大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7759号 判決 1970年2月14日
原告
橋本世津子
被告
市原事務機株式会社
ほか一名
主文
一、被告らは各自原告に対し金四〇〇、〇〇〇円および右金員に対する被告市原事務機株式会社については昭和四四年一月一四日から、被告市原明については同年同月一三日から、右各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告のその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告らにおいて原告に対し金一〇〇、〇〇〇円の担保をそれぞれ供するときはそのものに対する右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一原告の申立
被告らは各自原告に対し金一、五〇〇、〇〇〇円および右金員に対する被告市原事務機株式会社については昭和四四年一月一四日(訴状送達の日の翌日)から、被告市原明については、同年同月一三日(前同)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え
との判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四二年一二月二一日午後四時三〇分ごろ
ところ 大阪市福島区上福島南二丁目二〇〇番地先路上
事故車 自家用軽貨物自動車(大阪四ま四一〇二号)
運転者 被告市原明
受傷者 原告
態様 西から東へ進行中の事故車の前部と、T字路から出て北から南へ道路を横断中の原告とが衝突し、原告は転倒した。
二、責任原因
被告市原明は、被告会社の被用運転手で、当時、被告会社の商品配達をかねて事故車を運行中であつた。
第三争点
(原告の主張)
一、被告市原明の事故車運転上の過失
本件事故発生は、同被告が事故車運転上前側方への注意を尽さなかつたため、横断歩行中の原告に気付かなかつたことによるものである。
二、傷害
本件事故のため、原告は右大腿骨々折、顔面左前腕左下腿擦過傷の傷害を受けた。
三、損害
原告は右傷害のため、昭和四二年一二月二一日より同四三年五月三一日まで一六三日間の入院加療と、同年六月一日より同年七月三一日まで六一日間の通院加療を要した上、当時九才の幼女であるのに、右大腿骨変形癒合、右下肢長二・五センチメートル短縮の後遺症を残した。そこで右慰藉料として一、五〇〇、〇〇〇円を請求する。
(被告の主張)
本件事故は、当時事故車が時速約三〇キロメートルに減速しながら進行していたところ、道路北側に駐車中の大型トラツクの陰から原告が向い側歩道に待っていた原告の伯母に向つて車道へ飛出して来たため生じたもので、不可抗力によるものであり、被告市原明に過失はない。
第四証拠〔略〕
第五争点に対する判断
一、被告らの責任原因
本件事故現場は、幅員九・五メートルの車道(うち東行車道幅員四・五メートル、西行車道幅員五メートル)とその両側に幅員二・五メートルの歩道のある東西道路(アスフアルト舗装で当時路面は乾燥していた)に、北から幅員三メートルの南北道路がT字型に交わる交通整理の行われていない交差点上で、附近は市街地をなし、右交差点南側には歩道に接して公設市場がある。当時、東西道路の交差点西詰に、南北道路の西側端線の延長上から約一・九メートル西方の地点に車首先端を置き、車体右側縁を東行車道の左側端より約二・五五メートルに位置させて普通貨物自動車が駐車中で、そのため東西道路西方から左方南北道路への見とおしは充分でなかつたが、その北側、即ち交差点北西角附近は、ブロツク塀と平家の倉庫ないし物置き風の建物になつており、その向い側の北東角附近は高いビルとなつていて、東西道路を東行する車両の運転者としては、充分注意すれば、前方同所が南北道路との三叉路になつていることを認識することは決して困難ではなかつた。被告市原明は、事故車を運転して時速約三〇キロメートルで東行車道を進行して本件事故現場に差しかかり、前記駐車々両との間に約八〇センチメートルの間隔を保つてその右側を通過しようとしたとき、右斜め前方約四・六メートル、右駐車々両の左前部前方約二・五メートルの地点に、北から南に向け小走りで道路を横断しようとしている原告の姿を認め、急拠急制動措置を執つたが及ばず、約四・四五メートル進行した地点で、車体左前部を原告に衝突させ、本件事故発生に至つた。なお事故車は更に約一・五〇メートル進行して停止した。〔証拠略〕
ところで、自動車運転者たるものは、運転中常に進路前方の交差道路の有無、及び交差道路のある場合はこれから交差点に進出しようとする車両・歩行者等の有無に注意を尽して進行すべき注意義務があるものというべきであり、又、右認定の事実に徴すると、本件の場合、事故車は、南北道路から進出する車両等との関係では優先権がある訳であつて、その点では右交差点に進入するに際し直ちに停止しうるような速度にまで減速して進行すべき義務があるものとはいえないとしても、右の理も、優先道路自体必しも幅員の広くない所謂幹線道路のようなものでない場合等で当該具体的事情の如何によつては、対歩行者の安全との関係から、なお検討修正を要することがありうると解すべきところ、本件事故発生地は、前認定のように、その幅員もさして広くない東西道路と、これと三叉する南北道路との交差点で、南北道路の向い側(交差点南側)には公設市場があり、しかも当時は午後四時半という時間的にみても右公設市場へ夕方の買ものに集まる主婦等の最も多いころであつて(かつそれらの主婦等の中には子供づれのものも少くないであろう)、それらのものの中には、前記南北道路から来て本件交差点を横断しようとする者もありうることは予想するに難くないところであるうえ、事故車は前記停車々両と僅か約八〇センチメートルの間隔でその右側を追抜き、本件交差点に進入しようとしたのであるから、その際、右駐車々両の前方を前記公設市場の方へ横断しようとする主婦・子供等の横断者があつたときには、右駐車々両がなかつた場合に比し、横断者を発見してのち危険回避の措置をとりうる時間的距離的余裕ははるかに少いこととならざるを得ない訳であり、以上のような状況・関係のもとにおいて走行する運転者としては、たとえ自車走行路が交差道路に対して優先路となる場合であつても、交差道路からの横断歩行者の有無に殊に慎重な心配りをなし、少くとも徐行に近い程度に相当減速して走行すべき注意義務があるものというべきである。しかるに被告市原明は、前方に交差道路のあることに気付かず、漫然時速三〇キロメートルのまま走行し、本件事故発生をみるに至つたものであつて、同被告において、前記の注意を尽し、相当程度減速していたならば、本件事故発生は回避しえたものと思われるから(前認定の事実からすると、時速三〇キロメートルの事故車が要した制動距離は約六メートルであるから、時速二〇キロメートル以下に減速していれば、本件事故は避け得たであろう)、同被告の前記注意義務懈怠の過失は免れないものといわねばならない。
そうすると、被告市原明は、民法七〇九条により、又被告会社は、前記第二の二の事実に照らし、他に特段の事情の認められない以上(本件においてそれを認めるに足るものはない)事故車を自己のため運行の用に供していたものと解するのが相当であるから自賠法三条により、それぞれ本件事故により原告の蒙つた後記損害を賠償する義務がある。
二、傷害
本件事故により原告は、右大腿骨々折、顔面・右前腕・手背・左下腿擦過傷の傷害を受けた。〔証拠略〕
三、損害(慰藉料)
原告は当時八才の女子であるが、前記傷害のため、昭和四二年一二月二一日から同四三年五月三一日まで一六三日間の入院と、同年六月一日から同年七月三一日までの六一日間、うち六月中は週二回程度、七月中は週一回程度の通院の加療を要した上、右大腿変形癒合並びに右下肢長約二・五センチメートル短縮の後遺症状を残した。尤も右短縮及びこれによる跋行は、成長期にあるところからみて将来矯正されるものと思われる。〔証拠略〕。以上の他本件証拠上認められる諸般の事情も考慮すると原告が本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰藉料の額は金一、一〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。
四、過失相殺
本件事故発生は、駐車々両があつて見とおしがきかない交差点を不用意に横断しようとした原告の過失にもよるものである。そこで前認定のような被告市原明の過失の内容・程度、及び本件事故が軽貨物自動車と歩行者との間に発生したものであること、その他諸般の事情を考慮すると、原告の前記損害中、金七〇〇、〇〇〇円を過失相殺するのが相当である。
第六結論
被告らは各自原告に対し金四〇〇、〇〇〇円および右金員に対する被告会社については昭和四四年一月一四日(本件不法行為発生以後の日)から、被告市原明については同年同月一三日(前同)から右各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
訴訟費用の負担につき民訴法九二条九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 西岡宜兄)