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大阪地方裁判所 昭和43年(手ワ)2906号 判決 1970年7月13日

原告

明治信用金庫

代理人

藤原光一

久保義雄

被告

莚井英雄

代理人

植原敬一

被告

莚井治三郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告莚井英雄に対する請求について

(一)  同被告の本案前の主張の当否

(1)  右被告は、本件各手形振出の原因関係に基づく貸金請求の棄却判決が確定した以上、右各手形に基づく本訴請求は許されない旨主張するので、この点につき判断する。

本件各手形振出の原因関係である貸金について作成された公正証書に基づく強制執行に対し、右被告が原告を相手として請求異議の訴を提起したところ(大阪地方裁判所昭和四二年(ワ)第三、〇〇五号事件)、原告から同被告に対し右貸金一、五〇〇万円の保証債務に基づく履行請求の反訴が提起され(同庁同年(ワ)第七、一九三号事件)、その審理の結果、同被告の請求異議を認容し、原告の反訴請求を棄却する旨の判決が言い渡されて確定したことは、原告と同被告との間に争いがない。

ところで、貸金債務の支払いに関して手形が授受された場合には、反対の意思表示がない限り、手形は貸金債務の支払いのために授受されたものと推定され、貸金債務と手形債務が併存することとなり、債権者は貸金債権と手形債権のうちいずれを先に任意に選択行使するも差支がないものといわなければならない。したがって、手形振出の原因関係に基づく貸金請求の訴と該手形金請求の訴とは請求原因を異にする別個の訴訟物に関するものであるから、前者の判決の既判力は後者に及ばないと解するのが相当である。

よつて、右前者の判決の既判力が後者に及ぶことを前提とする同被告の右主張は理由がない。

(2)  右被告は、前訴事件と本訴事件とは争点を同じくするところ、前訴事件の確定後に本訴事件を提起することは、信義則に反し許されないと主張するので、この点につき判断する。

同被告主張の前訴判決が確定したことは前記(1)のとおりであるところ、<証拠>によると、前訴における争点は、原告が訴外莚井章夫に対し本件各手形による金一、五〇〇万円の手形貸付をするに際し、同被告が右貸金債務につき連帯保証をするとともに本件各手形に手形保証をしたか否か、仮に同被告が右保証をしなかつたとしても表見代理の責任を負うべきか否かに関するものであつたことが認められるから、結局本訴と争点を同じくするものといわなければならない。

しかしながら、前訴の確定判決は、同被告が本件各手形に暑名押印したものでないことから貸金債務に対する連帯保証を否定し、またその表見代理の責任を否定したとしても、訴訟物である貸金に対する保証債務の存否に既判力を有するにすぎず、理由中の判断である手形保証の有無およびその表見代理の成否については法律上の明文がないのに既判力類似の効力を有するものではないと解するのが相当である。

したがって、前訴と本訴とが争点を同じくするとの理由で、直ちに本訴が信義則に反するものとはいうことができず、この点に関する原告の主張は採用することができない。

(二)  本案についての判断

(1)  原告が本件各手形を証拠として提出していることにより、原告が右各手形を所持しているものと推認することができる。

(2)  本件各手形上の被告莚井英雄名義の手形保証は、訴外莚井章夫によつてなされたものであることは、原告と右被告との間に争いがないところ、原告は、右訴外人に手形保証を代行する権限があつたと主張するので、右記載がなされるに至つた経緯につき検討することとする。

同被告が右訴外人に頼まれて昭和四二年二月七日ころ同訴外人を代理人として原告金庫平野支店との間に金五五〇万円の通知預金契約を締結したこと、および同被告が右通知預金債権を右訴外人の株式取引保証金として提供することを承諾し右保証金提供契約を高木証券株式会社との間で締結するについての代理権を同訴外人に授与し、同被告の実印を交付したことは、右当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

原告は、かねてから訴外莚井章夫の経営する株式会社莚井商店に対し商業手形の割引、不動産を担保とする貸付等をしていたが、昭和四二年二月一〇日ころ同会社に対し約五、〇〇〇万円もの貸越しがあり、そのため担保の提供または有力な保証人をたてるよう右訴外人に要求していたが、同訴外人は、担保の提供も保証人をたてることもできないでいた。他方、同訴外人は、他の者に金を出させて架空人名義で原告に預金をさせ、これを自己の用途に流用していたところ、流用した預金の真の預金者が預金の引出しに来ることとなつたので、その対策について同年三月初めころ原告金庫本店で原告の関係者と話し合つた結果、その穴埋めのため同訴外人が約束手形を原告に振り出し、原告から新規に金一、五〇〇万円の手形貸付を受けて右預金者の預金引出しに備えることになつた。そこで、同訴外人は、同年同月六日、被用者の築井都久雄を同道して原告金庫平野支店へ行き、支店応接室で田中実支店長、岡田芳雄支店次長と合い、本件約束手形三通による金一、五〇〇万円の手形貸付を受けるに際し、なんらの権限もないのにかかわらず、右手形の保証人らに自己の従兄弟である右被告の住所、氏名を築井に記入させたうえ、自らその名下に前記保証金提供契約締結のため借りて返さないでいた同被告の実印を冒捺して本件各手形に同被告を保証人とする手形保証をし同被告の印鑑証明書(甲第五号証の六)を交付したこと、および原告はその事前においても事後においても同被告に問い合わせるなどして右訴外人の権限の有無について調査する等の措置をとらなかつたこと。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠がない。

右認定事実によれば、右訴外人は、原告から金一、五〇〇万円の手形貸付を受けるに際し、なんらの権限もないのにかかわらず、同被告から他の用途のため借りて返さないでいた同被告の実印を冒捺して本件各手形に同被告名義の手形保証をしたものであるから、右手形保証は、右訴外人の偽造によるものといわなければならない。

(3)  原告は、表見代理の主張をするので、この点について判断する。

前記(2)のとおり、訴外莚井章夫は、被告莚井英雄から原告との間における通知預金契約締結の代理権および高木証券株式会社との間における保証金提供契約締結の代理権を授与されていたのであるから、右訴外人は表見代理成立の基礎である基本代理権を有していたというべく、同訴外人が前記手形貸付を受けるに際し同被告の実印、印鑑証明書を持参したことから、原告が同訴外人に同被告を代理して本件各手形に手形保証をする権限があると信じることは一応無理からぬところである。

そこで、原告にそう信ずることについて過失がなかつたか否かについて、前記(2)認定の事実に基づいて検討する。

本件手形保証金額は金一、五〇〇万円という多額であるのに支払期日まで四六日間しかないこと、原告と右訴外人間の右金一、五〇〇万円の手形貸付に至るまでの経緯、特に原告が既に右訴外人の経営にかかる株式会社莚井商店に約金五、〇〇〇万円もの貸越しがあり、右訴外人が原告の要求にもかかわらず担保の提供も保証人もたてることができなかつたのに、さらに右訴外人に金一、五〇〇万円もの手形貸付をするに至つた事情、その他同被告が右訴外人に頼まれて金五五〇万円を原告に通知預金をしたほか従来原告と取引がなかつたから、このような事情のもとにおいては、たとい右訴外人が前記手形貸付を受けるに際し同被告の実印、印鑑証明書を持参しても、原告は手形振出人(借主)である右訴外人に同被告を代理して手形保証をする権限があるか否かについて一応の疑念を持ち、直接本人である同被告に問い合わせるなどして右訴外人の権限の有無を調査すべきところ、本件では原告が右訴外人の権限の有無について調査することができなかつたような事情が存在したことを認めることができないので、右のような調査を怠り、原告が右訴外人に同被告を代理する権限があると信じても、このように信じたことに過失があり、正当な理由があるとはいえない。

したがって、原告の表見代理の主張は採用することができない。

(4)  以上のとおりであつて、原告の被告莚井英雄に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。(辻忠雄)

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