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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)2406号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年七月ごろから大阪市大淀川区大淀町南一丁目所在京三製作所に勤務し交通信号機の組立修理工として働いていたものであるが、昭和四四年七月一九日友人と共に麻雀などをして過したのち、同日夜洋酒喫茶店などで飲酒して帰途についたが、翌二〇日午前〇時三〇分ごろ、同市東住吉区中野通一丁目八〇番地樋口浩一方西側路上で、帰宅のため一人で通行中の蔵田順子(当時二六才)からその所持するハンドバックを窃取(いわゆるひつたくり)しようと企て、

第一、前同日同時刻頃、同所において、蔵田順子の左斜め後方から同女に近付き、いきなり左手を同女の左肩にかけたところ、不意に左肩に手をかけられた同女が驚愕して前方へ逃げる気配をみせたため、同女に逃避されまいとして咄嗟に右手を同女の頸部に巻くようにして同女を引き止めるなどの暴行を加えたため、同女が道路の窪にその足をとられて右前方によろけ、被告人においても右暴行の余勢で同女の背部から同女に抱きつくような恰好でその体重をかけたことにより同女をして右道路の右側溝にその足をつつこませ、かつ、右道路脇の樋口浩一方板塀にその顔面部を突き当らせたうえ同所に両膝をつくようにして転倒させ、よつて、同女に対し治療約一週間を要した両膝挫傷、左顔面挫傷の傷害を負わせ、

第二、前記第一の日時、場所において、同女所有の現金約九、四〇〇円および化粧品等七点在中のハンドバック一個(時価合計約一三、七〇〇円相当)を窃取し

たものである。

(強盗傷人の訴因を排斥した理由)

本件公訴事実(強盗傷人の訴因)の要旨は、「被告人は、判示第一の日時、場所において、通行中の蔵田順子(当時二六才)を見掛るや同女から金員を強取しようと企て、同女を十数メートル尾行したうえ、その背後から矢庭に左腕を同女の首にかけて締めつけ、さらに同女を道路脇の板塀に押しつけて転倒させるなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し、同女が腕に提げていた現金九、四〇〇円余および化粧品等七点在中のハンドバック一個(時価合計約一三、七〇〇円相当)を強奪し、その際、右暴行により同女に対し全治一週間を要した右顔面挫傷などの傷害を負わせたものである。」というにあり、被告人が公訴事実掲記の日時、場所において帰宅のため一人で通行中の蔵田順子(当時二六才)からその所持する前掲ハンドバック一個を奪取しようとした際、同女をして道路脇の測溝にその足をつつこませるとともに道路脇の板塀にその顔面部を突き当らせたうえ同所に両膝をつくようにして転倒させ、よつて、同女に対し判示第一のとおりの各傷害を負わせたこと、ならびにその直後被告人が同女から右ハンドバック一個を奪取して逃げ去つたことは前掲各証拠によつて明らかであるから、以下においては、被告人がいかなる犯意のもとに右ハンドバック取得のための手段としていかなる行動に出で、被害者がそれに呼応していかなる行動をとり、さらに被害者がどのような経緯、原因で転倒するに至つたかなどについて順次検討を加えたうえ、強盗傷人罪の成否につき判断することにする。

(一)、被告人は当初いかなる犯意を有していたか

<証拠略>を総合すると、被告人は、本件犯行前日は競馬の場外券を買つたり、麻雀をして遊んだのち午後八時ごろから友人らと大阪市梅田所在の洋酒喫茶店「クリ」で飲酒し、さらに単身で国鉄大阪環状線天満駅付近の一杯飲屋で飲酒するなどして遊興したあげく(未だ手許に約一五〇〇円前後所持していたが)、翌二〇日午前〇時過ぎごろ、近鉄南大阪線針中野駅で下車して帰宅の途につき本件現場から南方約一〇〇メートルの地点の三差路付近(第一五回公判調書中の被告人の供述部分添付図面の朱線上の×印地点)において北方へ一人で通行中の被害者蔵田順子を見掛るや、酒気を帯びていたことも手伝い同女をひやかそうと考え、同女を尾行して行つたが、本件現場から南方約一〇メートル付近の地点に差しかかつた際、同女の左腕に通して所持するハンドバックを認め、突発的に右ハンドバックをひつたくつて奪取しようと考えるに至つたが、未だ暴行、脅迫を右財物奪取の手段とする気持を抱いていなかつたことが認められる。右認定事実に徴すると、被告人は当初窃盗の犯意のみを有していたにすぎないと認めるのが相当である。

もつとも、検察官は、「被告人は被害者を見掛るや同女から金員を強取しようと企てた」旨主張し、これに副う証拠として被告人の司法警察員に対する昭和四四年七月二五日付供述調書には「急に金が欲しくなりハンドバックを取り金をまきあげてやろうと悪い決心をした」旨の供述記載が、同じく被告人の検察官に対する供述調書には「酒を飲んでいた気嫌でお金が欲しかつたので……私は付近に人がおらず夜も遅いことであり蔵田さんに金を出せと、言つて脅して蔵田さんから金の入つているハンドバックを巻き上げてやろうと思つていたのですが、……」との供述記載があるけれども、若し、被告人が当初より右供述記載のような強盗の犯意を有していたとすれば、同犯意の外部的発現行為として被告人において被害者に対し「金を出せ」と申し向けるなど、何等かの脅迫的言辞を弄している筈であるのに、被告人は本件財物奪取に至るまで終始無言で右のような脅迫行為に及んでいない(証人蔵田順子の前掲尋問調書によつて明白である)ところからみて強盗の犯意を生じたする右各供述記載は、いずれも被告人の当時の心理状態を正確に表現したものかどうか頗る疑わしいばかりではなく、被告人の当公判廷における供述内容第一〇回公判調書中の被告人の供述部分、前段認定の被告人が本件犯行に着手するまでの経緯、心理の推移ないしはハンドバック取得の動機に照らしてもにわかに措信できないし、他に検察官主張のように被告人が当初から強盗の犯意を有していたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)、ひつたくり(窃盗)の犯意形成後の被告人の行動とそれに呼応する被害者の行動

<証拠略> を総合すると、被告人が、ハンドバックをひつたくろうと考えるや、約一〇メートルの距離を急ぎ足となつて被害者蔵田順子の後方直近に迫まり、いきなり左斜め後方から同女の左肩に左手をかけたところ(本件では同女がハンドバックを腕に通して所持し、肩にさげ紐をかけていなかつたからいわゆるひつたくり行為そのものではなく、ひつたくりに付随する準備的行為と認められる)、不意に左肩に手をかけられた同女が驚愕して前方に逃げ出そうとする気配をみせたため、同女に逃避されまいとして咄嗟に右手を同女の頸部に巻くよううにして同女を引き止めた(結果的には右所為は被害者の首を締めた恰好になり、その肉体的影響により同女もまた首を締められたと認識する結果となつた)事実が認められる。前掲各証拠中、右認定に反する部分はこれを信用できない。

なお、右の点について、検察官は、「被告人が被害者の背後から矢庭に左腕を同女の首にかけて締めつけた」旨主張するので検討するに、「左腕を首に巻きつけて締めた」との点については、これに副う証拠として、被告人の司法警察員に対する各供述調書には「その女の人の後から私の左腕を首に巻きつけて締めて動けないようにしておき」「左腕を後から女の首にまわし左手甲あたりを女の喉に当てぐつと力を入れて締めますと……」との供述記載が、被告人の検察官に対する供述調書には左腕を首に巻きつけ、左腕に力を入れて女を私の方に引き寄せ右手を彼女の前側に廻して彼女が左腕にかけて持つていたハンドバックを掴んで引つ張つたのです」との供述記載があるけれども、証人蔵田順子に対する当裁判所の尋問調書、第二回公判調書中の同証人の供述部分によれば、同女は一貫して後方から被告人の右腕で首を締められた旨供述を繰り返しており、また、同女は「被告人が右手でハンドバックを引つ張つた記憶はない、転倒してからハンドバックの方に被告人の手がいつた」旨供述しており、同供述、ならびに当該裁判所の検証調書により明らかになつた犯行現場の状況、被告人と被害者との姿勢、位置関係被告人の当公判廷における供述などに照らすと、被告人の前掲各供述記載部分はその真実性に乏しくにわかに措信できないし、また、「矢庭に首を締めた」との点については、これに副う証拠として、証人蔵田順子に対する当裁判所の尋問調書中の「いきなり右前腕部で喉を締められた」旨の供述、第二回公判調書中の同証人の「後から急にパッと首を締められて」「歩いててね、不意にパッと首に手を廻しますね」旨の供述記載部分があるけれども、被告人の司法警察員に対する昭和四四年七月二五日付供述調書の「黙つて後ろから左手で女の肩をつかみました」との供述記載部分、被告人の検察官に対する供述調書の「……いきなり左手で後ろから左肩を押えた」旨の供述記載部分、被告人の当公判廷における、「最初左手を被害者の左肩に手をかけた」旨の供述、第一〇回公判調書中の被告人の「左斜め後方から左手を女の人の肩にかけた」旨の供述記載部分、と対比し、かつ、被害者が当時驚愕の余り極度の興奮状態にあつたことを併せ考えると証人蔵田順子の前掲供述および供述記載部分はにわかに措信できない。結局、叙上の各証拠は、相互の供述部分に比較的重要な相違矛盾点が存するから、検察官の右主張事実の裏付証拠として措信するに足る証明力を具有するものとは認められない。

(三) 被害者が転倒するに至つた経緯、

原因

右(二)掲記の各証拠を総合すると、同(二)において認定したように被害者は被告人からいきなり自己の左肩に左手をかけられたため、逃避しようとして道路の窪に足をとられて右前方によろけたのであるが、その際、ちようど被告人において右(二)において認定したように同女に逃避されまいとして右手を同女の頸部に巻くようにしてかけ制止したため、そのままの態勢で背後から同女に抱きつくような恰好になり自己の体重を同女にかけたので、同女をして道路脇の側溝にその足をつつこませるとともに道路脇の板塀にその顔面部を突き当らせたうえ同所に両膝つくようにして転倒させる結果となつたこと、被告人が同女の左肩に左手をかけてから右転倒までの時間は瞬時であつたこと(証拠上何分、あるいは何秒と認定することはできないが極く短時間であつたことは十分推測できる)がそれぞれ認められる。前掲各証拠中、右認定に反する部分は信用しない。叙上の事実に徴すると、被害者は被告人の右一連の暴行と逃避しようとした地点の道路状況が悪かつたこととが相俟つて転倒するに至つたものと認めるのが相当である。

(なお、検察官は、右の点について「被告人が同女を道路脇の板塀に押しつけて転倒させた」旨主張するが、全証拠を仔細に検討してもそのような事実は認められない。)

(四) ハンドバックの奪取状況

前記(二)掲記の各証拠によると、被害者が転倒した前後を通じて(主として転倒直後)被告人が同女の首から右手をはずして同女の所持するハンドバックをひつたくろうとして左手で引張つたところ、同女がハンドバックを奪われまいとして左腕を折り曲げて抵抗したため、ハンドバックのさげ紐がその中央部において千切れハンドバックの本体が同女の左側地面に落下したので、それをすばやく拾い上げて奪取しその場から逃走したことが認められる。

(五) 被害者の逃避するのを制止するため同女の頸部に右手を巻きつけるようにかけた暴行を加えた過程において被告人に強盗の犯意が生じたか

右にみてきたように、被告人が右手を同女の頸部に巻きつけるようにかけて同女を引き止めようとした所為(首を締める意図はなかつたが、結果的には同女の首を締めたと同一の肉体的影響を同女に与えたことは前認定のとおりである)は、咄嗟の判断で同女を逃げさせまいとした逃避制止行為であり、当該行為は被告人の当初の目的であるひつたくりに付随する準備的行為の一連のものとして行なわれたと認められるから、前記(一)、(二)、(三)、(四)において認定した諸事情の下においては被告人の右暴行をとらえて同女の反抗を抑圧する意図をもつてしたものということはできないし、他に右暴行に着手後に強盗の犯意が生じたことを認めるに足りる的確な証拠はない。(この点について、被告人の司法警察員に対する昭和四四年七月二五日付供述調書には「もし、女が手向つたり、逃げたりでもしたら暴力をふるつて力ずくでもハンドバック奪う決心をしたのであります」との供述記載があり、これは、当初から強盗の犯意を予備的に抱いていたことを表現するものであるところ、前記(一)において説示したように被告人は当初単純なひつたくり(窃盗)の意思のみを有していたにすぎないから、右供述記載部分はにわかに信用できないし、また、被告人の検察官に対する供述調書には「蔵田さんは必死に私の手を振り切つてのがれようとしたので私は男の力で蔵田さんが抵抗して逃げようとするのを押えつけて蔵田さんの持つているハンドバックを奪い取つてやろうと思い左腕を蔵田さんの首に巻きつけ、左腕に力を入れて……」との供述記載があるけれども、右供述記載は奪取の目的を果すため被告人が左腕で同女の首を締めたことを前提とするものであつて、先に説示したとおり本件は咄嗟に同女の逃避を制止するため右手を同女の頸部に巻きつけるようにかけたにすぎないから、首を締めるのに左腕を使用したとの右供述記載部分はにわかに信用できない。)

もつとも、前段認定の逃避制止行為は同女に逃げられそうになり、当初の目的であるひつたくりが失敗しそうになつたから行なつたものであり、その意味においては奪取の目的を達成するために行なわれたという側面をもつているというべく、このような場合奪取のため客観的に被害者の反抗を抑圧する程度の暴行が加えられたときは、当初において強盗の犯意がなくともその過程において強盗の犯意が生じたと認められる場合も考えられるけれども、前掲各証拠によると、被害者はハンドバックを奪われまいとして終始抵抗していたものであつてそのためハンドバックのさげ紐がその中央部から千切れたものであると推認されること、頸部に右手を巻くようにしてかけられていた時間は極く短時間であり、前認定のとおり被告人において意識して同女の頸部を締めつけたものではないから同女に対し失神ないしは気力を失わせるほど強度な肉体的影響を与えたものでないことが認められ、右認定事実に徴すると、被害者の年令、犯行現場の状況、時刻などを考慮に入れても、右逃避制止にともなう前記暴行の程度は未だ被害者の反抗を抑圧するに足りるものであつたということはできないから、右のような観点からしても、前記暴行時において被告人に強盗の犯意が生じたということはできない。

(六)、従つて被告人の前記認定の各暴行(傷害)は、強盗の犯意にもとづきなされたものではなく、いわゆるひつたくり(窃盗)の手段としてそれに付随してなされたものであり、事後の財物奪取行為は窃盗罪を構成するものと解するのが相当であるから、本訴因である強盗傷人罪の成立を否定し、その訴因の範囲内で傷害罪と窃盗罪の成立を認めて判示第一、二のとおり認定した次第である。

(大西一夫 畠山芳治 大谷種臣)

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