大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7003号 判決 1970年2月27日
原告 エヌ・エム・シー株式会社
被告 シュリロ・トレーディング・カンパニー・リミテッド
主文
原告のなす、米国会社ゼ・パーカー・ペン・コムパニー製造にかかり「PARKER」なる商標を附した万年筆、ボールペン及びその部品の輸入及び販売について、被告が登録第一七一八六七号商標権の専用使用権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 原告訴訟代理人は主文第一項と同旨並びに「被告は原告のなす主文第一項掲記の物品の輸入及び販売を妨害してはならない。」との判決を求め、被告訴訟代理人は差止請求権不存在確認の請求に対する本案前の申立として「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案につきいずれも請求棄却の判決を求めた。
第二 原告訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。
一 原告は電気製品及び日用雑貨品の輸出入等を業とする会社であり、被告はカナダ国に本店を置き、日本においては東京都及び大阪市に営業所を設け、国際貿易、各種商品の製造及び販売を業としている外国会社であつて、訴外米国会社ゼ・パーカー・ペン・コムパニー(以下パーカー社という)が日本において有する登録商標第一七一八六七号「PARKER」、指定商品万年筆、鉛筆特に機械的鉛筆及びインキとする商標権につき、右パーカー社との間の契約により、日本国全域を対象とし、指定商品全部を内容として、対価の額は無償とする専用使用権の設定を受け、昭和三九年一月一日以降満二年ごとに更新し、その旨の登録を経由して現在に至つたものである。
二 原告は、前記パーカー社の製造にかかり同社によつて「PARKER」の商標が附された万年筆六〇〇本を香港から輸入すべく、同地の商社リリアンス・カンパニーとの間に右商品の買付契約をし、現品は既に大阪港に到着して現在保税倉庫に蔵置中であるが、昭和四三年五月二四日大阪税関に右貨物の輸入申告書を提出したところこれよりさき被告から昭和四三年四月頃税関当局に対し、「PARKER」の登録商標を附した万年筆等指定商品の第三者による輸入は自己の有する右商標専用使用権の侵害であるとして、右物品の輸入の差止を求める趣旨の「無体財産権侵害物品についての輸入差止申立書」(昭和四一年五月三一日大蔵省通ちよう蔵関第五二二号に基くもの)が提出されていたため、原告は大阪税関より、関税定率法第二一条第一項第四号に該当する物品(商標権侵害品)であるとの理由で被告の輸入同意書が得られない限り輸入は許可できない旨口頭の通告を受け、更に昭和四三年一〇月三一日同趣旨の文書による通告を受けた。
三 大阪税関の説明によれば、「関税定率法第二一条第一項第四号関係については、税関がすべての輸入品につき自主的にチエツクすることは事実上不可能であるため、当該権利者からの輸入差止申立書の提出がない限りこれを行なわないのが実務の取扱いである。本件の場合は被告から予め輸入差止申立書が提出されていたので、税関としては原告の輸入しようとする万年筆は、一応、商標法第三七条第五号により関税定率法第二一条第一項第四号に該当する疑いがあるものとして取り扱つたが、輸入品が商標の偽造品ないし模造品ではなく、真正なパーカー社の製品である場合については、専門外の問題であるのではつきりした確信がもてる訳ではない。被告に対し真正商品についても差止の意思を有するのかどうかについて再三念を押したところ、真正商品については必ず輸入同意書を出すといつているから、同意書をとつて欲しい。」とのことであつた。
そこで原告としては、真正なパーカー商品の輸入は商標権ないしその専用使用権を侵害するものではないから、本来輸入同意書を必要としない旨を大阪税関に訴え交渉を続けているうち、同年八月二〇日に至り、被告は同税関に爾後原告による真正パーカー商品の輸入には同意書を出さない旨を表明するに至つた。なお、原告は大阪税関長の前記輸入不許可処分に対し行政処分取消訴訟を提起し、大阪地方裁判所昭和四三年(行ウ)第六七四号事件として係属中である。
四 しかしながら、原告が輸入しようとしている「PARKER」の商標を附した万年筆は、原産地たる米国において同地の商標権者パーカー社自身によつて製造され、右商標を附された上、その意思に基づいて出荷されたものであり、原告はこれを香港のパーカー社代理店及び同地の商社リリアンス・カンパニーを経由して輸入しようとしているものにすぎない。つまり、本件はいわゆる真正商品の輸入であつて、登録商標を附した偽造ないし模造の疑似商品の輸入とは全く性質が異なるばかりでなく、輸入国たる日本における商標権者と原産地たる米国における商標権者は共に同一人であり、且つ、原告が輸入しようとするパーカー万年筆と専用使用権者である被告が現に輸入販売しているパーカー万年筆とは、仕向国による仕様の差異もない全く同品質のものである。
五 最近、本件「PARKER」商標の如く、国際的に著名ないわゆる世界商品の商標について、内国の登録商標を附した真正商品の第三者による輸入を内国の商標権者又は専用使用権者が如何なる限度において排除しうるかの問題が、商標保護の属地主義との関連における重要な課題として世界各国において論議せられるに至つている。原告は商標権の属地性を否定するものではないが、商標権の属地性は国家主権との関係及び自国の流通秩序の保護との関係で認められているもので、その内容は必ずしも絶対無制限でなければならないものではなく、それには内在的な限界がある。属地性の限界は、商標の機能に準拠して考察すべきであり、更に正確に言えば、消費者の利益も含む商標制度によつて保護される関係諸利益の衡量によつてその限界を画すべきである。従つて、第三者による真正商品の輸入に対し商標権者又は専用使用権者が差止請求権を行使できるか否かは、それぞれの事案によつて異なるであろうが、少なくとも本件事案に関する限り、以下に述べるとおり、被告は「PARKER」商標権の専用使用権に基づいて原告によるパーカー社の真正商品の輸入を差止める権利を有しない。
(一) 商標保護の目的は、商標法第一条に明らかな如く、「商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発展に寄与し、あわせて需要者の利益を保護すること」にある。それでは、第三者による真正商品の輸入によつて果してこれらの目的が妨げられるであろうか。
第一に、商標は、商品の出所識別機能と共に、品質保証機能をもち、商品の製造者が過去において顧客を満足させたグツドウイルを象徴するものである。この築き上げられたグツドウイルは、同一又は類似の商標を附した偽造又は模造の劣悪商品が販売された場合においては毀損されるおそれがあるけれども、内国商標権者が内国市場で販売するのと同一のいわゆる真正商品が第三者によつて輸入販売されたとしても、商標法が保護しようとする商標権者のグツドウイルは侵害されるものではない。このことは、内国における商標専用使用権者が自ら当該商品の製造を行なわず、単に商標権者の国外で製造した商品を輸入販売しているに止まる場合においても同様である。何となれば、この場合当該商標は、専用使用権者の商品としての出所識別機能をもたず、製造者たる商標権者の商品を象徴するものとして購買者に認識されているから、専用使用権者が商標権者と別個独立の保護利益をもつに至つていないからである。
第二に、商標の保護は、これによつて競争が促進され産業の発達に寄与するメリツトを生ずるといわれる。商標によつて需要者は競業者間の商品を識別することが可能となり、競争して製造販売される同一種類の商品のうち、品質、価格その他の要素によつていずれかを選択することとなるため、製造者間において、より良質の商品をより低い価格で販売する競争を生ぜしめ、産業の発達を刺激する効果をもたらす。第三者による真正商品の輸入販売を認めても、価格競争が促進され需要者に利益をもたらすだけで、品質競争には影響を及ぼさない。
第三に、製造者に商標使用の独占権を与えることによつて、顧客は劣悪な品質の類似商品を買うことから保護される。外国製造者の商標について、内国商標権を有する者に同一商標を附した真正商品の輸入販売を阻止する権利が認められなくても、少なくともそれが同一製造者による同一品質の商品である限り、顧客の利益保護は失なわれない。つまり、購買者は同一の商標を附した真正商品を外国製造者の内国支店又は代理店から買つても、あるいはこれと競業関係にある独立の輸入業者から買つても、価格の高低がありうるだけで、商品によつて得られる満足の程度にはかわりがない。
このように商標保護の本質からみてくれば、商標権の専用使用権者の内国市場独占による利益期待権を保護するという理由だけで、第三者による真正商品の輸入を禁止することには、商標法上合理的な根拠を見出しえないのである。
(二) のみならず、原告はその前身たる株式会社阿木商会(同会社は昭和四〇年八月一日解散し、原告会社は同月一〇日同じ代表者によりほぼ同一の事業目的をもつて設立せられ、前者の事業を承継した)当時から今日に至るまで、本件同様香港経由のルートにより真正パーカー万年筆の輸入、販売を継続し、被告が「PARKER」商標権につき専用使用権の設定を受けた日時より前から、既にパーカー製品について相当の輸入実績を有していたものであり、その間輸入及び販売の行為につき、商標権者たるパーカー社より差止ないし警告を受けたような事実は全くなく、商標権者も被告の輸入販売による利益を享受していたのである。従つて、原告は、被告が専用使用権を取得した後行なつた宣伝活動の成果に只乗りして不正の利益を得ようというが如き意図をもつて本件パーカー万年筆の輸入をしようとするものでないことは明らかであるのみならず、事実は逆に、原告が開拓に努めた国内市場を被告において専用使用権に藉口して強引に独占しようとしているものといわねばならない。
(三) 特に、本件においては、「PARKER」商標はパーカー社の製造に係る商品であることを表示する世界的に著名な商標であり、被告は国内において自らパーカーブランドの商品を製造しているわけではなく、専らパーカー社の日本総代理店として製造元のパーカー社から「PARKER」商標を附した商品を輸入し、これを販売している者であり、右商品に関する被告の広告物のうちには、パーカー社によつて米国で製作されたものがあり、香港において配布されている広告物と使用文字こそ異なれ内容は全く同一であるという事跡によつて窺われるように、被告は全面的にパーカー社の広告政策に従つているのであつて、パーカー社とは法律的にも経済的にも密接な関係を有し、名は前記商標の専用使用権者であつてもその実は単なる日本におけるパーカー社の販売代理店にすぎないのである。被告の独占的輸入販売権の確保は、パーカー社との間における代理店契約上の問題として同社との間で処理されるべき事柄であつて、商標専用使用権によつて第三者の輸入販売を差止めようとするのは筋違いも甚だしく、もはや商標法による保護の範囲外というべきである。
六 以上の点を別としても、原告が香港のリリアンス・カンパニーから輸入しようとするパーカー万年筆は、パーカー社が米国において製造したうえ「PARKER」の商標を附し、これを香港に輸出し、香港の取扱業者から同地のリリアンス・カンパニーに売り渡されるものである。このように、「PARKER」商標は、製造を示す商標として米国において適法に使用されたものであり、米国より香港に対する輸出の際に、又は少なくとも香港における取引の際に右商標権に基づく権利は消尽されたものとみるべきであるから、この点からしても原告のなす右商品の輸入販売は被告の商標専用使用権を侵害するものではない。
七 被告は、請求原因二記載の輸入差止申立書を提出するに当り大阪税関から差止申立の趣旨に関し、真正商品の輸入に対する態度につき釈明を求められた際、特に原告による真正商品の輸入に対しては必ず輸入同意書を提出するから差止申立書にこれを除外する旨の記載をする必要はない旨回答し、またその頃原告からの申入れに対しても前同様の回答を行なつている。そして、事実その後十数回にわたり被告は輸入同意書を提出しているのである。これらの点からみれば、被告は原告のなす真正パーカー商品の輸入について包括的に同意する旨を原告に約したものというべきである。そうだとすれば、その後被告がその態度を一変し、原告のなす真正パーカー商品の輸入に不同意を表明するに至つたことは前記の約旨に反するものであつて、かかる包括的同意の撤回は被告の一方的行為によつてなしうるところではない。従つて、この点からしても、被告は原告のなす真正パーカー商品の輸入販売を差止める権利を有しないものといわねばならない。
八 商標権の行使は信義に従い誠実にこれを行なわなければならない。パーカー社は本件輸入商品に対し商標を適法に附して拡布しているものであつて、右商品の再販売については黙示の許諾を与えているものであり、これを差止めることは禁反言の原則に照らし許されない。被告は商標専用使用権者といつてもその実はパーカー社の商品の輸入販売業者にすぎず、原告の本件商品の輸入、販売に対して右専用使用権に基づく差止請求権を行使することは信義誠実に権利行使を行なうものとはいえない。そうでないとしても、右権利行使は本件の事情の下においては商標権の属地性に藉口して不当に取引を規制し、不当に交易を阻害するもので商標専用使用権の濫用にあたり、到底許容できないものである。
九 しかるに、被告は前述の如く、輸入差止申立書を大阪税関に提出し、しかも現在において真正商品についても差止を求める旨を大阪税関に対し表明し、もつて原告のなす真正パーカー商品の輸入を妨害しているものであり、この妨害の結果輸入許可がおりないものである事情は請求原因三において述べたとおりである。
よつて原告は、原告のなす前記商品の輸入販売行為につき被告が本件商標専用使用権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めると共に、その妨害の排除を求めるため本訴に及んだ。
第三 被告訴訟代理人は本案前の主張及び請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。
一 本案前の主張
本訴請求中、原告主張の商品の輸入及び販売に対する被告の差止請求権の不存在確認を求める部分は、確認の利益を欠くので不適法として却下さるべきである。すなわち、
(一) 被告は原告主張のとおり、昭和四三年四月付で「無体財産権侵害物品についての輸入差止申立書」を大阪税関に提出したが、原告が本件パーカー万年筆六〇〇本の輸入許可を受けられないことと被告の右輸入差止申立書の提出行為との間には直接の関連性がない。けだし、関税定率法第二一条第一項第四号によれば、「商標権を侵害する物品」は「輸入してはならない」と定められているのであつて、税関長としては、輸入申告にかかる貨物が商標権の侵害物品に該当すると認められる場合には輸入許可をすることができないのであり、輸入許可をなすか否かを当該商標権者からの輸入差止申立書の提出の有無によつて左右することは、法の建前として許されていないからである。本件においては大阪税関長において原告の輸入しようとする貨物が本件商標権を侵害する物品であると認め、既に輸入不許可処分をしている。それ故、原告としては同税関長を相手方として右輸入不許可処分に対する行政処分取消訴訟を提起することにより最も有効かつ適切に原告の法律上の地位の不安定を除去することができるのであり、現に原告は右輸入不許可処分の取消を求める行政事件訴訟を提起して係争中である。原告には、右訴訟以外に被告を相手方として被告の輸入差止請求権不存在の確認を求める利益も必要も存しない。
(二) 原告の輸入しようとする本件物品は税関に現在保管中であり、原告は未だその販売をすることができない状態にあつて、被告がその販売を妨げようとしたこともないのであるから、本件物品の販売に関しては原被告間に未だ現在の法律関係に関する紛争は存在せず、単に将来当事者間で問題となる余地があるにすぎない。右のような将来の法律関係についてその確認を求めることは、あたかも法令の解釈に関し裁判所の意見を求めるのと同断であつて、不適法である。
二 請求原因に対する答弁
(一) 請求原因一の事実、ならびに同二、七、九の事実中、被告が昭和四三年四月付で原告主張の内容の「無体財産権侵害物品についての輸入差止申立書」を大阪税関に提出したこと、その後被告が原告による真正パーカー商品の輸入につき大阪税関に対し十数回にわたり輸入同意書を提出したが、同年八月二〇日頃同税関に対し、爾後原告による真正パーカー商品の輸入には同意書を出さない旨を言明したこと、原告が大阪税関長を相手取り原告主張の行政処分取消訴訟を提起し現在係争中であること、被告が現在においても大阪税関に対し、真正パーカー商品についても輸入差止を求める旨を表明していることは、いずれも認める。
(二) 請求原因七の事実中、被告が大阪税関に対し右輸入差止申立書を提出した際、原告による真正商品の輸入に対しては必ず輸入同意書を提出する旨を同税関及び原告に回答したとの点は否認する。被告は、原告の注文に基づき既に出荷された分、現在注文中の分及び将に発注しようとしている分の真正パーカー商品については輸入同意書を提出する旨回答したにすぎず、右回答に基づきその後輸入同意書を提出したことを目して被告が原告の将来においてなす真正パーカー商品の輸入に包括的に同意する旨を原告に約したものということはできない。
(三) その余の原告の事実上及び法律上の主張はすべてこれを争う。
三 原告の主張に対する反論
(一) 第三者によるいわゆる真正商品の輸入は内国商標権についての専用使用権者の権利を侵害するものである。
商標権についても、その成立及び効力はその権利を付与した国の法律によるとする属地主義の原則は国際的に承認された一般原則であり、工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約は一九三四年六月二日のロンドン改正において第六条丁を新設し、一の国に登録された商標権が他の国に登録された商標から独立であるという原則を、また第六条の四を新設し、商標が国ごとに別個に譲渡または使用許諾できるという原則を確立し、この原則はいずれも一九五八年一〇月三一日のリスボン改正に引き継がれている。更に右の原則は、そのほか商標及び商号の保護に関する米州条約においてもより明確な形で採用され、国際的に承認されているのである。
確かに、ごく少数の国においては真正商品の輸入に関しては右の原則の例外が認められているようであるが、我が国は上記パリ条約に加入しており、憲法第九八条第二項の規定の趣旨に徴しても上記属地主義の原則に対し軽々しく例外を認めるべきではないと思料する。
更に、比較法的見地から検討してみても、属地主義の原則を修正する国として文献等に現われている諸国の政治的、経済的、社会的背景をみれば、例えば、ノルデイツク諸国においては特許法に関し統一特許法を作成すべきであるとの要請が非常に強く、商標法に関しても同様の考え方が容易にとられるであろうと考えられるし、EEC条約加盟国においては、同条約第八六条に「一または二以上の企業が共同市場または共同市場の主要なる部分における自己の優越的な地位を不当に利用することは加盟国間の貿易がこれにより影響を受けるおそれがある限り、共同市場と両立せず、かつ禁止する。」旨規定され、この条項に従つて各国特許法等にこの規定を工業所有権に関しても実施する旨の規定が置かれており、単に加盟国間のみならず、加盟国でない国との関係についても裁判所が加盟国に対する扱いとほぼ同様の考え方を基礎として判断を導く傾向が大である。また、米国においては、税関規則の文言が諸文献において問題とされているようであるが、米国は独占活動に対する規制が厳しく、自由競争を促進させるという考え方が非常に強い。このようにみてくると、近時我が国における一部の学説にみられるように、我が国とは異なつた政治的、社会的、経済的背景を有する各国の法制なり裁判例を、単にそこにおいて述べられた文言上の表現だけから比較し、そこから一定の傾向なるものを抽出し、我が国の裁判所においてもそれに従うべきであるというような考え方には、到底合理性を見出すことができず、原告の主張に副う学説は、何ら説得的価値を有しないものと考える。
(二) 本件における被告の商標専用使用権の行使は、商標法の目的及び具体的事情を比較考慮すれば、権利の濫用に当らないことは明らかである。
1 すなわち、商標法は、一面においては経済取引における公正なる競業秩序を維持形成し、取引者、消費者の利益を保護すると共に、他面において商標に化体される社会的、経済的利益を財産権として保護することをその目的とするものであるが、実定法上、法の本質的な目的がいずれにあるかは必ずしも一律には断じえないと一般に解されている。そしてまた、登録主義の考え方には、公衆の利益と公正競争秩序の保護自体を第一次的な目的とする考え方が基底に存するが、商標法は、第一次的目的がいずれにあるにせよ商標を財産権として保護するものであると解されており、商標権の財産権的性格は決してないがしろにされてはならないのである。
ところで、被告は、パーカー社の有する「PARKER」商標権の専用使用権者であり、従来二年毎に設定契約を更新して来たが、現在では昭和四三年一月一日より六年の期間をもつて従前と同内容の商標専用使用権の設定を受けその旨登録済である。このように専用使用権が設定された場合には、たとえ商標権者といえども登録商標の附された指定商品を日本に輸入することができないのであり、このことは、輸入商品が真正商品であると否とを問わないのである。
右のような権利が与えられていればこそ、被告は従来年間三〇〇〇万円を越える巨額の宣伝費を負担してパーカー製品の販路拡張に努めて来たのである。しかも、パーカー製万年筆は独特の構造を有し、パーカー製インクでなければ満足にその本来の機能を果しえないものであるところ、被告は右パーカー製インクの輸入、供給も行なつてパーカー製万年筆の普及を助けて来たのである。しかるに、原告は右の如き普及活動に何ら貢献することなく、単に被告の努力して開発した成果に只乗りして販売実績を挙げてきたにとどまるのであり、しかも、原告は被告が前記のような商標専用使用権を有していることを熟知しながら、パーカー製品をわざわざ香港経由で日本に輸入する方法によつて、被告の築いたグツド・ウイルを利用しようとしているのである。
2 元来、被告はパーカー社とは何らの資本関係を有するものでなく、被告の日本支店は昭和二五年頃よりパーカー社からのパーカー製品の輸入業務を開始して今日に至つたものであるが、パーカー製品の年間輸入販売高は、同支店取扱の年間総売上の一割五分程度にすぎない。また、被告はパーカー製品に関しては、上述のインクの輸入販売を行なつているほか、札幌、東京、名古屋、大阪及び福岡に各独立した部門としてアフターサービスのための営業所を置き、修理一般を行なつているが、右営業所の運営経費は被告の自己負担であり、修理の対象となるパーカー製品は被告が輸入したものに限定されていない。これらの事実に鑑みると、被告はパーカー社に対し極めて独立性の強い企業であり、パーカー社に従属して手足として動いているものでないことは明らかである。
3 被告の商標専用使用権の行使によつて原告が受けることのある不利益は、本件輸入差止の対象となつているパーカー製品を売却して得るはずであつた利益のみである。しかも、本件においては、原告は、被告の同意さえ得られれば容易に輸入許可を受けることができたにもかかわらず、敢て被告の同意を求めようとしなかつたものであり、かかる場合に蒙ることのある損害を法的に保護する必要は極めて少ないものといわなければならない。
4 原告は、原告がパーカー社の真正商品を輸入することによつて、消費者の利益も国家利益も増大こそすれこれを阻害することは全くない旨主張するが、たとえ原告の販売するパーカー製品の価格が被告の販売するパーカー製品の価格より廉価であるとしても、消費者の利益が必らずしも保護されることにはならない。何故ならば、仮りに真正商品の輸入であれば被告がこれを差止めることができないとの判定を受け、その結果たとえば被告がアフターサービスをしようとの意欲を失ないそれを中止するに至つた場合には、果して総合的にみて消費者が利益を得たといえるかどうかが疑わしくなるであろう。商品が安ければよいという考えは、右の一事によつても明らかなように、近視眼的であり非常にナイーブな考えであつて、到底同調することができない。更に、真正商品の輸入を認めることによつて国家利益が増大されるとの原告の主張については、何故にいかなる国家利益が増大されるのか理解に苦しむところである。
5 真正商品の輸入に対し、内国登録商標の商標権者又は専用使用権者による差止権を認めるときは、取引の安全と自由競争の阻害がもたらされるという主張が従来しばしばなされているが、現代の国際競争場裡においては、商品の生産者、販売者が、商標権を武器として、宣伝広告により海外に市場を開拓し、海外のそれぞれの市場においてその国に適した品質の商品を適正価格により供給する等、市場操作によりその販路を拡大し信用を蓄積していくことは、正当な競業行為として当然認められるべきである。それ故、本件の如き商標専用使用権の利用方法も、商標法の認める固有の権利内容の実現範囲内の行為であり、これを抑止することはできないものと思料する。
(三) よつて、原告の本訴請求はその法律上の根拠を欠くものであるから棄却さるべきである。
第四 証拠関係<省略>
理由
一、先ず、被告の本案前の主張について判断する。
原告が電気製品及び日用雑貨品の輸出入等を業とする会社であること、被告がカナダ国に本店を置き、東京都及び大阪市に営業所を設け、国際貿易、各種商品の製造販売を業としている外国会社であつて、訴外米国会社パーカー社の日本において有する登録第一七一八六七号商標「PARKER」、指定商品万年筆、鉛筆特に機械的鉛筆及びインキとする商標権につき、右パーカー社との間の契約により、地域は日本国全域、内容は指定商品全部、期間は昭和三九年一月一日から二年とする専用使用権の設定を受け、その後二年ごとに設定契約を更新すると共にその都度登録を更新し(なお、成立に争いのない乙第一号証によれば、右専用使用権の期間は昭和四四年六月一〇日付変更契約により昭和四三年一月一日より六年間に延長され、昭和四四年七月一五日その旨の登録が経由されていることが認められる。)て現在に至つていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、原本の存在及び成立につき争いのない甲第七号証の一ないし一三、原告代表者の供述、並びに右供述によつて真正に成立したと認める甲第三号証の一ないし三、同第四号証の一ないし九、同第五号証の一及び六ないし一二、税関作成部分につき成立に争いがなくその余の部分は前掲供述によつて真正に成立したと認める甲第五号証の二ないし五、同第六号証の一ないし七を綜合すれば、原告会社の代表者阿木仁一は、もと雑貨用品の輸入販売を業とする株式会社阿木商会を主宰し、同会社は昭和三七年以降香港所在の商社から、パーカー社が米国において製造し且つ「PARKER」の商標を附して拡布したところの、いわゆる真正パーカー商品であるパーカー万年筆、ボールペン、及びこれらの付属消耗部品等を継続的に輸入し、これを国内で販売する業務を行なつていたが、昭和四〇年八月頃右阿木商会は解散し、その頃同一代表者によつて阿木商会と営業目的を同じくする原告会社が設立され、爾後原告が事実上前記阿木商会の業務を引き継いで香港経由による真正パーカー商品の輸入販売業務を行なつてきたものであること、昭和四三年四月頃被告から税関当局に対し、「PARKER」の商標を附した指定商品の第三者による輸入の差止を求める趣旨の「無体財産権侵害物品についての輸入差止申立書」が提出され(この点は当事者間に争いがない。)、それ以後税関においては、右商標の附されている指定商品は、たとえいわゆる真正商品の場合であつても、商標専用使用権者たる被告から輸入同意書の提出がない限り関税定率法第二一条第一項第四号所定の「商標権を侵害する物品」に該当するものとして、その輸入について許可を与えない方針をとり、そのため、原告が香港所在の商社リリアンス・カンパニーから買い付けた真正パーカー万年筆六〇〇本について昭和四三年五月二四日大阪税関に対してなした輸入申告については、大阪税関長から同年一〇月三一日付文書をもつて原告に対し、被告の輸入同意書の提出がないため輸入を許可できない旨の通知がなされており、且つ、同年八月二〇日以降被告から輸入の同意を得る見込みがなくなつた(被告が昭和四三年四月以降同年八月頃までの間、原告の輸入申告をした真正パーカー商品につき前後十数回にわたり大阪税関に輸入同意書を提出していたが、同年八月二〇日に至り、今後原告の輸入する分については輸入同意書を提出しない旨大阪税関に言明したことは当事者間に争いがない。)ため、真正パーカー商品についての原告の輸入販売業務は、現在では通関手続上の規制により一時その遂行が阻害されているけれども、原告は大阪税関長を相手取つて大阪地方裁判所に対し、原告から昭和四四年五月二四日輸入申告のあつた前記真正パーカー万年筆六〇〇本について同税関長がなした輸入不許可処分の取消を求める行政事件訴訟を提起して目下係争中であり(原告が右訴訟を提起して目下係争中である事実は当事者間に争いがない。)、通関上の障害さえ除去されれば引きつづき将来も真正パーカー商品の輸入販売業務を続行する態勢にあることが認められる。
被告は、原告が輸入申告をした前記パーカー万年筆六〇〇本につき税関の輸入許可を受けられないのは、大阪税関長において右万年筆が商標権侵害物品であると認定したためであつて、被告のなした税関に対する輸入差止申立書の提出行為との間には直接の関連性がないものであり、原告の法律上の地位の不安定を除去するには同税関長を相手方として行政事件訴訟により輸入不許可処分の取消を求めることが最も有効適切な手段であり、それ以外に被告を相手方として被告の輸入差止請求権の不存在の確認を求める利益も必要も存しない、また、原告は輸入が許可されない限り右万年筆の販売はできないので、原被告間に右万年筆の販売に関しては未だ現在の法律関係に関する紛争は生じておらず、原告が被告の販売差止請求権の不存在の確認を求めることは、将来の法律関係の確認を求めることに帰し不適法である旨主張する。
しかしながら、大阪税関長のなした前記輸入不許可処分が被告のなした輸入差止めを求める趣旨の申立てに基くものであるとしても、税関長のなす不許可処分は後に詳しく述べる如く、独自の判断によるものと解すべく、また、原告がなす本件パーカー商品の輸入行為は被告の専用使用権を侵害するものであるとの被告の主張が大阪税関長のなした不許可処分に絶対に依存するものでないことも明らかである。したがつて、かりに、原告が大阪税関長を相手方として提起した前記行政処分取消訴訟において、原告が勝訴したとしても、これにより右行政事件の当事者でない被告が直ちに主張を撤回し原告の本訴において求めている法律上の主張を認めて原被告間に争いがなくなるとは限らず、また右行政事件の判決の効力が被告に及ぶわけでもない。そうすると、原告が前記の如く税関長を相手取り、輸入不許可の行政処分取消の訴訟を提起した事実、あるいは右事件が現に裁判所に係属している事実は、現時点においても原告が本訴において求めている被告との間の法律関係の存否の確認の利益を否定すべき事由とは解せられず、被告が前記認定の如く、原告の主張とは異る法律上の主張を今なお維持している限り、原被告間に右法律関係について争いが現存し、原告は被告からいつなんどき輸入販売差止請求その他の請求を受けるかもしれない法律上不定な地位にあるから、被告を相手取り、前記輸入販売差止請求権不存在の確認を求める利益ありと認めるべきである。
したがつて、被告の右本案前の抗弁は理由がない。
二、そこで、先ず、輸入販売差止請求権不存在確認請求の本案について審案する。
原告は、パーカー社によつて製造され、「PARKER」の商標を附して海外で拡布された万年筆等の指定商品を原告が輸入販売することは、なんら被告の右商標の専用使用権を侵害するものではない旨主張するに対し、被告はこれを争うので、以下この点について判断する。
(一) 本件登録商標の商標権者たるパーカー社は、米国に本社を有する有名な万年筆製造販売業者であつて、その製品に「PARKER」の商標を附した上世界各国の市場に輸出しており、右商標がパーカー社の製品に附される標識として世界的に著名な商標であることは公知の事実である。しかして、被告はカナダ国に本店を置き、東京都及び大阪市に営業所を設け、国際貿易、各種商品の製造販売を業としている外国会社であつて、パーカー社から日本における「PARKER」商標権につき専用使用権の設定を受け、昭和三九年以降その専用使用権者として現在に及んでいることは既述のとおり当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第八号証、日本において配布されているパーカー社作成にかかる宣伝パンフレツトであることにつき当事者間に争いのない検甲第一、二号証の各三、証人宮本昭一郎の証言、原告代表者の供述、並びに右供述によつていずれもパーカー社の作成にかかる宣伝パンフレツトであつて、それぞれ米国と香港とにおいて配布されているものと認められる検甲第一、二号証の各一及び各二とを綜合すると、被告は日本において「PARKER」の商標を附した指定商品は全くこれを製造することなく、専ら、米国においてパーカー社により製造され且つ前記商標を附された完成品のパーカー万年筆その他の指定商品につきパーカー社から日本国における一手販売権を授与され、「パーカーペン日本総代理店」という肩書のもとにパーカー社製品の輸入販売を行なつているものであること、パーカー社が米国の市場で拡布している製品と、日本向けあるいは香港向けに輸出している製品とは、仕向け地の消費者の好みに応じた仕様の差異があるわけではなく、また、商品の性質上、保管取扱方法の如何による変質のおそれ等は常識的にまず考えられず、従つて、原告が香港経由で輸入しようとするパーカー社の製品と被告が米国から輸入している同社の製品とは、その品質において全く同一であつて、些かの差異もないものであることが認められる。
(二) 昭和四〇年条約第九号「工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約」(以下単にパリ条約という)は、商標権についても、他の工業所有権と同様に属地主義、商標権独立の原則が支配することを認め、商標権は登録国ごとに互いに独占した存在であり、各別に譲渡または使用許諾ができることを一九三四年のロンドン改正において明らかにしている。
商標権の独立性あるいは属地性の原則とは、外国商標権は内国における行為によつて、また内国商標権は外国における行為によつてそれぞれ侵害されることなく、また内国商標権は同一権利者によつて外国に登録された商標権の存続に依存することなく独立である趣旨に解されている。しかし、パリ条約が一九三四年のロンドン改正において第六条丁(リスボン改正により第六条(3)となる)の規定を設けて商標権属地主義の原則を確立した当時には、その頃の国際取引の実情に照らし本件のような問題の生ずることは予測されていなかつたと考えられるし、同条約が特許権については同条約第四条の二2の規定を設け、各国における特許権が独立であることは厳格に解釈すべきものとしながら、商標権については同旨の規定を設けなかつたことからみても、商標権の属地主義の原則がいかなる限度まで適用されるべきであるかは、同条約及びわが国の商標法上しかく自明のものではなく、この問題の解決のためには、商標保護の本質にさかのぼつて検討する必要があると考えられるのである。
商標法は、その第一条において、「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。」と規定している。商標は、ある特定の営業主体の営業にかかる商品を表彰し、その出所の同一性を識別する作用を営むと共に、同一商標の附された商品の品位及び性質の同等性を保証する作用を営むものであり、商標法が商標権者に登録商標使用の独占的権利を与えているのは、第三者のなす指定商品又は類似商品についての同一又は類似商標の使用により当該登録商標の営む出所表示作用及び品質保証作用が阻害されるのを防止するにあるものと解される。商標法は、商標の出所識別及び品質保証の各機能を保護することを通じて、当該商標の使用により築き上げられた商標権者のグツドウイルを保護すると共に、流通秩序を維持し、需要者をして商品の出所の同一性を識別し、購買にあたつて選択を誤ることなく、自己の欲する一定の品質の商品の入手を可能ならしめ、需要者の利益を保護しようとするものである。右にみたように、商標保護の直接の対象は、商標の機能であり、これを保護することによつて窮極的には商標権者の利益のみならず公共の利益をあわせて保護しようとするもので、この点において、商標権は他の工業所有権と比べて極めて社会性、公益性の強い権利であるということができるのであつて登録主義の建前のもとでは、商標権が基本的には私的財産権の性質を有するとしても、その保護範囲は必然的に社会的な制約を受けることを免れないのは勿論であり、商標権属地主義の妥当する範囲も、商標保護の精神に照らし商標の機能に対する侵害の有無を重視して合理的に決定しなければならない。
同一人が同一商標につき内国及び外国において登録を得ている場合に、外国において権利者により正当になされた商品の拡布による外国商標権の消耗は内国商標権についても同時に消耗の効果をもたらすと解し、これはパリ条約にいう商標権独立の原則とは関係がないとの見解に立つた裁判例がヨーロツパには相当数存し、原告は右理論を援用し、本件パーカー商品は、パーカー社が米国において、「PARKER」の商標を附して製造し、これを香港に輸出し、香港の取扱業者から同地のリリアンス・カンパニーに売り渡されたものであるから、右商品については、これに附された商標についての権利は、米国より香港に対する輸出の際に、又は少なくとも香港における取扱の際に消尽されたと主張するけれども、右の理論にはたやすく賛同することができない。
しかし、権利者が商標権侵害を理由に第三者の行為を差止めるには、その行為が形式的に無権利者の行為であることのほか、実質的にも違法な行為であることが必要であると解すべきである。同一人が世界的に著名な商標につき、外国及び内国に登録を得ている場合に、第三者がその登録商標を附した商品を輸入する行為が実質的にも違法な行為であるかどうかを判断するに当つて、その商標が世界的に著名な商標であること、右商品が外国において権利者により製造され正当に商標が附されて譲渡されたものであるかなど、外国における事実ないし行為をしんしやくすることは、なんら商標権独立の原則にもとるものではないと解せられる。
(三) そこで、原告による真正パーカー商品の輸入販売行為が本件登録商標の機能及び関係諸利益にいかなる影響を及ぼすものであるかを次に検討する。
現行商標法は商標権と営業とを不可分のものとせず、商標権につき専用使用権あるいは通常使用権の設定を認めているが、同一商標につき同一人が内国及び外国において商標権を有し、殊にその商標が本件「PARKER」商標のように世界的に著名な商標である場合には、商標権者が内国商標権につき専用使用権を設定するのは、殆んどの場合専用使用権者に対し外国において製造した商品の内国における一手販売権を与えるためのみの目的で行なわれるものであり、本件においてもその例外をなすものではないが、そのような場合には、当該著名商標によつて識別される商品の出所は、特別の事情のない限り右商品の生産源であつて、内国の販売源ではないと考えられる。
既に明らかにしたとおり、被告は米国から商標権者たるパーカー社において「PARKER」なる商標を附した製品を輸入し、これを国内で販売しているだけであり、日本において「PARKER」の商標を附した指定商品を製造しているものではないし、わが国においては相当以前から「PARKER」の商標を附した万年筆といえば、右商標は専らパーカー社の製造販売にかかる舶来品の標識として需要者に認識されていたことは公知の事実であり、証人宮本昭一郎の証言によると、被告は昭和三九年頃から大々的にパーカー万年筆、パーカーインク等のパーカー社製品の輸入を開始し、現在年間七~八〇〇〇万円の費用を投じて同社製品の広告宣伝を行なつていることが認められるけれども、右の事実のみによつては、「PARKER」商標が日本における特定の輸入販売業者から出た商品の標識であることが国内の需要者の意識に浸透しているものとは未だ認めるに足りない。
そうだとすれば、前述のように原告の輸入販売しようとするパーカー社の製品と被告の輸入販売するパーカー社の製品とは全く同一であつて、その間に品質上些かの差異もない以上、「PARKER」の商標の附された指定商品が原告によつて輸入販売されても、需要者に商品の出所品質について誤認混同を生ぜしめる危険は全く生じないのであつて、右商標の果す機能は少しも害されることがないというべきである。このように、右商標を附した商品に対する需要者の信頼が裏切られるおそれがないとすれば、少なくとも需要者の保護に欠けるところはないのみならず、商標権者たるパーカー社の業務上の信用その他営業上の利益も損なわれないことは自明であろう。また本件商標の如く世界的に著名な商標については、各国の需要者はその商標が内国の登録商標であるか外国のそれであるかを問題とせず、商標が製造元を表示する点を重視して当該商標の附された商品を購入するのが通常であり、被告が内国商標の専用使用権者として有する業務上の信用は、パーカー社が右商標の使用によつて築き上げたパーカー製品の世界市場における名声と表裏一体、不可分の関係にあつて、これとは別個の独立した存在であるとは解せられず、前顕検甲第一、二号証の各一ないし三、証人宮本昭一郎の証言によつて窺われるつぎの事実、すなわち、パーカー社が、被告に対し商標専用使用権を設定した後においても、被告の日本においてなすパーカー製品の宣伝広告費用の六〇%を負担し、日本におけるパーカー製品の名声の保持に努め、且つ、米国及び香港において配布されている宣伝パンフレツトと言語、文字が異なるだけで文章の意味内容を同じくし、掲載写真、レイアウトその他の体裁はそつくりそのままの日本向け宣伝パンフレツトを米国において印刷したうえ、これを日本に送付して被告の手により配布させている事実は、被告の有する業務上の信用とパーカー社の有する業務上の信用とが一体不可分の関係にあることを裏付ける資料たるを失なわないのである。したがつて、原告のなす真正パーカー商品の輸入販売によつて、被告は内国市場の独占的支配を脅かされることはあつても、パーカー社の業務上の信用が損なわれることがない以上、被告の業務上の信用もまた損なわれないものというべく、むしろ、第三者による真正商品の輸入を認めるときは、国内における価格及びサービス等に関する公正な自由競争が生じ、需要者に利益がもたらせられることが考えられるほか、国際貿易が促進され、産業の発達が刺激されるという積極的利点があり、却つて商標法の目的にも適合する結果を生ずるのである。
なお、原告のなす輸入販売が公正なる競業秩序を紊すものでないかどうかについて検討する。被告は昭和三九年頃から大々的にパーカー製品の輸入販売を始めたのであるが、パーカー製品の名声は夙に相当以前から国内にあまねく知れわたつていたし、原告代表者阿木仁一は既に昭和三七年頃からその主宰する株式会社阿木商会によつて香港からパーカー製品を輸入し国内で販売してきたもので、昭和四〇年八月同会社を解散して原告会社を設立し、原告会社によつて事実上阿木商会の業務を継承してパーカー製品の輸入販売を続行しているものであることは従来説示したとおりである。このような経過に照らすと、原告が被告によるパーカー製品の宣伝活動の成果に只乗りして、不正競争の意図をもつてパーカー製品の輸入販売を企図したものとは認め難く、また右輸入の手段方法についても格別不公正な廉があるとも認められない。
(四) 以上検討したところを綜合して考察すると、原告のなす真正パーカー製品の輸入販売の行為は商標制度の趣旨目的に違背するものとは解せられず、被告の内国市場の独占的支配が脅かされるとの一事はこれをもつて原告の輸入販売行為を禁止すべき商標法上の実質的理由とはなし難い。畢竟、原告は形式的には本件登録商標につきなんらの使用の権限を有しないものであるが、同人のなす本件真正パーカー製品の輸入販売の行為は、商標保護の本質に照らし実質的には違法性を欠き、権利侵害を構成しないものというべきである。
したがつて、原告の本訴請求中、原告のなす右輸入販売行為につき被告が差止請求権を有しないことの確認を求める部分は正当として認容すべきである。
三、次に、原告のなす真正パーカー商品の輸入及び販売に対する被告の妨害の禁止を求める原告の請求について審案する。
原告による右商品の輸入及び販売が被告の有する「PARKER」登録商標の専用使用権の侵害を構成しないことは既に判断したとおりであるから、その輸入販売業務は原告において自由になしうるところであり、原告の右営業活動は許されるべきものである。しかし、わが国においては営業権ないし企業権なる概念は法律上認められておらず、営業妨害によつて侵害される法益は自由権の一種たる営業活動の自由であつて、本来排他的効力を有しないものであるから、これを違法に侵害された場合には、相手方に対し不法行為による損害賠償を求めることはできるが、不正競争防止法第一条各号に規定する事由がある場合を除けば、当然には相手方に対し侵害の差止を請求する権利を有するものではなく、相手方のなす営業妨害の態様が直接的であり、且つ、不法な実力を伴なつてなされる等特別の場合に限つてのみ、自由権に基づき侵害の排除を求めることが許されると解するのが相当である。
本件についてこれをみると、被告が昭和四三年四月頃税関当局に対し「PARKER」の登録商標を附した指定商品の第三者による輸入の差止を求める趣旨の「無体財産権侵害物品についての輸入差止申立書」を提出し、それ以後税関においては、右商標の附されている指定商品は、たとえいわゆる真正商品であつても被告から輸入同意書の提出のない限り商標権侵害物品に該当するものとして輸入許可を与えない方針をとり、そのため原告が香港所在の商社リリアンス・カンパニーから真正なパーカー社の製品であるパーカー万年筆六〇〇本を輸入しようとして昭和四三年五月二四日大阪税関に対し輸入申告をしたが輸入許可を得ることができず、原告の輸入販売業務の遂行が阻害されていることはさきに述べたとおりであり、被告が今なお大阪税関に対し、真正商品であつても輸入の差止を求める旨表明していることは当事者間に争いがない。
関税定率法第二一条第一項第四号によれば、特許権、実用新案権、意匠権、商標権又は著作権を侵害する物品は輸入禁制品とされているが、わが国内に存する無体財産権は莫大な数に上り、輸入申告にかかる貨物が無体財産権侵害品であるか否かを通関手続の際に税関が一々審査することは不可能であり、侵害品であることが見落されて輸入が許可される事態がないとはいえない。成立に争いのない甲第二号証中昭和四一年五月三一日大蔵省関税局通ちよう第五二二号「無体財産権侵害物品に対する輸入差止申立ての手続等について」は、前記事態に対処するため無体財産権者からの輸入差止申立制度を定め、税関長あてに保護を希望する権利の内容、保護を希望する期間等を記載した輸入差止申立書を提出させることとしたものであり、右輸入差止申立の性質は、将来予想される侵害物品の輸入に対し予め通関手続上の保護を求める旨を申し出て通関審査に際し税関長の職権の発動を促すものにすぎない。故に、税関長は権利者から輸入差止申立書の提出がない場合でも無体財産権侵害品に該当することの明らかな貨物については、その輸入許可をしてはならない反面、輸入差止申立書の提出により保護申出があつた場合であつても、輸入申告にかかる貨物が右保護申出のなされた無体財産権の侵害品に該当するかどうかは、自己の判断と責任とに基づいて認定するのが法の建前であり、保護申出人の意見は右の認定の参考となるにとどまり、何ら税関長を拘束するものではないのである。そうすると、原告が前記パーカー万年筆六〇〇本の輸入許可を受けることができず、将来同種商品の輸入についても許可を得る見込みがないため、パーカー製品の輸入販売業務の遂行が阻害されているとしても、それは税関長独自の判断に基づく輸入不許可処分に基因するもので、被告の直接的な妨害行為によるものということはできないし、また、被告が税関当局に対し真正パーカー商品も含む登録商標を附した指定商品の第三者による輸入の差止を求めた行為は、何等事実関係についての虚偽の要素を含まない抽象的な法律見解に基づいて通関審査に関する税関長の職権発動を促したものにすぎないから、右行為が不正競争防止法第一条第六号所定の「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述し又はこれを流布する行為」にあたらないことも明白である。
その他、被告において原告のなす真正パーカー商品の輸入販売行為を直接且つ不法な実力を用いて阻止している事跡は本件に現われた一切の証拠によつてもこれを認めることはできないから、本訴請求中、原告のなす右行為に対する被告の妨害の禁止を求める部分は失当であつて棄却を免れない。
四、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九五条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大江健次郎 近藤浩武 丸山忠三)