大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)6332号 判決
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〔判決理由〕第三、事故と死亡との因果関係
一、請求原因二項中、自殺の動機の点を除いてその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二、右当事者間に争いのない事実と、<証拠>を綜合すれば、亡捷治は、本件事故による受傷のため直ちに大阪府済生会吹田病院に入院して治療を受け、母親(原告)の付添看護のもとに入院生活を送つていたが、左大腿骨骨折の治療の予後が思わしくなく、左脚が約三センチメートル短縮して跛足となつたこと、また、事故後亡捷治側と被告側との間で示談が進められ、被告らにおいて金三〇、〇〇〇円を支払うとの話しも出ていたが、昭和四二年四月一五日(亡捷治が自殺した日の前日)頃、亡捷治は、被告側関係者である訴外片山義孝と示談の件につき話し合つた際、同人から、亡捷治が飛び込み自殺を計るため事故車にあたつてきたもので、被告らは損害金の支払義務がないなどと申し向けられたため、これにいたく憤激し恥辱を感じていたこと、このようなことによる肉体的、精神的苦痛のため、同月一六日、入院中のベッドの枕もとに自殺する旨の書き置きを残して外出し、同日午前一一時四五分頃、大阪市北区梅田町四八番地地下鉄梅田駅二番ホーム北端より北方約八〇メトールの隧道敷内で進行中の電車に飛び込んで自殺したこと、その際、亡捷治が所持していた手帳に「遺書 足がびつこで生きてゆけないので死にます。葬式は極めて質素にし墓もたてないで下さい。足がびつこで生きて行けない。しかも加害者が慰しや料を払わない。金もないしこれから生きてゆけない。加害者はボクが自分からとびこんで来たというが、断じてそんなことはない。横断中に加害者の車スピードが速すぎていたものです。」との記載があること、がそれぞれ認められ、右認定に反する証人片山義孝の証言および被告吉岡仁志本人尋問の結果はたやすく措信しがたい。以上によれば、亡捷治は、左下肢の短縮という身体障害や加害者側の被害弁償についての誠意のなさ更には経済的な困窮などのため、将来の希望を失い自ら生命を絶つに至つたものであることが認められる。そうだとすれば、本件事故と亡捷治の死亡との間に本件事故がなければ亡捷治が自殺しなかつたであろうという関係(条件関係)の存することが明らかである。
三、ところで、不法行為から生じた結果のうち、当該不法行為による損害として、行為者に賠償責任を負担させうるためには、行為と損害(財産損害)との間に単に条件関係があるのみでは足りず、両者の間に相当因果関係即ち、行為によつて通常生ずる損害であるか、あるいは予見可能性のある特別事情による損害である関係が存する場合でなければならない。従つて、交通事故と自殺についていえば、交通事故の被害者がその受けた肉体的精神的苦痛から自殺を決意しこれを実行に移すことは極めて異例のできごとであることが経験則上明らかであり事故によつて通常生ずる結果とみることが到底できないので、事故と自殺との間に法律上の因果関係がありとするためには、加害者において、被害者が事故により受けた苦痛や衝撃のため自殺することを予見しまたは予見可能な状況にあつた場合に限られるものといわざるを得ない。しかして、予見可能性のある状況とは、一般的に、被害者の受けた苦痛、衝撃または身体、精神の後遺障害が極めて重大で、通常人ならば何人も生きる希望や意欲を失い自殺を選ぶほかなく、そして通常人ならば何人もこれを首肯せざるを得ないような状況にある場合を指すものと解するを相当とする。本件についてこれをみるに、亡捷治が交通外傷のため、前記認定のような左下肢に後遺障害を残し、また、示談の過程で加害者の不誠意な言動に憤激して精神的な安定を欠いていたことは十分認められるけれども、さりとて、前記認定の事情からすれば、死を選ばなければならないほどの切迫した状況があつたものと認めることは極めて困難であるといわざるを得ない。そうならば、本件交通事故と自殺による死亡とは、条件関係はあるけれども法律上の因果関係(相当因果関係)があるものと認めるに足りず、従つて、亡捷治の死亡により生じた財産的損害を加害者側である被告らに賠償させることはできないといわなければならない。但し後記のとおり、亡捷治の慰藉料算定については、条件関係がある以上、右事情を斟酌することとする(損害額算定に関する相当因果関係論は財産的損害の範囲を枠づけするためのもので、非財産的損害に関しては必ずしも適用なく、条件関係のある事項を被害者側または加害者側の事情として斟酌しうるものと解する。(吉崎直弥)