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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)303号 判決 1973年8月23日

主文

被告人朴仁燮を懲役六月に、同大日物産株式会社を罰金四百万円にそれぞれ処する。

被告人朴仁燮に対し、この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用(証人岡本武博、同塩山正二、同谷口進、同大崎和利に支給した分)は全部被告人両名の連帯負担とする。

昭和四四年四月九日付起訴状記載の公訴事実中、昭和四二年九月九日付(三中物産株式会社に対するもの)、同四三年一月一一日付、同年二月二日付(ファンシントレーデングカンパニーに対するもの)、同年五月一四日付および同月二〇日付各輸出申告に係る関税法違反並びに同申告に基づく輸出に係る外国為替及び外国貿易管理法違反、支払指図書輸入に関する関税法違反の各点については、被告人両名は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人大日物産株式会社(以下「被告人会社」という)は、肩書地を本店とするものの、大阪市東区淡路町二丁目八番地野口ビル二階に営業所を置き、主として、繊維屑、繊維原料、機械等の韓国向け輸出を業とするもの、被告人朴仁燮は、昭和八年から一一年頃まで下関市に居住していたこともあったが、同三二年頃ひそかに本邦に入国し、同三八年自首して、同三九年三月一二日大阪地方裁判所において外国人登録法違反の罪により罰金三千円に処せられたものの、法務大臣の特別在留許可を受けて本邦に滞在している者で、同三七年五月二五日付登記をもって被告人会社を設立し、実質は使用人である日本人を代表取締役に立てながら、自らは取締役会長として、同社の実権を一手に掌握、統轄している者であるが、

第一、被告人朴仁燮は、被告人会社の業務に関し、

一、別表(一)記載のとおり、単独または被告人会社の使用人で取締役の小橋繁男と共謀のうえ、昭和四二年七月一七日から同四三年一二月二一日までの間、前後九五回にわたり、いずれも、大阪市港区大阪税関において、通関業者を介し、同税関長に対し、いずれも韓国所在の美昌産業株式会社ほか一二社に対するスカードモヘア等の輸出申告をするに際し、真実の輸出契約金額は合計にして七〇六、〇〇二ドル六九セント(邦貨換算二五四、一六〇、九六八円四〇銭相当)であるのにかかわらず、これを秘し同金額より合計にして、二〇四、三四一ドル八一セント(邦貨換算七三、五六三、〇五一円六〇銭相当)低い五〇一、六六〇ドル八八セント(邦貨換算一八〇、五九七、九一六円八〇銭相当)がその輸出契約金額であるよう虚偽の記載をした輸出申告書および仕入書を提出し、もって、それぞれ偽った輸出申告をし、

二、標準決済方法によらないで貨物を輸出しようとするときは、法定の手続に従い通商産業大臣の書面による輸出の承認を受けなければならない義務があるのにかかわらず、その承認を受けないで、別表(一)記載のとおり、単独または前記小橋繁男と共謀のうえ、「船積年月日」欄記載の昭和四二年七月一七日頃から同四三年一二月二四日頃までの間、前後九五回にわたり、前記美昌産業株式会社ほか一二社に対しスカードモヘア等を輸出代金価額合計にして七〇六、〇〇二ドル六九セント(邦貨換算二五四、一六〇、九六八円四〇銭相当)で輸出するにつき、右価額中合計五〇一、六六〇ドル八八セント(邦貨換算一八〇、五九七、九一六円八〇銭相当)についてのみ信用状を受領し、残額合計にして二〇四、三四一ドル八一セント(邦貨換算七三、五六三、〇五一円六〇銭相当)については、別途日本円貨などで後払いを受ける標準外決済方法によっていずれも大阪港から韓国釜山に向けて船積み輸出し、もって、それぞれ無承認輸出をなし、

三、法定の除外事由がないのに、別表(二)記載のとおり、昭和四三年一月一二日頃から同年七月二日頃までの間、前後一〇回にわたり、大阪市南区長堀橋筋二丁目三八番地大阪観光ホテルほか二個所において、非居住者である韓国ソウル市在住豊起繊維工業株式会社代表取締役朴洙礼ほか五名から合計現金四、三九九、三五五円の支払を受け、もって、それぞれ非居住者からの支払の受領をなし、

四、法定の除外事由がないのに、同年一〇月一〇日頃、大阪市北区中之島二丁目二五番地三井物産株式会社において、非居住者である韓国在住の慶南繊維工業株式会社代表取締役許宗範の指図により、同人のためにする支払の受領として、被告人会社使用人宮崎脩、北島葉子らを介して、三亜興業株式会社貿易部川北和一から額面八六四、〇〇〇円の小切手一通の支払を受け、もって非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし、

第二、被告人朴仁燮は、昭和四二年九月下旬頃、大阪市福島区吉野町一丁目一七番地坂本昇こと金昇漢方において、非居住者である韓国在住の金海徳の指図により、同人のためにする支払の受領として、右金昇漢から現金二〇万円の支払を受け、もって非居住者のためにする居住者に対する支払の受領をなし

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人朴仁燮の判示所為中、第一の一の各事実は関税法一一三条の二(別表(一)番号4ないし95の事実についてはさらに刑法六〇条)に、第一の二の各事実は外国為替及び外国貿易管理法七〇条二一号、四八条一項、輸出貿易管理令一条一項三号(別表(一)番号4ないし95についてはさらに刑法六〇条)に、第一の三の各事実は右管理法七〇条七号、二七条一項二号に、第一の四および第二の各事実は右管理法七〇条七号、二七条一項三号にそれぞれ該当するところ、以上いずれについても所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑および犯情の最も重いと認められる判示第一の二別表(一)の番号93の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役六月に処し、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、同被告人の判示第一の一ないし四の各所為は、いずれも被告人大日物産株式会社の業務に関してなされたものであるから、被告人朴仁燮の判示第一の一ないし四の各事実に対する右各適条のほか、第一の一の各事実は関税法一一七条に、第一の二ないし四の各事実はいずれも前記管理法七三条にそれぞれ該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により各所定の罰金の合算額の範囲内で被告人大日物産株式会社を罰金四百万円に処する。訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文一八二条により全部被告人両名の連帯負担とする。

(刑の量定理由)

本件は、判示のように韓国向け輸出にからむ関税法並びに外国為替及び外国貿易管理法各違反の一連の犯行で、犯行の回数は多数、違反金額も多額であり、態様は計画的継続的で手段も悪質であり、動機においても、韓国側業者の希望があるにせよ、被告人朴仁燮自身、罰金や通告処分で済むならと利益のため違法を承知で反覆したというのであって、被告人朴仁燮の今日あるの一部も右の如き違法行為から生ずる利益によるとみれないでもなく、また他面、右の各行為は単に我国の法規に違反するだけではなく、韓国の規制をも潜脱し、ひいては我国経済の対外信用にも影響しかねないものであって、以上の諸点に鑑みれば、たとえ、同被告人にいかなる事情があるにせよ、懲役刑の選択は止むを得ざるものというのほかなく、ただ、同被告人は、前非を悔いて本件後、事件を反省して違法手段を止め、正常な貿易取引を通じて社業の発展・拡大を図り、かつ日本永住を願っているなど同被告人に有利な事情を考慮して、同被告人に対し主文のとおり量刑し、被告人会社に対しても以上の諸点などに照らし、主文のとおりの罰金額に処する。

(一部無罪の理由等)

第一、本件虚偽輸出申告に係る関税法違反の訴因における実輸出契約金額について、検察官は合計して八四七、四三八ドル三二セントであった旨主張するに対し、弁護人は合計して七二七、七八六ドル七四セントである旨反論するところ、≪証拠省略≫によれば、右関税法違反についての捜査は被告人朴仁燮と同棲し、被告人会社の業務に携っていた金五用からのものと思われる投書に端を発したもので、大阪府警察本部保安二課は、昭和四四年一月一六日に被告人会社営業所および被告人朴仁燮の自宅などを強制捜索すると共に、同日同被告人を逮捕して強制捜査に踏み切ったが、同被告人は逮捕された直後から虚偽輸出申告の事実を認めていたものの、具体的な実輸出契約金額の資料については右強制捜索の結果によっても発見されなかったところ、被告人会社の取締役兼使用人で経理および繊維屑等の仕入業務を担当している小橋繁男に対する任意取調の過程において、同人が売買明細表一綴を自発的に任意提出し、同明細表は被告人朴仁燮から虚偽輸出申告の情を打ち明けられてこれに協力するようになった昭和四二年八月以降、同被告人が国際電話で輸出の相手方と取り決めた実輸出契約金額をその都度メモしたものである旨供述し、被告人も同契約金額が真実である旨承認自白するに及び、同被告人は大阪税関の審理官にも同様の供述をしたので、同税関長から告発がなされ、検察官も右売買明細表の記載と被告人の自白、小橋繁男の供述等を主たる根拠として本件各公訴を提起したものであること、ところが被告人らは昭和四四年八月二一日の第三回公判期日において、公訴事実に対する意見として虚偽輸出申告に係る関税法違反の訴因に対する虚偽申告(低価申告)の事実を認めながら何ら根拠を示すことなく申告価額と実輸出契約価額との差は訴因の記載よりも低額である旨主張し、同年一二月九日の第四回公判期日になって実輸出契約価額につき売買明細表の記載と異なる具体的金額を主張すると共に、その根拠として契約書綴一綴を証拠に提出し、公判廷では被告人はもとより、小橋繁男も、実輸出契約価額は右契約書に記載されたものが最終的で真実である旨供述を変更し、この契約書綴は被告人朴仁燮の自宅の小屋に保管されていたものである旨弁解するに至ったこと、右のような契約書作成の事実については、本件各公訴の提起以前はもとより、右第四回公判期日に至るまで被告人朴仁燮、小橋繁男はもとより金五用も全く触れたことがないことなどの各事実が認められる。

ところで、もし右のような契約書の作成が事実であるとすれば、その重要性、恒常性、有利性に照らしても、捜査段階において関係者が全くこれに言及しなかったというのは、一見奇異というのほかなく、殊に本件においては、昭和四四年一月一六日に権弁護士が、翌一七日に大槻弁護士が相次いで弁護人に選任されているのに、被告人朴仁燮は司法警察員吉内勇の取調に対し、オファー・シートが契約書の役割を果している旨(昭和四四年一月二四日付供述調書)、実輸出契約価額は国際電話の内容と同一で契約書に代るオファー・シートに記載される旨(同月二九日付供述調書)、会社には実輸出契約価格を記載した書類はない旨(同年二月四日付供述調書)それぞれ供述し、検察官に対する同月五日付供述調書においても、取引過程を詳細に供述しながら契約書の作成に触れた形跡は全く窺われず、同月一〇日に保釈出所して後の取調でも何ら供述を変更することがなかったばかりか、前示のように公訴提起後半年以上経過した第四回公判期日になって初めて契約書の作成と存在が明らかにされるに至ったことはいささか理解に苦しむところであり、捜査段階で契約書に言及しなかった理由についての公判段階における弁解も、小橋繁男の証言は明確を欠いており、被告人朴仁燮の供述も第八回公判期日と第九回とでは一致しないなど必ずしも合理的とはいえず、契約書自体についても、その保管されていた状況は被告人朴仁燮の供述によるほかなく、大半が本件公訴事実に相応するという一〇一通のみが保管されていたというのも偶然過ぎる嫌いがあり、すくなくとも同文のもの一通が被告人会社の代理店(実質的には子会社韓国物産)にあるとされながら、これが任意提出される気配は全くなく、検察官が第二一回公判期日において指摘したように、同一契約(コントラクト八三四一、九一七八)につき二様の契約書原本が存在するとの疑があるにもかかわらず、被告人朴仁燮の同期日における説明によっても右疑問の解明は十分でないし、また、同供述によれば、コントラクト番号九一七八の契約書は宮崎脩の署名であるというのに、契約書の存在に関する宮崎脩の証言は極めて曖昧であるなど、検察官が論告において右契約書綴が事後作為的に作成されたと主張するも無理からぬ諸事情が多多窺われるばかりか、たとえ契約書が事後作為的に作成されたものでないにしても、右の諸事情に加えて、これらの契約書は、いずれも被告人会社の代理店である韓国物産社との間で作成されたものに過ぎないこと、小橋繁男の証言によっても、契約書が船積後事後的に作成される場合があり、被告人朴仁燮も第二一回公判期日において、価額は国際電話で口頭により決まる旨供述していることなどに照らせば、契約書は真実の輸出契約価額を記載したものでないとの疑も濃厚であり、結局、以上の次第で、被告人らの弁解は不合理であり、検察官主張の価額が真実であると認定し得るかのようである。

しかし、本件事案の性格や、本件に先行した旭税務署による脱税容疑の調査に対し被告人朴仁燮ら被告人会社関係者の採った対応の仕方、ひいては脱税資料焼却の事実(前掲各証拠による)に照らせば、被告人朴仁燮らが他の不利な証拠物露見を避けるためなど何らかの理由と配慮により、自己に有利と思われる契約書の存在を故意に秘匿することも十分想像できるところであり、それだからこそこの種事案における強制捜索の必要性があるともいえるのであるが、本件においては、被告人朴仁燮はもとより、捜査官(吉内勇および塩山正二)も自認するように、昭和四四年一月一六日実施の前記捜索は必ずしも十分とはいえず、被告人朴仁燮が契約書綴を保管していたという小屋は遂に捜索の対象とされなかったのであり、この捜索の不十分性は小橋繁男が本件捜索後に前記売買明細表を任意提出したことによっても明らかであるのに、その際にも強制捜索を補充して実施した形跡は全く窺われないこと、前記説示のような経緯で提出された契約書綴に対しては提出時において当然強い疑問が持たれて然るべきであるのに、検察官から真偽につき鑑定申請や被告人会社のタイプライターの提出について何らかの申請が出された形跡はなく(約四年を経過した現時点では効果的な鑑定も不可能と思われる)、被告人朴仁燮の供述によって、契約書綴と一緒に保管されていたとする書翰綴については、その細部は別として事後作為的に作成された形跡は窺えず、関係書類を保管していたとする同被告人の弁解が全くの虚偽といえないこと、被告人朴仁燮の司法警察員に対する昭和四四年二月四日付供述調書によれば、同被告人は前記売買明細表を同日の取調で始めて見たものであることが窺われるのに、小橋繁男のメモとはいえ、同被告人が拘束されるまで知らなかったというのはこれまた奇異の観を免れ難いにもかかわらず、捜査官がその理由を追及した形跡は見当らず、かえって被告人は右明細表の記載にも一部ダブッタ点があり(右調書)、細かい数字まで合うかどうか判らない(前掲吉内勇の証言)旨指摘しており、小橋繁男が繊維関係の担当者であることから仕入段階で一応決定された価額が記載されているとの見方もできないではなく、そもそも、口頭によって成約をみる貿易取引においても、確認的に事後契約書が作成されるのが通例であるのに、殊に検察官において被告人朴仁燮および金五用に対する取調に際し、相手方との間に作成されるべき実輸出契約価額の記載された証憑書類の存在について、意識的な尋問のなされた形跡が窺われないこと、韓国物産社の性格が必ずしも明らかでなく、同社と被告人会社との間で契約書の交換を必要とする理由も一概に否定できないこと、契約は国際電話で決まる旨の第二一回公判期日における被告人朴仁燮の供述も、その決定価額が前記売買明細表に記載されるとまでは言っておらず、事後確認的に契約書が作成されることと必ずしも矛盾しないこと、検察官指摘の原本二様存在の疑こそ、かえって事後作為的に作成されたものでないとの証左にもなり得ることなどの諸点を併せ考え、かつ右契約書と輸出関係書類を一々対照してみると、本件において、前記売買明細表記載の価額が最終的に決定された実輸出契約価額であると認定するについては、なお合理的な疑が残るというのほかなく、前記契約書記載の価額をもって実輸出契約価額であると認定するのほかはない。

右の次第であるから、本件虚偽輸出申告に係る関税法違反並びに同申告に基づく輸出に係る外国為替及び外国貿易管理法違反の各公訴事実中、被告人朴仁燮が被告人会社の業務に関し、小橋繁男と共謀のうえ、別表(三)記載のとおり、五回にわたり、虚偽の低価輸出申告をなし、かつ通商産業大臣の書面による承認を受けずに船積輸出したとの点については、前記契約書綴中、番号八三四六、八三九五、八四二七、九〇三四および九〇三九の各契約書によれば、実輸出契約価額は相応する輸出関係書類によって認められる申告価額と同一であることが認められるから、この両者に差額のあることを前提とする右各訴因はいずれも犯罪の証明がないことに帰し、刑事訴訟法三三六条を適用して被告人両名に対し無罪の言渡をする。

第二、本件公訴事実中、無許可輸入に係る関税違反の点は、被告人朴仁燮は、被告人会社の業務に関し、昭和四三年七月二五日、韓国から大阪府豊中市大字麻田大阪国際空港に到着し、同空港内大阪税関伊丹空港出張所旅具検査場において、所携の額面一五、〇〇〇ドル支払指図書一枚(振出人リパブリックナショナルバンクオブダラス、支払指図番号一四三〇〇六四、邦貨換算五四〇万円相当)を輸入するに際し、右税関長の許可を受けないで、これを身辺に隠匿携帯して本邦に引き取り、もって無許可輸入したというにあり、第一六回公判調書中被告人朴仁燮の供述部分、同被告人の司法警察員に対する昭和四四年二月八日付および三月四日付各供述調書、検察官に対する同年四月三日付供述調書、司法警察員作成の同年一月八日付捜査復命書、押収してある小切手写真コピーによれば、被告人朴仁燮が昭和四三年七月二五日韓国から右大阪国際空港に到着して本邦に入国したこと、同被告人が同年八月三日右支払指図書を信用組合大阪興銀を介し大和銀行南森町支店に持ち込み、邦貨五、三八三、三四〇円に換金したことの各事実を認めることができる。

被告人朴仁燮は、捜査官に対する右各供述調書において無許可輸入の事実を自白し、大阪税関の審理官にも同様供述したので、同税関長が告発し、公訴の提起がなされたが、同被告人は昭和四四年八月二一日の第三回公判期日において、何ら右理由を示すことなく右犯行を否認し、同年一二月九日の第四回公判期日になって右支払指図書は韓国物産社の姜九洪より同四三年七月二七日付書翰に同封して被告人会社宛に郵送されたものである旨弁解すると共に、その根拠として書簡一綴、受信簿一冊を証拠に提出し、被告人朴仁燮は右書簡綴は前記契約書綴と共に同被告人の自宅の小屋に、また右受信簿は被告人会社にそれぞれ保管していたものである旨供述する。

しかし、被告人朴仁燮の捜査官に対する前掲各自白並びにこれと同旨の大阪税関の審理官に対する供述はいずれも具体的であり、第一〇回公判調書中証人吉内勇、第一八回公判調書中証人大崎和利の各供述によれば、右自白等はいずれも任意になされたものであることが認められ、同被告人の公判廷における供述によれば、外国から支払手段の郵送を受ける例は極めてすくないというのであるから、事件後約半年を経過した時点で同被告人が記憶違いのため無許可輸入を自白したとはとうてい考えられず、捜査官に対し自白したことの理由についても、同被告人は第八回公判期日と第一六回とで明らかに異なる弁解をしており、そもそも、前記第一で説示したように、拘束の当初から二人の弁護人が選任され、しかも右自白調書の二通は保釈出所後に作成されたものであることなどに照らせば、被告人朴仁燮が虚偽の自白を維持し続けること自体、これまた奇異とも受取られるのである。また、右書簡綴および受信簿自体についても、これをすべて事後作為的に作成されたとする証拠はなく、したがって韓国物産社の姜九洪作成の同四三年七月二七日付書翰が同月三〇日被告人会社に郵送されたこと、そして同書翰に(US弗 15 000Park in Sup記名式checkを同封致します故御査収程願い上げます 以上)との記載があり、被告人朴仁の当公判廷における説明によれば、同記載が前記支払指図書を同封して郵送する趣旨のものであることは認めざるを得ないものの、検察官も論告において指摘するように、右の記載は文中に連続していながら「3」としてではなく、わざわざ追而書き(P・S・)として記載されており、姜九洪作成の他の書翰と比較検討しても後日同人が追加したとの疑を容れる余地もないではなく、殊に同書翰綴にある同四三年七月二三日発信の書翰末尾にも「弗 15 000 Park in Sup記名式check同封致します由、御査収願います」との記載があり(右受信簿によれば同月二七日被告人会社に到達)、同記載は作為的かどうかは別として明らかに他の記載と別の機会になされたものであることが認められて一層右疑惑を深めるばかりか、同一支払指図書が何故二通の異なる書翰に同封されるのかなど右二通の書翰の関係についても理解し難く、これに関する被告人の当公判廷における説明(第二一回公判)も説得的といえず、貴重な支払手段の送付を同封書翰で通知すること自体、海外送金実務の常識に照らし疑問の余地なしとしないなど以上挙示の諸事情に照らせば、右書翰の記載は事後作為的に追加記入されたものであり、被告人朴仁燮の捜査官に対する各供述こそ信用すべきであるとの検察官の主張も十分首肯し得るかのようにみえる。

しかしながら、同被告人の捜査官に対する前掲三供述調書を比較検討すると、韓国に出張して右支払指図書を入手した経緯について、検察官調書は抽象的で比較の対象とならないうえ、他の二調書の記載は明らかに異なっており、税関で申告しなかった理由についても、三調書の記載には明らかな相違が見受けられることに加えて、前記第一で説示した事情なども併せ考えると、同被告人が姜九洪の安全な来日を考慮するなど他の何らかの理由や配慮から故意に郵送の事実を秘匿して虚偽の自白をしたと解する余地もないではなく、書翰の記載についても、検察官は契約書綴と同様、事後作為的に作成されたか否かについて鑑定申請をしないばかりか(現時点では効果的な鑑定は不可能である)、書翰綴を仔細に検討すると、姜九洪は書翰の文末から一、二行空けて「以上要件のみ」と記載して文章を締め括る例が多く、前記七月二七日付書翰でも「以上要件のみ」の記載をもって終っておれば、あるいは同人が事後作為的に前記追而書きの記載を本文末と「以上要件のみ」の間に書き加えたとも見れないではないが、右書翰では単に「以上」をもって締め括られていることからすれば、これは同一機会に引き続いて記入されたが、文末の余白がないため「以上要件のみ」で締め括れず、単に「以上」でもって締め括ったと解する余地もないではなく、前記七月二三日付書翰の記載も、同一書翰でありながら筆色を変え、機会を別にして記入されたと思われる例は書翰綴中他にも、各所に見受けられるところであり、同封の点も、七月二七日付のものが「同封致します故」とあって、明らかに当該郵便に同封されるものであることが窺われるのに対し、七月二三日付のものでは「同封致します由」とあって、次期便での同封を予告する趣旨とも解されないではなく、事後作為的記載であるとすれば、前記「P・S・」の点なども含めて何故にこのような拙劣な作為に及んだのかかえって理解に苦しむともいえるのであって、以上の諸点を考慮すると、本件において無許可輸入の事実を認定するについては、なお合理的な疑が残るというのほかなく、刑事訴訟法の要請する補強証拠が十分に具備されているか否かの点をさて置いても、本件訴因は犯罪の証明がないというべきであるから、刑事訴訟法三三六条により被告人両名に対し無罪の言渡をする。

(公訴棄却の主張に対する判断)

弁護人は、本件虚偽輸出申告に係る関税法違反の事実に対する公訴は、関税法一三八条一項但書一号所定の「情状が懲役の刑に処すべきものであるとき」に該当しないのに、これに該当するとしてなされた重大にして明白な瑕疵ある無効な告発に基く違反なものであるから、刑事訴訟法三三八条四号に則り棄却されるべき旨主張する。

大阪税関長作成の告発書二通によれば、本件告発は、昭和四四年二月六日、三月二五日の二回にわたり関税法一三八条一項但書一号を理由になされたもので、二月六日には、虚偽輸出申告に係る関税法違反一〇件(同年二月六日付起訴事実に対応)が余罪追告発の予定で告発され、三月二五日には、同関税法違反一一七件のほか支払指図書無許可輸入に係る関税法違反事件(同年四月九日付起訴事実に対応)も告発されたことが認められる。

そして、関税法一三八条一項但書一号を理由とする告発についても、解釈上これを無効とする場合が全くないとはいえないにしても、前掲各証拠によって認められる本件各犯行の回数、虚偽申告部分の金額、態様、動機並びに前示のような被告人朴仁燮ならびに被告人会社関係者の供述経過、被告人側の証拠提出状況、告発当時における証拠の内容、収集状況等に鑑みれば、本件において、結果的に大阪税関長の認定に本判決の示す事実誤認があるとしても、大阪税関長が関税法一三八条一項但書一号に該当するとした判断およびこれに基く前記各告発を違法無効ならしめるような事情は何ら認められないから、弁護人の主張は採用できない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 小瀬保郎)

<以下省略>

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