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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7589号 判決 1970年10月17日

原告 岡田忠義

右訴訟代理人弁護士 中塚正信

同 竹内靖雄

被告 成瀬義明

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 久保義雄

同 東野村弥助

同 藤原光一

同 池尾隆良

同 杉野弘

同 本渡諒一

主文

一、被告両名は原告に対し各自金四〇万円及びこれに対する昭和四二年一二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決の主文第一項は仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告一、被告両名は原告に対し各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年一二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、仮執行の宣言

被告ら一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

(被告成瀬の不法行為)

被告成瀬が、昭和四二年一二月二四日午後三時三〇分ころ、大阪市北区角田町所在阪急百貨店五階荷物専用エレベーター入口付近において、当時訴外今井京阪神運輸株式会社大阪支店にアルバイトとして勤務し、同社が同百貨店に運送して来た商品の運搬業務に従事していた原告に対し、その顔面に頭突きを加えるの暴行をなした事実は、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を綜合すれば、右暴行に至るいきさつは、原告がエレベーターで運んで来た荷物を降ろそうとしたところ、当時繁忙のため商品が多く、右エレベーター入口の前付近に被告成瀬が運んで来た荷物が積んであって原告が荷物を降ろすのに邪魔になったので、はやく除けるようにと二、三回催促したところ、被告成瀬が、今除けているから待て等と言ったので、原告がその口のきき方が悪いと言ったところ、いきなり被告成瀬が原告に近寄って前記の暴行を加えるに至ったものである事実を認定することができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

なお、被告成瀬がその際原告に対し荷物運搬箱を投げつけたとの原告の主張を認定し得る証拠はない。

そして、≪証拠省略≫によれば、原告は、右暴行により通院治療約二か月間を要した左上中切歯歯牙脱落、左上側切歯歯牙脱臼、右上中切歯歯槽骨骨折歯牙脱臼(左上側切歯及び右上中切歯の抜歯を要する)の傷害を蒙った事実を認定することができ、これに反する証拠はない。

(被告らの責任)

被告成瀬が自己の前記行為によって原告に与えた損害を賠償する責を負うことはいうまでもない。

被告大阪金物株式会社(以下被告会社と略称する)の使用者責任の有無について判断する。

先ず、被告会社と被告成瀬との間の使用関係の存否についてみるに、≪証拠省略≫中には、被告成瀬は、被告会社の職員ではなく、他の二名の者と共に三国急配という名称で運送業を営み、被告会社に専属して被告会社の業務のうち百貨店等への運送、配達を自己の所有する自動車でおこなっていたものである旨の供述が存するが、右供述は、≪証拠省略≫には、いずれも被告成瀬は被告会社の社員として勤務していた旨の記載がみられることからしても、必ずしもそのまま信用することができないばかりか、たとえ右供述のとおりであるとしても、≪証拠省略≫によれば、前記のように被告成瀬は被告会社の従業員ではないが、原則として被告会社の出勤時間を遵守させるとともに、週二回行われる被告会社の朝礼にも参加させ、取引及び交通等に関する注意を与えており、また、被告成瀬らがする運送配達に際しては被告会社の職員が同行するのが常であり、その自動車にも被告会社の名称を記入し、且つ被告成瀬らに対してはその仕事の多寡にかかわらず月極めで一定額の金員を支払っていたというのである。そうであるとすれば、被告成瀬らが被告ら主張のような地位を有していたものとしても、これに対しては、被告会社の指揮監督が及んでいることが明らかであるばかりか、むしろ、被告成瀬らがなす右運送、配達の行為は、実質上は被告会社自身による事業遂行の一部であるとさえみることもできないことはないのであるから、いずれにしても被告会社と被告成瀬との間には使用関係が存在するものというべきである。

次に、被告成瀬の前記の行為が事業の執行に付きなされたものであるかについてみるに、被告成瀬の前記行為は、それ自体は暴行傷害という事業の執行とは無関係なものであるが、前記認定のとおり、百貨店への商品の運送、配達という職務の過程において行われたものであるから、事業の執行に付き損害を加えたものということができる。

従って、被告会社が被告成瀬の選任、監督に付き相当の注意をなしたことについては主張がなく、またこれを認めるに足る証拠もない本件においては、被告会社は、被告成瀬が前記不法行為によって原告に対して加えた損害を賠償する責があるものというべきである。

原告は、本訴において前記負傷に対する慰藉料を請求するので、その額について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告は前記負傷の後約二か月間歯科医に通院し、前記脱落した一本及び抜歯した二本の歯にいずれも入歯を施して治療したこと(≪証拠省略≫によれば右に要した六万円は被告会社が支払った)、しかし現在では右入歯が動くようになり、固いもの等を噛むのに不自由を感じること、医師からも再治療をすすめられているが、十分な治療を施すためには相当高額の費用を必要とすること等の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

ところで、前記認定のとおり、当日、前記百貨店が繁忙のため運搬されて来た商品が多く、被告成瀬としても自己が運んで来た荷物をエレベーター入口付近から取り除くのに努力していたものであるところ、これに対して、原告は、はやく除けるよう二、三回にわたって催促し、しかもその言葉づきは、≪証拠省略≫によれば、やや大きな声で腹立ちそうな口調であったというのであるから、原告としても、今少しの自重が望まれたものといわなければならない(なお、原告が被告成瀬にとびかからんばかりの気配を示したとの被告らの主張は、これに副う被告成瀬の供述は信用し難く他にこれを認めるに足る証拠はない)。しかしながら、これに対して予想もされない頭突きという危険な暴行を加えた被告成瀬の責任が極めて大であることはいうまでもない。なお、被告らは過失相殺を主張するが、元来慰藉料額を定めるにあたっては、双方の過失の程度をも含めたすべての事情を斟酌すべきものなのであるから、本件においても、右認定の事情を考慮に入れて慰藉料額を決定する以上、更に過失相殺の判断をする必要があるものではない。

以上の事実のほか、原告の年令、身上等諸般の事情を考慮し、原告に対する慰藉料額は金四〇万円をもって相当と判断する。

(結論)

よって、被告らは原告に対し各自右金四〇万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和四二年一二月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 立川共生)

<以下省略>

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