大阪地方裁判所 昭和42年(行ウ)50号 判決 1974年9月10日
大阪市東住吉区平野住吉町四〇番地
原告
菱井武雄
右訴訟代理人弁護士
香川公一
同
東中光
同
荒木宏
同
東垣内清
同
太田隆徳
同
片山善夫
同
大鈴義昭
大阪市東住吉区中野町一三三番地
被告
東住吉税務署長
佐竹三千雄
大阪市東区大手前之町
大阪国税局長
被告
山内宏
被告両名指定代理人
藤浦照生
同
永松徳喜
同
伊藤勝晧
同
東本洋一
被告署長指定代理人
黒本等
同
井上修
主文
被告東住吉税務署長が原告に対し昭和四〇年八月三日付でした。原告の昭和三九年分所得税の更正処分および過少申告加算税賦課処分のうち、総所得金額を金四四五、八〇五円として計算した額を超える部分を取消す。
原告の被告東住吉税務署長に対するその余の請求および被告大阪国税局長に対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告と被告東住吉税務署長との間においては各自の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間においては原告の負担とする。
事実
一 申立
1 請求の趣旨
被告東住吉税務署長が原告に対し昭和四〇年八月三日付でした、原告の昭和三九年分所得税の更正処分および過少申告加算税賦課処分を取消す。
被告大阪国税局長が原告に対し昭和四二年一月一八日付でした、審査請求棄却を取消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二 主張
1 請求原因
(一) 原告は鏡加工業を営む者であるが、被告署長に対し、昭和三九年分所得税につき総所得金額を金二六三、七〇〇円とする確定申告をしたところ、被告署長は昭和四〇年八月三日原告に対し、総所得金額を金八七八、九七五円とする更正処分および過少申告加算税賦課処分をした。
原告はこれを不服として被告署長に異議申立をしたが棄却され、さらに被告局長に審査請求をしたがこれも棄却された。
(二) 被告署長の右処分は原告の所得を過大に認定した違法がある。
(三) さらに被告署長の右処分にはつぎのような手続上の違法がある。
(1) 被告署長は原告の加入する東住吉商工会の組織破壊、弾圧を目的として、従前の合理的課税慣行を無視し、原告の申告を一方的に否定して、本件課税処分に及んだものである。
(2) 本件課税処分は国税通法二四条にいう調査なくして行なわれたものであり、憲法一三条、三一条に違反する。
2 請求原因に対する被告らの認否
請求原因(一)の事実を認め、(一)(二)の主張を争う。
3 被告署長の主張
(一) 原告の昭和三九年分の所得金額は金一、〇二四、九三五円で、その明細は別紙収支計算表の被告主張額欄記載のとおりである。
(二) 収入金額について
原告は被告署長の調査に際し収入に関する帳簿や原始記録を提示しなかったので、被告署長は原者の取引先(受注先)を調査し、入江鏡工業株式会社、株式会社ランリイ工業所、吉本製鏡株式会社の分については取引の実額を把握したが、井上豊の分はランリイ工業所との取引高にもとづきこれを推計した。すなわち、ランリイ工業所は井上豊が昭和三九年八月五日設立した会社であって、同年七月までは井上の個人経営で原告と取引していたものであり、会社設立の前後で取引状態に変化はないが、個人経営の間の取引金額を知る資料がないので、昭和三九年八月から一二月までの右会社の取引金額一七〇、三五〇円を取引期間五か月で際して、月間平均取引金額約三四、〇〇〇円を得、これに井上個人名義の取引期間七か月を乗じて同人との取引金額二三八、〇〇〇円を算出したのである。
(三) 必要経費について
(1) 原告の年間水道料金は金二一、七二一円であるところ、そのうち七割が事業用と認められるので、必要経費に算入すべき金額は金一五、二〇〇円となる。
(2) 消耗品費二六六、四〇〇円の内訳はつぎのとおりである。
ガラス研磨用金剛砂 一二〇、〇〇〇円
研磨用鉄板 一四、四〇〇円
砥石 一〇八、〇〇〇円
油 二四、〇〇〇円
(3) 外注工賃について、原告は異議申立のときまでは何も主張せず、審査請求の段階ではじめてその領収書の一部を提示し、外注加工先の氏名、住所、金額を、八野(大阪市生野区田島町)一〇五、一〇〇円、岡田(同区巽大野町)一三七、〇〇〇円、金森(同区南生野町)一六〇、〇〇〇円と申述したが、調査の結果これらの外注加工先は実在しないことが判明した。原告はその後右外注加工先の実名は柿本享造であると述べるに至ったが、被告署長の調査によると、同人は大阪市東住吉区平野新町六丁目五番地で鏡加工業を営んでいて、所得税に関し所轄税務署長から青色申告の承認を受けている者であるところ、同人の昭和三九年分青色申告決算書には原告からの収入金は計上されていないのであって、この決算書の記載は青色申告制度のたてまえからして一応正確性を有し信頼に値するものといわなければならない。また原告は外注をしたのは昭和三九年二月から五月までの四か月間であるというので、この言い分をもとにして収支の動きを計算してみると、各月の収入金から雇人費および外注工賃を差引いた額は、外注のない月で平均一〇万円位となるのに、外注をしたという月には平均六五、〇〇〇円位にしかならない勘定となるのであるが、このようなことは通常の事業経営ではありえないことであり、外注はなかったものと考えるほかはない。よって右外注工賃の計上はこれを否認し、ただ原告が鏡研磨用の鉄板の加工を業者に委託したことによる費用として申立てた金一〇、〇〇〇円のみを経費として容認したのである。
4 被告署長の主張に対する原告の認否
原告の認否は別紙収支計算表の原告認否欄記載のとおりである。とくに外注工賃については、原告は当初から一貫して記張にもとづき金四〇二、一〇〇円と主張しているのに、これを一方的に否認したのはきわめて不当である。
三 証拠
1 原告
証人菱井俊之の証言と原告本人尋問の結果を採用し、乙第四、第五号証の成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と述べた。
2 被告ら
乙第一ないし第五号証、第六号証の一、二を提出し、証人北村喬、池永治夫、田中実、谷津守の各証言を援用した。
理由
一 請求原因一の事実(本件処分、裁決の存在)は当事者間に争いがない。
二 まず所得金額について判断する。
1 収入金額について
(一) 証人池永治夫の証言により真正に成立したと認められる乙第一ないし第三号証と証人池永治夫、谷津守の各証言によれば、原告が受注先である入江鏡工業株式会社、株式会社ランリイ工業所および吉本製鏡株式会社から昭和三九年中に得た収入金額は、それぞれ一、九五七、八四〇円、一七〇、三二〇円、二二、一四五円であることが認められる。
(二) 証人田中実、北村喬の各証言および原告本人尋間の結果によると、井上豊は昭和三九年七月までは個人経営でもって原告に鏡加工を発注し、同年八月に株式会社ランリイ工業所を設立して従前の取引関係を引継いだもので、原告との取引金額は、井上の個人経営の時代と会社設立以後とを比較すると、後者が飛躍的に増大していること、しかし同人の個人経営にかかる同年一月から七月までの間の取引高については、同人が帳簿類を備えず、原告も帳簿類を提示しなかったため、その実額を把握することができなかったことが認められる。
してみると、井上個人からの収入金額は推計によることになるわけであるけれども、右会社設立の前後を通じ原告との間に同じ割合の取引があったものとして原告の井上個人からの収入金額を推計する方法は、その前提が事実に反する点で不合理であってこれを採用することはできない。しかし原告はその本人尋問において井上から金五一、〇〇〇円の収入があったことを自認しており、他にこれと異なる数額を認うる証拠はないので、右金額をもって井上豊からの分の収入金額と認定する。
(三) よって原告の収入金額は右(一)(二)を合計して金二、二〇一、三〇五円となる。
2 必要経費について
(一) 水道料
成立に争いのない乙第五号証によると、原告の昭和三九年二月から昭和四〇年一月分までの水道料は合計金二一、七二一円であることが認められ、昭和三九年一月と昭和四〇年一月とでとくに使用量に差があったと認むべき格別の事情もない本件においては、昭和三九年一年間の水道料を右と同額と推認して妨げないというべきところ、証人北村喬の証言によれば、原告方における水道使用量のうち事業用の分の占める割合はおよそ七〇パーセントであると認められるから、事業所得の計算上必要経費に算入すべき水道料の額は金一五、二〇〇円となる。
(二) 消耗品費
証人北村喬の証言によれば、東住吉税務署直税課の職員北村喬が昭和四〇年六月頃原告方を臨場調査した際、原告は消耗品として研磨用金剛砂(月額一〇、〇〇〇円位)、鉄板(六枚位、価額は述べず)、砥石(一回三六、〇〇〇円位で年間三回)、機械油(月額二、〇〇〇円位)を要する旨説明したこと、北村は右につき仕入れ先を反面調査したほか、原告が価額を述べなかった鉄板については当時の銅材の市況を調査したことが認められる。そして他にこれと異なる証拠もないので、年間の消耗品費としては、原告の右申述にもとづき、金剛砂が金一二〇、〇〇〇円、砥石が金一〇八、〇〇〇円、機械油が金二四、〇〇〇円と認定するほかはなく、また鉄板については、被告署長において金一四、四〇〇円と主張し、弁論の全趣旨からしてこれは銅材の市況調査により算出した額と推認されるところ、原告はこれと異なる額を積極的に主張していないので、右金額をそのまま認むべきであり、結局消耗品費は被告主張のとおり計金二六六、四〇〇円となる。
(三) 外注工賃
証人菱井俊之の証言と原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三九年の前半におよそ四か月間、入江鏡工業から受注した仕事の一部を同業の柿本亭造(大阪市東住吉区平野新町)に外注し、外注工賃として金四〇二、一〇〇円を支払ったことが認められる。もっとも、成立に争いのない乙第四号証、証人田中実、北村喬の各証言によれば、原告は本件係争年分の確定申告および異議申立の段階では、右のような外注工賃の支出があることについても触れず、審査請求に至ってはじめて外注の事実を主張し、八野、岡田、金森名義の領収書を提示したところ、調査の結果これらの姓で外注先に該当する者は実在しないことが判明したため、被告署長の容認するところとならなかったことが認められるが、原告本人の供述によると、これは柿本が同人の氏名を明かさないことを要望し、そのために領収書も架空名義で発行したという事情によるものであることが窺われるのであって、外注工賃に関する原告の右供述は、その内容からみて、全体として十分信用に値するものと考えられる。
被告署長は、柿本の昭和三九年分所得税の青色申告決算書(乙第六号証の二)に原告からの収入金の計上がないことを指摘するが、青色申告の計算書類は制度のたてまえからして一般的には一応正確性信頼性を有するものであるとはいえ、事情によっては必ずしも誤りなきを保し難いものであることはいうまでもなく、前記事情のもとでは、柿本が原告からの収入金を計上していないからといって、外注の事実を否定するわけにはいかない。
また被告署長は、原告の言い分をもとにして各月の収入金から雇人費と外注工賃を差引いた金額の動きを検討すると、外注のない月の平均額よりも外注をした月の平均額の方が少なくなって、通常の事業経営のあり方に反する結果となると主張するが、右差引金額は月毎の増減が甚だしく、単純にこれを平均することには疑問があるし、逆にかりに被告署長の主張するように外注工賃は一切ないものと仮定してみても、右差引金額が各月でほぼ均一化されるわけではなく、このような計算の結果をもって前認定をくつがえす資料とするには足りないというべきである。
(四) 必要経費のうち、別表二1、3ないし8、10、11の各項目については当事者間に争いがなく、同13は原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
そうすると必要経費は合計金一、七五五、五〇〇円となる。
3 以上によれば、原告の昭和三九年分の総所得金額は、収入金額から必要経費を差引いて金四四五、八〇五円となり、被告署長の本件処分は右金額にもとづき計算した額を超える限度で違法といわなければならない。
三 つぎに原告は処分の手続的違法を主張するが、証人北村喬の証言によれば、東住吉税務署直税課所属の北村喬は、本件処分に先立ち原告方の臨場調査や取引先などの反面調査をしたことが明らかであって、処分が調査なしに行なわれたという非難はあたらない。また本件処分が東住吉商工会の組織破壊、弾圧等の目的をもって不正に行なわれたと認むべき証拠もない。
したがって手続的違法の主張は採用できない。
四 被告局長の裁判については、裁決固有の違法事由につき何らの主張もない。
五 よって、原告の処分取消請求は総所得金額を金四四五、八〇五円として計算した額を超える限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余は失当として棄却し、裁決取消請求は全部棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 石井彦寿)
収支計算表
<省略>