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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)664号 判決 1973年8月07日

原告 糸川盛芳

被告 西淀川税務署長 外二名

訴訟代理人 渡辺丸夫 外六名

主文

一  原告の請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告西淀川税務署長が原告の昭和三九年分の所得税について昭和四〇年九月三〇日付でなした総所得金額を一、三五三、九八二円(但し、裁決により一部取消された後の金額)とする更正のうち、八四七、〇二一円を超える部分を取消す。

二  被告大阪国税局長が原告の、右更正に対する審査請求について昭和四三年三月二八日付でなした裁決を取消す。

三  被告国は原告に対し金五万円および昭和四三年一〇月二六日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

旨の判決および第三項につき仮執行の宣言

(被告ら)

主文同旨の判決および請求の趣旨第三項につき仮執行の宣言が付される場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張並びに答弁

一  請求の原因

1  原告は鉄工業を営む者であつて、大阪市西淀川区内の零細商工業者が自らの生活と営業を守ることを目的として組織した西淀商工会並びに大阪府下の各商工会の結集した大阪商工団体連合会の会員であるが、昭和四〇年三月一三日被告西淀川税務署長(以下、被告税務署長という)に対し昭和三九年一月一日から同年一二月三一日までの間(以下、本件年度という。)の所得税につき総所得金額八四七、〇〇〇円として白色申告書による確定申告をしたところ、被告税務署長は昭和四〇年九月三〇日付で総所得金額一、七五一、八四六円と更正し、同年一〇月一日その旨原告に通知した。

2  原告は、同年同月二日被告税務署長に対して右更正につき異議申立をなしたが、同年一二月二七日棄却され、同月二八日その旨通知を受けたので、昭和四一年一月一〇日被告大阪国税局長(以下、被告国税局長という。)に対して審査請求をしたところ、同年三月二八日総所得金額を一、三五三、九八二円とする旨裁決され、同月二九日その旨通知受けた。

3  しかしながら本件更正には以下のような違法事由がある。

(手続上の違法事由)

(一) 本件更正通知書にはその理由として何らの記載もなく、その後の異議申立に対する決定ならびに審査請求に対する裁決によつても更正の理由は未だ明らかでなく、これは不服審査制度における争点主義に違反する。

(二) 国税通則法二四条によると、更正は、調査に基きなされるものでありかつ右調査は納税者の生活と営業を不当に妨害することのない適正なものであることを要求されるところ、被告税務署長は原告に対し不当な調査をなし、かかる不当な調査に基いて更正をなした。

(三) 更正は税務法規の執行として適正かつ平等になされねばならないのにかかわらず、被告税務署長は原告が商工会会員である故をもつて他の納税者とは差別的にかつ商工会の弱体化を企図して本件更正をなしたものである。

(実体上の違法事由)

のみならず、原告の本件年度の総所得金額は八四七、〇二二円であるから、本件更正には所得を過大に認定した瑕疵がある。

4  被告国税局長の審査の手続には以下のような違法事由がある。

(一) 原告は昭和四一年二月九日被告国税局長に対して、行政不服審査法二二条につき、被告税務署長の弁明書副本の送付を請求したところ、被告国税局長は同月一六日原告に対して、同被告は原処分庁に弁明書の提出を要求していないから、右請求に応じられない旨回答をなした。しかしながら、審査庁は審査請求が期間徒過による不適法な場合、審査請求を全部容認する場合等特別な事由がある場合のほかは、右弁明書の提出要求を原処分庁になすべきであつて、被告国税局長がこれをしなかつたことは、同条に違反するのみならず、審査手続において争点の整理ないし確定を要請する行政不服審査制度の根本を無視するものである。

(二) また原告は、同法三三条に基き、同月九日被告国税局長に対して本件更正の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したところ、同月一六日同被告より本件更正決議書、異議申立決議書の二通の閲覧を許可する旨の通知を受けたが、右各書類は処分の理由となつた事実を証明するものではなく、同条一項に規定する「書類」に該当しないことは明らかで、右措置は閲覧拒否に等しく違法である。

5  被告国は以下の理由により国家賠償法一条により原告に対して損害賠償をなすべき義務がある。

(一) 昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法(以下において国税通則法とは右改正前の同法を指す)八三条の趣旨は大量かつ回帰的な課税処分の性質上協議団が第三者の立場から迅速公平な審査をなし、もつて納税者の権利を保護せんとするにあるから、協議団は第三者としての公正保持のために審査請求につき慎重な審議をすることが求められるものの、その審査に相当な期間は、六か月、最大限一年で十分である。ところが被告国税局長は、前記原告の昭和四一年一月一〇日付審査請求に対し故意に審議を遅延せしめたばかりか、既に裁決をなしうる状況にありながら、故意に裁決を遷延し、昭和四三年二月二一日原告が被告国税局長を相手に審査請求に対する不作為の違法確認の訴を提起してはじめて同年三月二八日に前記のとおり裁決をなした。

(二) しかもその間被告税務署長は本件更正に基き原告所有の営業用工作機械一式を差押えて長期間に亘り財産の利用を困難ならしめたのである。

(三) その結果原告は有形無形の損害を蒙つたが、そのうち無形損害は金五万円を下らない。

二  被告らの認否および主張

(認否)

1 請求原因1の事実のうち、原告が、その主張のような西淀商工会および大阪商工団体連合会の会員であることは不知、その余の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3は争う。

4 同4(一)の事実のうち、原告が被告国税局長に対して被告税務署長の弁明書副本の送付方を請求し、大阪国税局長が右請求に応じられない旨回答したことは認めるが、その余は争う。

同4(二)の事実のうち、原告が被告国税局長に対して書類の閲覧請求をなし、被告国税局長が、これに対して更正決議書、異議申立決定決議書の閲覧を許可する旨通知したことは認めるが、その余は争う。

5 同5(一)の事実のうち、国税通則法八三条の趣旨が原告主張のとおりであること、原告が昭和四三年二月二一日被告国税局長を相手に審査請求に対する不作為の違法確認の訴を提起し、同被告が同年三月二八日に裁決をなしたことは認め、その余は争う。

同5(二)の事実のうち、被告税務署長が営業用工作機械を差押えたことは認めるが、その余は争う。

同5(三)は争う。

(主張)

1 本件更正および審査に至る経過

西淀川税務署の調査担当者浅田義雄は、原告の本件年度の所得税調査のため、昭和四〇年九月二日原告の肩書住所地に赴き、原告と面接のうえ事業に関する帳簿書類等の提示と申告所得金額の計算の根拠について説明を求めたところ、原告は「帳簿書類等はすべて西淀商工会の方にいつている」旨申立てて所得金額の基礎となる資料は一切提示せず、所得金額に関しても「右帳簿書類をみればわかることである」旨答えるのみであつたので、右調査担当官はやむなく「改めて九月六日に来るから、そのときに帳簿書類を提示できるように準備しておかれたい」旨言いおいたうえ、同日再度原告方に赴いたのにかかわらず、その際にも、原告は右帳簿書類は商工会から未だ取寄せていないと称してこれを提示せず、その後の提示の催促にもついに応じなかつた。

そこで、調査担当者は、やむなく大阪精機株式会社、株式会社共和製作所など原告の取引先に照会したり、原告の取引銀行(十三信用金庫歌島橋支店)を調査し、これによつて、被告税務署長は原告の本件年度の売上金額を推定し、本件更正をなすに至つた。

その後、本件審査請求を受けて、担当協議官は、昭和四一年二月八日に前記原告の事業所に赴いて原告と面接し、その申立を聞くとともに、前記帳簿書類の提示を求めたところ、原告は「原処分は一方的な推計による不当な処分である」旨申し立てるのみで、所得金額の算出に関する具体的な事実は一切述べず、また帳簿書類も提示しなかつた。協議官は、その後もしばしば原告方に電話したり、事業所に赴いて、前記帳簿書類の提示を督促した結果、同年四月一二日に本件年度の収支計算書およびその付属明細書が届けられたが、右書類だけでは未だその内容を十分審理することはできないので、引き続き右計算書等の裏付けとなる基礎資料の提示を促したところ、同年五月七日原告から同月九日に提示する旨の申し出があり、同日原告方に赴いた。その際原告は帳簿書類は西淀商工会の川島事務局長が持参することになつている旨述べたが、同局長は来参しないうえ提示も拒否する旨の回答をした。原告も同局長の指示に従い、書類の提示には結局応じなかつた。

2 原告の本件年度の所得金額は下記のとおり一、八五七、一一五円である。<以下省略>

3 被告国税局長の審査手続は適正である。

(一) 現行の行政不服審査制度のもとにおける審査手続は、処分庁の一上級行政庁にすぎない審査庁が主宰する簡易迅速な手続による権利救済を目的としているにすぎず、しかもその審理方式は対審的構造をとらず職権主義を基調としたものであり、審査庁自ら弁明書の提出を求めなくともその他の資料によつて事案の争点を十分明確に把握でき、裁決をするのに何らの支障がないと判断したような場合までも含めて常に審査庁において処分庁に対し弁明書の提出を求め、その提出を得た後審査請求人にその副本を送付しこれに対する反論を待つた上でないと審査手続が進められないと解するのは妥当でなく、結局審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めるか否かはその裁量に委ねられているというべきである。また行政不服審査法二二条は審査請求人の審査庁に対する弁明書副本送付請求権については何らふれるところがないのであるから、審査請求人から弁明書副本の送付請求があれば、審査庁としては常に必ず処分庁に対して弁明書の提出を求め、その提出を得てその副本を審査請求人に送付すべき義務があるというものではない。

ところで本件審査請求について弁明書の提出を求めなかつたのは、本件審査請求と同種の国税に関する法律に基く処分で所得税にかかる審査請求の事案が大量に発生し、かつ当該処分に対する不服が概して要件事実の認定の当否にかかるものであつたので、処分庁から弁明書を徴し、これを審査請求人に送付し、同人からこれに対する反論書の提出をまち、これらの書面を資料として審理するよりも、協議官が自ら進んで必要な調査を行ない、処分関係職員および審査請求人双方から口頭で意見を聴取する方が、はるかに迅速で適正な処理をはかることができ、この方法はいわゆる書面による審理方式に比べより一層不服審査制度の趣旨(行政不服審査法一条一項)に合致するからである。

(二) 行政不服審査法三三条一項によれば、処分庁がいかなる書類等を審査庁に提出するかについては、処分庁の裁量に委ねられており、同条二項によれば、審査請求人が審査庁に対し閲覧を求めうるのは、右処分庁の裁量に基き審査庁に提出された書類その他の物件に限定され、審査請求人は審査庁に対して処分庁からあらたに書類の提出を求めることまで請求しうるものではない。

ところで、処分庁は、国税に関する法律に基づく所得税の課税事案が大量かつ回帰的に発生し、継続的に要件事実を認定する必要上、所得調査書を常に手許に存していなければ円滑な税務行政を行うことができないため、税務争訟に際しても所得調査書を審査庁に提出せず、審査庁の審理担当協議官が直接閲覧する方法をとつているのであり、本件の場合においても所得調査書は審査庁たる被告国税局長に提出されていなかつたのであるから、右調査書の閲覧は審査庁において許可する術もなく、その余の該当書類はすべて原告に対して閲覧を許可したものである。

三  被告らの主張に対する原告の認否

1  主張1の事実のうち、調査担当者が原告の取引先に照会したり、取引銀行を調査した事実は否認し、その余の事実は認める。

なお、原告が帳簿や基礎資料を提示しなかつたのは、被告税務署長の本件更正の理由が明確でなく、原告の弁明書副本送付請求を無視し、しかも本件更正の理由となつた事実を証する書類等の閲覧を拒否したことに対する対抗手段であつて、むしろ被告税務署長および国税局長の不公平な審理態度に起因するものである。

2  同2の事実のうち、(一)売上金額中、川口製作所、明治機械、丸万歯車、安川、山下に対する各売上金額は認め、その余は否認し、(二)仕入金額、(三)雑収入の金額はそれぞれ認め、(四)一般経費中、接待交際費、福利厚生費の金額は否認し(それぞれ別表2<省略>の原告主張の金額のとおりの支出があつた)、その余の経費項目、金額とも認める。

右の接待交際費は、原告の取引先等に対し中元、歳暮その他の名目で贈答をなしたり、取引先等が事業所に来たときに相応の接待をすることに要した経費であり、いずれも事業遂行上必要不可欠なものである。また、福利厚生費は、従業員を慰安旅行に連れて行つたり、慰安のため酒宴を催したりしたことに要した費用であるが、右は、原告のような零細企業においては従業員の定着を図るために必要なものであるから、事業遂行に要した経費というべきである。

(5) 特別経費中、支払家賃、雇人費の金額は否認し(それぞれ、別表3<省略>の原告主張の金額のとおりの支出があつた)その余の経費項目、金額とも認める。なお、原告は昭和三九年において旋盤四台を設備していたが、昭和四〇年五月ころ、そのうち二台を処分したものである。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1、2の事実(但し、1の事実のうち、原告が西淀商工会および大阪商工団体連合会の会員であることを除く。)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件更正の適否について判断する。

(手続上の適否について)

1  原告主張の手続上の違法事由(一)について

原告は本件更正通知書には理由が付記されていないから違法である旨主張する。しかし、国税通則法二八条一、二項、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)四四条一、二項によれば、更正は税務署長が国税通則法二八条二項、旧所得税法四四条二項に掲げる事項を記載した更正通知書を送達して行なうことになつているが、白色申告書について更正をなす場合には、青色申告書について更正をなす場合(同法四五条二項)のように、更正通知書に更正の理由を付記すべきものとは規定されていないから、この点に関する原告の主張は失当といわなければならない。

次に、原告は、本件更正に対する異議申立についての決定、審査請求についての裁決においても未だ本件更正の理由は明らかでないから、不服審査制度に悖る瑕疵がある旨主張するので判断する。なるほど国税通則法七五条、行政不服審査法四一条二項四八条によれば、異議決定書および裁決書にはそれぞれ決定および裁決の理由を付記しなければならないことになつているので、右決定書および裁決書に理由の記載が欠けている場合右決定および裁決は違法といい得るけれども、前記のとおり白色申告書について更正をなす場合には更正通知書に更正の理由の記載を欠いても違法ではたいから、右違法事由は更正処分の違法を招来するものではない。したがつてこの点に関する原告の主張も失当である。

ちなみに、本件においては、<証拠省略>によれば、裁決書には、「1 収入金については取引先調査および請求人の提出した収支計算書により検討の結果少なくとも一一七、九五六円はあると認められる。2 仕入材量および必要経費については、その裏付けとなる証拠資料を提示しないので、請求人の主張する金額をそのまま採用することはできない。よつて同業種の一般的な経費率等を勘案して接待交際費の一部を否認し、仕入材料および一般的必要経費一、六八一、九一二円を認容して上記収入金より控除し、これに雑収入の金額八四、〇〇〇円を加算して、さらに妥当と認められる雇人費、建物減価償却費、支払家賃、支払割引料および外注工費の合計金額二、一六六、〇六二円を差引くと所得金額は一、三五三、九八二円となる。」旨の理由付記がなされている(なお、収入金一一七、九五六円が五、一一七、九五六円の誤記であることは明白である。)ことが認められ、右理由付記はその程度および範囲において、前記国税通則法行政不服審査法の規定に何ら悖るところがない。

2  原告主張の手続上の違法事由(二)(三)について

西淀川税務署の係官浅田義雄は、原告の本件年度の所得税調査のため、昭和四〇年九月二日原告の肩書住所地に赴き、原告と面接のうえ、事業に関する帳簿書類の提示と申告所得金額の計算根拠について説明を求めたところ、原告は「帳簿書類等はすべて西淀商工会の方にいつている」旨申立てて所得金額の基礎資料となるものは一切提示せず、所得金額に関しても「右帳簿書類をみればわかることである」旨答えるのみであつたので、右係官はやむなく「改めて九月六日に来るから、そのときに帳簿書類を提示できるように準備しておかれたい」と言いおいたうえ、当日再度原告方に赴いたのにかかわらず、その際にも原告は、右帳簿書類等は商工会から未だ取寄せていないと称してこれを提示せず、その後も右係官はしばしば原告に対して右提示を催促したが、原告は応じなかつた、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして<証拠省略>の結果によれば、浅田係官は、前示九月二日に原告に対して取引先、取引銀行の所在等を質したうえ、前記のように原告が調査に応じなかつたので、やむなく原告の営業取引先、取引銀行を調査して、原告の営業収入を算出したことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、被告税務署長のなした調査は法に惇るところがなく、原告主張のような不当違法な調査がなされたことを窺わせる証拠もないから、この点に関する原告の主張は理由がないといわなければならない。(実体上の適否について)

原告は、本件更正のうち、総所得金額八四七、〇二二円をこえる部分は被告税務署長の過大認定であるから違法である旨主張するので、この点について判断する。

1  収入

(一) 売上収入

原告が川口製作所から一六七、八三五円、明治機械から一、四四五、七八〇円丸万歯車から四六、〇〇〇円、安川から六、八〇〇円、山下から二四、三〇〇円の売上収入をそれぞれ得たことは当事者間に争いがない。

<証拠省略>によれば、右のほか、原告は株式会杜共和製作所から一、八六〇、八〇六円、大阪精機工業株式会杜から六七二、三六八円、大阪精機株式会杜から八一七、六六七円、阪口工業株式会社から三二、九〇〇円、株式会杜二葉製作所から四三、五〇〇円の売上収入をそれぞれ得たことが認められる。

<証拠省略>によれば、原告は被告国税局長に対して審査請求をなした後大阪国税局職員が調査のため原告方を訪れた際、同人に対して損益計算書、製造原価明細書、売上収入付属明細書を交付し、右損益計算書には別表1<省略>の原告主張の売上収入金の合計額が、右付属明細書には前記取引先名および同取引先に対する本件年度の各月の売上金額および取引先ごとに原告主張のとおりの合計金額がそれぞれ記載されていることが認められるが、その基礎資料となる領収書、請求書等の原始記録は、株式会杜共和製作所に関するものを除いてなく、それを裏付ける証拠は何ら提出されていないから、右証拠をもつては未だ前認定を覆すに足りない。また右株式会杜共和製作所に対する売上については、本件訴訟において同製作所に対する本件年度の月ごとの請求書は提出され、右請求書の各月の請求金額は前記付属明細書記載金額に符合するものであるが、<証拠省略>によれば、原告は同製作所に対して品物を納める際原則として納品書を交付し、右納品につき毎月二〇日に締めて、月末までに別途保管の帳簿の控えによつて請求書を作成して手交し、翌月一〇日或いは二〇日に右請求金額の支払いを受け、その領収書を交付することとしていたことが認められる。しかるに、右請求書作成のもとになつた帳簿控、納品書、領収書等の資料は何ら提出されず、<証拠省略>の結果だけをもつては未だ右請求書の金額が売上収入を正確に記載しているものとは速断できないのみならず、請求書記載金額は、前記のとおり前月の二一日から当月の二〇日までの請求金額を表示しているので、右請求書の記載に基き、収入発生月毎に売上収入金額を計算すれば、二月分(一一八、四〇〇円)、四月分(五八、二五〇円)、五月分(一三八、五〇〇円)、九月分(一七六、六六八円)、一〇月分(一六一、〇六〇円)、一一月分(一七四、〇二〇円)については、大阪国税局の株式会杜共和製作所に対する照会文書記載の売上収入金額と一致し、請求書の昭和三八年一二月二八日の欄のうちA三八-二四四スピンドルバルブ以下の分と昭和三九年一月分との合計金額(一六八、六四〇円)は照会文書の一月分の金額と一致し、また六、七、八月分の合計金額は請求書によれば六二三、四九〇円、照会文書によれば六二六、一二〇円とほぼ同値を示すものの、三月分については前記付属明細書において、右照会文書における記載金額と同額の収入を記載しておきながら、請求書の提出がなく、また一二月分(一三三、四〇〇円)については、同月一六日以降の請求書の記載が明らかでないから、結局請求書をもつては、前認定を覆すに足りない。

そうすると、原告の本件年度の売上収入は合計金五、一一七、九五六円ということになる。

(二) 雑収入

原告が雑収入として八四、〇〇〇円を得たことは当事者間に争いがない。

2  必要経費

(一) 仕入金額

原告が、前記売上収入を得るにあたつて金三三五、一七四円の仕入を要したことは当事者間に争いがない。

(二) その余の必要経費(別表2、3<省略>記載の経費項目)のうち、接待交際費、福利厚生費、雇人費、支払家賃を除きその経費項目、金額とも当事者間に争いがなく、その金額は、一、六八九、五〇〇円である。

(三) 支払家賃

<証拠省略>によれば、原告は、本件年度において六〇、〇〇〇円の家賃を支払つたことが認められる。

ところで、<証拠省略>によれば、原告は、肩書住所地に存在する家屋を賃借して、昭和三七年ころから旋盤を利用して金属加工を業としてきたが、右家屋は、建坪約七・五坪の二階建建物であつて、一階のうち階段等の部分を除く約六坪(間口約一・五間、奥行約四間)が右の作業所として二階約五坪が居住用として使用されているものであることが認められる。したがつて右支払家賃のうちその五割は家事関連費とみるのが相当であり、結局三〇、〇〇〇円が収入を得るための必要経費であるというべきである。

(四) 雇人費

被告税務署長は、原告が本件更正前の西淀川税務署職員の調査の際、本件年度当時雇人は広瀬芳和のみであつた旨申立てた事実、当時の機械設備(旋盤二台)並びに作業場の広さから判断して、雇人は年間を通じて二名おれば十分であるとして、雇人費を算出しているので判断する。

(1)  まず、本件更正前の西淀川税務署職員の所得税調査の際に原告が、本件年度当時従業員は広瀬芳和のみであつた旨申立てたとの事実は、本件全証拠によるも認めることはできない。

(2)  <証拠省略>によれば、本件年度当時、前記作業所には旋盤四台(巾三尺、長さ六尺のもの三台、巾三尺、長さ八尺のもの一台)があつて、常時作動し、旋盤一台につき作業員一名が関与し、原告自らも金属加工の作業に従事していたことが認められる。

もつとも、<証拠省略>には税務調査のために原告方を訪れた際、右作業所には旋盤は二台しかなかつたという部分があるが、他方<証拠省略>によれば、原告方を訪れたのは昭和四一年二月から五月にかけてのことであることが認められ、その際、本件年度当時右作業所には旋盤が幾台あつたかを確かめた証拠もないから、右証言をもつてしては、未だ右認定事実を覆すに足りない(原告本人は、本件年度当時四台あつた旋盤のうち、二台を翌昭和四〇年に売却した旨供述する)。

また、前記のような作業場の広さからすれば、必ずしも四台の旋盤を収容しきれないものということはできない。ちなみに<証拠省略>によれば昭和四一年秋以降昭和四七年に至るまで三台の旋盤が設置されていることが認められる。

(3)  よつて被告税務署長の主張は首肯しがたいので、進んで雇人費が幾何であつたかについて判断するに、<証拠省略>並びに前記認定事実を総合すれば、原告は昭和三九年一月には、広瀬芳和、恵中保、二月から五月までは右両名のほか林弘司、六月には右三名のほか島田政得、西田清、七月、八月には、広瀬芳和、恵中保、島田政得、西田清、九月から一一月までは広瀬芳和、島田政得、西田清、一二月は広瀬芳和をそれぞれ従業員として雇用し、三月、八月には山名由夫を臨時に雇い、広瀬芳和に対して総額五七三、〇〇七円、恵中保に対して総額二九八、〇〇〇円、林弘司に対して総額一三九、〇〇〇円、島田政得に対して総額二三四、四二五円、西田清に対して総額二〇五、五一二円の給料および賞与をそれぞれ支払い、山名由夫に対して一四、〇〇〇円の給料を支払つた事実が認められるから、右合計一、四六三、九五三円が雇人費として必要経費に算入されるべきである。

(五) 福利厚生費、接待交際費等

(1)  原告はその本人尋問において、昭和三九年四月二五日、二六日に伊勢志摩へ、同年一〇月一〇日に白浜へそれぞれ従業員の慰労のため旅行し、その交通費、宿泊費、食事代、雑費として、前者につき一人当り一六、二五〇円、後者につき一人当り一一、五〇〇円の費用がかかり、(前認定のとおり当時従業員は三名であつたから、原告を含めて慰安旅行費として結局一一一、〇〇〇円の出費があつたことにたる。原告は従業員四名を連れていつた旨供述するが、この点は措信しない)、また一月には新年会を、一二月には忘年会を従業員とともに催し、酒食代として前者につき一〇、〇〇〇円、後者につき一五、〇〇〇円を出費した旨供述する。そして右については<証拠省略>のほか、それを裏付ける資料がなく、新年会、忘年会の費用は従業員の数(一月は二名、一二月は一名)からみて、金額がやや大きすぎると思われないではないものの、慰安旅行をしたこと自体は被告らの認めるところであり、また右各費用は宿泊費を除きその費用の性質上領収書等の提出が難しいものであり、他に格別右供述の信用性を疑わせる証拠もないことなどに徴し、原告は右供述のとおり費用を支出したものと認める。零細企業にあつては、従業員の定着をはかるため、また事業の円滑な遂行維持のために、経営主と従業員が酒食をともにしたり、旅行に出かけるなどすることは従業員に対する福利厚生費として必要経費になるというべきであるから、右合計一三六、〇〇〇円は必要経費に算入されるべきである。

原告はそのほかに作業終了後従業員と自宅以外の食堂等において酒食をともにするのに毎月概ね一〇、〇〇〇円を出費した旨供述するところ、従業員の数が月によつて一名ないし五名の変動があるのにほぼ定額の出費を要したというのは首肯しがたいところであるが、金額はともかく、右出費を疑わせる証拠もないので、右供述を否定しさるわけにはいかない。ところで右供述のほかに右の支出額を算出する資料もない本件においては、従業員の最多数であつた八月(原告を含めれば六名)に一〇、〇〇〇円を要し、他の各月には従業員数に比例した出費があつたものとして計算すれば、八五、〇〇〇円の額が算定される。

(算式) 10,000円×51人(各月における原告を含めた従業員延数)/6人(8月における原告を含めた従業員数)= 85,000円

(2)  所得税法にいわゆる必要経費とは当該収入を得るために必要な直接間接の費用であつて、いわゆる接待費ないし交際費は、当該接待ないし交際の理由、相手方、金額等諸般の事情からみて、もつぱら事業の遂行上の必要に基くものと考えられる場合に限り必要な経費になるというべきである。そして得意先或いは仕入先その他事業に関係ある者との間の親睦を密にし、ひいて取引関係の円滑を図ることを目的にした支出は、右にいう必要経費に当たるものである。

ところで<証拠省略>によれば、原告は本件年度に小久見源平酒店より別表4ないし9<省略>のような和洋酒、果汁等を買い入れて、原告とその家族の飲用、家庭に関わりのある者への贈答饗応に供したほか、一部は原告の得意先或いは仕入先の者が来訪した際に酒肴を提供したり、或いは事業の関係者に贈答し、一部は作業終了後原告方において従業員らに酒肴を提供するなどして費したこと、原告は右商品につき別表11<省略>(合計八、五六六円)のとおり容器を右酒店に返戻し、結局支出した金額は一五九、二二九円となることが認められるが、その幾何が事業関係者の接待或いは交際を図るために費され、幾何が従業員の慰労のために費されたものであるかについては確たる資料がない。しかし、<証拠省略>によつて明かなように、別表4<省略>の商品は右酒店より同表の届先に直接配達されたが、別表5ないし9<省略>の商品は原告方に配達されたか店頭で販売されたものであること、別表11<省略>の戻り容器の数および回収の時期を別表5ないし7および9<省略>と比較すると、日本酒、ビール小瓶、果汁類の大部分は自宅で消費されているとみられること、日本酒は、二月三日、三月七日、四月二七日、同月二九日(なお、前記のとおり四月二五、二六日は、慰安旅行に出かけている。)六月二三日、八月一七日、同月二五日、九月二日の店頭販売分および七月二日から八月一日の時期を除いて、従業員の数の変動に拘らず、ほぼ四日に一瓶の割合で定期的にかつ定量消費されていること、<証拠省略>によつて明かなように、原告の同居人は当時原告の妻および小学校、幼稚園に通う二児であつたこと、以上の事実および前記事業規模、従業員数を総合すれば、前記和洋酒、果汁等のうち事業関係者の接待交際および従業員の慰労に当てられた分は、酒の肴の費用を加えても、一〇〇、〇〇〇円を超えないものと認められる。なお<証拠省略>によると、原告は右酒店より別表10<省略>の商品を買入れたことが認められるが、その品物、数量等および<証拠省略>によれば、いずれも家庭用に消費されたものと認められる。

(3)  <証拠省略>によれば、原告はかねてより堀口松蔵に求人を依頼しており、昭和三九年同人の周旋によつて従業員一名(前記従業員以外の者)を雇入れたが、その従業員が四日ほど就労しただけで給料を受取らないまま退職してしまつたので、同年二月一〇日頃堀口松蔵に対し右周旋についての謝礼および従業員の給料の趣旨で七、〇〇〇円を交付し、その一部を右従業員に渡すよう依頼したことが認められる。したがつて他に特段の事情のない限り右七、〇〇〇円は必要経費とみるべきである。

(4)  原告は、<証拠省略>において、昭和三九年八月大阪精機工業株式会社、大阪精機株式会杜、共和製作所、カゴ谷、泉、河合、工藤、楠、山野、月森、西村に対する中元の贈答として二五、五六〇円、同年一二月河合を除く同人らのほか明治機械商会に対する歳暮の贈答として二九、二八〇円をそれぞれ支出した旨供述する。しかし右供述によると、山野、月森、西村は原告の隣人であつて、原告の事業上騒音が出るために近所のつきあいとして同人らに贈答したというものであるから、その支出の理由、相手方からみて右贈答は未だ事業遂行上やむを得ないものということができない。そして右供述によると、その余の者はいずれも原告の事業に関わりのある者であるというのであるが、右支出を裏付ける資料としては原告自ら後日支出先、支出金額をメモした<証拠省略>があるに過ぎず、また原告は右のうち一部は小久見源平酒店から買い入れたものがあると供述するが、同店の原告に対する請求書等の中には右に相当するものが認められないのみならず、他店から購入したものとしても、その領収書等保存には難くない筈であるのにその資料も全くないので、結局原告の右支出についての供述ならびに<証拠省略>は信用できないものである。

そのほかに原告が事業遂行の必要上接待交際費を支出したことを窺わせるような資料はない。

よつて、原告の福利厚生費、接待交際等は以上、合計三二八、〇〇〇円を超えないものとみるを相当とする。

以上の次第で、原告の本件年度における必要経費は(一)ないし(五)の合計三、八四六、六二七円となる。

3  よつて、原告の本件年度における総所得金額は一、三五五、三二九円となるから、本件更正(但し裁決により一部取消後の金額)には何ら総所得金額を過大に認定した瑕疵はない。

三  次に本件裁決の取消を求める請求について判断する。

1  原告主張の違法事由(一)(請求原因4(一))について

(一)  原告が昭和四一年二月九日被告国税局長に対して、被告税務署長の弁明書副本の送付を請求したところ、被告国税局長が同月一六日原告に対して、右請求に応じられない旨回答したことは当事者間に争いがない。

(二)  原告は、審査庁は審査請求が期間徒過による不適法な場合、或いは審査請求を全部容認する場合等特別な事由がある場合のほかは、原処分庁に対して弁明書の提出要求をなすべきであるのに、これをしないのは行政不服審査法二二条に違反するのみならず、審査手続において争点の整理ないし確定を要請する行政不服審査制度の根本を無視するものであるから、本件裁決は取消さるべきである旨主張する。なるほど原告主張のような審査手続に則れば、一般に審査庁においては処分庁の弁明を知ることによつて審理を円滑に進めることができ、一方審査請求人においては、その弁明内容を知らされることによつて処分の理由を把握し、それに対する反論の準備ができることになつて、審査請求人の権利救済に有益である場合があるという限りにおいては、原告の主張には首肯しうるものがあるが、行政不服審査法は、「審査庁は、審査請求を受理したときは、審査請求書の副本又は審査請求録取書の写しを処分庁に送付し、相当の期間を定めて弁明書の提出を求めることができる」(同法二二条)と規定するのみであるから、審査庁において、迅速な手続を進めるに支障があるかどうか、或いは審査請求人の権利救済に必要であるかどうか、或いは行政の適正な運営の確保に資するかどうか等諸般の事情を考慮のうえ、弁明書の提出を求めることができるのであつて、その採否はすなわち審査庁の裁量に委ねられているというべきであり、また審査請求人から弁明書副本の送付請求があれば、審査庁としては常に処分庁に対し、弁明書の提出を求め、その副本を審査請求人に送付すべきものとも解されない。

したがつて、原告の右主張は独自の見解というべく、被告国税局長において、右裁量の範囲を免脱するような格別の事情があつたことの主張、立証のない本件においては、原告の主張は理由がないといわなければならない。

2  原告主張の違法事由(二)(請求原因4(二))について

(一)  原告が昭和四二年二月九日被告国税局長に対して本件更正の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したところ、被告国税局長が、同月一六日更正決議書、異議申立決定決議書の閲覧を許可する旨通知したことは当事者間に争いがない。

(二)  原告は右各書類は行政不服審査法三三条一項に規定する「書類」に該当せず、被告国税局長の右措置は閲覧拒否に等しいから違法である旨主張する。しかし同条は、審査請求手続において、処分庁が弁明書を提出して処分の正当性を主張する一方、その処分の正当性を裏付ける物件を提出することができることを規定したものであるが、その物件を提出するか否か、いかなる物件を提出するかは、原則として処分庁の判断に委ねられているというべきところ、<証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、本件更正についての審査手続において処分庁から提出された物件は前記の書類のほかになかつたことが明らかである。したがつて、被告国税局長に右書類以外の物件の閲覧を許可しなかつた違法があるとする原告の主張は理由がない。

四  最後に、被告国に対する損害賠償請求について判断する。

1  原告が昭和四一年一月一〇日被告国税局長に対して本件更正について審査請求をなし、その裁決がなされなかつたので、昭和四三年二月二一日被告国税局長を相手に審査請求に対する不作為の違法確認の訴を提起したところ、同年三月二八日被告国税局長が右について裁決をなし、その間被告税務署長が原告所有の営業用工作機械を差押えたことは当事者間に争いがない。

2  原告は、被告国税局長は、故意に審議裁決を遅延せしめたと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はないので、右主張を前提にした原告の被告国に対する損害賠償の請求は理由がない。

五  以上のとおり、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 飯原一乗 門口正人)

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