大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)4750号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(示談の効力)
そこでまず、示談の効力の点について考えるのに、<証拠>を総合すれば、
本件示談書には、示談方法として「第一、当事者(被告)が第二当事者(原告)の車両損害に関しては、責任を以て完全に修理しその費用を支払います。」と記載されていること、
本件交差点は、信号機のある古市大通三丁目交差点から南方約三五米の地点にあり、東西道路の幅員八米、南北道路の幅員一一米(両道路ともアスファルト舗装)の両道路が交差する信号機の設置のない十字路であつて、東西道路の西方は間もなく城北運河があつて行止まりとなつていること。
南北道路(バス通り)には白色点線によるセンターラインが引かれているが、東西道路にはセンターラインは設けられておらず、交差点の四隅はいずれも角切り(東北隅のもので両辺各三米底辺3.9米の三角形に相当する部分が削られている)がなされている他は、全部建物が建つており、両道路のいずれからも見通しは極めて不良であること、
両道路のそれぞれから両車の進行方向に従つて進行し交差道路の見通し状況を検すると、南北道路が明らかに広いものであることが確認されること、原告は、南北道路上を前記三丁目交差点の信号機に従い信号待ちの上発進し、南進して本件交差点に進入し、被告は東西道路道路上を西進(直進)して被害車にやや後れて右交差点に進入し(徐行、一旦停止は両車いずれも行なつていない)、前記衝突事故(両車体各前部)に至つたが、前照灯は両車とも点灯していたこと、(なお双方の各速度を明確にする証拠は存しない)
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、本件示談契約(その成立したことは当事者間に争いがない)は、具体的な内容、金額を定めることなく、単に被告が責任を以て本件事故による費用を支払う義務を負う旨抽象的に約したにすぎないものと解すべきであるから右契約を根拠としてその履行を求めるため本訴の如き請求をなすことはできないものというべく、従つて前記各事実(当事者間に争いのない事実を含む)の下にあつては、被告は原告に対し民法第七〇九条により右事故のため生じた損害を賠償すべき義務を負うことが明らかであつて、同条に則り本訴請求をなす原告の主張は理由があるものといわなければならない。
ところで右示談契約は右趣旨に止まらず、更に進んで被告が車両修理につき全責任を負うことを約するという積極的な意味内容をも持つもの(その反面として原告はその余の損害に関する賠償請求を放棄する旨の趣旨が含まれると推測されなくもない)と解すべきであり、これを本件に則してみれば、被告は過失相殺など、支払額を減縮せしめる権利を放棄する意思を有しこれを表示した趣旨とみることが相当である。過失相殺は、訴訟上裁判所の職権によりその裁量を以てなされるべきものと解されているけれども、当事者の処分を許さない性質のものとする必要もないから、有効な示談契約による場合その効力を認めて差支えない。
しかるに被告は右示談契約は錯誤に基づ無効であると主張するが、右認定事実によれば、被告は、間もなく行止まりとなる狭路を徐行などの措置をとることなく進行したものであり、他方原告は広路を進行し、しかも約三五米前方の信号機に従つて停止発進したものであつて、原告にも若干の過失が存することが認められるとはいえ、本件事故は主として被告の重大な過失によつて惹起されたものと認めるべきであり、過失割合の判定に関する法律上の知識に欠けこそすれ、その基礎となるべき前記事実及び状況の把握認識については当事者として完全にこれをなし得る立場にあつた被告としては、本件示談契約の前提、基礎その他その効力に影響を及ぼすべき重大な事実に関する錯誤があつたものとは到底認めることができない(なお被告は双方の速度についても錯誤が存する旨主張するが、前記認定のとおり双方とも相当な速度を出していたことを推測し得るに止まり、これを明確にする証拠はない。)ので、被告の主張は採用しない。
他に被告の主張を認めるに足る証拠はない。(寺本嘉弘)