大阪地方裁判所 昭和44年(わ)1938号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕三、被告人金尾は昭和四〇年四月一五日付司法警察職員および検察官に対する各供述調書において「買手から『藤井の親父は高田を殺してもあき足らん、お前何日たつてもらちがあかんやないか、とせかすし俺も高田を殺す気になつたからお前らも頼むぞ。やつてしまう。道具は俺が用意する。道具は硫酸とヤツパや、お前ら二人高田が家に帰るところを後からつけて、たかし(被告人金尾のこと)お前が高田を追越しわざと肩をあてていんねんをつけ人通りのないところを見計つて頭から硫酸をぶつかけてひるんだところを安さん(被告人久世のこと)がヤツパで胸でも腹でもいいから突いて殺してしまえ。場所は昨日見て来た電車道より左に入つた細い道の淋しい人通りのないところがあつたのであの辺(本件犯行現場)がいい。明日にしよう。一人当り二〇万円やる』と言われその気になつた」旨供述するに至り同日以前には後記同月六日付の「いわしてくれ」という以外殺意を認めたような記載のある調書はない。ところで被告人金尾は、第二六回公判において「自分は逮捕されてのちの同月一〇日ごろまでに痔病を発し大便をするときも血がぽたぽた落ちる位で、刑事さんに何回も体が持たんから医者の方へ連れて行つてくれというたけれどもそんなものはしんぼうしろといつてなかなか連れて行つてもらえなかつた。最初の四・五日はしんぼうしていたが特に悪くなつたときはこつちからお願いしますと言つて殆んど毎日といつてよい位ポリバケツに湯を入れて貰い尻をつけて調べを受けたが、逮捕後一〇日位たつてようやく一度医者に連れて行つて貰つたが大して心配することはないといわれ、出血するというてもすぐ手術するわけにはいかんししんぼうせいというようなことを言われてずつとがまんしておつた。その間被告人久世と買手の調書を持つて来てそれに合わすような取調べを受け自分の言うことは殆んどきいて貰えなかつたが、自分としては一日も早く医療設備のある拘置所へ送つて貰いたい一心で被告人久世、買手の調書と同趣旨の調書ができてしまつた。」旨供述し、第二九回公判において被告人金尾を取調べた警察官である証人佐藤栄作も、「被告人金尾は五日か一週間目に痔痛を訴えた。また非常に痛いと訴え本人から申出もあつたので上司に報告し、その指示により最初の訴えから二・三日後に近所の医者にみせた。その医者の専門ははつきりしない。その間およびその後にも被告人金尾が『ぬくめたら非常に気持がいい。タオルでお湯にひたしてぬくめさしてくれ』という注文でタオルにお湯をひたしそれを患部にあてがわせたり、ポリバケツに湯を入れ尻をつけさせたりした。そうして、そのような格好で取り調べをしたこともあつた」旨供述しており痔病の点については被告人金尾の供述とおおむね一致している。そして同証人は、取調の状況について、「供述を押し付けたようなことはない、同被告人は逮捕当初から事実の概要を認めていた」と供述しているが、同被告人の司法警察職員に対する四月六日付供述調書には被告人買手から「被害者を尾行して何とかいわしてくれんか、この事件に成功したら二〇万円出すといつている」といわれた旨の供述があるにとどまり同月一二日付供述調書は経歴であり同月一四日付に至つても明確な殺意は窺えず、前記同月一五日付の各供述調書において、はじめて詳細にわたる殺害の共謀の記載が存するのであつて、この間被告人金尾は殺意を否認していたものと認められる。そして、その間、前述のような同被告人の病状を押して、ほぼ連日右のような状況での取調がなされたものであることを考慮すれば、被告人金尾の前記同月一五日付以後の捜査官に対する各供述調書は前記病状のため任意性を欠くものと言わなければならない。
四、買手は公判段階に至つて、「自分は被告人久世、同金尾に被害者を殺害するよう言つたことはなく、殺してはいけない、けが程度にとどめよと口を酸つぱくして言いきかせた」と主張し、「自分は警察においても事件自体は素直に認めておつたが、殺意を否認していたところ、警察官から被告人久世および同金尾が殺意があつたと言つていると強く押しつけられた。それでもはじめのうちは否認し、前記両名に会わしてくれと申出たが断わられ、『いつまでもそんなことを言つていると何日でもおいておく、』といわれ、当時気管支系統が悪く体も元気でなかつたので、警察官に『弁護士さんを入れてもらえんでしようか』といつたら警察官は『そら裁判には弁護士はつきものやから君が選任する権限をもつているからかめへんけど、まだそんな段階やないから、たとい弁護士を入れても職権でもつて弁護士と君との面会をさせへん』と机をたたいていわれ、当時接見禁止になつていたためそんなものかと思い弁護士を入れることを諦らめた。また警察官は『自首した久世の言うこととお前の言うていることとどちらを取り上げるか常識で考えてみい。もうできたことはしようないから素直に認めよ。あとあとの整理もしたいやろう、一回保釈で出たいやろう、いつまでもそんなことを言つていたら警察も感情的になり意見書もきつく書かないかんし』などといわれ、結局自首した被告人久世の言つていることを取り上げられるのが当然だろうと思つてちよつとヤケ気味にそしたら二人の言うとおりに書いて下さいと言つた。」というのであり、それは四月一四日ごろに当ると考えられる。第二七画公判において買手を取調べた証人西村国雄は「被告人久世や同金尾の調書に基いて買手を追求したことはある、弁護人云々の点は記憶に残つていない、買手が他の被告人に会わせろなどとは言つたことはない」などと供述するほかはかなりあいまいな点もあり、少くとも弁護人の選任につき、これを事実上制限した点は買手の供述を信用しうると考える。そして、被疑者の段階においても、もちろん、弁護人選任の権利は被疑者の防禦権の重要な部分をなすものであるから、右の如き経緯のもとにすすめられた買手の取調は、その手続において重要な瑕疵が存するというべきであり、したがつて右四月十四日以後の捜査官に対する各供述調書は事実認定の証拠となし得ないものと言わなければならない。(古川実 川上美明 二宮征治)