大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)420号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕第一、事故発生
一、請求原因一の(一)ないし(三)、(六)の各事実は当事者間に多いがない。
二、事故態様、過失相殺
<証拠>によれば、本件事故現場は、道路の幅員が三、九五メートルの東西に通ずる道路上で、事故現場の北側には香里ショッピングストアー(市場)の入口がありまたこれをはさんで商店が建ち並んでいるが、被告は事故車を運転して本件事故現場道路を東から西へ向い、道路の南(左)側に駐車車輛が並んでいたため道路の右側部分を時速約一〇キロメートルで進行中、市場入口前の道路上に一人歩きの幼児を認めたので一旦停車したが、原告真寿子がその幼児を抱いて市場の入口の方に連れ戻したため発進し、約四、五メートル進行したところで女性の異様な声を聞き僅かに進行した地点で停止したところ、事故車の右前輪で歯止めの状態で倒れている亡恭之を発見したこと、被告は道路右側の市場入口付近の人々に気を奪われ亡恭之には全然気付かなかつたこと、一方、原告真寿子は長男の亡恭之の手を引いて同市場に買い物に行き、市場入口の南西角の履物店のショーウインドの前で近所の知り合いの訴外丹下に声をかけられそれまで手を継いでいた亡恭之の手を離し、立話ししながら陳列品に目をやつていたとき、訴外丹下の連れてきた子供(一年五ケ月位)が母親の手を離れて道路上を東の方へ一人歩きしはじめ、同時に東方より接近してくる事故車に気付いたため、危険を感じて同児を追いかけ市場入口内に連れ戻し母親に手渡した後、亡恭之が気にかかり振り向いたとき、事故車が西進しており、その前方(西方)約一メートルの付近を亡恭之が市場入口付近にいた原告真寿子の方を東方に向いて走つてくるのを認めたので、大声をあげ事故車の運転席の右側車体部分を叩いたため、事故車は間もなく停車したが、亡恭之が事故車の前輪の付近で頭を北に向けて車輪を歯止めしたような状態で倒れていたこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する原告豊田真寿子本人尋問の結果および同原告の枚方簡易裁判所における刑事公判廷での供述を録取した書面である乙第五号証の記載部分はたやすく措信しがたい。これによれば、被告は市場前の狭い道路でしかも駐車車輛のあつたため道路の右側を進行するのであり、事故直前に道路上に幼児がいて一旦停車したほどであるから、特に前方左右をよく注視し幼児や歩行者などとの接触を避ける義務があつたところこれを怠り、道路上に一人歩きしていた幼児が原告真寿子によつて連れ戻された後、市場入口付近の人々に気を奪われて前方の安全を十分に確認することなく発進したため、事故車の直前をを母親の方へ向け走つてきた亡恭之に気付かなかつたものと認められ、被告に運転上の過失のあつたことは明らかであり、また、原告真寿子は、道路上に一人歩きしていた訴外丹下方の幼児を連れ戻そうとした際、前記のように狭い面識しかない道路上を東方より対向してくる事故車を認めているのであるから、後方(西方)にいるはずの自己の子供(亡恭之)の安全をも注意すべきことは母親として当然の義務であるものと解されるところ、もつぱら訴外丹下方の幼児を連れ戻すことのみに気を奪われて亡恭之の動静についての監視を怠つた点において監護義務者としての注意を十分尽していなかつたものと認めざるを得ない、勿論、自動車が接近しているのに路上を一人歩きしている訴外丹下方の幼児を危険から譲ろうとした原告真寿子の行為は、人道上極めて好ましいことであり、そのこと自体は何ら責めるべきことではないけれども、これによつて当時満三才の自己の子供に対する監護義務を免れるものではなく、後方にいるはずの亡恭之の動静に注意していれば、何らかの方法によつて、同人に対し危険を知らせるなり、或は事故車の運転者に対し注意を喚起させるなどの措置がとりえたはずであり、事故の発生を未然に防げえたものと考えざるを得ない。原告らは、原告真寿子が亡恭之の手を放した行為は訴外丹下方の幼児を連れ戻すための無意識的な行為であり、或は緊急避難的な行為であつて、同原告に責を負わすことができない旨の主張をするが、前記認定のように、同原告訴外丹下から話しかけられショーウンドを覗いていた際に既に亡恭之の手を放していたものである(乙第一号証参照)、仮りにそうでないとしても、亡恭之の手を放し訴外丹下方の幼児を連れ戻そうとした際においてもなお本件事故発生を防ぐ方法を採りえたものであることは前記説示のとおりであるから、右の主張は採用できない。以上によれば、原告側にも本件事故発生について一端の責任があり、過失相殺をするのが相当であるから、被告の過失と対比して、過失割合を被告を八、五、原告側を一、五とするを相当と認める。被告は免責の主張をするが、前記のとおり被告に運転上の過失がある以上、免責されることはないので、右主張を採用しない。 (吉崎直弥)