大判例

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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)2195号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)

被告人は、軽愚級の知能をもつ精神薄弱であるうえ、昭和三八年二月一二日から昭和四一年六月一七日にかけて三回にわたり、不眠興奮、抑うつ状態、浪費、暴行などで高槻市の阿武山病院精神科に入院したことがあり、気分昂揚性、易変性爆発性などの精神病質を有する者であるが、右精神病院退院以後自宅で静養するなどし、昭和四三年六月ごろからは、高槻市の大阪飲料という会社に勤めて瓶の箱詰めなどの仕事に従事していたが、右仕事に定着できず、昭和四四年五月ごろは会社を勝手に辞めて明治製菓の下請会社に入りパイプの管理などの仕事をしていたが、

第一、昭和四四年五月一一日、当時勤めていた前記明治製菓の下請会社での仕事を休んで一日中遊び、酒を飲んでその夜遅くまで過ごしてから自転車で帰宅する途中むしやくしやした気持を晴らすため、にわかに放火してみたい気分にかられ、

(1) 同月一二日午前三時ごろ、中川伊太郎が高槻市南平台五六番地の四に新築工事中の、人の現在しない木造瓦葺二階建建物(建坪約一一二平方メートル)を焼燬しようと企て同建物土間に積んであつた竹数十本の上に藁数束を積み重ね、右藁にマッチで点火して放火したが、右建物に燃え移らないうちに自然鎮火したためその目的を遂げず、

(2) 同日午前三時三〇分ごろ、同市大字奈佐原梨谷一八七番地山本正蔵所有の人の現在しない木造トタン葺農小屋(建坪約六平方メートル)を焼燬しようと企て、同小屋内に藁数束を持ち込み、これにマツチで点火して放火したが、柱板壁などを燻焼したにとどまり自然鎮火したためその目的を遂げず

第二、自分の腕時計を見知らぬ男にだまし取られたことで枚方署の世話になり自宅まで送つてもらつたことから、被告人の様子を心配した父親関蔵にまた病院へ入院した方がよい旨言われたのを嫌つて家出して以来、各所を徘徊しているうちに、同月二五日午前二時ごろ友人と酒を飲んだりパチンコなどをして遊び、右友人と別れたのち、同市古曾部町付近をぶらついているうち、家出して以来のむしやくしやした気持を晴らすためにわかに放火してみたい気分にかられ、同市古曾部町一丁目二三番地四〇号中井次郎所有の人の現在しない木造ストレート葺平家建納屋(建坪約一一平方メートル)を焼燬しようと企て、同建物内の炭俵やボール箱の上に新聞紙を置きこれにマッチで点火して放火し、よつて人の現在しない右建物を全焼させて焼燬したものであつて

以上の犯行当時心神耗弱の状態にあつたものである。

(心神の耗弱を認めた理由)

沢潤一作成の鑑定書によると、前記の如く被告人は恒常的に軽愚級の知能(IQ、六〇以下)しかもたない精神薄弱であるうえ、気分昂揚性、易変性、爆発性などの精神病質を有し、ある種の動機のために気分変動を来たし異常行動を発露する傾向があることが認められる。

又前掲証拠によると本件犯行当時仕事する気もせずにあちこちを遊び回つており特に判示第二の行為の際は、父親にまた病院に入院しろと言われたのを嫌つて家出して以来、家に帰ることのできない状態にあり、飲酒したことも手伝つて気分的にかなり不安定でむしやくしやした状態にあつたところ、本件は個人的には何のうらみもない人達の建造物を連続的に放火したものであつて明確な放火の動機目的もない衝動的犯行で、しかも犯行後も自己の行為に対し反省するところはほとんどなく、判示第二の件では、放火後近隣の人達の消火作業を手伝い、消火後の公民館での慰労酒に平気で飲みに行つていることが認められ、その行動は常人の理解を超えるものである。

以上の点から判断するに、被告人は本件犯行当時前記精神薄弱、精神病質により不安定な気分のもとで、衝動的に本件犯行を敢行するに至つたもので、自己の行為とその結果についてその是非を弁別する能力及びその弁別に従つて行動を統御する能力が著しく減退していたものと考えられ、判示の如く心神耗弱の状態にあつたものと認めるのが相当である。(原田修 野曾原秀尚 奥田孝)

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