四三円
(イ) 芸能界に身を置き、芸名を中村七郎と称し、鳴物、鼓、太鼓をよくし、事故直前において毎月平均三五、〇〇〇円の収入を得ていた。
(ロ) 死亡時五五才であり、その平均余命は一八・五四年である(以上被告認)から、職業の性質に照らし七〇才になるまでなお一五年間就労し、右程度の収入を得ることができたはずである。
(ハ) 生活費を一か月一五、〇〇〇円とし、年五分の中間利息をホフマン式計算法(単式)により控除する。
(2) 原告らの損害賠償請求権 次表のとおり
(イ) 相続分(逸失利益)
(ロ) 固有分(慰謝料)
亡七郎の死亡による原告らの慰謝料は総額一、五〇〇、〇〇〇円を相当とする。そして原告ら各自の慰謝料は前記相続分に準じて考えるのが相当である。
<省略>
三、被告の主張に対する反論
亡七郎は市バスにより相当激しく引き倒され転倒したものであり、このことは同人の身体に多数の裂創、切創、擦過傷が残つていることから一見して明らかである。被告主張の安全柵の上に同人が横たわつていたのは、はねられたときたまたま安全柵にぶち当たり、ともに倒れて止まつたときの状況を示すものにほかならない。市バスが亡七郎に接触したものであることは、実況見分のさい左側前輪タイヤ後方フェンダー部の地上三五ないし四五センチメートルの部分に泥が払しよくされた跡があつたことからも明らかである。
つぎに、自動車の運行供用者は運転手や車両に対してのみならず、車両の通行する道路の管理についても十分な注意を払うべき義務があるところ、本件現場は被告施行の地下鉄工事中であり、路面には工事用の覆工板が敷かれており、その上に安全柵が固定されることなく並べられていたのであり、覆工板の上をバスのように相当重量のある車両が進行すれば、その振動により安全柵が転倒するなどして路上の通行人に危害を加えることも容易に考えられるのであるから、右路面の管理が完全であつたとはいえない。そして、本件市バスはこのように管理の不完全な路上を進行して事故を起こしたものであるから、路面の不完全さと事故発生との間の因果関係を否定できないかぎり、被告は運行供用者としての責任を免れない。
(被告の主張)
一、亡七郎の受傷原因
自己転倒であり、市バスの運行によるものではない。
市バスは日本橋筋四丁目の停留所を発車後時速約三〇キロメートルで南進し、日本橋筋五丁目交差点北詰にさしかかつたとき対面信号は青であつた。当時同交差点付近は地下鉄工事のため、車道部分と歩道部分との高低の差がなく、かつ車道部分は掘さく工事のため工事用鉄板が敷かれていた。歩車道の境界には、高さ約〇・八メートル、幅約一・八メートルの移動式鉄製安全柵が置かれていた。
小西運転手は交差点の青信号を確認し、左側歩道との間に約一・五メートルの間隔を保ちつつ、時速二五ないし三〇キロメートルで交差点に進入しようとしたとき、左後方でガチヤンという音がしたので、反射的に急停車の処置をとり交差点進入直前で停車した。そして下車して見ると、バスの左後輪の真横に車体とほとんど直角の角度で亡七郎があお向けに倒れており、同人の頭部と車輪との間には間隔があつた。また亡七郎は当時相当量の飲酒をしており、転倒した同人の身体の下に前記安全柵が倒れていた。
一方、小西運転手は車体に衝突、接触、れき過その他いかなるショックも受けておらず、車体にはおよそ人または物と接触したと思われるこん跡はまつたく認められていない。
以上の事実を総合して考えるならば、亡七郎は飲酒めいていし前記安全柵に寄りかかつていたところ、なにかの拍子に身体の平衡を失い安全柵もろとも転倒し、そのはずみで後頭部を路面の鉄板に強く打ちつけたものと認められるのである。
もつとも、事故直後の実況見分のさいに、市バスの左前輪後部フェンダー部地上高約三五ないし四五センチメートルの位置に、泥が払しよくされた跡があつたとされているが、亡七郎の前記転倒状況から考えて、同人が安全柵内部(歩道側)にいたことはほとんど疑う余地がないし、そうであれば、柵の高さは約〇・八メートルであるから、同人の身体の一部が市バスに触れるとはとうてい考えられないし、また市バスが安全柵に触れてこれを亡七郎とともに転倒させたものであるとすれば、衝突箇所に金属の衝撃による相応のこん跡が認められるはずであるが、これはまつたく認められていないのであるから、右の泥の払しよく部分は本件とまつたく無関係のものであることが明白である。
二、運行供用者免責(自賠法三条ただし書)の抗弁
かりに亡七郎の受傷が市バスとの接触によつて生じたものであつたとしても、すでに述べた状況から明らかなごとく、亡七郎がなにかのはずみに安全柵とともに転倒したため、走行中の市バスに接触したと認めるのが至当である。
してみると、右受傷はもつぱら亡七郎の過失により発生した結果にほかならず、被告および市バス運転手小西が自動車の運行に関して守るべき注意義務を怠らなかつたのはもとより、市バスに構造上の欠陥および機能の障害はなかつたのであるから、被告には原告ら主張の損害賠償義務はない。
第五証拠 〔略〕
第六争点に対する判断
一、亡七郎の受傷原因について
〔証拠略〕を総合すると、つぎの各事実が認められる。
(1) 大阪市浪速区日本橋筋五丁目交差点北側道路は、幅員約二二メートルの直線道路で東西両端に幅員約三メートルの歩道が設けられているが、昭和四一年一一月五日当時は地下鉄工事のため歩車道の高低差がなく、かつ車道部分の全面に工事用鉄板(覆工板)が敷かれ、歩車道の境界に移動式鉄製安全柵が一列に並べられていた。
(2) 右覆工板の表面にはスリップどめの突起があり、安全柵は横幅約一・八メートル、高さ約〇・八メートルの長方形をなし、その両端の支柱にはそれぞれ地上約〇・四メートルの位置から四方に約三〇度の角度で転倒防止用補助柱が付設されていた。
(3) 右路上における前方の見通しは良好であるが、夜間はやや暗く、通常時の交通量はひんぱんであつた。
(4) 訴外小西利定は市バス(リヤーエンジン、大阪二か五一一二号)を運転し時速二五ないし三〇キロメートルで右道路車道部分左(東)端寄りを南進中、前記交差点手前にさしかかつたさい車体左側で「ガチヤン」という音を聞いたので、とつさに急ブレーキを踏みハンドルをやや右に切つて停車した。
(5) 小西が降車して見ると、亡七郎が市バスの先端から約七・二メートル後方の左後車輪の横に頭部を接近させ車体とほぼ直角の角度で路上にあお向けに転倒しており、同人の下半身の下には一台の安全柵(以下本件安全柵という)が倒れていた。七郎は当時かなりの飲酒をしており、後頭部からの出血が歩道端から約一・四メートル西方の路上に横〇・四、縦〇・二メートルのだ円状をなして残つていた。
(6) 亡七郎は身長一・六七メートルであつたが、その死亡後における解剖検査では、後頭部左側に打撲傷が認められたほか、顔面、上肢、下肢に軽微の打撲傷ないし擦過傷が多数残つていた。後頭部左側打撲傷は、皮膚面に三個の小挫創を形成し、頭皮下において左右側頭部にそれぞれ出血をきたし、さらに内部においては右側頭部より前頭部にわたる脳硬膜下血腫を招来し、かつ右前頭葉先端部の外面および内部に挫砕および皮質ないし実質内出血、軟膜下出血等をきたしており、これらは頭部の強打にもとづく著明の脳挫傷、脳震盪の所見であり致命傷である。
(7) 市バスの車体検査では、左側前輪タイヤ後方フェンダー部の地上約〇・三五ないし〇・四五メートルに泥(ほこり)が払しよくされた跡があつたほか異常は認められなかつた。
被告は、亡七郎の受傷原因は路上への自己転倒であり、市バスとは接触していない旨主張するけれども、前認定の受傷部位および程度等に照らすと、七郎の傷害がたんに右自己転倒のみによつて生じたものとはとうてい認めがたい。しかし、前認定の本件安全柵および亡七郎の転倒位置等から判断すると、原告らの主張するように市バスが七郎に接触しこれを引き倒したものと認めることもできない。
そこで、以上認定の各事実(とくに(1)、(4)ないし(7))をあわせ判断すると、市バスの先端が本件安全柵の横を通過しかけたとき、安全柵の歩道側にいた亡七郎がなにかのはずみに平衡を失い、安全柵を車道側に押し倒すようなかつこうで転倒しかかり、市バスの左前輪付近で頭部を強打したうえ路上に倒れ、これら一連の衝撃により受傷したものと推認するのが相当であり、乙二号証および証人小西利定、橋本千代子の各証言もいまだ右認定を左右するに足らず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
とすると、亡七郎の前記傷害はすべて進行中の市バスとの接触に起因するものと認めてさしつかえなく、そうである以上、亡七郎の転倒原因のいかんにかかわらず、被告は市バスの運行により七郎の身体を害したものと解するのが相当である。
二、被告の運行供用者免責の抗弁について
(1) 訴外小西の無過失と亡七郎の過失
〔証拠略〕をあわせ判断すると、訴外小西は市バスを運転し前記安全柵の列の車道側に約一・五メートルの間隔を保ちつつ前記速度で南進中、左前方約三〇メートルの本件安全柵の歩道側に亡七郎らしい人物が立つているのを認めたが、その挙動に特別危険は感じられず他に通行人もなかつたので、そのまま進行を続けたこと、右安全柵は物がこれに触れないかぎりその構造上たやすく転倒するものではなく、路面に敷かれていた覆工板に損傷はなかつたので、バスの通過による振動で安全柵がゆれ動くようなことはありえないことが認められ、したがつて、他に反証のない本件においては、亡七郎は本件安全柵の歩道側に立つていたが、市バスの先端がその横を通過しかけたとき、酔いのため身体の平衡を失い誤つて安全柵もろとも車道側に転倒したものと推認するのが相当である。
そうである以上、市バス運転手小西において前記接触事故を避けることはできなかつたもので、同人に運転上の過失はなく、右事故は亡七郎の右過失により生じたものといわなければならない。
(2) 被告の無過失と市バスの完全性
〔証拠略〕を総合すると、被告には前記市バスの運行につき過失なく、かつ市バスに構造上の欠陥や機能の障害はなかつたことが認められる。
(3) 結局、被告には亡七郎の前記受傷につき自賠法三条ただし書の免責事由が存在するから、被告は亡七郎の受傷および死亡による損害を賠償すべき義務を負わない。
三、結論
原告らの本訴各請求は、その余の判断を加えるまでもなく失当であるから、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷水央)
〔別紙〕 身分関係表
<省略>