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大阪地方裁判所 昭和43年(わ)3812号 判決 1971年4月16日

主文

被告人を懲役一月に処する。

この裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、約四〇名の高校生と共謀のうえ、大阪府天王寺警察署長の許可を受けないで、昭和四三年一一月二九日午後四時三〇分ごろから同四時四〇分ごろまでの間、大阪市天王寺区餌差町大阪府立高津高等学校正門前から同区小幡西之町交差点を経て同区下味原町交差点に至る間の車道上において、前記約四〇名の高校生と共に隊列を組んでかけ足、ジグザグ行進あるいはいわゆるフランスデモ行進等の集団行進を行い、もつて無許可で一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態により右道路を使用したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法六〇条、道路交通法一一九条一項一二号、七七条一項四号、大阪府道路交通規則一五条三号に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から一年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一八条一項但書により被告人に負担させない。

(道路交通法違反の点につき無罪をいう弁護人の各主張について)

弁護人は、道路交通法七七条の規定は表現の自由を基本的人権として保障する憲法二一条に違反するものであつて無効である旨主張するが、道路交通法は道路における交通の安全と円滑を図ることを目的とするものであり、同法七七条一項四号は右の見地から、その対象を「道路において祭礼行事をし、又はロケーションをする等一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為」とある程度具体的な例示をなしたうえ厳格に制限し、それらを行おうとする者は所轄警察署長の許可を受けねばならないものとし、同条二項は右許可申請に対しては、交通の妨害となるおそれがないと認められるとき、許可に付された条件に従つて行なわれることにより交通の妨害となるおそれがないと認められるとき、公益上又は社会の慣習上やむを得ないものであると認められるときの以上いずれかの場合には許可しなければならないものとして、専ら交通の安全と円滑の見地から許可、不許可の合理的な基準を設定しているのであつて、右規定が表現の自由に対する制限となり得ることがあるとしても、それは交通の安全と円滑を確保するうえで必要最少限度のやむを得ないものというべきで憲法二一条に違反するものではない。

次に弁護人は被告人の判示所為は道路交通法七七条一項四号違反の構成要件該当性を欠き、あるいは仮に右構成要件該当性があるとしても可罰的違法性を欠くと主張するが、被告人の判示所為が学生生徒などの遠足、修学旅行の隊列又は通常の冠婚葬祭等による行列と同列に論ずべきものでないことは多言を要せず、本件は約四〇名の者が隊列を組んで車道上をかけ足、ジグザグ、あるいはことさらに隊列を左右に拡げて行進したものであつて、一般交通に著しい影響を及ぼす通行の形態に該当することは明らかであり、行進した者が高校生であること、約四〇名にすぎないこと、行進が短時間で終了したこと等は右該当性に関する判断を左右するものではなく、本件所為により交通の円滑に対してかなりの支障を来したことは証人井上貞男、同小西忠、同今村光の各供述により認められるところであるから、被告人の判示所為は右構成要件該当性あるいは可罰的違法性を欠くものではない。

以上のとおり、道路交通法違反の点につき無罪をいう弁護人の各主張はいずれも採用できない。

(大阪市条例違反の点につき無罪とした理由)

公訴事実中昭和二三年大阪市条例第七七号「行進及び集団示威運動に関する条例」(以下大阪市公安条例と略称)違反をいう点は「被告人は、大阪府公安委員会の許可を受けないで、昭和四三年一一月二九日午後四時三〇分頃から同時四〇分頃までの間、大阪市天王寺区東高津町四番地先より同区小橋西之町交差点、同区下味原町交差点を経て同区舟橋町四丁目一六番地先に至る間の路上において、三列縦隊の高校生約四〇名の隊列外先頭に位置し、これを誘導して、ジグザグ行進あるいはいわゆるフランスデモ行進等を行ない、もつて無許可集団示威行進を指揮したものである」というにあり、検察官は右事実が大阪市公安条例一条に違反して同五条に該当すると主張する。

前掲各証拠を総合すると、右公訴事実記載の事実は全てこれを認めることができ、さらに詳細にみるならば、本件集団行進を開始するに先立ち被告人および他約三〇名の高校生が高津高校正門前において同校内に立ち入ろうとしてこれに反対して右立ち入りを阻止しようとする下校中の同校一般生徒約六〇名と対峙していたこと、本件集団行進の構成員は当時大学生であつた被告人を除いて全て高校生でありその数は約四〇名であつたこと、行進の時間は約一〇分位であり、行進した距離は約六〇〇メートルであること、行進参加者はいずれも当日扇町公園において行なわれる予定であつた大阪府高校生自治会連合準備会主催の集会に参加する意思を有していたこと、本件行進は右集会参加のため国鉄鶴橋駅より大阪環状線に乗るべく同駅に赴く途上隊列を組んで集団行進を行いその際安保粉砕等のシュブレヒコールを為したものであつて一定の政治的主張を集団示威行進によつて外部に表示しようという明確な目的を有していたというよりむしろ鶴橋駅へ赴くことをその第一次的目的としていたこと、本件行進が行なわれた当時その周辺において他に集団行進の行なわれた事実は認められず本件集団行進は全く単独に行なわれたものであること、本件集団行進において用いられた威力または気勢を示す方法としては、参加者中の大多数の者がヘルメットを着用し、旗ざお二本を所持し、前記のシュプレヒコールを繰り返しながらかけ足、ジグザグあるいはフランスデモ行進を行つたこと等の事実を認めることができる。

弁護人は、大阪市公安条例は憲法二一条に違反すると主張するが、既に最高裁判所が右条例とほぼ同様の内容をもつ東京都条例や京都市条例につき憲法二一条に違反しない旨判断しており、当裁判所としても同様に考えるので弁護人の右主張は採用しない。つぎに弁護人は、本件集団行動は大阪市公安条例一条で許可申請の対象としている集団行動に当らない旨主張するので判断するに、同条例が右のとおり合憲であるとはいえ、それによる集団示威運動の規制が、憲法二一条の保障する表現の自由と密接にかかわる問題であることは何人も異論のないところであり、とりわけその表現の内容が政治的主張である場合にはたとえそれが集団示威運動という手段によつて為されるものであつても民主主義の根幹にかかるものとしてその表現の自由は最大限に尊重されねばならないのであるから、右条例の解釈、適用にあたつては慎重な考慮を要するものである。ところで大阪市公安条例一条の立法趣旨は、一見平穏静粛な集団であつても、ときに群集心理にかられて昂奮、激昂の渦中に巻き込まれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢の赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躙するような事態に発展する危険性を内包するという集団示威運動の本質に着目し、そのような集団示威運動に対し事前に許可申請をなさしめ、それに基きあらかじめ警備計画の樹立等不測の事態に備え適切な措置を講じ、もつて地方公共の安全と秩序を維持しようというところにあること(地方自治法二条三項一号)は検察官主張のとおりである。そして、道路交通法の立法趣旨は先に述べたとおりであり、両者はその対象とする保護法益を異にするものとみるべく、従つて、結局大阪市公安条例一条に定める集団示威運動とは、当該集団の規模、時間、場所その他諸般の情況よりみて、地方公共の静ひつを乱し、暴力に発展する危険性のある物理的な力を内包しているものをいい、単に「道路における交通の安全と円滑」のみを阻害するおそれがあるにすぎないような集団行進はこれに含まれないものと解すべきである。

右に述べたところをふまえて、被告人の所為が大阪市公安条例一条、五条に該当するか否か検討してみるに、被告人および他約四〇名の高校生の本件所為は、これを端的にいえば扇町公園での集会に参加するため電車に乗るべく国鉄鶴橋駅まで赴くに際し、各自平穏に通行することをせず、ことのついでとばかりにいわゆるデモ行進の形態をとつてシュプレヒコールをしながら車道上の行進して気勢をあげ集会参加の意欲の軒昂たるところを相互に誇示して確認し合つたというにすぎないものとみるのが相当であり、(交通の円滑に対してかなりの支障を生じた事実は先に道路交通法違反の点に関し述べたとおりであるが、かかる行為は単に道路交通法七七条により規制すれば足るものと考える。)、先に詳細にわたつて認定した諸事実を総合して考慮してみると、仮に本件行進が南大阪の繁華街における夕方のラッシュ時にかかるものであることを加味しても、なお本件集団は、「公共の静ひつを乱し、暴力に発展する危険性のある物理的力を内包している」ものではなかつたといわねばならない。以上にみたとおりであつて、本件集団行進の実態、大阪市公安条例の立法趣旨、大阪市公安条例で表現の自由に影響するところが大きくその適用にあたつては厳格な解釈が要請されることを総合勘案したうえ、当裁判所は本件集団行進は大阪市公安条例一条、五条の予定する公安委員会の許可を受けねばならない「行進若しくは集団示威運動」に該当しないものと判断する。

結局被告人の本件所為は大阪市公安条例五条、一条の構成要件該当性を欠くものであつて、公訴事実中大阪市公安条例違反の点については罪とならないものであるが、判示道路交通法違反の罪と観念的競合の関係にあるものとして起訴されたものであるから主文において特に無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。(久米川正和 宮嶋英世 島敏男)

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