大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)5215号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、そこで、本件土地の所有権の帰属並びに被告が前記仮処分申請及び訴訟提起に至るまでの事情につき検討してみると<証拠>を綜合すると、略ぼ大阪高等裁判所昭和三七年(ネ)第一四一号事件において同裁判所が認定したとおり、次の事実を認めることができる。

(一) 訴外池宮は昭和二三年春建売りの目的で当時空地であつた本件土地を含む大阪市南区鍛治屋町五八番地の三、宅地三二坪四勺を訴外肥田平一から買受け同地上に家屋二戸一棟の建築に着手し、先ず西側の一戸がほぼ出来上がつた同年五、六月頃被告との間に代金約四〇万円で右西側の家及び同敷地について売買契約を締結し、その後また東側の一戸(本件家屋)についても広島県尾道市に居住する訴外中本仙太郎に土地(本件土地)付きで約四〇万円で約四〇万円で売渡す契約が成立し、代金を二回に亘り計四〇万円を受領した。

訴外池宮はその内一五万円を予て池宮に右建売りの資金を融通していた茨城県土浦市居住の訴外芳尾豊吉に支払つたが、芳尾は返済額が少なかつたため、当時未だ荒壁を塗り終り屋根を葺き終つた程度の本件家屋をその頃突然勝手に占拠し、自己において完成させたうえその関係者を居住させた。

そこで訴外池宮は同人の通報で至急来阪した訴外中本と共に厳重訴外芳尾に抗議しその退去方を要求したが芳尾が聞き入れず徒らに日を経過するうち、代金の分割払いを完済した被告より登記手続の履行を求められ前主肥田から交付せられていた権利証その他の必要書類をそのまま被告に交付した。

訴外池宮がその際分筆手続をしないで右書類をそのまま被告に手交したのは、訴外芳尾の強引な振舞いに会い、この際分筆手続をしたらまたどんな事態が発生するかも知れないと心配し、被告に事情を話しとりあえず同人名義にするなり書類をそのまま保管するなりしたうえ適当な機会に然るべく、登記してもらう趣旨でしたことであつて前記三二坪四勺全部をそのまま被告に譲渡する意思を表示したものではなかつた。

そして右書類を受取つた被告はこれを以て同年一一月二四日前記三二坪四勺全部につき自己名義に所有権移転登記手続をなしたが、訴外池宮は訴外芳尾が介在するかぎりさしあたり自分はどうすることもできないと考え、その後本件の分筆手続につき被告になんらの申出もしなかつた。

(二) 一方訴外中本は土浦に赴いて訴外芳尾と交渉したが埓が明かなかつたので訴外池宮は自分の方の事情から同人に迷惑をかけたことを詑び同人が大阪市生野区内で新たに入手した土地のうえに家屋の建築を奉仕する旨約したが、右取極めはその後池宮の工事が捗々しくないので中本の申出で合意解除せられた。

訴外芳尾は昭和二五年一〇月頃本件家屋を原告寅次郎に権利金二〇万円、敷金八〇〇〇円、賃料月額八〇〇〇円で賃貸したが、原告寅次郎が本件家屋を賃借するようになつたのは隣家の被告方で聞き不動産周旋業小野五三の所を教えられ小野に芳尾を呼寄せて貰つたことによるものである。

その後本件家屋は訴外芳尾が原告寅次郎に売却の交渉中訴外大島仲太郎に債務の代物弁済として取得せられ、訴外大島は本件家屋を入手した後芳尾に代つてひきつづき原告寅次郎に売却方を交渉し代金の点で難行したが漸く四七万円で契約成立した。

そして原告寅次郎は昭和二九年五月六日妻の原告アサエの名義に右登記をしたうえ、本件土地についてのこれ迄の経緯を知らなかつたため、登記名義人である被告に対し本件土地の売渡し又は賃貸借契約の取極め方を交渉したが、これを拒絶されかえつて本件土地の明渡しを求められるに至り、まもなく被告より前記仮処分の申請及び訴訟を提起されるに至つた。

(三) しかして被告は原告アサエが本件建物につき所有権取得の登記をする迄の間、訴外芳尾、同池宮、同大島等に対し本件土地について何等権利主張をすることなく、また訴外大島、原告寅次郎間の売買交渉に当つては子の中村政三が斡旋に当つた。

以上の事実を認めることができ、前掲各証拠中右認定に反する部分は直ちに措信し難く、他に前認定を左右するに足る証拠はない。

ところで被告は本件土地の所有権を仮に訴外池宮から取得したものでないとしても、訴外芳尾から取得したものと主張し、成立に争のない乙第一四号証によれば、原告中本仙太郎と被告多喜弥間の本件土地に関する所有権移転登記請求事件における判決理由中に、本件土地は訴外池宮と訴外芳尾の共同所有に属し、芳尾も独立してその全部につき処分権限を有していたものと解すべきところ、芳尾は被告の代理人中村政五との間で昭和二三年一〇月頃、芳尾は被告に本件土地代金の一部および登記費用、税金等を支出させて本件土地をも被告の買受けた土地と併わせて被告に売買譲渡し、一応全部の土地につき所有権移転登記手続を了することを承諾する代りに、将来芳尾において本件土地を必要とする事情の生じたときは、右譲渡代金額によつて再売買に応ずることを約束し、中村政三は芳尾との間の合意に基づいて登記手続を了した旨の認定が存するのであるが、前掲各証拠に照らすと、右認定を裏付けるに足る証拠はなく、前認定は直ちに首肯し難い。

三、してみると、被告は前記仮処分申請乃至訴訟提起をした当時、本件土地を所有しないことを認識していたが、本件家屋の所有権が転々し、従来の事情を知らぬ原告らが被告を本件土地の所有者と信じているのを奇貨として前記仮処分申請等に及んだものと認めるのが相当である。

被告は、被告は昭和二三年一〇月本件土地の所有権取得の登記をし、以来原告らに対する訴提起まで約八年間公租公課を負担し、以来何人にもその所有権を争われたことがなかつたこと、原告らも本件土地を被告の所有であると認め、賃借し度いと申出ていたことを挙げ、被告が訴提起等に当り無過失であつた旨主張し、前掲各証拠によれば右事実が認められないではないが、右事情は前認定を左右するものではない。

よつて被告は原告らに対し前記仮処分申請、訴訟提起により原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。

四、そこで以下原告らの蒙つた損害について検討する。

(弁護士費用)

<証拠>によれば、原告寅次郎は右訴訟のため、広重弁護士に昭和三一年九月頃一審の着手金として一〇万円、中村喜一弁護士に昭和三七年二月頃控訴審の着手金として二五万円、昭和三九年一〇月頃成功謝金として八〇万円を支払つたことが認められる。

しかして、応訴に必要な弁護士費用は事案の難易、請求額等諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内で原告の蒙つた損害と認めうるところ、鑑定人安富啓作、同小野三郎の各鑑定結果によれば、本件受任事件の一審及び二審における各着手金は委任者の受ける経済的利益の一〇〇分の七、二審の成功謝金はその一〇〇分の一三が相当であり、且つ本件建物の経済的価値は昭和三一年九月頃は七五万二〇〇〇円、昭和三七年二月頃は一六九万六〇〇〇円、昭和三九年一〇月頃は二一五万七〇〇〇円であることがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないので、原告寅次郎が広重弁護士に支払つた着手金は五万二六四〇円の範囲で、中村弁護士に支払つた着手金は一一万八九二〇円、成功謝金は二八万〇四一〇円の範囲で同原告の蒙つた損害と認められる。

(慰藉料)

右に述べた被告の不法な仮処分執行と訴提起により、原告らが勝訴の判決を得るまでの間、長期間に亘り不安な地位に立たされ、相当心労し、精神的苦痛を蒙つたことは原告寅次郎の供述及び弁論の全趣旨により明らかであるが、他面原告らの蒙つた精神的苦痛は原告らが本件家屋を買い受けるに当り、前認定のとおり極めて所有権の錯綜する本件土地につき事前に十分な調査をせず、安易に土地使用権を設定しうるものと判断した点に基因するところが大で、これ等諸般の事情を考慮すると、その慰藉料は各一〇万円をもつて相当と判断される。

(木下重康)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!