大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)1406号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕第二、原告の受傷と後遺症

<証拠>によれば、原告は、本件第一事故のため、頸椎捻挫の傷害を受け、松下病院に数回通院後、昭和四二年一〇月六日より昭和四三年四月一〇日まで一八八日間にわたつて同病院に入院して治療を受け、退院後同年五月三一日まで同病院へ実通院日数一八日間通院しまた同月九日には大阪医科大学病院に通院して治療を受けたが同月下旬頃には第一事故による症状、他覚的な所見は見当らない程度となつたが、なお、局所に神経症状を残す自覚症状があつたこと、そしてその間昭和四三年五月二一日に第二事故を受けるに至つたこと、なお、右松下病院へは第二事故後には同月二二日、二九日、三一日の三回通院していたこと、第二事故のため外傷性頸椎障害となり、阪堺整形外科病院、大阪大学医学部付属病院整形外科、耳鼻咽喉科等にて治療を受けた後、同月三〇日より同年九月一七日まで実通院日数五三日間八木病院へ、またその間同年六月一九日より七月一八日まで実通院数五日間大阪赤十字病院へそれぞれ通院して治療を受け、同年一二月一三日以降有黒外科にて治療を受けたが、第一事故による負傷の完治していない状態で第二事故に遭遇したため、右上肢の運動知覚麻痺および項部痛が著名で、かつ、脊髄腔造影により第五、第六頸椎椎間軟骨の脊髄腔内突出が認められ、いわゆる外傷性頸椎椎間軟骨症となつたため、昭和四四年一月二九日より同年四月三〇日まで九二日間同病院に入院して右突出部分の切除と固定の手術を受け、退院後同年九月一三日頃まで通院日数合計一六日間、同病院に通院し、また同年五月上旬頃より同年七月九日まで前記大阪大学医学部付属病院に通院して治療を受け、その結果、同年五月三一日当時において整形外科的な所見によれば、椎間軟骨症も治癒し、頸椎も機能的には固定されて、上肢のしびれ、項部痛も軽快して後遺症状もない状況となつたが、平衡機能検査および回転検査による耳鼻科的所見によれば頸部外傷に起因するめまい、耳鳴、頭痛、平衡障害が残り、同年七月上旬頃にはその症状は固定して、その程度は局所に頑固な神経症状を残す程度(自賠法施行別表第一二級該当程度)となつたこと、が認められ、右各認定に反する措信すべき証拠はない。

二、とりわけ、<証拠>によれば、原告において、第一事故により頸椎椎間軟骨にごく軽度の損傷があつたが、これが次第に変性し、第二事故のために椎間軟骨症として恒存化して、脊髄腔内突出と脊髄の圧迫症状をきたしたことや、頸部捻挫の完治していない状態における再度の頸部捻挫のため、治療が長期化すると共に前記の如き如き頸部外傷に起因する後遺症を残すに至つたものであることが認められる。

三、そうならば、原告の第二事故以前に生じた損害については、第一事故の加害者においてこれを負担すべきものと認めてさしつかえなく、また第二事故以後に生じた損害については、必ずしも第一事故の存在が無縁とは認めがたいが、第一事故による諸症状がほとんど軽快し、原告において自動車を運転しうるほどになり、その運転中に事故に遭遇していることその他前記認定の各事実を総合して、第一事故の加害者側において二、第二事故の加害者側において八の割合によつて、これを負担させるを相当と認める。

<中略>

第四 損害

5 医師への謝礼、付添人交通費

原告は、医師への謝礼金として金二二〇、〇〇〇円を出捐したのでこれの賠償を請求し、原告本人尋問の結果によれば、原告において、同病院の医師へ主張どおりの謝礼金を支払つた事実が認められないわけではないけれども、医師への謝礼なるものは、本来、医療行為と対価関係に立つものではなく、患者側の全くの任意な感謝の気持を表したものにすぎず、これを損害金の一部として加害者側に賠償を求めうる性質のものと認めることはできない。とくに本件の場合には金二二〇、〇〇〇円の謝礼をなしたというもので、その常軌を逸した額からしてもこれを被告らに賠償させることは相当でない。そしてこのことは、たとえ被告らにおいて原告が医師に謝礼をなすことを承諾していたとしても(原告本人はその旨の供述をするが)結論は変らない。

(吉崎直弥)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!