大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7164号 判決 1974年12月09日
原告 西森増春
<ほか五三名>
右原告等訴訟代理人弁護士 得津正熙
被告 日本労働組合総評議会全国金属労働組合大阪地方本部丸善ミシン支部
右代表者委員長 田中実郎
右訴訟代理人弁護士 岡田義雄
右訴訟復代理人弁護士 北村義二
主文
一、被告は原告らに対し、別紙目録中の請求金額欄記載の各金員、および別紙目録中の原告氏名欄記載の一ないし一五の原告についてはこれに対する昭和四三年一二月八日から、その余の原告についてはこれに対する昭和四四年三月六日から、それぞれ支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、この判決は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
主文と同旨。
二、請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1 被告は、守口市佐太東町二丁目二四番地所在の丸善ミシン株式会社の従業員によって組織される労働組合であり、原告らはいずれも元被告組合の組合員であった。
2 被告組合の規約中には、争議時の資金に当てるための積立金に関する条項があり、昭和三六年六月から同三八年二月まで施行の規約六一条では毎月一〇〇円を、同年三月から同四一年八月まで施行の同条では毎月三〇〇円を、同年九月から施行の六五条では毎月二〇〇円(ただし共済制度貯蓄会分)を、それぞれ積立てることとされていた。
3 原告らは、被告組合の組合員であった期間中、右規約の定めるところにより、それぞれ別紙目録中の積立金額欄記載のとおり、被告組合に対して積立をした。
4 原告らは、別紙目録中の脱退時期欄記載のとおりの時期に、それぞれ被告組合を脱退した。
5 右昭和三六年六月から昭和四一年八月まで施行の規約六七条および同年九月以降施行の規約七〇条には、いずれも積立金の払戻に関する条項があり、これによると、組合員の資格を喪失した時にはその払戻をする旨定められている。
6 よって原告らは被告に対し、右規約に基き、それぞれ別紙目録中請求金額欄記載の積立金および、同目録中原告氏名欄記載の一から一五までの原告についてはその訴状送達の日の翌日である昭和四三年一二月八日から、同一六から五四までの原告についてはその訴状送達の日の翌日である昭和四四年三月六日から、それぞれ支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3および5の事実はいずれも認める。
2 同4の事実のうち、原告中島宏、同井戸本曻、同佃好雄、同柴田雄史、同上野清照、同田中一義、同西森増春の各脱退時期についてはこれを否認し、その余の事実は認める。同原告らの脱退時期は、中島、柴田、上野、田中が昭和四二年四月一一日井戸本が同月一二日、佃が同月一三日である。
三、被告の主張
被告は、次の理由によって、原告ら主張の積立金返還義務を負わない。
1 積立金の性格
原告らが主張する積立金は、元来、ストライキ等の労働争議時における各組合員の生活補償のための資金として用いるなど、被告組合の団結強化を目的として積立てられた組織的資金である。したがって、その積立金を積立者たる組合員に返還しうるのは、右に述べた積立金の性格に反しない場合に限られるべきであって、組合からの脱退などその組織団結を弱体化させるものは、原告らが主張する積立金払戻条項中の「組合員の資格を喪失した時」という要件の中には含まれないというべきである。
2 かりに右1の主張が認められないとしても、右払戻条項については、昭和四二年四月八日に開催された被告組合の臨時組合大会において、同月一〇日以降の脱退者および被除名者に対しては、積立金を返還しないことが決議され、更に同年八月二二日に開催された被告組合の定期組合大会において、右決議に沿ってその改正が行なわれ、規約上、被告組合は脱退者および被除名者に対し、その積立金を一切返還しないこととなった。
原告らが被告組合を脱退したのは、いずれも同年四月一〇日以降であるから、被告はその返還義務を負わない。
四、被告の主張に対する認否
1 被告の1の主張は争う。
すなわち、原告ら主張の積立金は、組合員が貯蓄目的をもってなした一種の預金ともいうべき個人財産であって、組合費や資金カンパ等のように当然に組合財産の中に組入れられる性質のものではないから、被告はその返還義務を免れることはできない。
2 被告主張の2の事実のうち、昭和四二年八月二二日の定期組合大会において、規約の一部が改正されたとの点は否認する。
積立金は前記のとおり組合員個人の財産であるから、その積立者たる各組合員の個別的同意に基かず、大会の決議のみによって一方的にその返還を奪うことはできないものである。そして、この理は、仮に被告主張のような被告組合規約改正がなされたとしても同様であるから、これによって、原告らが規約改正までにした積立金の返還を奪うこともできない。
第三、証拠≪省略≫
理由
第一、原告らの積立および脱退等について
請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
同4の事実のうち、次に認定する原告ら七名の脱退時期を除くその余の事実については当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、右七名の被告組合脱退時期は、原告中島、同柴田、同上野および同田中がいずれも昭和四二年四月一一日、同井戸本が同月一二日、同佃が同月一三日、同西森が昭和四三年七月二日であることが認められる。原告中島宏の本人尋問の結果によると、同原告が被告組合に対して脱退の意思を表示したのは、昭和四二年四月一日から同月八日までの間であることが認められるが、≪証拠省略≫によると、当時施行せられていた被告組合の規約では、脱退の意思表示は脱退書に理由を明記してしなければならないとされている(四一条)ことが明らかである。したがって同原告の脱退は、前記のように≪証拠省略≫によって認められる脱退届提出の日である同年四月一一日と認めるのが相当である。
第二、積立金の返還義務について
一、積立金払戻に関する規約の解釈
原告ら主張の規約に、組合員の資格を喪失した時積立金を払戻す旨の条項があることは当事者間に争いがない。
そこで、右条項が被告組合を脱退した場合を含むかどうかについて検討する。
1 ≪証拠省略≫によれば、原告ら主張の積立金は、ストライキその他の闘争時における組合員の生活資金援助および組合活動の活発化を通して、組合の充実した、そして円滑な運営を目的として積立てられるものであり、各組合員は毎月被告に対して一定額の金員を納入する義務を負うものであること、組合員が毎月組合に対して納入する義務を負うものには、積立金のほかに組合費があり、また昭和四一年九月からは組合斗争資金が加えられたが、これらは如何なる理由があっても組合員に返還されないこととされていること、そして被告組合の運営はこの組合費および寄附金をもってまかなうものとされていること、これに反し積立金に関しては、被告組合は各組合員の個人的な口座を設けなければならず、また、被告組合の積立金運営委員長(昭和四一年九月からの規約においては財政部長および運営委員長)は、毎年一回各組合員に対して個別的にその積立総額を報告する義務を負っていること、右積立金は原則として、闘争時における組合員の生活補償以外の目的のために使用することを禁じられており、更に、被告が各組合員に対してその積立金を払戻す際には、その積立総額に普通預金の場合と同じ割合の利息を附するものとされている事実が認められる。
2 そして、≪証拠省略≫によれば、積立金の実際上の運用に関しても、被告から各組合員の積立金を一括して預託された大阪労働金庫では、積立をなした各組合員の個別的な積立額を常に明確にしており、また、毎年一回、被告から各組合員に対して一定の利息を附した積立総額が通知されていたこと、および退職者についても積立元金に利息を付して返還されていたことが認められる。
3 また≪証拠省略≫によると、前記昭和四二年四月八日の臨時組合大会まえころ、組合員八名が被告組合に脱退届を出し復帰するよう勧奨されたのをきかなかったため、同大会において除各処分に付されたことが認められるが、同証人の証言によると、これらの者に対しても、後に積立金の返還がなされたことが認められる。
4 さらにまた≪証拠省略≫によれば、被告は、常々その組合員および非組合員に対し、積立金が個人的な貯蓄としての性格を有するものである旨言明していた事実が認められる。
5(一) 以上の各事実に鑑みると、右積立金は、各組合員が組合運営のために拠出する組合費や組合員以外からも拠出される寄附金などのように、拠出した後は専ら組合の資金として活用されるものとはその性質を異にし、組合員各個人の預金的性格を有するものとみるのが相当である。
(二) もっとも、≪証拠省略≫によると、積立金は被告組合がこれを徴収した後その名で労働金庫に預金し、各組合員が直接その払戻の請求をすることができないものとされていること、昭和四一年末の争議のとき被告組合はこの預金を担保として労働金庫から闘争資金の借入をしたことが認められる。しかしながら積立金が組合員の闘争時の生活資金に当てられるものであり、被告組合が組合員を結集して争議などに当る団体であることからすると、右の点をもって積立金が前記のような個人の預金的性格を失うものとすることはできない。
(三) 積立金の性格を右のように理解すると、積立をした組合員がその資格を喪失したときは、その者が被告組合の組織上の一員として積立をする目的を失うことになるのであるから、被告組合はその組合員から積立金の払戻請求を受けた場合これに応ずる義務を有するというべきであって、その資格喪失の原因が組合からの脱退である場合をとくに除外しなければならないものとは解しえない。
本件の積立金が組合員の団結を強化するためのものであることは前記規約の条項からも明らかであるが、さきにみた積立金の性格からいうと、その団結の強化は、争議時にあって組合員が生活の不安のゆえに闘争から脱落することを防止することによって遂げられるものであり、組合からの脱退を制約することによってその目的を果そうというものでないことが明らかである。したがって、組合からの脱退者に積立金を返還すれば組合員の団結が弱くなるという理由をもって、その返還を拒むことはできないものといわなければならない。
二 組合大会の決議について
昭和四二年四月八日に開催された被告組合の臨時組合大会において、同月一〇日以降に被告組合を脱退した者および同組合を除名された者に対しては、その積立金の払戻をしない旨の決議がなされたことは原告らの明らかに争わないところである。
しかしながら、≪証拠省略≫によると、被告組合の規約には、各組合員がなす積立金の積立および払戻に関して詳細な条項が設けられており、積立金に関する組合員の権利義務はすべてこれによって発生し消滅するものとされていることが認められる。そして≪証拠省略≫によると、その当時施行せられていた被告組合の規約七七条は、規約の改正は大会で組合員の直接無記名投票により二分の一以上の賛成がなければならないとしていたことが認められる。したがって、これら条項に一定の変更を加えて各組合員をそれに拘束せしめるためには、単に組合大会において被告が主張するような決議をなしたのみでは足りず、前記規約所定の手続に従ってその改正をなさねばならないと解すべきである。
三 規約の改正について
被告は昭和四二年八月二二日の定期組合大会において前記決議に沿った規約の改正がなされたと主張し、≪証拠省略≫中には右主張に沿う部分があるが、≪証拠省略≫によると、同日の大会において、前叙規約所定の手続を踏んで規約改正の決議がなされたとは思われないので、右証拠資料は採用し難く、他に右事実を認定するに足る証拠はない。
第三結語
以上に認定したところによれば、被告は原告らに対し、別紙目録中の請求金額欄記載の各金員、および同目録中の原告氏名欄記載の一ないし一五の原告についてはその訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年一二月八日から、その余の原告についてはその訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年三月六日から、それぞれ完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。
よって、原告らの請求はいずれも理由があるものとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯原一乗 裁判官 安国種彦 湯川哲嗣)
<以下省略>