大阪地方裁判所 昭和43年(わ)339号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(本件に至る経緯)
被告人両名は、兄妹の間柄であり、いずれも肩書住居地においてそれぞれ独立して家庭生活を営んでいるものであるが(被告人池田は昭和三三年一一月に結婚し、妻との間に二子を有し、被告人小林は同三〇年五月に結婚し、夫との間に二子を有している。)、大阪市西淀川区西福町二丁目四三八番地所在の実家に独居していた実弟池田裕享(昭和九年八月三〇日生)の素行が悪く、そのため長年の間物心両面にわたり多大の犠牲を強いられてきた。すなわち、裕享は中学一年で学業を放棄し、その後不良仲間とつき合つて仕事も真面目にせず、やがて酒乱の傾向を生じ酒を飲んでは乱暴を働き、家人や近隣の者に迷惑をかけることが度重なるようになつた。そこで、被告人両名は、裕享の酒乱癖を矯正するため同三三年六月頃同人を堺市の阪南病院精神科に入院させたのをはじめとし、同四三年一月二〇日浅香山病院精神科を強制退院させられるまで、断続して七、八回にわたり同人を精神病院に入院させて治療を受けさせたが、その甲斐もなく、同人の酒乱癖は昂ずる一方であり、その間、被告人池田は同三四年二月頃、裕享に刃物で手を切られたことがあり、被告人小林は裕享の近所に住んでいた関係上、同人の乱暴を止めようとして同人に殴られることなどしばしばであつたが、被告人両名は裕享のためいつも心を痛め、同人を正常な社会人として立直らせるため、特に被告人小林は両親死亡後は裕享の母代りとなつて数々の苦労を重ねてきた。
ところが、裕享が前記浅香山病院を強制退院させられて一〇日ほど経つた同年一月三一日頃同人方から出火し近隣五軒を類焼する事件が起つた。被告人両名は、早速焼出された人々に詑びて回り、裕享には罹災者の手前もあるから絶対飲酒を慎むよう注意を与えた上若干の金を渡して安宿に宿泊するよう指示したのであるが、近所では右出火は同人の放火ではないかという噂さえ立ち、罹災者の心情を思うと裕享の肉親として責の念にたえられず、著しい精神的苦痛を味わい、心身ともに疲労困憊した。
そして、翌二月一日の午後八時過頃、被告人池田が同小林方に来ていた際、あれほど酒を慎むよう言い聞かせておいた裕享が、近所の酒屋で飲酒酩酊し、被告人小林方を訪れてきた。そこで、被告人池田は、同家四畳半の間の上りに腰掛けた裕享と応対し、同人に対して、火事があつた直後で世間の人が放火だと言つているときでもあるから飲酒は慎むよう、穏やかに論したところ、同人が、興奮した様相で「わしを放火犯人にするつもりか」とか「おれを死刑にしたいのだろう」などと言つて喰つてかかり、更に同被告人につかみかかろうとするので、「落着け、落着け」と声を和らげて同人を制止したのであるが、同人がこれを聞入れず、「お前らおれが死刑になつたらよいのやろう」等と口走りながら、腰のあたりから刃物でもとり出すような仕草をしながら、腰を浮かして同被告人の方に襲いかかつてくるような体勢をとつたので、思わず体を後にのけぞるようにした。これを裕享の背後から見ていた被告人小林は、とつさに被告人池田が裕享に殺されるのではないかと速断し、その場にあつた電気アイロンコード(昭和四三年押第四五九号の一)をつかむなり、同人の右斜背後からこれを同人の首にかけて引張り、同人をその場に仰向けに転倒させた。
(罪となるべき事実)
これを見た被告人池田は、とつさに被告人小林が裕享を殺害するつもりだと速断し、これに触発されて、これまで同人のために散々苦労させられ心痛の限りをつくしながら、こらえにこらえてきた同人に対する憤激の情が一時に爆発し、妹がやる以上これを傍観できないと考え、裕享を殺害しようと決意し、倒れた同人の上にその足の方から覆いかぶさるようにのしかかり、その首にかかつていた前記コードを被告人小林の手から取るや、これを交差させて力一杯緊縛した。これを見た被告人小林も、同池田と同様の心情のもとに裕享を殺害しようと決意し、暗黙のうちに同被告人と意思を互に相通じ、同被告人が緊縛しつつある右コードをつかんで、同被告人と力を合せて更に緊縛し、よつて即時同所において同人を急性窒息により死亡せしめ、殺害の目的を遂げたものである。
(弁護人の主張に対する判断)
一 正当防衛、誤想防衛の主張について
弁護人は、まず、被告人小林が裕享の首にコードをかけて同人を仰向けに引き倒した行為は、平生から刃物を持ち兇暴な振舞に出る性癖のある裕享が、いかにも刃物をとり出すような恰好で、中腰の姿勢から被告人池田に対して襲いかかつていこうとした急迫不正の侵害に対し、被告人小林が同池田から裕享を引離して被告人池田の生命、身体を防衛するため、やむを得ないでなした行為であるから、正当防衛行為であり、これに引続いて被告人池田が裕享の上にのしかかつていつて、同人の首にかかつたコードを緊縛した行為も、もしそのまま放置すれば、同人が引き倒された仕打ちに怒つて被告人小林に反撃を加えることが必然的に予想される状態において、かかる反撃すなわち急迫不正の侵害に対して、同被告人の生命身体を防衛するためやむを得ずに出た行為であつて、正当防衛行為である、そして被告人小林は、同池田がコードをつかんだとき自分の手をコードから離し、それ以上何らの行為にも出なかつた、仮に右各場合における裕享の侵害が急迫なものとはいえないとしても、被告人両名はそれぞれ急迫不正の侵害があるものと信じて前記各防衛行為に出たものであるから、誤想防衛行為として本件故意犯たる殺人罪の成立が阻却される、と主張する。
そこで、まず被告人小林の行為について検討すると、同被告人が裕享の首にコードをかけて同人を引倒した行為については、その段階においてまだ同被告人の殺意の発生を認めることができず、単純な暴行にすぎない。(同被告人の司法巡査及び検察官に対する各供述調書には右の段階においてすでに殺意を抱いていたとする同被告人の供述記載があるが、これは同被告人が当公判廷において強く否認するところであり、前記判示の右行為時の状況、行為自体の態様に照らしても、右各供述調書中の供述記載は直ちに信用しがたいといわねばならない。)したがつて、もし同被告人が右行為にとどまつていたとするならば、同被告人を殺人罪に問擬できず、また単純な暴行罪が残るとしても、これは、前記判示のごとき犯行時の状況、犯行の態様からして、裕享の急迫不正の侵害に対して被告人池田の身体を防衛するための正当防衛行為と考えられるのである。しかしながら、被告人小林は、前記判示のとおり、前記行為にとどまらず、被告人池田が裕享の首を絞めるのを見て殺意を生じ、同被告人と一緒になつて裕享の首をコードで絞めたものと認められるのであつて、(被告人池田と共に裕享の首にかけたコードを引いて絞めたということことは捜査官に対してはもとより、公判廷においても終始一貫して被告人小林の認めるところであつて、右の事実はないという弁護人の主張は採用できない)右行為についてはとうてい正当防衛行為になるとは考えられず、これが本件における被告人小林の実行々為となるのであるから、同被告人についての正当防衛の主張は採用することができない。
次に、被告人小林が前記のとおりコードで裕享を引き倒した後、同池田が裕享の上にのりかかり、右コードで同人の首を絞めた行為について検討すると、なるほど、前記判示のような同人の乱暴な性癖、本件当時の同人の興奮した態度等に照らすと、同被告人が右行為に出たときは、傍観しておれば裕享が起き上つて被告人小林に襲いかかつてくる危険のある情況にあつたことを否定することはできない。しかしながら、被告人池田が公判廷で供述するように被告人小林の身体を防衛する意思で首を絞めたものとは認め難い。すなわち、前記判示のとおり、被告人池田が右行為に出たときには裕享は畳の上に仰向けになつて倒れており、いまだ被告人小林に対していかなる形にしろ反撃に出る体勢にはなかつたこと、被告人池田の司法警察員に対する昭和四三年二月七日付供述調書、検察官に対する供述調書によると、同被告人は、裕享が何ら抵抗を示さないのに同人が死に至るまでコードを緊縛し続けたこと、そして同人の死に気がつくと「裕享堪忍してくれ、良いところに行つてくれ」と声をあげて泣いていること等の事情に前記本件に至る経緯として判示した右行為に至る諸般の事情を考慮して、本件犯行を全体として考察すれば、被告人小林の生命身体を防衛する意思のもとに前記行為に出たとする被告人池田の当公判廷における供述は信用することができず、専ら裕享に対する憤激の情から同人の殺害を決意したとする同被告人の前記捜査官に対する供述調書中の供述の方が、当時の同被告人の真意を伝えるものとして信用に価すると考えられるからである。したがつて、同被告人の本件行為は前記防衛意思のもとに出たものではなく、押えに押えてきた裕享に対する憤激の情の爆発に原因するものと認められるから、同被告人についての正当防衛の主張も採用することができない。(松浦秀寿 黒田直行 中根勝士)