大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)3224号 判決 1972年3月08日
原告 株式会社大阪相互銀行
右代表者代表取締役 小林泰造
右訴訟代理人弁護士 松田光治
同 松田定周
被告 世界長株式会社
右代表者代表取締役 上田三郎
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 津田勍
同 辻本公一
同 津田禎三
同 武田隼一
主文
被告世界長西日本商事株式会社は原告に対し、金一、四一一万七、三〇〇円、および内金二五一万二、五〇〇円に対する昭和四三年一一月六日から、内金一五八万円に対する同年一二月六日から、内金二三五万円に対する同四四年一月九日から、内金二四〇万円に対する同年二月六日から、内金七〇万四、八〇〇円に対する同年二月一七日から、内金四五七万円に対する同年三月六日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。
原告の被告世界長株式会社に対する本位的請求、予備的請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用の内、原告と被告世界長株式会社間に生じたものは原告の、原告と被告世界長西日本商事株式会社との間に生じたものは同被告の負担とする。この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行できる。
事実
原告訴訟代理人は、被告世界長西日本商事株式会社(以下単に被告商事という)に対する請求及び被告世界長株式会社(以下単に被告本社という)に対する本位的請求として、「被告らは各自原告に対し、金一、四一一万七、三〇〇円、および内金二五一万二、五〇〇円に対する昭和四三年一一月六日から、内金一五八万円に対する同年一二月六日から、内金二三五万円に対する同四四年一月九日から、内金二四〇万円に対する同年二月六日から、内金七〇万四、八〇〇円に対する同年二月一七日から、内金四五七万円に対する同年三月六日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言を、被告本社に対する予備的請求として、「被告本社は原告に対し、金一、四一一万七、三〇〇円、および内金二五一万二、五〇〇円に対する昭和四三年一一月六日から、内金一五八万円に対する同年一二月六日から、内金二三五万円に対する同四四年一月九日から、内金二四〇万円に対する同年二月六日から、内金七〇万四、八〇〇円に対する同年二月一七日から、内金四五七万円に対する同年三月六日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告本社の負担とする。」との判決、ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因としてつぎのとおり述べた。
第一、被告らに対する請求原因
一、原告は別紙約束手形目録記載の約束手形一三通、および別紙為替手形目録記載の為替手形一通を現に所持している。
二、原告は右約束手形の内同目録(2)および(13)の手形を株式会社協和銀行に、その余の約束手形および為替手形を株式会社三和銀行にそれぞれ取立委任裏書をし、右各銀行をして各支払期日に支払のため各支払場所に呈示させたところ、いずれも支払を拒絶された。
三、右約束手形の振出人欄及び為替手形の引受人欄にはそれぞれ被告商事熊本支店取締役支店長森洋三の署名(記名押印)がなされている。
右森洋三は、当時被告商事熊本支店長かつ登記された支配人として、被告商事を代理して本件各手形の振出ないし引受をする権限を有したのであるから、被告商事は振出人ないし引受人として本件各手形金を支払う義務がある。
≪以下事実省略≫
理由
第一、被告商事に対する請求について。
一、請求原因一、二項の事実、訴外森洋三が被告商事熊本支店長支配人であったこと、および本件各約束手形の振出人欄、為替手形の引受人欄に被告商事熊本支店取締役支店長森洋三の署名(記名押印)がなされていることは当事者間に争いがなく、右振出ないし引受が、訴外森によってなされたことは同被告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。
してみると、訴外森は被告商事の支配人として、営業主たる被告商事の営業に関する行為について有する包括的な代理権に基づき右振出ないし引受をしたものというべきであるから、被告商事は本件各約束手形の振出人、為替手形の引受人としての責任があるといわねばならない(仮にそれが支配人の権限濫用の行為という主観的な事情があったとしても、行為の外形が一般に営業に関するものと認められる以上右判断に影響がない。)。
二、よって、被告商事に対し、別紙目録記載の各約束手形金ならびに為替手形金、および各手形金に対する各満期日から完済まで、手形法所定年六分の割合による利息金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容する。
第二、被告本社に対する請求について。
(本位的請求について)
一、訴外森洋三が被告商事熊本支店長支配人であったこと、本件各約束手形の振出人欄、為替手形の引受人欄に被告商事熊本支店取締役支店長森洋三の署名(記名押印)がなされていることは当事者間に争いがなく、右振出並びに引受が、いずれも訴外森によってなされたことについては、被告本社において明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなすべく、原告が本件各手形を現に所持していることは当裁判所に顕著な事実である。
従って被告商事が本件手形につき、振出人ないし引受人としてその支払義務を負うべきことは前示のとおりであるところ、原告は、被告商事が被告本社の販売を担当する一部門であって、その法人格は全くの形骸に過ぎないし、また被告本社が自己の債務負担を免がれるため子会社形態を悪用し法人格を濫用しているから、法人格否認の法理の適用により子会社たる被告商事の法人格を否認し、直接親会社である被告本社に対し本件各手形金の支払を求め得ると主張するので、以下これについて判断する。
≪証拠省略≫を総合すると、
(1) 被告本社はゴム製品、化成品等の製造、販売を目的とする会社で、昭和四三年当時資本金約一七億円を有し、本社のほか東京支店および四製造工場を設置し、いわゆる子会社である関東世界長株式会社の五製造工場の外、直系販売網として被告本社が出資設立した世界長京阪神商事株式会社、世界長関東商事株式会社、世界長中四国商事株式会社、世界長東北商事株式会社、世界長新潟商事株式会社及び被告商事の六販売会社を全国各地域に所在させたこと。
(2) 被告商事は世界長ゴム製品および各種ゴム、ビニール製品の販売を目的として設立された資本金四、九五〇万円の会社で、その資本金の大半に当たる四、四五〇万円が被告本社によって出資されており(右資本関係については当事者間に争いがない。)、その余の出資者(株主)も被告本社と利害を同じくしており被告商事の取締役会は各取締役である支店長会議をもってこれに代え、取締役会議事録を作成していたが、株主総会については被告商事においてはこれを開催せず、被告本社において便宜右議事録のみを作成していたこと。
(3) 被告本社は被告商事より毎月の営業報告書の提出を受ける外、必要に応じ各商事の支店に対し自ら直接監査を行い(熊本支店の場合二年に一回)、被告商事代表者は社員の異動、車両の購入、建物、社宅の購入、賃借、その他商取引以外の重要事項について被告本社への禀議を必要としたこと。被告本社が、昭和四〇年に、直系商事会社代表者の職務権限を逐一定めた規定を制定した(この点については当事者間に争いがない。)が、当時から右規定どおり総てが厳格に適用されていた訳ではなく、代表者の裁量に委ねられる部分もあったこと。被告商事熊本支店長森洋三が、被告商事の本店を経由することなく直接被告本社へ禀議、決裁を求め、本店の決裁が後になることもあったが、右は同人が被告本社の部課長と個人的に親しかったこと、ならびに元熊本支店が直系商事会社として独立していたときからの経緯による便宜的な取扱であったこと。
(4) 一方営業活動に関しては、被告本社と各直系商事会社との間に特別の制約がなく、各直系商事会社と、その販売区域内に在る被告本社の独立代理店との関係は対等であって、被告本社よりの商品の仕入価格、代金決済条件について両者間に区別はなかったこと。各直系商事会社がそれぞれ独立採算制を採っているほか、商事会社の各支店が、もともと細分化されていた直系商事会社を整理、統合した結果設けられたという経緯から、各支店毎に独立採算制を採り、被告本社製品の仕入は各支店毎に立てる年度販売計画を基準として行ない、営業資金も各支店毎に、主として地元金融機関からの借入によってまかなっていたが、一部は各支店相互に、または支店と被告本社間の融資によっていたこと(但し被告本社自体が既に資金的に逼迫している事態にあったため、被告本社からの借入には限度があった。)。
(5) 各商事会社は、被告本社製品のみを販売することにより十分な利益をあげ得ないため、被告本社の製品と競合しない商品を中心に一部他社製品の仕入、販売も行なっており、特に販売区域内に二大競争メーカーをかかえる被告商事の場合、流行商品を中心に他社製品の扱い量が多くその比率は取扱高の五五%を占め、被告本社製品は残りの四五%であったこと(右割合は各支店毎に異なり、熊本支店の場合被告本社製品が全体の六〇%であった)。
(6) 直系商事会社の代表者の全員及び役員の多くは被告本社よりの出向社員であって、順次被告本社より派遣され交代する人事が行われ、被告商事においても昭和四三年当時社員七二名中その約一割が被告本社からの出向社員であって(一部現地採用の社員を登用試験により本社社員としたものを含む。)、被告商事の代表者並びに支店長の殆どが右出向社員で占められ、出向社員に対する出向及び本社帰任の辞令は出向先の商事会社の意見を聴取した上被告本社において発令され(被告本社が右発令をなすことについては当事者間に争いがない。)、出向社員の給与については、被告本社とその労働組合との間に結ばれた労働協約により、本社社員の給与を下廻らないよう被告本社よりの決定通知によりこれを実施し、ボーナスについては、利益の出る所では出向先の業績を加味して決定されており、取締役報酬については被告商事の取締役会においてこれを決定し、(被告商事の場合実際上利益計上が少なかったため、出向社員としての基準額以上が支給されなかった。)被告商事において支払われていたこと。
(7) 被告商事は、その営業区域内に二大競争メーカーをかかえ、その営業成績はよくなかったが、昭和四三年一〇月熊本支店長森洋三による額面合計二億六、〇〇〇万円にのぼる融通手形濫発事件(実被害額一億三、〇〇〇万円)が発覚したため整理に入ったが、被告本社より異議提供金の資金を借受けて手形不渡処分を回避し(右貸付について当事者間に争いがない。)、ついで被告本社から弁済資金として金六、〇〇〇万円を借受け、この資金をもって、大多数の手形債権者との間に期日到来手形については額面の五割、期日未到来手形についてはその四割を支払い、残債権を放棄する旨の示談を成立させて処理し解散するに至ったが、その後九州地区には別に被告本社の直系商事会社として西部ゴム商事株式会社が設立され(資本金一、五〇〇万円の中一、〇〇〇万円を被告本社が他を同商事従業員がそれぞれ出資)、被告商事の従業員や販売先を引継ぎ営業していること。
以上の事実を認定することができ(る)。
≪証拠判断省略≫
二、ところで株式会社等の法人とその構成員たる株主等とは別個の人格、即ち前者が法人格を後者が自然人としての人格を有することはいうまでもなく、この理は、株主等が一人であるいわゆる一人会社の場合においても異なるところがない。しかし、法が社会的に存在する団体について法人格を付与し、これをその構成員たる株主等個人とは別個の権利主体として認めるのは、これを認めるに値する形態を有する場合に限られるべきものであるから、法人格が形式的に存在していても、それが株主等の個人企業との区別がつかず全くの形骸に過ぎないような場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるような場合には、法人格を認めた本来の目的に照し許すべからざるものとして、右法人格が否認されるべき場合が生ずる(最高判昭和四四年二月二七日民集二三巻二号五一一頁)。そしてこの理は、一方の会社が他の会社を支配従属せしめる関係にあるいわゆる親子会社の関係についても考え得られるところである。即ち、①両者間に、その業務内容、人的、物的構成の混同、経理上の区別の不明確、子会社の株主総会、取締役会の不開催など手続面の無視などの事実があり、子会社が独立の法人としての社会的・経済的実体を欠き、全く親会社の営業の一部門に過ぎないと認められるような場合には、子会社の法人格は全く形骸化しているものとして、また②子会社が右の意味における独立性はなおこれを有しているときにおいても、一人会社のように親会社が子会社の株式の全部若くはその殆どを保有することなどにより、子会社をその意のままに自由に支配できる関係にあって、しかも親会社が競業避止義務など法規の禁止規定の潜脱、契約上の義務の回避を図る等の目的で、一応法律上別会社であるこれら子会社によって右禁止行為を行わせるように、違法ないし不当な目的を達成するために子会社を利用する場合においては、会社形態の濫用があるものとして、いずれも子会社の法人格を個々の法律関係において相対的に否定し、これを背後にある親会社の法人格と同一視し、子会社の行為による責任を直接親会社に対し問い得ることがあると解すべきである。
三、これを本件についてみるに、
(一) 前示認定事実によれば、被告本社が被告商事の資本金のほぼ九割を現実に保有し、他の少数株主も被告本社と利益を同じくし(被告商事は実質上のいわゆる一人会社に近かった事情が窺知される)、被告商事の代表者及び役員の多くも被告本社の出向社員によって占められ、順次これが交代させられ、その業務執行のうち商取引を除く重要事項については被告本社へこれを禀議し、被告本社から直接の監査を受けるなど、資本、人事、業務面等において被告商事が被告本社によって支配されていた関係にあることが肯認できるけれども、その支配は右の限度に限られるものであり、被告商事は被告本社とは別個独立の人的、物的組織を有し、被告本社からの商品の仕入を含む商取引はもとより、その余の業務執行もあくまで被告商事の判断と責任においてなされていたものであって(被告商事支店の商取引については、支店において独立採算制をとっていた。)、被告本社と被告商事との間にその組織、業務内容、会社財産等に関し混同のあった事実は到底これを認め難いところである。もっとも、当時被告商事の株主総会が正式には開催されていなかった事実が認められるけれども、右事実をもっては被告商事の独立性を否定することができず、その他被告商事が営利団体としての独立性を欠き、被告本社の一販売部門に過ぎないというような事実を認めることができないから、原告の被告商事が法人格の形骸に過ぎない旨の主張はこれを採用することができない。
(二) そこでつぎに、前示のような被告本社の被告商事に対する支配関係のもとにあって、被告本社に法人格濫用の事実があったか否かについて考えてみる。
前示認定の事実からみると、被告本社による被告商事など直系商事会社の設立は、被告本社製品の全国的な販路拡張を計り、かつ、別会社を設立することによる危険の分散、及び企業組織としての責任制による事業の効率的な運用等を図らんとしたことによるものと推測されるところであって、被告商事の設立並びにその事業の運営が違法、不当な目的に当たらないことは明らかである。もっとも、被告本社が被告商事に対し本件各手形の異議申立提供金を貸与し、その返還請求権に対して質権を設定し、また各ブロックの直系商事会社の取引先に対し、昭和四三年一〇月分以降発生した各商事会社の債務を被告本社振出の約束手形によって支払うべき旨通知若くは広告したとの事実、被告商事の大多数の手形債権者との間に額面の四割または五割の支払により示談を成立させ、右資金を被告本社が出捐している事実は、いずれも前示のとおりであるけれども、右は、被告本社が親会社として、いわゆる商業道徳上事態の収拾に尽力せざるを得なかったことによるものであり(被告本社は示談金として六〇〇〇万円を支出している)、従って右のような事実が存することから、被告本社に法人格の濫用があったといえないところである。
四、以上のとおりであって、被告商事の法人格を否認することを前提とし、被告商事振出にかかる本件手形金等の支払を親会社たる被告本社に対し請求する原告の本位的請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却されるべきである。
(予備的請求について)
原告は、被告本社の出向社員にして、被告商事熊本支店長たる森洋三が振り出した本件手形を割引したところ、その回収ができなくなったことにより損害を蒙ったとし、右損害の賠償を民法七一五条により被告本社に請求する旨主張するので判断する。
およそ同条にいう「他人を使用する者」といわんがためには、たんに使用者と被用者との間に雇傭契約その他の契約による身分関係が存するのみでは足らず、両者の間に実質上の指揮、監督関係が存在しなければならないと解すべきところ、いわゆる親会社が、その雇傭する社員を社員たる身分を保有(在籍)させたまま子会社に派遣し、その社員を子会社の社員とし、専ら子会社の指揮監督のもとに相当期間継続的に子会社のために労務を提供させ、その賃金もすべて子会社の判断と責任において支払われ、親会社からはなんらの報酬等の支給をも受けない関係にあるいわゆる出向社員と親会社間においては、少なくとも出向期間中実質上の指揮監督関係が休止状態にあり、その間出向社員についての民法七一五条にいう使用者は子会社であり、親会社ではないといわなければならない。
これを本件についてみるに、前示のとおり、森洋三は被告本社から被告商事へ出向した社員であり、被告本社社員としての身分を有していたけれどもそれはたんに形式的なものに過ぎず、専ら被告本社とは独立した経営をする被告商事の業務執行に従事していたものであり、被告本社の支配というも、あくまで子会社たる被告商事に対するものであって森洋三に対するものではなく、その給料等もすべて被告商事から支給され、被告本社からはなんらの支給を受けていなかったのであるから、同人の被告本社との間の雇傭契約は右出向により解消されることなく存続してはいるものの、出向期間中における同人に対する被告本社の右雇傭契約に基く指揮監督関係は休止状態にあり、同人に対する指揮監督権は、形式上も実質上も被告商事のみがこれを有したものと認定するのが相当であり、従って、同人と被告本社との間には出向期間中、民法七一五条にいう使用者、被用者の関係がなかったといわねばならないことは、前説示により明らかである。
のみならず、前示認定の事実関係のもとにあっては、森洋三の本件手形振出ないし引受が被告商事の業務の執行にあたることはいうまでもないけれども、これを被告本社の業務の執行にあたるということができないこともまた多言を要しないところである。
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の、被告本社に民法七一五条による使用者責任があることを前提とする予備的請求もまた失当であるから、これを棄却する。
第三、よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条第二項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 川鍋正隆 梶原暢二)
<以下省略>