大判例

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大阪地方裁判所 昭和43年(わ)1096号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)

被告人は大阪市東住吉区平野浜町二丁目一七番地所在、大善工業株式会社に昭和四一年六月ごろより昭和四三年三月初めごろまで旋盤工として勤めていたものであるが、同月一六日大阪市東住吉区平野京町一丁目三六番地所在のアパート「初美荘」へ右会社の元同僚宮村某を訪ねて行つた際、偶々右会社に女工として勤めており、かねがね好意を抱いていた中島よし子が右アパートの二階二〇号室に住んでいることを知り、同女の内夫山口英久(当時三二年)が国鉄に勤めていて隔日に夜勤することを聞いていたので同女と交際しようと考え、同月一七日夜同女方を訪れ、しばらく雑談しさらに同月一九日夜には同女を誘い出し、飲食した後、旅館及び同女方で情交関係を結ぶに至つたが、同月二一日被告人が同女と合つた際、同女から「あの時は飲みに誘われてあんなになつたが、それはそれまでのことにして諦めて家へ来ないように」と頼まれたにもかかわらず、同女への思慕の情を棄てきれず同月二二日昼には食事に帰る同女を右「初美荘」アパート附近で待ち伏せて夜に逢うことを約束させ、同日夜には一時間のつきあいとの約束を無視して同女の側を離れようとしなかつたので、同女は服を着変えてくるとうそを言つて、前記会社に行き社長夫人に事情を話して警察に通報し、さらに翌二三日午後五時ごろ意を決して山口に被告人との前記いきさつを打ち明けたのであるが、同日午後九時半ごろ被告人は昨日騙まされた腹立たしさと同女会いたさに白酒コップ三杯程を飲んだ上同女方を訪れ、部室に右山口の姿を目撃して帰りかけた右際、アパート二階廊下奥で洗濯している同女を認め、近づいて「昨日は来んかつたな」と問いただしたのに対し、同女は「あんたとの事が主人にばれた」といい、ついで「あんた」と大声を上げたので、部屋から右山口が出て来て、同女に「この男か」と尋ね、被告人に「部屋に入れ」というので、被告人が右山口宅に入ると、右山口は同女に「警察につき出さんといかん、電話せえ」と命じて同女を電話に走らぜた上、「この餓鬼め」と言つて同室奥から刃渡り約16.8センチメートルの文化庖丁を持ち出して来たので、被告人は切られでもしたらかなわないと思い、右山口めがけて飛びかかつてその庖丁を奪い取つたところ、その直後同人が、被告人の下腹部に頭をさげて組みついてきたので憤激し、同人の背部を死の結果を生ずるかもしれないことを予見しながら右庖丁で三ケ所突き刺し、よつて同人をして間もなく同所において、右背部刺創に基づく上空静脈切破による出血多量のため死亡するに至らせたものである。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は被害者が庖丁を逆手に持つて刃の先を被告人に向けてやにわに突きかかつてきたのでその庖丁を奪い取つたが、その直後被害者が被告人に頭を下げて組みついてきたため無我夢中で同人を刺したのであるから、殺意がなく、又過剰防衛であると主張するので判断するに、被告人は、公判廷においては被害者が庖丁を逆手に持つて被告人にふり上げてかかつてきたのでこれを奪い取つた旨述べているが、被害者が台所より庖丁を持ち出したことは認め得るも、被告人がこれを奪い取つた際の状況については、若し被害者が被告人のいうが如く、まさに危害を加えようとする状態にあつたならその庖丁を取り上げるに際し被告人に何らかの怪我があつてしかるべきであり、又被害者の抵抗により室内が乱れると考えられるのに、被告人に全く怪我はなく、部屋が乱れている形跡もないばかりでなく、被害者が妻に警察を呼べと命じていながら、被告人より一言の弁解も聞かずいきなり庖丁で危害を加えようとしたとすることには到底納得しえないものがあり、その他被告人の全供述より窺えるその信憑性に照らし、右被告人の述べるところは信用できずさればとて、被害者がすでに死亡し目撃者のいない本件において如何なる状況のもとに庖丁が取り上げられたかを確定することはできないが、少くとも被告人のいう如き状況の下で庖丁の奪い合いが為されたとは認められない。従つて被害者が庖丁をもち出したことにより被告人が何程かの身の危険を感じたとしても、既に被告人が右庖丁を取り上げており、さらに被告人の体格が被害者のそれと比し相当勝つていること、現場はアパートの一室であり容易に人を呼んだりその場をのがれ去ることができるところであることなどの事情を考えれば、被害者を加害する際急迫不正の侵害はなかつたものと言わねばならない。この点につき弁護人は、被害者のその直後の組み付き方をとらえ全体としてみてなお急迫不正の侵害が継続している旨を強調するが、被害者が被告人に組みついていつたのは、被告人の下腹部にだきつくようにしてであることが認められ、そこには庖丁を奪い返そうとの意図、動作を窺うことができず、その程度のものをもつて刑法第三六条にいう「急迫不正」とはいまだ言い得ない。そればかりでなく、被告人は被害者の背中を三回それもその内二ケ所は深さ一〇糎余にも達する程強く突き刺しているのであり、この点からみても被告人の防衛の意図を認めることができず攻撃的意図を観取しうるのである。以上の理由から弁護人の過剰防衛の主張は採用できない。又本件兇器および傷害の部位、程度さらに動機を考え合せば、少くとも被告人には殺意につき未必の故意があつたものと認めざるを得ず、殺意がないとの主張も採用しない。(原田修 井上隆晴 奥田孝)

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