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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)4089号 判決 1973年4月20日

原告 久保一栄

原告 久保新一

右原告両名訴訟代理人弁護士 森本正雄

被告 正木明

被告 檜皮むつ乃

右被告両名訴訟代理人弁護士 西村日吉麿

同 水島林

主文

原告らの各請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

(原告ら)

主位的請求

一  原告久保一栄に対し、被告正木明は別紙目録一記載の建物を収去し、被告檜皮むつ乃は右建物から退去して、それぞれその敷地六七・二〇平方米(二〇坪三三、別紙図面ABCDEAの各点を直線で結んだ線内の土地)を明渡し、かつ被告正木明は昭和四四年一月一日より右明渡済に至るまで、一年につき金五、五〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告久保新一に対し、被告正木明は別紙目録二記載の建物を収去して、その敷地三・三平方米(一坪、別紙図面EDGFEの各点を直線で結んで線内の土地)を明渡せ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

予備的請求

一  原告久保一栄に対し、被告正木明は別紙目録一、二の各建物を代金四〇万円にて売渡し、右代金の支払と引換えに右建物を明渡し、被告檜皮むつ乃は右各建物より退去せよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

(被告ら)

主位的予備的各請求につき

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一  本件建物が被告正木の所有であり、その敷地が原告一栄の所有であること、被告正木が右敷地を原告一栄より賃借したこと、同被告が昭和三九年八月頃本件建物に風呂場および炊事場を増築したこと、また増築部分を含めた本件建物につき訴外後藤文彦との間に売買契約を締結し、同訴外人に所有権移転登記を完了したことは当事者間に争がない。≪証拠省略≫によると、売買契約締結の日は、昭和四二年一二月二七日、所有権移転登記の日は昭和四三年二月二六日であることが認められる。

二  ≪証拠省略≫によると、原告一栄は原告新一を代理人として、昭和四三年七月三一日被告正木に到達した書面により、本件建物売渡しによる、その敷地の賃借権の無断譲渡を理由として、前記敷地の賃貸借契約解除の意思表示をしたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

三  ≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

原告新一と被告正木は昭和二七、八年頃、大阪市内の同じ高等学校に共に英語教師として勤務していたことがあり、被告正木が本件建物を買受けるについても、原告新一が斡旋したのであって、かねてから両名はじっ懇の間柄であった。昭和四二年一二月二七日被告正木が本件建物を訴外後藤に売渡したのは、当時現住居地に居宅を新築していてその資金が必要であったからであった。売買代金は金二二〇万円であったが、右のとおり早急に資金が必要であったので、昭和四三年二月二六日所有権移転登記を完了した頃内金二〇〇万円を受領し、本件建物の所有権を右訴外人に移転した。(≪証拠省略≫によると、右売買には、本件建物の引渡しがあるまで公租公課は売主が負担し、危険負担も売主に帰属する趣旨の約定があったことが認められるが、買主は所有権の移転を受けても引渡しが未了である以上、所有権者としての現実の利益を享受できないことを思えば、右約定の存在は所有権移転の反証となるものではない。)残金二〇万円は本件建物の引渡しと同時に受領する約定であった。同被告は売買契約に先立ち、その敷地の賃借権譲渡につき原告一栄の同意を得なかった。その理由は、同原告の夫、原告新一とは前記の如くじっ懇の間柄であったので、建物引渡しの直前にでも容易に承諾を得られるものと信じていたからであった。また買主である訴外後藤は被告正木の教え子であった関係もあって、もし原告一栄の承諾を得られないときは、売買契約を合意解除する旨の了解が、両者間で成立していた。その後新居が完成したので、被告正木は昭和四三年六月頃より少し宛家財道具の搬出を始め、約一か月かかって移転を完了した。ところがまだ本件建物を訴外後藤に引渡さない間に、同年七月一三日付書面を以て、敷地賃借権の譲渡は承諾し得ない旨の原告らからの書面が到達したので、被告正木は訴外後藤と右承諾を得るべく、相談をしているうちに、前記のとおり原告一栄より賃貸借契約解除の意思表示がなされた。そこでその頃被告正木は承諾料として金四〇万円を用意し、訴外後藤と同道して原告方に赴き、原告らに承諾方を懇請したが容れられず、更に所轄簡易裁判所に調停の申出をしたが不成立に終った。被告正木はやむなく、訴外後藤との間で、昭和四三年一〇月一八日本件建物の前記売買契約を合意解除し(この点当事者間に争がない。)、同日前記所有権移転登記の抹消登記手続をした。

以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫なお、≪証拠省略≫によると、訴外後藤が原告らの契約解除後の昭和四三年八月三日付読売新聞紙上で、本件建物について貸家の入居者募集広告をしていることが認められるが、この事実だけでは本件建物がすでに同訴外人に引渡されていたと認めることはできない。また原告らは訴外後藤は昭和四四年四月被告檜皮を入居させたと主張するが、この事実を認め得る証拠はなく、かえって≪証拠省略≫によると、被告檜皮を入居させたのは、被告正木であることが認められるから、右主張は理由がない。

四  以上認定事実によれば、昭和四三年二月二六日の所有権移転登記がなされた頃、被告正木は訴外後藤に本件建物の所有権を移転しているのであるから、同日より本件建物の敷地を右訴外人に使用させたものといわざるを得ず、また当然これに伴い賃借権の譲渡がなされたものと認められるから、原告一栄は右敷地につき一応民法六一二条一、二項所定の賃貸借契約解除の要件を具備したものということができる。しかし、右法条が賃貸借契約の解除を認めたのは、通常かかる行為がなされたときは賃貸借契約の基礎である、賃貸人、賃借人間の信頼関係が破壊されるからであると解されるから、同条所定の行為がなされても、これを以て右信頼関係を破壊するにたりない特段の事情があると認められるときは、解除権は発生しないということができる。ところで前記認定事実によれば、次のことがらが明らかである。(一)被告正木が原告一栄の承諾を得ずして訴外後藤と本件建物の売買契約を締結したのは、前記のとおり同原告の夫である原告新一と極めてじっ懇の間柄であり、事後でも容易に承諾を得ることができる、と信じていたからであり、別段背信的意図を有していたものではない。(二)原告一栄が賃貸借契約解除の意思表示をした当時、被告正木は本件建物の所有権を訴外後藤に移転することによりその敷地を使用させていたが、原告一栄が賃借権の譲渡を承諾しないときは、売買契約を合意解約する旨の了解が同訴外人との間についていたのであり、この意味で賃借権の譲渡、訴外後藤の敷地の使用権は浮動状態で確定していなかった。(三)またその頃、被告正木は本件建物を未だ訴外後藤に引渡しておらず、したがって同訴外人は本件建物の占有者としてのその敷地の現実の使用はしていなかった。これらの事実に加うるに、被告正木が原告一栄の承諾を得られないことを知るや、直ちに本件建物の売買契約を合意解除した事実を併せ考えると、原告一栄による賃貸借契約の解除がなされた当時、賃借権の譲渡、譲受人の敷地使用があったにもかかわらず、未だ賃貸人、賃借人間の信頼関係を破壊するに至ってはいなかったものと認めるのが相当である。そうだとすると、原告一栄の前記解除の意思表示はその効力を生じなかったということができる。

五  ≪証拠省略≫によると、原告新一は、昭和四三年七月三一日に被告正木に到達した書面で、前記増築建物の一部の敷地についての使用貸借契約を解除する趣旨の意思表示をしたことが認められる。右建物増築について原告新一の承諾があったことは当事者間に争がないが、原告新一は、増築建物はその一部が、同原告所有の南側建物の敷地であって、原告一栄より使用借している土地にかかっていて、この部分を被告新一に使用貸借により使用を許していたものであると主張するに対し、被告正木は右部分も本件建物の敷地で、同被告が原告一栄より賃借している土地の一部である、と主張する。仮に原告新一の主張するとおりであるとしても、同原告の使用貸借解除の意思表示は、本件建物の売買、その敷地の賃借権の譲渡が、賃貸借契約を解除するにたる背信行為であり、ひいては右使用貸借契約を解除するにたる背信行為であることを前提とするものであることは明らかであるところ、右前提の成立しないことは、さきに認定したとおりであるから、原告新一のなした使用貸借契約解除の意思表示は無効である。(なお、原告らは民法五九七条所定の借用物の返還時期に関する要件事実につき、他に何ら主張、立証しない。)

六  そうだとすると、原告らの本訴主位的請求、予備的請求は、爾余の争点につき判断するまでもなく理由がないこと明らかであるから、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田栄一)

<以下省略>

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