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大阪地方裁判所 昭和42年(人)3号 決定 1967年12月28日

請求者 正森成二 外一〇名

被拘束者 朴承国

拘束者 大村入国者収容所長

訴訟代理人 北谷健一 外一名

主文

本件請求を棄却する。

本件手続費用は請求者らの負担とする

事  実 <省略>

理由

一、拘束の事実

<証拠省略>

被拘束者は、出入国管理令第二四条第四号(ヘ)に該当するものとして大阪入国管理事務所主任審査官田中富蔵が昭和四二年六月八日に発付した外国人退去強制令書によつて同日大阪入国管理事務所に収容され、同月一三日長崎県大村市松並町所在の大村入国者収容所に護送の上同月一四日同所に収容されたが、大阪地方裁判所に法務大臣及び大阪入国管理事務所主任審査官を被告とする行政処分取消訴訟(当庁昭和四二年(行ウ)第七六号事件)ならびに退去強制処分執行停止申請(同庁昭和四二年(行ク)第一〇号事件)を申立て、同月二八日同裁判所により右本案判決が確定するまで前記強制退去令書に基づく執行を停止する旨の決定がなされて、同月三〇日右収容所から出所した。その後、右執行停止決定に対しては大阪高等裁判所に即時抗告の申立(同庁昭和四二年(行ス)第三号)がなされ、同年九月一四日同裁判所により、右原決定を、前記強制退去書に基づく執行はその送還の部分に限り本案訴訟の判決が確定するまで停止する、その余の申立の部分は棄却することに変更する旨の決定がなされたため、被拘束者は同年九月一八日再び前記退去強制令書によつて大阪入国管理事務所に収容され、同年一〇月二三日前記大村入国者収容所に護送の上同月二四日同所に収容され、現在右大村入国者収容所に収容されている。拘束者は右大村入国者収容所長として同収容所を管理しているものである。

二、請求人らは、右収容による拘束が法律上正当な手続によるものではないと主張するので、以下この点について検討する。

(一)  別紙(一)の三、の(一)の主張について

しかしながら、昭和二七年法律第一二六号第二条第六項によれば、「日本国との平和条約の規定に基き同条約の最初の効力発生の日において日本国籍を離脱する者で、昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引続き本邦に在留する者は、出入国管理令第二二条の二第一項の規定に拘らず、別に法律で定めるところにより、その者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間、引続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる。」と定められていて、この条項が出入国管理令第二二条の二第一項の適用だけを除外する特別規定であることは明らかであり、出入国管理令の適用を全部排除するものとは解せられないから、請求人らの主張は理由がない。

(二)  同三、の(二)の主張について

<証拠省略>によれば、本件退去強制令書には、送還先として「朝鮮」と記載されていることが認められる。

ところで、西暦一九四三年のカイロ宣言は、「やがて朝鮮を自由独立たらしめる決意を有す。」、としており、同一九四五年のポツダム宣言は、「カイロ宣言の条項が履行さるべきこと。」を示しており、わが国が昭和二〇年九月二日の降伏文書により正式に「ポツダム宣言の条項を誠実に履行すること」を約したこと、わが国が昭和二七年四月二八日の「日本国との平和条約」において「朝鮮」の独立を承認し、(同条約者第二条(a)項)同条約の発効に伴つて旧朝鮮戸籍令の適用をうけ朝鮮戸籍に登載されていた者及びその子孫(日本の法律上で朝鮮人としての法的地位をもつていた者)が日本国籍を失うに至つたことは当裁判所に顕著な事実である。而して、<証拠省略>によれば、わが国は昭和四〇年一二月一八日の「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」により、「大韓民国政府が国際連合総会決議第一九五号(III )に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であること」を確認したのであるが(同条約第三条)、朝鮮には現実に大韓民国政府の管轄権が及んでいない地域のあることも事実であるため、日本国政府においては、右のように日本国籍を喪失した在日朝鮮人のうち、外国人登録法上の国籍を「朝鮮」から「韓国」(又は「大韓民国」)に変更することを希望した者についてはその変更を認めて大韓民国の国籍を有するものとし、それ以外の者については従来外国人登録法(昭和二七年法律第一二五号)に従つて実施されてきた通り「朝鮮」と表示して朝鮮半島出身者である意味に解すると共に、出入国管理令における退去強制令書の送還先についても、外国人登録法上の右取扱に応じて、大韓民国の国籍を有する者についてはその送還先を同国として同国政府の管轄権が現実に及んでいる地域に送還することを表示し、それ以外の者については「朝鮮」として朝鮮半島に送還するものであることを表示し、更にこれら送還先を「朝鮮」と表示している者についても、本人が大韓民国へ送還を希望するときは同国政府の管轄権が現実に及んでいる朝鮮半島の地域へ、本人が同国政府の管轄権が現実に及んでいない朝鮮半島の他の地域へ送還を希望するときはその地域へ送還するものであることが認められる。

以上の事実によれば、本件退去強制令書の送還先に「朝鮮」と記載されているのは、被拘束者の国籍の属する国が記載されているということができるのであり、その記載は「朝鮮」を構成する朝鮮半島を指すものとして送還先が特定されているのみならず、朝鮮半島という送還先の範囲内において、送還先の地域を大韓民国政府の管轄権が現実に及んでいる地域にするか或いはそれ以外の地域にするかも選択特定することができるのであり、その特定は本人の立場を考慮してその者の自由な意思にかかわらしめているのであるから、それが被拘束者に不利益なものということはできないのであつて、請求人らの主張は理由がない。

(三)  同三の(三)の主張について

しかしながら、前示一に認定の事実によれば、本件収容は、退去強制令書の執行をするについて、被拘束者を直ちに本邦外に送還することができないため、送還可能のときまで大村入国者収容所に収容されているものであることが認められるから、右収容について特に終期の定めがないからといつて、この収容による拘束が基本的人権を侵害するもので違法であるということはできない。(なお、本件においては、被拘束者が送還先を大韓民国に希望すれば同国政府の管轄権が現実に及んでいる朝鮮半島の地域に送還が可能であつて現在の拘束から解かれ得ることは勿論、後述のように、朝鮮半島のその他の地域へ送還を希望してもその地域に対する退去強制の執行ができないわけではなく、それによつて被拘束者は現在の拘束から解放されることができるのであつて、本件拘束が半永久的なものであるという主張も当らない。)

また、本件拘束が昭和四二年九月一八日被拘束者を大阪入国管理事務所に収容したことに始まつていることはさきに認定のとおりであるが、それから三ヶ月余を経過する現在までの拘束は、収容期間が基本的人権を無視する程度に長期に亘るものとは言えないし、この期間収容による拘束が続けられているのは、前示一、に認定の事実によれば、被拘束者が自ら申立てた行政処分執行停止の裁判により送還の執行が停止されているためであることが認められるのであるから、これが奴隷的拘束を禁止した憲法第一八条に反し基本的人権を侵害するものであるという請求者らの主張は理由がない。

(四)  同三の(四)の主張について

しかしながら、前示認定のように、被拘束者に対する退去強制令書の送還先としては「朝鮮」と記載されているため、被拘束者は送還先として、朝鮮半島のうち大韓民国政府の管轄権が現実に及んでいる地域か又はそれ以外の地域を自ら選択する余地が残されているのであり、前者を選択した場合に送還が可能であることは勿論、それ以外の地域を選択した場合でも、つぎのとおり、その地域に対する送還はできないわけではないから、「送還することができないことが明らかである」にも拘らず、本件拘束がなされているというのは当らない。

即ち、日本国政府は現在のところ朝鮮半島のうち、大韓民国政府の管轄権が現実に及んでいない地域とは国交をもたないので、出入国管理令第五二条第三項本文によつてその地域に被拘束者を直接送還することはできないわけである。しかしながら、同条第四項に基づき被拘束者が主任審査官の許可をうけて自らの負担により自ら本邦を退去することも退去強制令書の執行の一つであり(同令第五二条第三、四項)、<証拠省略>によれば、横浜港から出港するソヴイエト社会主義共和国連邦の船舶又は大韓民国政府の管轄権が現実に及んでいない朝鮮半島の地域に向けてわが国の港を出港する船舶を利用して右の方法により退去強制令書の執行をすることは可能であり、今までもこの方法によつて退去強制令書の執行をした事例は、昭和三九年に三件一二名、昭和四〇年に一〇件一八名、昭和四一年に八件二一名あることが認められるのであるから、朝鮮半島のうちの右地域に「送還することができないことが明らかになつた」ということはできない。

従つて、本件退去強制令書に基づいて送還することができないことが明らかになつたということを前提とする請求者らの主張は理由がない。

(五)  同三の(五)の主張について

しかしながら、本件拘束は、前示一に認定のとおり、被拘束者を直ちに本邦外に送還することができないため、送還可能のときまで大村入国者収容されていることによるものと認められるのであり、これが法務省の面目をかけた「韓国」籍強要のために利用されているということを疎明する資料はないから、請求人らの主張は理由がない。

三、以上の次第であつて、請求者らの主張はすべて理由がなく、被拘束者が「法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者」に該らないことは明らかであつて、本件請求の理由がないことは明白である。

よつて、人身保護法第一一条第一項により本件請求は審問手続を経ないで決定をもつてこれを棄却することとし、手続費用の負担については同法第一七条に従い、主文のとおり決定した。

(裁判官 山内敏彦 藤井俊彦 井土正明)

別紙(一)

請求の趣旨

被拘束者朴承国のため、拘束者に対し人身保護命令を発し、被拘束者を釈放する。

本件手続費用は、拘束者の負担とする。

との裁判を求める。

請求の原因

一、当事者

被拘束者は、請求者朴永守の子(当二八才)であり、請求者金根玉の夫である。その余の請求者は、いずれも、被拘束者が提起している大阪地方裁判所昭和四二年(行ウ)第七六号行政処分取消請求事件の訴訟代理人である。尚請求者正森成二は人権擁護委員である。

拘束者は法務事務官であり、現在被拘束者を拘束している法務省大村入国者収容所の管理責任者である。

二、拘束の事実

被拘束者は、昭和四二年四月一〇日出入国管理令二四条四号(ヘ)に該当するものとして、大阪入国管理事務所に収容され、翌一一日法務大臣に対し異議の申立をなし、同日仮放免されたが、同年五月三〇日法務大臣は右異議の申立を理由なしと裁決し、右裁決の通知をうけた大阪入国管理事務所主任審査官田中富蔵は同年六月八日退去強制令書を発して大阪入管に再収容し、同月一三日大村入国者収容所に移送された。

よつて被拘束者は大阪地方裁判所に前記行政処分取消の本案の訴を提起すると共に、行政処分執行停止の申立をなし、同裁判所は同年六月二八日前記退去強制令書に基く執行を停止する旨の決定をなしたが、前記主任審査官田中富蔵は右決定に対し、大阪高等裁判所に即時抗告をなし、大阪高等裁判所は原決定を変更し、送還部分についてのみ執行を停止し、収容については申立を棄却した。これにより被拘束者は同年九月一八日大阪入管に拘束され、翌一〇月二三日大村人国者収容所に移送された。従つて被拘束者は現在大村入国者収容所に拘束されているものである。

三、拘束の違法性

しかしながら被拘束者に対する収容は以下に述べる理由により法律上正当な手続によるものではないので釈放を求めるものである。

(一) 本件拘束は何等法律上の根拠がなく憲法三一条に違反する。

被拘束者は、昭和一四年六月八日日本において父朴永守、母高愛仁の長男として出生し、以後継続して日本に居住していたものである。

現在わが国には約六〇万人の在日朝鮮人が居住しているが、その大多数は一九一〇年の日韓併合以来の旧日本帝国主義の植民地政策、特に土地調査事業による土地収奪によつて生活の手段を失つたもの、及び一九四二年の朝鮮徴用令による強制連行者及びその子孫であつて、講和条約発効までは日本国民としての地位にあつたものである。

昭和二七年四月二八日講和条約発効に伴う国内法整備に当り一般外国人を規制の対象とし、広範な退去強制事由を規定している現行出入国管理令をそのまま機械的に在日朝鮮人に適用することが到底許されないところから、在日朝鮮人を一般外人と区別するため法律一二六号(昭和二七年)が制定された。これによると「日本国との平和条約の規定に基き同条約の最初の効力発生の日において日本国籍を離脱する者で、昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引続き本邦に在留する者は、出入国管理令第二二条の二第一項の規定に拘らず別に法律で定めるところにより、その者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間引続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる。」と定めており、被拘束者はこの法律により本邦に在留することが認められているのである。

出入国管理令はその第一条においても明らかなように、本邦に入国し、又は本邦から出国するものの出入国の管理について規定しているのであり、いわば入国と出国が一体としてとらえられているのである。従つて出入国管理令の規定によらずして本邦に在留するものについては、同令による退去強制をうけるいわれがない。

もともと退去強制とは、そのものの在留資格の否認であるが法律一二六号該当者は在留資格なく本邦に在留するものであるから、在留資格の否認ということはあり得ないわけである。つまり出入国管理令と法律一二六号とは法体系を別にし、被拘束者は法律一二六号の規制はうけるが、出入国管理令の規制はうけないのである。

このことは、在日朝鮮人の特殊事情や、同令二四条四号の退去強制事由の一つ、たとえば「貧困者、放浪者、身体障害者等で生活上国又は地方公共団体の負担になつているもの」(同号(ホ))を法律一二六号該当者に適用した場合の不合理性、更には、法務省が通達によつて右法律制定後日韓条約締結に至るまで法律一二六号該当者に強制退去を命じなかつたことによつてもうかがえるところである。

また右法律一二六号制定の際の国会審議において、政府が法律一二六号該当者には将来日本における永久居住権を与えることになつており、「別に法律で定めるところ」とは「永久居住権を与える法律」の趣旨である旨明確に答弁しているところがらも明らかである。永久居住権を与える者に対して退去強制する筈はない。

従つて被拘束者は何等の法律上の根拠なくして拘束されているのであつて、人身保護法二条一項の「法律上正当な手続」によらず拘束されていること明らかである。

(二) 本件退去強制令書には重大な瑕疵があり無効である。

仮りに被拘束者に出入国管理令の規定が適用されるとしても本件退去強制令書には重大な瑕疵があり、無効であつて、被拘束者は不当な拘束をうけていることになる。

すなわち、本件退去強制令書には、その送還先が朝鮮と記載されているがこの記載は地域としての朝鮮半島を指すのか国家としての朝鮮を指すのか不明である。現在朝鮮半島には朝鮮民主主義人民共和国(以下共和国と表示する)があり、またその南部には「大韓民国」と称する政権(以下朴政権と表示する)が占拠し、相対立している状態である。かかる場合被拘束者としては、そのいずれに送還されるかについて重大な利害関係をもつものであるが、退去強制令書によるもそのいずれに送還されるのが明白でない。従つて本件退去強制令書その記載内容が出入国管理規則三八条の要件を具備しない重大な瑕疵があり、無効であつて、被拘束者は、正当な手続にいらず拘束されていることになる。(東地判昭三三・一二・二四、行裁例集九・一二・二九〇四参照)

(三) 本件拘束は終期の定めなく著しく基本的人権を侵害する。

本件退去強制令書には、その終期の定めがなく、要するに、送還するまで収容を続ける意図であると思われる。ところで前述の如く、朝鮮半島には共和国と朴政権が相対立しておりわが国は共和国とは国交関係をもつていない。従つて共和国は、わが国からの強制送還者の受取りを拒否しているから、強制送還により、被拘束者を同国に送還することは不可能である。また朴政権は朝鮮人民を正当に代表する政府でなく、しかも被拘束者が「韓国」民たることを承認しなければこれまた被拘束者は朴政権のもとへ送還されることができないのであるが、被拘束者は朴政権のもとへ送還されることを希望しないのであり、被拘束者の強制送還は不可能である。(出入国管理令五三条による送還先は、被拘束者の場合同条一項が問題となるだけである。又共和国へ強制送還できないことについては法務省当局者も認めるところである。池上努「法的地位二〇〇の質問」一七〇頁参照)

従つて被拘束者は半永久的に大村入国者収容所に収容されることになり、このことが著しく被拘束者の基本的人権を侵害し、違法不当な拘束であること火をみるより明らかである。

昭和三二年四月二五日の東京地方裁判所の判決は、同種事案につき、出入国管理令の規定に拘らず、本件のような場合にはその規定を発動し得ない旨判示し(行裁例集八・四・七五四)、昭和二九年一二月二五日の横浜地方裁判所の判決は、結果的には、人身保護請求を棄却しているが、その判決理由において、収容期間が基本的人権を無視する程度に長期にわたるものと考えられる場合には、人身保護請求を認めるべき趣旨を述べている。

結局本件拘束は、形式的には出入国管理令の規定により行われたものとして、もともと収容は、強制送還を目的とするものであるのに、それの出来ない被拘束者を半永久的に拘束することになり、奴隷的拘束を禁止した憲法一八条に違又するものであつて直ちに釈放すべきである。

(四) 本件拘束は、出入国管理令の解釈を誤つたものである。

出入国管理令五二条五項は、「退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送還することができない時は、送還可能の時迄」収容し得ると規定しているが、この「送還することができない」との趣旨は、同条六項との対比の上からも全く物理的な事由例えば船の都合とか送還に伴う事務手続を指すことは明らかであつて、本件の場合のように政治的理由により長期にわたり送還できない場合を指すものでないことは明らかである。このような場合には同条六項により、「送還することができないことが明らかになつた」ものとして、放免すべきである。同項には「放免することができる」となつているが、本件のように長期にわたつて送還し得ないことが予想し得る場合には、必ず放免しなければならないのであり、当局の恣意的な裁量を許すものでないことは、同項が人身の自由に関する規定であることから明白である。

従つて、本件拘束は、拘束者が令五二条六項の解釈を誤つたためのものであり、直ちに救済さるべきである。

(五) 本件拘束は、その目的において違法である。

前述のように、被拘束者については、大阪高等裁判所の決定により、送還の部分について、前記本案判決の確定まで執行が停止されている。本来退去強制令書による収容は、送還を結局目的とするものであり、収容は、その附随処分にすぎない。従つて、送還部分につき執行が停止された以上拘束者は、被拘束者に対し、令五二条による放免又は、令五四条による仮放免をなすべきであるのに、請求者等の仮放免の請求に応じない。

その理由は大略次のようなものである。

一般に、在日朝鮮人については、法務省の取扱いによれば、特段の事情のない限り、「日本国に居住する大韓民国々民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」により、永住許可の申請をなした場合には、日本国に在留することを許可されることになつている。ところが右の永住許可の申請をなすには、原則として朴政権の発行する「韓国」民である旨の証明書を要し、止むを得ない場合には本人の「韓国」民である旨の陳述書をもつてかえることができることになつている。

右いずれの場合にも、朴政権を朝鮮半島における唯一正当の政権と認めることになり、共和国国民としての地位を失う結果となる。従つて右協定による永住許可の申請は、日本政府や朴政権の期待に拘らず、きわめてすくなく、在日朝鮮人約六〇万人の内、昭和四二年九月末日現在三万余名にすぎず、法務省当局は、その面目を保つ必要上、永住許可の申請をあらゆる面から強制している。

本件収容も、右の「韓国」籍強要のための手段である。このことは前記大阪入管主任審査官田中富蔵が請求者杉山彬、同梅田満に対し、「法務本省は、前記協定による永住許可によつて、日本在留が認められるにも拘らず、それをしないものについては、権利を放棄したものとして、仮放免は行わない方針である」と述べていることや、法務省入国管理局次長笛吹亭三が、昭和四二年一〇月二一日請求者正森成二に対し、「本人が(協定による)永住許可の申請をしないのは、あなた方代理人の説得の仕方がわるい。それをすればすぐ釈放されるではないか」との趣旨のことを述べ、暗に(協定による)永住許可の申請をなすよう示唆した点にもあらわれている。本件拘束は、以上のように、形式的には出入国管理令の規定によるものではあるが、実質的には、法務省の面目をかけた「韓国」籍強要のために利用されており、国籍に関する問題は、当該国の法令によつて決定するという国際慣習法や一九三〇年の「国籍の抵解に関する条約」に違反し、憲法九八条に違反するものである。

四、本件請求の適法性

(一) 他の方法による救済手段はない。

本件収容については、すでに、大阪入管に対し四回、大村収容所に対し一回仮放免の請求を行なつたがいずれも却下されている。又、行政処分執行停止の申立も前述のように、大阪高等裁判所において、送還部分のみの停止に変更されており、人身保護の請求にとる以外救済の方法はない。

(二) 本請求は、人身保護法二条、同規則四条の要件を充足する。前項において詳述した如く、本件請求原因は、法律上根拠のない拘束、処分の無効、手続の重大な瑕疵、法適用の明白なる誤、処分の憲法違反等を主張するものであつて人身保護法二法、同規則四条の要件を充足することは明らかである、昭和四〇年九月二八日の最高裁大法廷判決は、同種事案について、請求者等の主張に判断を与えまでもなく、処分が権限なしにされ、又は、法令に定める方式もしくは手続に等しく違反していることが顕著な場合に該当するとはいえないとして棄却している。しかし右判決に対しては、一四名の裁判官中五名の少数意見が付加されており、人身保護法同規則の解釈を誤つたそしりを免れない。すなわち、右判決は、処分が違法であるかどうかを判断することなく、違法ではないと判示していることになり、論理上成立し得ない判決である。

右の最高裁多数意見は、おそらく、規則四条の解釈に当り「請求を適法ならしめる要件」と「請求を理由あらしめる要件」を混同したためであろう。本来、規則四条の要件を充足し得るか否かは、請求の原因によつて判断すべきものであつて実体審理の結果請求原因が認めつれない場合にはじめて、請求棄却の判決がなされるべきものである。これが裁判の原則である、ただ請求原因自体で要件に該当しないのが明白な場合は別である)でないと、違法が顕著であるかどうかにつき、真野裁判官の述べるように、能力の劣つた裁判官は、自分が能力が劣つていることを理由に門前払の判決をなしうることになる。本件のような場合には、請求原因の記載によれば違法が顕著である。従つて請求原因事実の有無について少数意見の立場にたち、実体審理をなすべきである。すぐれた少数意見は、次代の多数意見を代表する。現在すでに右最高裁判決より、十数年を経過している。憲法制定後二〇余年、今ほど国家権力による基本的人権の侵害が放置されている時代はない。請求者等は、裁判所が、人権保障という立場から本件につき公正な審理をなし被拘束者を直ちに釈放するよう求めるものである。

別紙(二)

一、審問事項一について

被束拘者朴承国については、昭和四十二年六月八日大阪入国管理事務所主任審査官田中富蔵発付による阪第二五七号退去強制令書をもつて、同年六月十四日大村人国者収容所(以下当所と称す)に護送収容したものである。

被拘束者朴承国は行政事件訴訟法に基づき、法務大臣および大阪入国管理事務所主任審査官を被告とする訴訟を、同年十五日大阪地方裁判所に提起するとともに、行政処分執行停止申請を行ない、同月三十日大阪入国管理事務所長より<疎明省略>のとおり通報し接したので、<疎明省略>のとおり同日出所せしめ、同人に係る阪第二五七号退去強制令書は大阪入国管理事務所主任審査官田中富蔵に送付した。

同年七月五日抗告人大阪入国管理事務所主任審査官田中富蔵は、大阪高等裁判所に対し即時抗告の申立を行なつた結果、同高等裁判所第四民事部裁判長裁判官小石寿夫、裁判官宮崎福二、裁判官松田延雄より、昭和四十二年九月十四日次のとおり決定されたものである。

主文

原判決を次のとおり変更する。

抗告人が昭和四二年六月八日相手方に対してなした退去強制令書に基づく執行はその送還の部分に限り、大阪地方裁判所昭和四二年(行ウ)第七六号行政処分取消請求事件の判決が確定するまでこれを停止する。

本件執行停止申立のその余の部分はこれを棄却する。

手続費用は第一二審を通じてこれを二分し、その一を抗告人の負担とし、その余を相手方の負担とする。

よつて、六月三十日当所より出所した現被拘束者朴承国に対し、九月十八日大阪入国管理事務所において先に同年七月三日当所より送付した退去強制令書を執行し、十月二十四日当所に護送収容したものである。

二、審問事項二について

拘束の時期については審問事項一に対する回答のとおりである。

拘束の理由については、出入国管理令第五十一条および同施行規則第三十八条の規定により発付された退去強制令書に基づいたものである。

拘束者の氏名 近藤浩純

地位 大村入国者収容所長

権限 法務省設置法第十三条の十入国者収容所組織規程(昭二七、八、一法務省令五)第二条第二項、被収容者処遇規則(昭二九、六法令六一)第三条第一項、出入国管理令第五十四条等の規定に基づくものである。

三、審問事項三について

被拘束者朴承国に対しては、審問事項二の回答どおりに退去強制令書が発付され、昭和四十二年六月十四日当所に護送収容したものであるが、同月十五日大阪地方裁判所に対し審問事項一の回答のとおり、行政処分取消請求の訴訟および行政処分執行停止の申立により、行政処分執行停止の決定がなされ、六月三十日に出所した。

しかし、大阪入国管理事務所主任審査官は、九月十四日大阪高等裁判所に対し即時抗告を行ない、審問事項一に対する回答記載通りの主文の決定を受け、現被拘束者朴承国を昭和四十二年十月二十四日当所に収容した。

よつて、本邦外への送還の可否については、大阪地方裁判所(行ウ)第七六号行政処分取消請求事件の判決確定を待たなければならない。

四、審問事項四について

被拘束者朴承国の委任を受けた大阪市東区京橋前三丁目二に居住の弁護士梅田満は、昭和四十二年十一月二十七日大村入国者収容所長宛仮放免許可願書に願出理由および朴承国の妻金根玉(大阪市福島区江成町八三番地居住)の上申書ならびに身元保証書、誓約書を添付のうえ、提出のあつたものである。

その結果願出理由に記載されている、妻子の生活の危機および路頭に迷うという事項についてはその証拠に欠け、且つ、願出理由の中にも記載されているとおり、朴承国の父朴永守の援助を受け、しかも妻金根玉より被拘束者朴承国に対し、前後二回に亘り二万円の送金のあつた事実から、その願出理由を容認することができなかつたものである。

願出理由の第二に記載されている神経痛については、当所診療室長法務技官谷直夫の意見を徴したところ、<疎明省略>のとおりの意見であつたので、上述の妻金根玉の生活状況とも併せ審議の結果、出入国管理令第五十四条第二項該当の仮放免を許可するに至らなかつたもので、十一月二十九日仮放免不許可した旨弁護士梅田満に対し通知を行なつた。

五、以上一ないし四で回答したとおり、本件強制退去処分は違法な手続に基いてなされており、大阪高等裁判所も本件に関する行政処分執行停止申立に対する抗告事件において強制退去処分の収容(身柄拘束)部分を適法とする判断をなしている。したがつて、請求者の請求は人身保護規則四条所定の要件を欠き許されないものでさる。

六、審問事項五について

被拘束者が法一二六一二一六該当者である本件において、送還先が「朝鮮」になつている場合の執行は、本人の希望により、韓国に送還するときはいわゆる集団送還等の方法により、また韓国以外の朝鮮半島の地域に送還するときは入管令第五二条四号のいわゆる自費出国の方法によつて行なう。

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