大阪地方裁判所 昭和44年(わ)227号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕二、昭和四四年一月二三日午前八時三〇分ごろから右飯場近くのホルモン屋「喜楽」で同僚と飲酒したのち、みかんを買つて午後九時四〇分ごろ右飯場に戻つたが、その際、右「喜楽」で同僚の土工佐山実(当時三九歳)にささいなことで頭突きを加えて負傷させたことを思い出し、右飯場二階寝室で横になつていた同人の枕元に赴いて、みかんを差し出しながら謝罪したうえ、医者に行くよう勧めたところ、同人から、「いらん、ほつといてくれ」といわれたことに激昂し、「起きろ」と怒鳴りながら判示一の犯行以来腰に差して携帯していた右刺身庖丁を抜き取るや、起き上つた同人の上腹部左側を右庖丁で一回突き刺して上腹部刺創、腹部大静脈損傷、下腸間膜動脈切断の傷害を負わせ、よつて、同日午後一〇時三〇分ごろ、大阪市西淀川区大和田東五丁目二五番地名取病院において、右傷害に基く大量出血により同人を失血死するに至らしめ
たものである。
(一) 殺意の存否
検察官は、被告人が、当時、確定殺意もしくは未必の殺意を有していた旨主張する。
そこで判断するに、なるほど、被告人の佐山実に対する所為は、刃渡り約一六、七センチメートルの鋭利な刺身庖丁による人体の枢要部たる腹部に対する攻撃であつて、その限りにおいては相手方の生命を奪うに充分な行為である。しかし、前掲各証拠によれば、判示のとおり被告人は、被害者佐山の枕元に謝罪の気持で赴き、謝罪したうえ医師の治療を受けるよう勧めたのに対し、佐山が、すげなくあしらつたため激昻し、偶々所持していた刺身庖丁を使用したもので、その際被告人が佐山の死を望み或いは認容したと考えるにはその動機自体あまりにささいな事柄であるうえ、攻撃の態様も一回刺したにとどまり、追撃の機会が充分にあつたのに拘らず再度の攻撃を加えようとしていないのみならず、攻撃の強さも、刺創の長さが約七センチメートルであることと前記刺身庖丁の刃渡りとを対比してみると被告人が力一杯刺したとは到底考えられず、加えて、被告人は本件犯行直後には、佐山が死亡するとは毛頭考えておらず、後で死んだことを聞かされて非常に驚いたこと(第五回公判調書中被告人の供述記載、被告人の司法警察職員に対する昭和四四年一月一三〇日付=枚数一六枚の分=供述調書)等の事実が認められるのであつて、叙上認定事実を総合すれば、被告人に確定殺意はもとより、未必の殺意も認めることは困難である。(角敬 荒木恒平 棚橋健二)