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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)3958号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、訴外亡味谷喜代光が鉄骨組立工として、大阪府貝塚市堀四三二番地の建築工事現場で働いていたこと、右現場では建物築造のための鉄骨組立中であり、昭和四二年六月二〇日、操作中のレッカー車のクレーン機の先端が同所付近に架設してあつた被告関電所有の高圧電線に接触したため、高圧電流がクレーン機および鋼索を通して吊上げていた鉄骨に流れ、この鉄骨を手でつかんだ亡喜代光が感電して同所で即死したことは当事者間に争がない。

二、被告根来、同関電が右事故につき不法行為責任を負うかどうかについて争があるので判断する。

<証拠>を総合すると、被告根来は鉄骨組立等を業とする根来鉄工所を経営していること、本件事故の約一ケ月前に訴外中塚から事故現場における建物新築工事のうち、鉄骨組立を請負つたこと、被告根来の従業員は同被告の他二名で人手が足りないので、同業者である訴外高橋茂信の従業員であつた亡喜代光に右工事の応援に来てもらつたこと、右工事に着手したときには、現場にあつた中塚の作業場建物は撤去され、新築建物の土台が作られていたこと、本件当日は上棟式をする予定で、レッカー車のクレーン機を使つて鉄骨を吊上げ、これをボルトで締めて固定する作業をしていたこと、右レッカー車の派遣は被告根来が訴外吉岡運送に依頼し、同店から当初四トン車が来たが、これではクレーン機が短く作業できないので施主中塚に一日作業を延期するよう申入れたところ、上棟式の都合もあつて作業を開始するよう要求され、訴外呑海垣の運転する八トン車に改めて来てもらい、午後一時頃から作業を開始したこと、作業は被告根来およびその従業員二名、亡喜代光、レッカー車の運転者呑海垣の計五名で行ない、被告根来は鉄骨等には上らず、地上にいて責任者として監督していたこと、吊上げ中の鉄骨に振留用のロープを結ばなかつたのは、被告根来の指示によること、本件事故は午後三時頃起き、その頃は鉄骨の柱を建て、その柱を二階床部分で横につなぐ鉄骨を吊上げる作業をしていたこと、亡喜代光は二階床部分の梁接続用の鉄骨にまたがり、右手に煙草を持ち、左手でクレーン機によつて吊上げられてくる鉄骨をつかまえ、引寄せようとしたとき、クレーン機の鋼索が高圧電線に接触し、感電して死亡したこと、鉄骨はこの時ゆれていなかつたこと、右高圧電線は電圧六、〇〇ボルトの配電線で被覆されていない裸線であり、地上高7.5メートルに架設されていたこと、中塚のとりこわされた旧作業場は平家建で地上高四メートル乃至4.5メートルであつたが、本件新築建物は右電線と約1.5メートルしか離れていない地上高約六メートルの二階建であつたこと、被告根来は右電線が高圧電線であることは知つていたが、色が裸銅線のように赤くなく、黒かつたので被覆電線であると思つていたこと、しかし危険が予想されるので、本件工事前に三、四日、中塚に電気屋を呼んで右電線に絶縁用黄声ポリエチレン被覆をするよう頼んだが、中塚は知合いの電気屋に頼んであると言つていたこと、本件事故当日、レッカー車の運転者訴外呑海垣が作業開始前に現場を確認したところ、右電線は被覆のない裸線であることがわかつたので、被告根来にその旨および電気屋に連絡して被覆してもらうよう言つたが、被告根来は連絡をしてあると答え、前記のように中塚に作業開始を要求されたので、被覆をしないまま工事を始めたこと、中塚および被告根来から被告関電に対して被覆防護工事の届出はなかつたこと(この事実については当事者間に争がない。)、被告根来が本件工事について作業員と打合わせをした際、右高圧電線の話は出なかつたこと、本件工事現場は国道阪和線に面していて国道両側には約八割位建物が建てられているが、他は空地が多かつたこと、本件高圧電線はその太さ、強さ、種類、架設の方法、高さ等すべて電気事業法四八条一項に基づき制定された電気設置に関する技術基準を定める省令(同四〇年六月一五日通商産業省令六一号)に適合していること、右省令には六、〇〇〇ボルトの高圧電線に被覆電線を使用するよう規定されていないこと、しかし塩害のある海岸付近に架設されているものには被覆電線が使用されていること、裸電線は架設してから三ケ月半経過すると変色することがあること、被告関電は電気事業法五二条に基づいて保安規定を定め通商産業省に届出ているが、それによると配電線を含む配電設備の巡視点検は年一回となつていること、その他、別に社内で保守要綱を定め、本件現場地域は六ケ月に一度の巡回点検をすることにしていたが、実際には三ケ月に一回の割合で巡回していたこと、巡回は被告関電係員四、五人が一組となり、自動車で高圧電線と建造物、テレビアンテナ等の接触の危険の有無を見て回ること、本件現場の高圧電線は事故の起る直前の同年六月六日に巡回したが、高圧電線の下四メートルの範囲に危険と思われる工事は発見できなかつたこと、右巡回によつて電線に接近して行なわれている工事あるいはその他の物件を発見し、または工事業者から被覆防護工事の届出があれば、直ちに工事を中止させ、ポリエチレン絶縁管を高圧電線に挿入する態勢をとつていたこと、を認めることができ、<反証―排斥>。

(一) まず、被告根来の責任について判断する。被告根来が鉄骨組立業を根来工業所の名称で営み、本件鉄骨組立工事を施主中塚から請負い、根来鉄工所従業員二名と、同業者高橋から応援に来てもらつたその作業員亡喜代光を使い、吉岡運送からレッカー車およびその運転者の派遣を求め、自ら建築工事現場において工事全般の監督をしていたことは前記認定のとおりであつて、右のような立場にあるものは工事の統轄監督者として工事全般の進行およびその全作業員(直接の雇傭関係があるかどうかを問わず)の安全確保に配慮すべき注意義務があるものということができる。そして具体的に本件の場合には、被告根来は本件高圧電線の存在について知つており、本件事故当日工事開始前にレッカー車の運転者呑海垣から右電線は被覆のない裸線であることを指摘されて知り、本件工事がレッカー車のクレーン機を使い、右裸高圧電線に接触する可能性の大きい鉄骨組立工事であることを考慮すると、従業員に対する感電事故の発生は容易に予見しえたのであつて、施主中塚に要求し同人が依頼しておいたという電気屋もまだ被覆工事をしていないのであるから、中塚から工事開始を強く求められたとしても工事の安全確保のためには、自ら被告関電に被覆防護工事を届出て、その完了を待つか、中塚の依頼したという電気屋が同様工事を完了するのを待つて、初めて鉄骨組立工事に着手すべき義務があつたものといわなければならない。しかるに被告根来は、被告関電に被覆防護工事の届出をせず、中塚の依頼したという電気屋もまだ到着しないまま鉄骨組立工事を開始させ、その結果亡喜代光を感電死させたのであるから、亡喜代光の死亡につき過失があり、本件事故から生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告関電の責任について判断する。本件高圧電線が被告関電の占有かつ所有する土地の工作物であることは、当事者間に争がない。そして本件電圧電線は、その太さ、種類、架設の方法、高さ等すべて電気設備に関する技術基準を定める省令に適合していて、右省令には六、〇〇〇ボルトの高圧電線に被覆電線を使用するよう規定されていないのであるから、本件高圧電線が裸線であることは、行政上の取締規定である右省令には違反していないことになる。しかし、右省令は最低限度の技術基準を定めたものであるから、これに違反していないからといつて直ちに民法七一七条の定める所有者としての責任がないものとはいえず、社会的経済的事情を考慮し、危険な工作物である高圧電線に被覆のないことが、損害発生を防止するに足る設備を有しないとして瑕疵になるかどうかを判断しなければならない。近時、市街地等においては高圧電線に接近して高層鉄骨鉄筋建築物が建設されることが多く、本件のような事故が起ることも十分予想され、高圧電線に被覆電線を使用することは、塩害のある海岸付近では被覆電線が使用されていることからみても技術的に不可能とはいえず、特に市街地においては同三七年一一月八日の最高裁判決のいうように被覆電線を使用することが望ましく、事情によつては裸線を使用したことが瑕疵となる場合もありうるものと解される。

これを本件についてみると、本件現場付近は国道阪和線にに面していて、右国道の両側には建物が約八割位建つているが、その他は空地が多く、従つて市街地というよりは郊外地に近いこと、本件現場には中塚の平家建旧作業場があり、中塚はこれをとりこわして本件二階建建物を新築しようとしていたこと、中塚はこれを被告関電に通知せず、被告関電の巡回によつても右工事を発見できなかつたことは前記認定のとおりであり、以上の事実からすると本件現場の高圧電線に被覆がなされず、裸線のまま放置されていたことは、いまだ設置保存の瑕疵であるとは解されない。また本件全証拠によるも、本件現場付近に高圧電線に注意するよう呼びかける掲示等があつたことは認められないが、右掲示がなかつたからといつて直ちに損害発生防止に必要な設備を欠くとして瑕疵があるとはいえない。原告等は、巡視巡回が十分なされていなかつたことが設置保存の瑕疵になると主張しているが、巡視巡回のなされていた情況は前記認定のとおりであり、不十分とはいえず、また不十分であるとしてもそれが土地工作物である高圧電線自体の設置保存の瑕疵となるとはいえない。よつて原告等の被告関電に対する請求はいずれにしてもその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三、よつて被告根来に対する関係で、本件事故によつて原告等の受けた損害について判断する。

(一) 亡喜代光の得べかりし利益

亡喜代光が死亡当時満二〇才であつたことは当事者間に争がなく、<証拠>によると、亡喜代光の日給は一、七〇〇円であつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

昭和三九年度簡易生命表によると、亡喜代光の余命年数は五〇・三三年であるが、その範囲内で労務者として六三才まで就労可能と考えられるから、その就労可能年数は四三年となる。そして一ケ月二五日間就労するものとすると月収四万二、五〇〇円となり、亡喜代光の生活費は原告等主張する一ケ月二万二、五〇〇円が相当と考えられるからこれを控除すると、亡喜代光は一ケ月二万円、一年間二四万円の利益を喪失したことになり、前記就労可能年数中の得べかりし利益から、複式ホフマン式計算法によつて中間利息を控除すると、得べかりし利益の現在額は金五四二万六、四〇〇円になる。

(二) 亡喜代光の慰藉料

被告根来は、亡喜代光は即死したものであり、このような場合には死者に慰藉料請求権がないと主張するが、同四二年一一月一日最高裁判所判決の趣旨によれば被害者が請求の意思を表明する余裕のないまま即死した本件のような場合においても、被害者は慰藉料請求権を取得し、これは相続の対象となるものと解され、当裁判所としてもこれと異なる解釈をとる必要を認めない。亡喜代光は死亡当時満二〇才の前途ある身で、原告イマエ本人尋問の結果によると体も健康であつたことが認められるから、本件事故により同時に生命を奪われたことによる慰藉料は、金一〇〇万円が相当と考えられる。

(三) 原告義夫、同イマエ固有の慰藉料

原告義夫が亡喜代光の兄で唯一の相続人であることは当事者間に争がない。成立に争ない甲一号証の一および二、ならびに原告イマエ本人尋問問の結果を総合すると、原告義夫は亡味谷常治郎と亡カヅエの間の二男、亡喜代光は同三男であること、原告イマエは亡常治郎の後妻として、同二四年三月一日内縁関係を結び、亡常治郎が約一年一ケ月後に死亡してからは女手一つで原告義夫および当時満二才であつた亡喜代光を育ててきたこと、同二五年三月二〇日原告義夫および亡喜代光の親権者がなくなつたので、同三二年八月一七日からは右両名の後見人に就職していること、同四一年四月九日受付で辻姓を味谷姓に変更し、同月二六日成人となつていた原告義夫(同一八年九月二九日生)を養子とする縁組を結び届出たこと、同時に亡喜代光も養子とするつもりであつたが同人が未成年者(同二一年一二月一八日生)であり、且つ後見人、被後見人の関係でもあつて養子縁組には家庭裁判所の許可が要るので成人になるまで放置しているうち、本件事故が発生したこと、本件事故まで原告イマエ、同義夫、亡喜代光は共に生活してきたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によると、原告イマエは原告義夫、亡喜代光の幼児から実母同様に養育し、生活感情においては実親子に優るとも劣らないものということができ、かつ亡喜代光を原告義夫同様正式に養子とする意思があつたのに、縁組届出をしなかつたのは偶々前記の如き事情があつたからにすぎないから、他に民法七一一条に定める父母、配偶者、子がいない亡喜代光の事実上の養母として、社会通念上亡喜代光の死亡により受けた精神的苦痛を、金銭で慰藉されてしかるべきである。

原告義夫も、実父母なきあと唯一の肉親であり、共に生活してきた弟の亡喜代光死亡によつて受けた精神的苦痛を、同様金銭で慰藉されてしかるべきである。

被告根来は、民法七一一条は被害者死亡によつて固有の慰藉料請求権を持つ者を制限列挙したものと主張するが、当裁判所はその見解はとらない。

そして前記諸事情を考慮すると、原告義夫の慰藉料は金五〇万円、原告イマエのそれは金一〇〇万円が相当である。

(北浦憲二 三好吉忠 中根勝士)

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